猫たちの惑星

ナガハシ

勝ち組 -メイド-

 星間シャトルの発射場へと向う駅のホーム。
 空へとあがる旅人達の影はまばら。
 西の空へと暮れ始めた夕日に照らされて、発射場に向う二条のレールが金色に輝いています。


「やっとここまで辿りつきましたわね、誠さま」


 私は男の腕を胸に抱き寄せ、そしてホトトギス居住区の郊外に広がる草原を見渡します。
 遠くにシャトル発射場の管制塔がキラキラと光る。


「ああ、ドロシー。君のお陰でここまで来ることができた」


 男はとても聴き取りにくい声でボソボソと言ってきました。
 見上げてみたその顔は、まるで遠い昔の地球の島にあったといわれる大石顔のよう。
 随分と幸少ない生涯を送ってきたのでしょうね。
 一切の笑顔を失ったその人相は、古代遺跡のように固まってしまっています。
 この男を落とすのは実に簡単なことでした。
 私の哀れな境涯をただ晒すだけで良かったのですから。


「私は何もしておりませんわ。全ては誠さまのお力あってのことです」
「君が紀夫の告発タイミングを教えてくれなかったら、我々は今ここにはいない。本当に感謝している」
「身に余るお言葉……」


 私はこの醜男の腕にもたれながら、今後の身の振り方について思いを巡らせます。
 出来るだけ早いうちにユートピア衛星を出て、約束の庭園に舞い戻りたいところですが、きっとほとぼりが冷めるまでひと月はかかってしまうでしょう。
 それまでこの男と付き合い続けるのは、実に億劫なことです。


 横目で駅のホームを見渡します。
 豪華なコートに身を包んだ老夫婦が夕日を見つめていました。
 五指に宝石類をちりばめた婦人が、その手で小さな男の子の手を握って立っていました。
 突然の経済混乱に悲鳴をあげるホトトギス。
 その状況にあって、こうしてここに居るということは、皆さん上手くやられた人たちですね。
 入場ゲートから若い殿方が一人、スーツケースを牽いてやって来ました。
 品の良い白のスーツを着て、サラリとした髪の毛を爽やかに靡かせています。
 私は男にすがりついたまま、彼に向かってこっそりと微笑を投げかけます。
 目ざとくそれに気づいたその方は、理知的な表情に意味深な笑みを浮かべて返してきました。
 明日からはきっとご近所さんです。


「おや、誰かさんがノコノコとついて来てしまったようだ」
「え……? あらまあ」


 言われて振り向いてみれば、駅のホームを囲むフェンスの向こうに、あのボウヤの姿がありました。


「はあ……はあ……」


 どれだけ必死になってやってきたのでしょう。
 スーツはよれよれに着崩れて、前髪が汗でおでこに引っ付いています。
 彼は無理矢理フェンスを乗り越えると、鬼のような形相を浮かべてこちらに歩いてきました。


「ドロシー……」


 静かなる怒気を全身から放つボウヤ。
 そんな彼の様子をしばらく見守っていた人々が、場の空気を読んだのか、不敵な笑みを浮かべながら離れていきます。


「気安く呼び捨てにしないでくださいませ」


 ボウヤから奪ったあのご老人のへそくりを懐に隠して、私は彼に言い放ちます。


「私はかくも名高きコスモニア家の第六令嬢、ドロシーナ・コスモニアですわ」
「僕を! 僕をずっと騙し続けていたのか!?」


 騙す? あなたの欲しがったものは大体くれてやったじゃないですか。


「お爺さまの遺産を返すんだ!」
「あら、何のことか私さっぱりですわ、その汗まみれの顔を近づけないでくださいませ」
「こんなことをしてただで済むと思うな! 絶対にお前らを惑星警察に突き出してやる!」


 そういって彼は私を押しのけ、そして父親らしき人の胸倉をつかみます。


「あんたって人は! この星が今どんなことになっているのか、わかっているのか!」
「ああ、わかっているとも。みんな自分たちの欲望のツケを支払っているんだ」
「奢ったことを! 言え! 言うんだ父さん! あんた達は一体何をした!」
「さて、私にはわかりかねるな。私はただ言われるままにボイラーを動かし、入浴剤を投入しただけだ。そして何か理不尽な責任を全部押し付けられそうだったから、こうして女中の一人と一緒に逃げ出した。それだけのことなのだよ」


 ボウヤは悔しさと怒りに、歯をギリギリと鳴らして父親を睨みつけています。


「世の中にはな、紀夫。私達が想像も出来ないような大きな資金を、鼻息一つで吹き飛ばしてしまうような人間がいるんだよ。私達はみな、その者達のきまぐれに乗っかって暮らしているに過ぎない。世の中には実に恐ろしい、神のごとき権力をもった人々がいるのだよ……。そのような者達の考えていることなど、私にはとうていわかりかねる」
「ぐぐぐ……」
「紀夫さま、お分かりになりましたか? さっさとその手をお放しください! 私達はこれからユートピア衛星でつつがなく暮らすのです。もう地上のゴタゴタはこりごりですわ!」
「黙れドロシー! 僕は地獄の果てまでだってお前を追い回してやる! 地べたに這い蹲らせて、死ぬまで僕の靴の裏を舐めさせてやる! まずはその懐の中にあるものを出すんだ!」


 そしてあろうことかボウヤは、髪の毛を掴んできました!


「なにをするのです! 放して! 誠さま! 助けて!」


 若旦那さまはポケットからスタンガンを取り出して起動させました。
 使用記録が送信される電子音が鳴り響きます。


「はっ」


 ボウヤがそれに気づくと同時に、スタンガンが押し付けられる。


「うあああ!」


 悲鳴を上げ、その場に倒れこむボウヤ。
 すぐさま人型の警備ロボットがやってきて、ボウヤの身柄を拘束します。
 自業自得、先に手を出した方が負けなんです。


「ちくしょう! ちくしょうー!」


 目に涙を浮かべて悔しがり、どこかに運び去られていくボウヤ。
 それにしても全然父親に似ていませんね。


「……他人の種を借りて作った子とはいえ」


 そう言って男は小さくため息をつきます。
 その一言が、この父子の関係を何よりも物語っているようでした。
 なんて哀れな一族なんでしょう。


 ともあれ、厄介者は居なくなりましたね。
 電車が来るまであと少しです。


「さて、ドロシー」
「はい、誠さま」
「君とも今日でお別れだ」 


……どういうこと?


「君のお陰で、あの屋敷でも暮らしもそう悪いものではなかった、本当に感謝しているよ」
「な、何を言っておられるのですか?」
「君が紀夫とも通じ、私をも罠にはめようとていたことはわかっている。そして君のお父上が存命で、お仲間達と結託してホトトギスをこんなにしてしまったこともな……」


 そう言って男は私の胸倉を掴んで引き寄せ、もう片方の手で私の首を鷲づかみに……。


「なっ!?」


 首筋に何かが注入された……!
 私は首を手で押さえて後ずさる。


「な……何をした!」
「なあに、命に問題のあるものではない。少しだけ記憶をあやふやにするがね」
「……き、きさま!」
「君には色々なことを忘れてもらわなければならない。あの屋敷で見聞きしたこと、この星で起きたこと、そして、お父上との約束のこと」


 この男が何でお父様と私達の約束を知っている!
 く、頭がクラクラしてきた……。


「君はまだ気づかないのかね?」
「何に気づいてないというの! こんなことをして、お父様がただではおきませんわ!」
「君は本当にあのコスモニア財閥の令嬢なのかね?」
「そうですわ!」
「ふむ、では君はちゃんと母親の胎内から生まれてきたのかね?」


 そんなの当たり前じゃない!
 そんなこと……私達のお母様は、お母様は……。


「恐らく君には母親との記憶がない……あるいは曖昧なものしかない。違うかね?」
「私の……私のお母様は私が小さいころに……死んで……」
「だがきっと、君はお母様の生前の写真すら見たことがないはずだ。違うかね?」
「う……」
「それは少しおかしな話だと思うのだが、どうだろう?」


 一体何を言いたいの? この男は!


「お父様が、私達を、騙しているとでも……?」


 すると男は、さも哀れそうな目でこちらを見つめてきた。
 なんなの? 気色悪い!


「では教えてあげよう。君のお父上も物好きなものだ。人工子宮を使って娘ばかり6人もこさえて、自分のためだけのハーレムにするとは。そして強度の矯脳で支配し、女スパイとして送り込むなど……この私でさえ、とても人間の所業とは思えんよ」


 ハーレム? 支配? この男は何を言っているのかしら……?


「まだわからないかな? もし君のお父様が、君の事を本当の娘として愛していたなら。君にこんな仕打ちをした私をけして生かしてはおかないだろう。しかし、私は現にこうして、君の記憶を消そうとしている。なぜ私がこんなことを出来ると思うかね?」


 そ、そんなことは……そんなことはあるはずがない!


「そう、君達の記憶を消すように頼んできたのが、まさにそのお父様本人だからだ」


 ふ、ふふ……うふふふ。もう何もわかりません。薬で頭がクラクラしているんですもの。


「残念だったね。君はもはや用済み、ただの一匹の野良猫にすぎない」


 そういって男はその醜悪な顔に薄ら笑みを浮かべてきました。


「そんな言葉、信じるものですか! お父様の……名を……穢すものは……くっ、みんな……みんな恥辱と屈辱のなかにのたうち回って死んでしまえ! もしくは永遠に……永遠に解けない呪いの中で生き続けるがいいんだわ!」
「呪いか、ふふ……。言われてみれば確かに、私は生まれたときから呪われていたのだ。あのような家に生まれ、このような醜い姿で生まれた」


 そう言いながら男は、自らの顔の肉をさする。
 岩のように無機質なその顔が、私には悪魔以外の何者にも見えませんでした。


「君は報酬のない世界で生き続けることが出来るかね? 一生虐げられて生きるくらいなら、悪魔になったほうがましだとは思わんかね?」
「……何をいまさら?」
「私はユートピア衛星の技術で、この体を永遠に年を取らない少女の姿に変えてもらうつもりだ。その姿を見て、私を悪魔と呼ぶものはきっといるまい。きっと皆、私のことを天使と言って可愛がってくれるだろう」
「ばかげてるわね! そんなオプション……くっ、資金が足りるはずが、無いわ! どの道あんたは……ハアハア……すぐにユートピアを追い出されて……ハアハア……冷たい宇宙を漂いながら死ぬ……死ぬのよ!」


 薬がかなりまわってきているようです。
 目の焦点が……うまくあわない……。


「私はこの星で蓄えた資金の他に、ターミガンがつぶれる時に少しばかり稼がせてもらっていた。君のお父上からの情報を受けてね。あの人は本当に恐ろしい人だ。あの者こそ真に悪魔と呼ばれるにふさわしい」


 そう言って悪魔は私を掴みあげ、そして懐の中にその薄汚い手を突っ込もうとしてきました。


「この金はもう君が持っていても仕方のないものだ、旅賃にでもさせてもらおう」


 私は朦朧とする意識にムチ打って、その手を払い除ける。
 そしてドレスの中に隠しておいた護身用ビームナイフを取り出して起動させる。
 使用情報の送信を告げる電子音が鳴る。


「ここに来てさらに無意味な罪を重ねようというのか。どの道君は記憶の多くを失って、その懐の中にあるものの価値さえ解らぬ、ただの小娘になるというのに」
「これは私が私の力で勝ち取った財産よ! 絶対に渡すものですか!」


 ホームの端の方にいる人々が愉快そうな目をしてこちらを見ています。
 みんなユートピア衛星に向う人達です。
 私達の間で繰り広げられる命がけの狂想劇も、彼らにとってはただの見世物に過ぎないのでしょう。
 この胸の内にふつふつと、激しい怒りがこみ上げてきます。
 この場に居る全員、皆殺しにしてやりたい。
 強く強くそう思います。


「先制攻撃はゆずってあげようじゃないか。私は犯罪者にはなりたくないからね」


 腰を落として構え、ナイフの柄を強く握り締める。
 そして私は、あらん限りの力を振り絞って、叫び声をあげながら飛びかかりました。


「くそったれー!」


 全身全霊を込めた一線が、悪魔の喉笛めがけて飛んで行く。
 目に映った遠い空が、怒りと憎しみで真っ赤に燃えている。


 お父様。
 ああ、お父様!













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