魔法学園の料理当番
1
なんとかダムスの予言――なんてものが流行ったのは、もう一昔以上も前の話だ。
人類は滅亡することなく、こうして今日も生きながらえている。
滅亡どころが順調に数を増やして、地球の台所事情を危うくしてしまっている程だ。
生きることには様々な厄介ごとが付きまとうわけだけど、やっぱり食べ物の不自由に勝るものはないんじゃないかと俺は思う。生きることの基本は、やはり食うことなのだ。
きちんと食べてきちんと眠り、健やかな肉体と精神を保ち続ける限りにおいて、ひとまず俺たちは平穏に暮していくことが出来る。
はっきりとした答えの出る問題の方が少ないこの世の中によいて、それは間違いなく断言することのできる、数少ない真実の一つではないだろうか?
というわけで、俺の旅行鞄の中はその半分ほどが料理道具に満たされている。
片手鍋やら、フライパンやら、IHヒーターやらでごった返している。
魔法使いの七つ道具なんてものは入ってない。魔法使いなのは格好だけなのだ。
転向先の学生寮にも食堂はあるのだが、土日お休みするのだという。
俺としては土日続けてコンビニ飯というのは避けたいところだったので、こうして料理道具だけはしっかりと抱え込んできたってわけ。
「しかし重てえ……!」
今更ながらに後悔する。やっぱり郵送にしておくんだった。
おでこに汗がじっとりと滲んでくる。
本日は20XX年の6月21日
真っ黒なマントにつつまれたこの体を、初夏の陽射しが容赦なく焼いてくる。
そうして俺が、ヒイヒイ言いながら道を歩いていると。
「ママー、魔法使いさんー!」
「コラだめよ、知らない人を指差しちゃ」
俺の姿を見て、小さな女の子が騒ぎ立てた。
こうなることはわかっていたけど、実際に魔法使いってのをやってみると、なかなか精神的に来るものがある。
夏も間近な晴天の日に、真っ黒なマント姿の男が、料理道具のいっぱい入った鞄を引いて歩いるのだから、目立って当然だ。
ひとまず俺は、とんがり帽の庇をつまんで女の子とその母親に会釈した。
大丈夫です、全然気にしてませんから。
どうか道中お気をつけて。
魔法災害には用心を。
そんな感じで。
「すみませんねぇ」
「いえ……」
お母さんは申し訳なさそうな顔をしながら、俺に会釈を返してきた。
「魔法使いさんがんばってねー!」
女の子はそう言って手を振ってくる。
俺はえへらえへらと笑いながら、その女の子に手を振って返してあげた。
* * *
7の月の5が付く日。
奇しくも俺の誕生日に、人類は自分達の中に魔法の力が存在することを自覚するようになった。
ある一人のマジシャンが、自分は本当に魔法が使えるのだと告白したことがきっかけだった。
世界中の研究機関が持てる英知を尽くして彼の能力を調べ上げ、そして、その男が本当に魔法を使えることが証明されたのが、まさにその日だったのだ。
世界は震撼し、人類は魔法使い探しに躍起になった。
発見された魔法使いは、速やかに大企業や公共団体等に吸収され、魔法を応用した工業製品やサービスが巷に溢れ、怪しげな魔術結社が各地に勃興した。
それに伴う事件もたくさん起きた。
魔女狩りも起きたし、政情的に危うい国の間では、魔法を使った戦争まで起った。
悲しいことに地球の一部は、魔力汚染で人の住めない場所になってしまった。
だがもちろん、人類はこの状況を指をくわえて見ていた訳ではなかった。
魔法の商業利用は禁止、もしくは制限され、国家による魔法能力者の管理は、国際的なルールになった。
そうして2000年代の中頃には、世界は一応の落ち着きを取り戻した。
一時は完全に社会から隔離されていた魔法使い達も、徐々にではあるが、元の生活を取り戻していった。
今ではこうして通りを歩くことも出来るし、電車にも飛行機にも乗れる。
誰にでも魔法使いとわかるような格好をして、という制限付きではあるのだけれど。
「ふう……」
俺はふと立ち止まり、自分の手の平をジッと見つめる。
そして炎の形をイメージした。
すると手の平の周辺が、陽炎の立ち込めるアスファルト路面のようにモヤモヤとし始めて、すぐに本物の炎となって現れた。
「うーむ」
手の平の上でメラメラと燃える炎を眺めながら、オレは唸る。
なぜか出せるようになってしまった魔法の炎。
理屈はさっぱりわからない。
魔法学校に通って、きちんとした授業を受ければ、いくらかはその原理を理解出来るのかもしれないけど。
今のところ俺に解っているのは『魔法を使いすぎると気分が悪くなる』ということくらいなのだった。
「ふう……」
手の平の炎を消す。
周囲の空気を少し暖める他には、何の利用価値もないこの魔法。
だがそれでも俺の人生は、このちっぽけな能力のために激変したのだ。
何で俺なんだろう? と思わないわけがない。
何で俺みたいな、人並みの人生を望んでいるだけの平凡な人間に、こんな能力が備わってしまったのだろう。
本当にどうしてなんだろう。教えてください、なんとかダムス先生。
* * *
市街地を少し離れて、景色に樹木の緑がまざり始めてきた頃に、それは起った。
晴天の空に突如として閃光が走り、バリバリと轟音が鳴り響いたのだ。
「あ、カミナリだ!」
「なんだ? また魔法使いの連中か?」
近くで地下配線の工事をしていたおじさん達が、驚いて作業を中断する。
「カミナリが鳴るような天気じゃねえよな?」
「ああ、どこかで魔法使いが暴れてるんだ。最近多いよなあ」
おじさん達はそれだけ言いうと、平然とした様子で作業を再開した。
流石は東京の人、魔法慣れしている。
俺は何となくバツの悪い気持ちで、工事現場の脇を通り過ぎた。
カミナリは相当近くに落ちたようだ。
恐らくは、この先に見える大きな公園の中だろう。
街中の公園で、白昼堂々と魔法を繰り出すなんて流石は東京だ。
とか思っていると、また眼の前でピカッとなった。
ゴオォォンと腹に響く音が鳴る。
上空を何かが……いや、人の形をした何者かが飛び回っている。
しかも見覚えのあるシルエットだった。
あれはさっき会った魔法美少女ではないか。
何をしているんだ?
「……まあ、俺には関係ないことか」
オレはそう呟いて、公園の前の道路をスタスタと通り抜けていく。
だがその瞬間、ジュッ! と目の前で何かが蒸発するような音がした。
「うぉうっ!」
思わずその場で飛び跳ねる。
気づくと、俺の足元のアスファルの路面に、焼印を押したような文字が刻まれていた。
『手伝えばか者』
「はぁ?」
酷い言い草じゃないか。
手伝えとか言っておいて罵倒してくるなんて……。
それにあと数センチずれていたら、俺の靴が真っ黒こげになるところだったぞ。
俺は逃げるようにして次の一歩を踏み出す。するとまた――。
――ジュッ!
『にげるな』
「ううう……」
どうやら何か光線のようなものを放って路面に印字しているらしい。
レーザープリンターの要領だ。
つまりこの文字は、上空を飛んでいる魔法美少女による仕業なのだ。
「どうすればいいんだよ……」
俺は上空を飛んでいる非常識な人影に向かってポツリ呟く。
もちろん、聞こえるはずはないだろうが――。
――ジュッ!
『いいからこい!』
靴の先が少しコゲた。くそっ、新品なんだぞこれ!
何としても俺に何かを手伝わせる気なんだ。
あの女、リリアとか言ったか。可愛いければ何でも許されるとでも思って――
――ジュッ!
『おもっているぞ?』
「…………」
もう何も言葉が出てこなかった。
俺は仕方なく、料理道具以外には貴重品の入っていない旅行鞄をその場に置いて、公園の中へ走っていった。
人類は滅亡することなく、こうして今日も生きながらえている。
滅亡どころが順調に数を増やして、地球の台所事情を危うくしてしまっている程だ。
生きることには様々な厄介ごとが付きまとうわけだけど、やっぱり食べ物の不自由に勝るものはないんじゃないかと俺は思う。生きることの基本は、やはり食うことなのだ。
きちんと食べてきちんと眠り、健やかな肉体と精神を保ち続ける限りにおいて、ひとまず俺たちは平穏に暮していくことが出来る。
はっきりとした答えの出る問題の方が少ないこの世の中によいて、それは間違いなく断言することのできる、数少ない真実の一つではないだろうか?
というわけで、俺の旅行鞄の中はその半分ほどが料理道具に満たされている。
片手鍋やら、フライパンやら、IHヒーターやらでごった返している。
魔法使いの七つ道具なんてものは入ってない。魔法使いなのは格好だけなのだ。
転向先の学生寮にも食堂はあるのだが、土日お休みするのだという。
俺としては土日続けてコンビニ飯というのは避けたいところだったので、こうして料理道具だけはしっかりと抱え込んできたってわけ。
「しかし重てえ……!」
今更ながらに後悔する。やっぱり郵送にしておくんだった。
おでこに汗がじっとりと滲んでくる。
本日は20XX年の6月21日
真っ黒なマントにつつまれたこの体を、初夏の陽射しが容赦なく焼いてくる。
そうして俺が、ヒイヒイ言いながら道を歩いていると。
「ママー、魔法使いさんー!」
「コラだめよ、知らない人を指差しちゃ」
俺の姿を見て、小さな女の子が騒ぎ立てた。
こうなることはわかっていたけど、実際に魔法使いってのをやってみると、なかなか精神的に来るものがある。
夏も間近な晴天の日に、真っ黒なマント姿の男が、料理道具のいっぱい入った鞄を引いて歩いるのだから、目立って当然だ。
ひとまず俺は、とんがり帽の庇をつまんで女の子とその母親に会釈した。
大丈夫です、全然気にしてませんから。
どうか道中お気をつけて。
魔法災害には用心を。
そんな感じで。
「すみませんねぇ」
「いえ……」
お母さんは申し訳なさそうな顔をしながら、俺に会釈を返してきた。
「魔法使いさんがんばってねー!」
女の子はそう言って手を振ってくる。
俺はえへらえへらと笑いながら、その女の子に手を振って返してあげた。
* * *
7の月の5が付く日。
奇しくも俺の誕生日に、人類は自分達の中に魔法の力が存在することを自覚するようになった。
ある一人のマジシャンが、自分は本当に魔法が使えるのだと告白したことがきっかけだった。
世界中の研究機関が持てる英知を尽くして彼の能力を調べ上げ、そして、その男が本当に魔法を使えることが証明されたのが、まさにその日だったのだ。
世界は震撼し、人類は魔法使い探しに躍起になった。
発見された魔法使いは、速やかに大企業や公共団体等に吸収され、魔法を応用した工業製品やサービスが巷に溢れ、怪しげな魔術結社が各地に勃興した。
それに伴う事件もたくさん起きた。
魔女狩りも起きたし、政情的に危うい国の間では、魔法を使った戦争まで起った。
悲しいことに地球の一部は、魔力汚染で人の住めない場所になってしまった。
だがもちろん、人類はこの状況を指をくわえて見ていた訳ではなかった。
魔法の商業利用は禁止、もしくは制限され、国家による魔法能力者の管理は、国際的なルールになった。
そうして2000年代の中頃には、世界は一応の落ち着きを取り戻した。
一時は完全に社会から隔離されていた魔法使い達も、徐々にではあるが、元の生活を取り戻していった。
今ではこうして通りを歩くことも出来るし、電車にも飛行機にも乗れる。
誰にでも魔法使いとわかるような格好をして、という制限付きではあるのだけれど。
「ふう……」
俺はふと立ち止まり、自分の手の平をジッと見つめる。
そして炎の形をイメージした。
すると手の平の周辺が、陽炎の立ち込めるアスファルト路面のようにモヤモヤとし始めて、すぐに本物の炎となって現れた。
「うーむ」
手の平の上でメラメラと燃える炎を眺めながら、オレは唸る。
なぜか出せるようになってしまった魔法の炎。
理屈はさっぱりわからない。
魔法学校に通って、きちんとした授業を受ければ、いくらかはその原理を理解出来るのかもしれないけど。
今のところ俺に解っているのは『魔法を使いすぎると気分が悪くなる』ということくらいなのだった。
「ふう……」
手の平の炎を消す。
周囲の空気を少し暖める他には、何の利用価値もないこの魔法。
だがそれでも俺の人生は、このちっぽけな能力のために激変したのだ。
何で俺なんだろう? と思わないわけがない。
何で俺みたいな、人並みの人生を望んでいるだけの平凡な人間に、こんな能力が備わってしまったのだろう。
本当にどうしてなんだろう。教えてください、なんとかダムス先生。
* * *
市街地を少し離れて、景色に樹木の緑がまざり始めてきた頃に、それは起った。
晴天の空に突如として閃光が走り、バリバリと轟音が鳴り響いたのだ。
「あ、カミナリだ!」
「なんだ? また魔法使いの連中か?」
近くで地下配線の工事をしていたおじさん達が、驚いて作業を中断する。
「カミナリが鳴るような天気じゃねえよな?」
「ああ、どこかで魔法使いが暴れてるんだ。最近多いよなあ」
おじさん達はそれだけ言いうと、平然とした様子で作業を再開した。
流石は東京の人、魔法慣れしている。
俺は何となくバツの悪い気持ちで、工事現場の脇を通り過ぎた。
カミナリは相当近くに落ちたようだ。
恐らくは、この先に見える大きな公園の中だろう。
街中の公園で、白昼堂々と魔法を繰り出すなんて流石は東京だ。
とか思っていると、また眼の前でピカッとなった。
ゴオォォンと腹に響く音が鳴る。
上空を何かが……いや、人の形をした何者かが飛び回っている。
しかも見覚えのあるシルエットだった。
あれはさっき会った魔法美少女ではないか。
何をしているんだ?
「……まあ、俺には関係ないことか」
オレはそう呟いて、公園の前の道路をスタスタと通り抜けていく。
だがその瞬間、ジュッ! と目の前で何かが蒸発するような音がした。
「うぉうっ!」
思わずその場で飛び跳ねる。
気づくと、俺の足元のアスファルの路面に、焼印を押したような文字が刻まれていた。
『手伝えばか者』
「はぁ?」
酷い言い草じゃないか。
手伝えとか言っておいて罵倒してくるなんて……。
それにあと数センチずれていたら、俺の靴が真っ黒こげになるところだったぞ。
俺は逃げるようにして次の一歩を踏み出す。するとまた――。
――ジュッ!
『にげるな』
「ううう……」
どうやら何か光線のようなものを放って路面に印字しているらしい。
レーザープリンターの要領だ。
つまりこの文字は、上空を飛んでいる魔法美少女による仕業なのだ。
「どうすればいいんだよ……」
俺は上空を飛んでいる非常識な人影に向かってポツリ呟く。
もちろん、聞こえるはずはないだろうが――。
――ジュッ!
『いいからこい!』
靴の先が少しコゲた。くそっ、新品なんだぞこれ!
何としても俺に何かを手伝わせる気なんだ。
あの女、リリアとか言ったか。可愛いければ何でも許されるとでも思って――
――ジュッ!
『おもっているぞ?』
「…………」
もう何も言葉が出てこなかった。
俺は仕方なく、料理道具以外には貴重品の入っていない旅行鞄をその場に置いて、公園の中へ走っていった。
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