魔法学園の料理当番

ナガハシ

 荷物の開封をはじめてから半刻ほど。
 ダカダカと騒がしい音を立てながら、玄関から誰か走ってきた。


「ズザサー!」


 そいつは自分で言いながら、入口の前に滑り込んできた。
 摩擦熱で靴下が燃えそうな勢いだ。スリッパくらい履いて来い。


「お兄ちゃん!?」
「よお、七日」


 それは予想していたとおり、白い制服に身を包んだ俺の妹だった。


「どうしたんだよ、そんなにあわてて」
「はあ、はあ……どうしてってさお兄ちゃん……」


 といって、赤い顔で息を荒げる。中等部の寮からずっと走ってきたんだろうか?
 去年の暮れに魔法能力者認定されて、魔法学園の中等部に強制連行された我が妹。相変わらずツーサイドアップがお気に入りのようで、子供っぽさがいつまで経っても抜けない。
 いつだったか『お前本当にツインテール好きだよな』って俺が言ったら、『違うよお兄ちゃん、これはツインテールじゃないよプンッ』とか言って、小一時間女の子の髪型について俺にレクチャーしてきたりした、なんともいじらしく可愛らしい、ふつつか者な俺の妹――――などと考えていると。


「元気だったああああ!?」
「ふごっ!」


 体当たりしてきやがった!
 妹の突撃をもろに食らって、俺は仰向けに倒れこむ。


「お兄ちゃんだお兄ちゃんだお兄ちゃんだー!」
「イテテ……そんなに驚くなよ、今日行くって言っておいただろ?」
「うん! だけど、だけど、本当に……本当に……」


 と言って七日は、近くに落ちていた黒いトンガリ帽を手に取る。


「魔法使いになっちゃったんだね……」


 そうだよ、いいから早くどけなさい。


「うう……、兄妹そろって魔法使いとか、笑えないよう」
「仕方ないさ、目覚めちまったもんはさ」


 そう言いつつ、腹の上の妹を脇によけて立ち上がる。
 ん? なんか痩せたか?


「会うのは正月以来だったな、ちゃんと食ってたか? やけに軽いぞお前」
「食べてたけどー、やっぱりお兄ちゃんの料理の方が美味しいしー……」
「そんなことないだろ、ちゃんとプロの人が来て作ってくれるんだろう? バランスとかもちゃんと考えてさ」
「うん、そうなんだけどね……。でもいいんだよ、ダイエット出来るしさ!」


 ダイエットなどと……。
 成長期の若者が聞き捨てならないことをのたまうな。
 それに女の子は多少ぷよぷよしているくらいが健康的であるし可愛らしいのだ。
 今度しっかり食わせて、良い感じに肥やしてやらねばなるまいな。


「それにしてもさ、高等部の寮って広いよね。男女共用なんでしょ?」
「でも人はあんまり入ってないぞ。男子棟も今は一階しか使ってないって言うし」
「中等部の明星あけぼし寮も似たようなもんだよ。わー! なにこれ!? 可愛い服いっぱーい!」


 移り気な妹の目は、やっぱりというかなんというか、すぐにクローゼット内の衣装に向く。


「お兄ちゃん! いつの間に目覚めたの!?」
「俺のじゃねえよ! 先住者のだ!」


 我が妹ながら、いきなりとんでもない誤解をする。


「へえー、そーなんだ。すごーい! これマジカ君の衣装だー。どんな人なんだろー」


 といって七日は、勝手に衣装を取り出して自分の身体に合わせ始めた。


「いーよねー、マジカ君。まさに女の中の男だよね!」
「おいおい、あんまり人のものいじるんじゃないぞ。暇なら荷物の整理手伝ってくれよ」
「あ、そうだった! はーい」


 そして俺は、七日と一緒に荷物の整理を始めた。
 俺の妹はその名の通り七月七日、つまり七夕の日に生まれた女の子である。
 オヤジとお袋が、なんとしてもその日に産み落とそうと頑張ったらしい。
 以前はニコ生とやらにはまっていて、パソコンの前でウェブカメラとマイクを使って、アイドル活動みたいなことをやっていた。


 だがある日、ウィルス感染の警告を受けた際に気が動転し、そのショックで魔法に目覚めてしまったのだ。そして我が家に一台しかなかったパソコンを、ものの見事にぶっ壊してしまった。


機械音痴エレクトリック・クラッシャー


 電子機器を触っただけで壊してしまうことからついた二つ名がそれだ。
 だから、俺の妹はスマホを持てない。壊しちゃうからな。
 厄介な能力を抱えてしまってた七日は春休み返上で能力制御の訓練を受けることになり、結局魔法能力に目覚めて以来、半年以上も家に帰っていないのだった。
 しかも肝心の能力制御には。いまだ成功していなかったりする。


「ふーんふんふふーん」


 しかし、そんな困難などは表情に出さず、妹は鼻歌を歌いながら荷物の包みを解いている。
 俺のパンツをみても顔色一つかえない妹の姿を眺めていると、いくばくかの心の安寧を感る。そして、兄としてもっと頻繁に会いに来てやるべきだったかと今さらながらに後悔する。
 電話連絡は週一でやっていたけど、週三くらいのペースでも良かったかもしれない。
 シスコンとか言われそうだったから我慢してたけど。


 でもこれからはちょくちょく会えるわけで、俺の作ったメシも食わせてやれるわけで。
 そいう意味では、こうして魔法能力に目覚めてしまったことも、まずまず悪くないかなと、俺は思ったりもするわけで。


「お兄ちゃん、なにボーっとしてるの? 自分の荷物じゃん」
「ああ、悪い。今やるよ」


 * * *


 荷物をざっと片付けた後、俺は七日と二人で寮の人達に挨拶まわりをした。手際の良いことに、両親がたくさんの菓子折りを荷物と一緒に送ってくれていたのだ。
 七日が魔法使いになった時は家族総出で東京までやってきたものだが、もうそれで慣れてしまったらしい。
 俺達は最初に寮監室に行って挨拶をし、その後に男子棟、女子棟と歩いて回った。


 東京魔法学園は全寮制なので、天晴寮はそれに対応できるだけの収容力を持っている。今は一部屋二人で使っているけど、本来の四人部屋仕様にすれば768人まで生活できる。
 しかし、現在この天晴寮を利用しているのはその七分の一、112人にすぎない。
 そのうち一年生が2クラス59人、二年生が2クラス40人、そして三年生が極端に少なくて、1クラス13人。
 魔法能力者の発生率は年々増加していて、あと10年もすればこの建物もいっぱいになるらしいのだけど、今のところは非常に閑散としている。
 食堂も体育館のような広さがあるのだけど、実際に使われるのは調理場近くの一角だけという贅沢さだ。
 二つある大浴場も、今は片方しか使われていなくて、男女が時間交代で入ることになっていた。


 どういうわけか、あのリリアとかいう女は部屋にいなかったのだが、別に会いたかったわけでもないのでいいだろう。菓子折りだけは手紙と一緒に置いてきたが。


「悪いな、つきあわせちまって」
「ううんっ、私も色々見て回れて楽しかったから」


 お菓子を配り終えて部屋に戻ってきた俺と七日は、お茶を淹れて飲んでいた。
 あまったお菓子など食べながら一息つく。
 ようやく人心地ついた感じだ。


「日が暮れてきたな。晩飯どうすっか」
「すぐそこにコンビニあるよ?」
「むう……。まあ、初日くらいは買って済ますか」


 今から何か料理を作るって気力もないしな。
 仕方ない。
 と、俺がそんなことを考えていた時のことだった。


――ガチャリ。


 突然、部屋のドアが開かれた。


「んお?」


 俺達が振り向くと、伸ばした金髪を後ろで束ねた青年がそこに居た。


「わああっ」


 それは七日が驚きの声をあげる程の、リアル魔法美少年だった。









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