猫たちの惑星
行き違い -父親-
事故の影響でリニアは全線不通になっていた。
電話は相変わらず繋がらない。
どうやらキャリア会社が潰れてしまったらしい。
私は使い慣れないバスを乗り継いだり、運動不足な両足に鞭打ったりして我が家を目指した。
私が家に戻った頃には夜の9時を過ぎていた。
「おや……?」
貴子の部屋の明かりがついていない。
なんだろう、とても嫌な予感がする。
「貴子! 清美さん!」
家の中には誰も居ないようだった。そのまま家を飛び出して、そこら中を探し回る。
「貴子ー! 清美ー!」
“あなたー!”という声が、お隣の望月さんの家の方から聞こえてきた。
清美さんだ。
私は声のする方に駆けてゆく。
「あっ!」
「うわ!」
望月宅のブロック塀の門をくぐるところでちょうど清美さんと出くわした。
私達はあやうく頭をぶつけてしまうところだった。
清美さんはただでさえ色白なその素顔をさらに青白くして、酷く慌てふためいているようだった。
これはただ事ではない。私は殆ど直感的にそう思った。
「清美さん! 一体どうなっているんだい?」
「貴子が、貴子がまだ帰ってきてないんです! 私がパートから戻ってきた時からいなくて」
「なんだって!?」
そして清美さんはメモ書きのようなものを出してきた。
「こんなものがテーブルの上においてあって。あなた! 貴子に会ってないんですか?」
そのメモには『お父上の会社に行ってきます。ごめんなさい』と書かれていた。
私はその場に崩れ落ちた。
貴子が私の会社に?
何故?
貴子は……貴子はそれほどまでにして私に何を?
「なんてことだ、行き違ってしまったんだ……しかし何故?」
「あなた……今日は2月14日です……」
「はっ!」
チョコか? チョコを私に届けようと?
まったく気がつかなかった。
もうそんなものはもらえないだろうと、昨日のことで貴子に嫌われてしまったのだと、すっかりそう思い込んでしまっていた。
「あなた、やっぱり昨日の夜、何かあったんですね?」
「ああ、昨日……風呂場で、貴子と口論になって……」
私がそう言うと清美さんは、その顔を私の胸にうずめるようしてうなだれて、まるで「どうしてそれを言ってくれなかったんですか?」とでも訴えるように首を振った。
「電話も繋がらないし……警察にも連絡したのですけど、そんなことにはかまっていられないという感じで……」
清美さんの瞳にみるみる涙がたまっていく。
清美さん自身にも何か思うところがあるらしい。
その表情は失意と後悔に満ちている。
「今は望月さんにお願いして、探してもらっているところなんです……どうしましょう! 貴子の身に何かあったら、私、私……ああ!」
清美さんは両手で顔を覆って泣きだしてしまった。
私は清美さんの肩を掴んで言う。
「探そう、探すんだ! それしかない!」
私がいけないのだ。
貴子の気持ちをわかってやれなかった私のせいだ。
「必ず見つけ出すんだ!」
その時だった。
突然玄関が開いて、中から口ひげを蓄えた恰幅の良い人が出てきた。
望月家の旦那さんだ。
そのすぐそばには娘のユキさんもいた。
「あ! 星川さん! 大変なことになりましたね!」
「ああ……望月さん、こんな大変な時に、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「いえいえいえ! いいんですよ! それよりね、うちのユキがですね、夕方ごろにお宅の貴子ちゃんとメールをしていたらしいんです!」
「そうなんだよおじさん! なんか電車が止まっちゃったらしくてさ!」
夕方頃か、丁度私が会社を出たころだ……。
「今ね、GPSの管理会社に問い合わせているところなんですよ。貴子ちゃんの携帯にも入っているでしょ? もう少ししたら何か返事が来ると思いますよ!」
「電話が使えるのですか?」
「はい、有線電話とWEBは使えますよ。携帯はダメみたいですけどね。いやー、こんな時代遅れの機械も使ってみるもんですね」
「ああ……何から何まで恐れ入ります」
娘さんが望月さんのズボンの裾を引っ張っている。
「なんだよユキ! もう遅いからお前は部屋にいなさい!」
「いやだよ! 私も貴子ちゃんを探す!」
「バカいえ! 今がどんな時だかわかってないだろ!」
「バカはオヤジだ! 大事な友達ほっといて寝ていられるか! 私もつれてけ!」
「ガキがいたって邪魔になるだけだ! いいからお前は寝てろ!」
「ガキっていうじゃねえ!」
そういって娘さんは望月さんの足を蹴った。
ああ……なんて元気な親子なんだろう。
「あいた! この! あんまりお父さんを怒らせるんじゃない!」
「ちょ! なにすんだよ! 放せよ!」
望月さんが娘さんの襟首を掴んで家の中に押し込めようとしたそのとき、受話器を持った奥さんがリビングから顔を出した。
「あんたー! お電話きたわよー!」
「おおう! 今行く! 星川さん、ちょっとだけ辛抱しててくださいね!」
そういって親子そろってバタバタと走っていく。
そして辺りは私と清美さんだけになり、驚くほどに辺りは静かになった。
「なあ清美さん」
清美さんは着物の袖で涙を拭いながらこちらを向く。
「私達の家庭には、何か決定的に足りないものがあった気がするんだ」
清美さんは何も言わずにうなずいた。
「そして貴子だけがそれを知っていた。それが何よりも貴子を苦しめていたんだ」
「はい……フジキさん」
貴子を見つけ出したら、まっ先に抱きしめてやろうと思う。
貴子がどんなに嫌がろうとも、セクハラ親父と呼ばれようとも、私はこの手で貴子を抱きしめて、クシャクシャになるまで頭を撫でてやろうと思う。
そしてこれからもっと、色々なことを包み隠さず話し合おう。
もっと素直に生きられるように努力しよう。
「星川さーん! わかりましたよ! ウグイス丘公園から数キロの所です!」
望月さん達は、家族三人して何やら色々と抱えて玄関前に出てきた。
「ええ!? なんでそんなところに?」
ウグイス丘公園はここから10キロ程の場所にある高台で、ホンカワ市の花見の名所だ。
私の家と会社のほぼ中間に位置するのだが……。
「とりあえず地図を見てみましょうか……ええと、どうやらバスに乗ったみたいですね」
「電車はもうずっと止まっていますから」
「はい、それでバスでいけるところまで行って……多分この辺りで降りたんでしょう」
望月さんが地図上の一点を指し示めす。
するとそれを見ていた娘さんが声を上げた。
「わかった! 貴子ちゃんきっとウグイス丘を目指して歩いているんだ! あの辺で目印になる場所ってここくらいだから!」
私は貴子のことを思う。
貴子は私の会社まで辿りついたのだろう。
そして、そこでもぬけの殻になった社屋を見たのだ。
その時の貴子の気持ちを私は思った。
一体どれほど落胆しただろうか。
そして今まさに貴子は、この夜空の下を一人で歩いているのだ。
どれだけ不安な気持ちでいるのだろう。
そう思うと、もういてもたってもいられなかった。
「望月さん! 電動サイクルをおもちでしたよね!?」
「え? ええ、ありますよ。古式ゆかしき充電式ですが何か?」
「貸して頂きたい!」
「ええ? ケッタで行くんですか!?」
「はい。道はあちこちが封鎖されて、ひどく渋滞しています。たぶんケッタの方が早い!」
「わかりました!」
望月さんはまたバタバタと家に駆け込み、そしてキーを持って戻ってきた。
「はいこれ、ケッタは裏に止めてあります!」
「ありがとうございます、このご恩は必ず!」
「私も今から借りられる車を探しますよ! ああそうだ、連絡はどうしたら」
「公衆電話を使いましょう。だれがが家に残ってリレー係りになってください!」
「おお、それはいいアイデアだ。ユキ、お前がやれ! それでいいだろ」
「やだよ! 私は貴子ちゃんを探すんだ!」
「あー! もう好きにしなさい! でも絶対にはぐれるなよ!?」
私は望月の親子のやり取りが一段落したところで声をかける。
「それでは一足先に向ってまいす。清美さん、行ってくるよ」
「気をつけてフジキさん!」
「星川さんがんばってー!」
私は電動サイクルのキーを握り締め、家の裏手に回る。
充電ケーブルを抜いてキーを指し、アシストモーターを起動させる。
――貴子、今すぐ行く!
心の中でそう呟くと、私はもてる限りの力でりペダルを蹴った。
電話は相変わらず繋がらない。
どうやらキャリア会社が潰れてしまったらしい。
私は使い慣れないバスを乗り継いだり、運動不足な両足に鞭打ったりして我が家を目指した。
私が家に戻った頃には夜の9時を過ぎていた。
「おや……?」
貴子の部屋の明かりがついていない。
なんだろう、とても嫌な予感がする。
「貴子! 清美さん!」
家の中には誰も居ないようだった。そのまま家を飛び出して、そこら中を探し回る。
「貴子ー! 清美ー!」
“あなたー!”という声が、お隣の望月さんの家の方から聞こえてきた。
清美さんだ。
私は声のする方に駆けてゆく。
「あっ!」
「うわ!」
望月宅のブロック塀の門をくぐるところでちょうど清美さんと出くわした。
私達はあやうく頭をぶつけてしまうところだった。
清美さんはただでさえ色白なその素顔をさらに青白くして、酷く慌てふためいているようだった。
これはただ事ではない。私は殆ど直感的にそう思った。
「清美さん! 一体どうなっているんだい?」
「貴子が、貴子がまだ帰ってきてないんです! 私がパートから戻ってきた時からいなくて」
「なんだって!?」
そして清美さんはメモ書きのようなものを出してきた。
「こんなものがテーブルの上においてあって。あなた! 貴子に会ってないんですか?」
そのメモには『お父上の会社に行ってきます。ごめんなさい』と書かれていた。
私はその場に崩れ落ちた。
貴子が私の会社に?
何故?
貴子は……貴子はそれほどまでにして私に何を?
「なんてことだ、行き違ってしまったんだ……しかし何故?」
「あなた……今日は2月14日です……」
「はっ!」
チョコか? チョコを私に届けようと?
まったく気がつかなかった。
もうそんなものはもらえないだろうと、昨日のことで貴子に嫌われてしまったのだと、すっかりそう思い込んでしまっていた。
「あなた、やっぱり昨日の夜、何かあったんですね?」
「ああ、昨日……風呂場で、貴子と口論になって……」
私がそう言うと清美さんは、その顔を私の胸にうずめるようしてうなだれて、まるで「どうしてそれを言ってくれなかったんですか?」とでも訴えるように首を振った。
「電話も繋がらないし……警察にも連絡したのですけど、そんなことにはかまっていられないという感じで……」
清美さんの瞳にみるみる涙がたまっていく。
清美さん自身にも何か思うところがあるらしい。
その表情は失意と後悔に満ちている。
「今は望月さんにお願いして、探してもらっているところなんです……どうしましょう! 貴子の身に何かあったら、私、私……ああ!」
清美さんは両手で顔を覆って泣きだしてしまった。
私は清美さんの肩を掴んで言う。
「探そう、探すんだ! それしかない!」
私がいけないのだ。
貴子の気持ちをわかってやれなかった私のせいだ。
「必ず見つけ出すんだ!」
その時だった。
突然玄関が開いて、中から口ひげを蓄えた恰幅の良い人が出てきた。
望月家の旦那さんだ。
そのすぐそばには娘のユキさんもいた。
「あ! 星川さん! 大変なことになりましたね!」
「ああ……望月さん、こんな大変な時に、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「いえいえいえ! いいんですよ! それよりね、うちのユキがですね、夕方ごろにお宅の貴子ちゃんとメールをしていたらしいんです!」
「そうなんだよおじさん! なんか電車が止まっちゃったらしくてさ!」
夕方頃か、丁度私が会社を出たころだ……。
「今ね、GPSの管理会社に問い合わせているところなんですよ。貴子ちゃんの携帯にも入っているでしょ? もう少ししたら何か返事が来ると思いますよ!」
「電話が使えるのですか?」
「はい、有線電話とWEBは使えますよ。携帯はダメみたいですけどね。いやー、こんな時代遅れの機械も使ってみるもんですね」
「ああ……何から何まで恐れ入ります」
娘さんが望月さんのズボンの裾を引っ張っている。
「なんだよユキ! もう遅いからお前は部屋にいなさい!」
「いやだよ! 私も貴子ちゃんを探す!」
「バカいえ! 今がどんな時だかわかってないだろ!」
「バカはオヤジだ! 大事な友達ほっといて寝ていられるか! 私もつれてけ!」
「ガキがいたって邪魔になるだけだ! いいからお前は寝てろ!」
「ガキっていうじゃねえ!」
そういって娘さんは望月さんの足を蹴った。
ああ……なんて元気な親子なんだろう。
「あいた! この! あんまりお父さんを怒らせるんじゃない!」
「ちょ! なにすんだよ! 放せよ!」
望月さんが娘さんの襟首を掴んで家の中に押し込めようとしたそのとき、受話器を持った奥さんがリビングから顔を出した。
「あんたー! お電話きたわよー!」
「おおう! 今行く! 星川さん、ちょっとだけ辛抱しててくださいね!」
そういって親子そろってバタバタと走っていく。
そして辺りは私と清美さんだけになり、驚くほどに辺りは静かになった。
「なあ清美さん」
清美さんは着物の袖で涙を拭いながらこちらを向く。
「私達の家庭には、何か決定的に足りないものがあった気がするんだ」
清美さんは何も言わずにうなずいた。
「そして貴子だけがそれを知っていた。それが何よりも貴子を苦しめていたんだ」
「はい……フジキさん」
貴子を見つけ出したら、まっ先に抱きしめてやろうと思う。
貴子がどんなに嫌がろうとも、セクハラ親父と呼ばれようとも、私はこの手で貴子を抱きしめて、クシャクシャになるまで頭を撫でてやろうと思う。
そしてこれからもっと、色々なことを包み隠さず話し合おう。
もっと素直に生きられるように努力しよう。
「星川さーん! わかりましたよ! ウグイス丘公園から数キロの所です!」
望月さん達は、家族三人して何やら色々と抱えて玄関前に出てきた。
「ええ!? なんでそんなところに?」
ウグイス丘公園はここから10キロ程の場所にある高台で、ホンカワ市の花見の名所だ。
私の家と会社のほぼ中間に位置するのだが……。
「とりあえず地図を見てみましょうか……ええと、どうやらバスに乗ったみたいですね」
「電車はもうずっと止まっていますから」
「はい、それでバスでいけるところまで行って……多分この辺りで降りたんでしょう」
望月さんが地図上の一点を指し示めす。
するとそれを見ていた娘さんが声を上げた。
「わかった! 貴子ちゃんきっとウグイス丘を目指して歩いているんだ! あの辺で目印になる場所ってここくらいだから!」
私は貴子のことを思う。
貴子は私の会社まで辿りついたのだろう。
そして、そこでもぬけの殻になった社屋を見たのだ。
その時の貴子の気持ちを私は思った。
一体どれほど落胆しただろうか。
そして今まさに貴子は、この夜空の下を一人で歩いているのだ。
どれだけ不安な気持ちでいるのだろう。
そう思うと、もういてもたってもいられなかった。
「望月さん! 電動サイクルをおもちでしたよね!?」
「え? ええ、ありますよ。古式ゆかしき充電式ですが何か?」
「貸して頂きたい!」
「ええ? ケッタで行くんですか!?」
「はい。道はあちこちが封鎖されて、ひどく渋滞しています。たぶんケッタの方が早い!」
「わかりました!」
望月さんはまたバタバタと家に駆け込み、そしてキーを持って戻ってきた。
「はいこれ、ケッタは裏に止めてあります!」
「ありがとうございます、このご恩は必ず!」
「私も今から借りられる車を探しますよ! ああそうだ、連絡はどうしたら」
「公衆電話を使いましょう。だれがが家に残ってリレー係りになってください!」
「おお、それはいいアイデアだ。ユキ、お前がやれ! それでいいだろ」
「やだよ! 私は貴子ちゃんを探すんだ!」
「あー! もう好きにしなさい! でも絶対にはぐれるなよ!?」
私は望月の親子のやり取りが一段落したところで声をかける。
「それでは一足先に向ってまいす。清美さん、行ってくるよ」
「気をつけてフジキさん!」
「星川さんがんばってー!」
私は電動サイクルのキーを握り締め、家の裏手に回る。
充電ケーブルを抜いてキーを指し、アシストモーターを起動させる。
――貴子、今すぐ行く!
心の中でそう呟くと、私はもてる限りの力でりペダルを蹴った。
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