猫たちの惑星

ナガハシ

エピローグ ―少女―

 学校はしばらくお休みになったので、私は仕方なくお茶をすすりながら電子ビジョンを見ています。


《クルーガーさん、本当に番組を終わらせちゃいましたね……》
《ハッハー、何事もいつかは終わってしまうものさ! というわけで来週からはキャッティー・クルーガーのねこまんま教室が始まるぞ! 見逃すな……いでででっ!》
《クルーガーさーん!?》


 まだ治ってない手を無理に振り上げて悶絶するクルーガーさん。
 なにはともあれ、元気そうで良かったのです。
 来週から始まるお料理の番組は確かに楽しみなのですが、そんなことははっきり言ってどうでも良くなる事態が発生していたのです。


 なんと私達は、みんな猫になっていたのです。
 私は黒猫で、お母さんは茶トラで、お父さんは白黒ぶちの猫さんに。
 正直言って、いまだに実感がないのですが、私達が一人一つはもっている携帯端末に、その時の画像が入っているですから本当のことなのでしょう。
 友達のユキちゃんの携帯にも、ちゃんとクリーム色のネコさんが写っていました。


 一体誰がそんなことをしたでしょうか。
 ホトトギスに住む人たちをみんな猫に変えて、その写真を取ってみんなに配るなんて。
 いたずらにしたって程度が過ぎています。
 今、惑星中の頭の良い人たちが犯人をさがしていますが見つかっていません。
 お父上も記事にしたためなければならないことが多すぎて、ずっと書斎に閉じこもってるんです。


「貴子、お餅がやけましたよ」


 お母上がキッチンから戻ってきました。
 今日はひまわりの柄があしらわれた着物を着ていて、やっぱり季節感がとぼけています。
 わざとなのかな?


「母上、ネコだった時のことを何か覚えていますか?」
「そうねえ、なんだかのーんびりしていたことくらいしか覚えていないわ」
「そうですか、貴子もそんな感じです」


 熱いお餅を慎重にかじりながら、ぼんやりと思いを巡らせてみますが、やっぱりよく覚えていません。
 私は確か、猫みたいな人達の家にいたはずなのですが、気づけば日付が3日過ぎていて、自分の部屋のベッドの中で裸で眠っていました。
 よく風邪をひかなかったものです。一体誰がメタンのヒーターを入れてくれたのでしょう。


「そんなことより貴子、新しく買った足袋の履き心地はどう?」
「とても素晴らしい履き心地なのです、お母上。ルーズソックスより温かいのです」


 私は母上と一緒に足をパタパタさせます。
 私達が人間に戻ってから割りとすぐに、母上が通販で購入したものです。
 イリジウム衛星からナノマシンを介して電力が供給されることで、常に足元を温めてくれる優れものです。


「ニーソやルーズソックスも良いけれど、やっぱり着物には足袋よね」
「そうなのですっ。貴子も、もうすぐ中学生なので、いつまでも膝のでた着物は着ていられませんから」
「うふふ、良い買い物をしたわね」


 靴下ひとつ変えるだけで、こんなにもポカポカした気分になるなんて知りませんでした。
 ちなみにおそろいのものを父上も履いています。きっと仕事もはかどることでしょう。


 お餅を食べながらビジョンを眺めていると、だんだんネコだった頃のことがどうでも良くなってきました。ビジョンの番組でも、その手の特番が減っていっています。
 いつまでも昔のことにこだわっていても仕方のないことですからね。


「にゃー」
「ぶごにゃー」


 二階からふぐりとはくびが降りてきました。
 はくびさんはすっかりうちの子になりました。


「あら、フーちゃんとハッちゃんも小腹が空いたのね」
「お母上、はくびさんのことをハッちゃんと呼ぶのは如何なものかと思います」
「あらそう? 可愛いと思うのだけれど……ハッちゃん」


 残念そうにつぶやく母上ですが、譲れないものは譲れません。
 せめてハクちゃんと呼んで欲しいものです。
 私は二人の背中をそれぞれ一撫ですると、小走りでキッチンに向かいます。
 二人の大好物の焼き魚フレークを温めなければなりません。


「ネコさん達がいてくれて本当によかった、うふふ」


 私はそうつぶやきながら、フレークの入った冷凍袋を電子レンジに入れました。


 知ってましたか?
 電子レンジの構造って、2千年も前からほとんど変わっていないんですって。


 まるで、人間と猫の関係みたいだなって、くるくる回るレンジの中身を眺めながら、私は思ってみたりするのでした。













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