猫たちの惑星
箱レコード -博士ー
結局、この研究所で作られたキャットアニマロイドはその3体だけだった。
このような市中にある研究所で、アニマロイドを量産するのは危険であると判断されたためだ。
我々の予想に反して、彼らは実に良く眠った。
何か困ったことが起きたとき、とりあえず眠るという亜人の習性に基づく行動だろうか。
それともただ単に猫であるというだけなのだろうか。
いずれにしろ彼らは、そうして眠る度に、現状に適応していくようだった。
研究員達が初めのうち、どれだけおっかなびっくりで彼らに接していたかは想像に難くないだろう。
アニマロイド達も、最初は露骨に彼らに牙をむいていた。
しかし我々と彼らがこの状況に馴染むのに、そう時間はかからなかった。
研究員達は実に熱心に彼らの面倒をみたし、アニマロイド達も気に入った研究員に対して、懐くような行動を見せ始めた。程なくして名前も付けられた。
亜人五割:猫五割のオスの試験体「ヒム」
亜人七割:猫三割のメスの試験体「シー」
亜人九割:猫一割のオスの試験体「ゼム」
名前が付けられると同時に、彼らの交流は一気に進んだ。
研究員とアニマロイド達の間に、意志疎通のようなものが見られるようになったのだ。
「先生、シーがヒムの性欲を嫌がっています。部屋を分けましょう」
「先生、ヒムが猫舌のくせにラーメンを食べたいといっています、出前をとって良いですか?」
「先生、シーが僕の眼鏡をしきりに覗き込むんです。鏡を与えたいのですが」
「先生、ゼムが歯間ブラシを望んでいます。買って来ますね」
「先生、ヒムがケージから出たがっています。ネコの割合が多いから、ストレスになっているんでしょうね。シーとゼムは相変わらず眠りまくってますけど」
「先生、何回やってもゼムにカードゲームで勝てません。どうなっているんでしょう?」
「先生、シーが床に体をこすりつけています。これって、これって発情ですよね? どどど、どうしましょう!」
毎日のように研究員達からオーダーや質問があがってきた。
思えばこの時期が、我々にとって一番楽しく、そして幸せな日々だったのかもしれない。
程なくして栄輪儀さんから連絡があった。
静止軌道上にある軍の隔離研究所でアニマロイドの量産試験が始まったらしい。
融合するネコの品種や、その融合率を変化させた試験体を何百体も作って、その能力の比較検討を行う。
隔離研究所から送られてくるデータの処理と、3体のアニマロイドの世話が、当面の我々の仕事となった。
* * *
ある日、研究所に忘れ物をして戻ったとき、宿直の研究員がシーの部屋で何かしているのを発見した。
「……ほらシーちゃん、約束のエビフライ。一緒に食べよう」
「アリガト! だいスキ!」
研究員の一人がシーと懇意になったらしい。
しばらくの間、二人がエビフライを食べるサクサクという音がしていた。
「シーちゃん、やっぱりここを出たいかい?」
「ココせまい、ひろいトコ、イキタイな……」
「だよね、そうだよね。君達をそんなにしてしまった僕らが、何をいえたものでもないけど。シーちゃん、僕は君を自由にしてあげたいよ」
「ハジメ、びっくりした。コンランした。デモこのカラダ、太ってない、小さくもない。フサフサしてて気持ちイイ。ミミかわいい、しっぽカワイイ」
二人が話しこんでいるようだったので、もう少し覗き込んで様子を見てみた。
檻が開けられているようなら注意しなければいけないが……どうやらそれは杞憂であったようだ。
二人とも床に四つ足をつき、同じような猫の姿勢をして見つめ合っていた。
「シーちゃん、僕もうすぐボーナスをもらえるんだ。そしたらここを出よう。二人でカンブリアに帰ろう!」
「ボーナス? それってオイシイの?」
「ああ、とってもおいしいものだよ。僕たち人間のご馳走さ」
「ボーナス、シーもタベたい!」
……聞かなかったことにする。
二人が幸せならばそれにこしたことはないだろう。
シーは人間に比べると遥かに気配に敏感だ。
気づかれないように、慎重に慎重に、その場を後にする。
ついでに、ゼム達の部屋も覗いてみた。
灯りがついている、まだ起きているらしい。
「なにしにきた」
ゼムはトランプのカードを並べて、一人で神経衰弱をやっていた。
彼は大抵のカードを一発で当ててしまうので、人間相手では勝負にならない。
「忘れ物をしたんだ。これを取りに来た」
そう言って手に持った箱レコードを見せる。
ジャケットに若い女性の笑顔が写っている。
「ソレナンダ! クエルノカ!」
指を口にあて、わめきたてるヒムに『静かにするように』と伝える。
「音楽か」
「そこのレンタルショップで借りていたんだ。今日返さないと延滞料金がかかってしまう」
ゼムはしばらく何かを考えていたようだ。
「おいていけ」
「聴きたいのか?」
「ここは音がなさ過ぎる、おいていけ」
「使い方はわかるか?」
「わかる」
箱レコードを渡す。
ゼムは爪の伸びた指で器用にディスクを引き出して床に置いた。
ジャケットの中に畳み込まれていた光共鳴基材を展開し、3角錐型の立体ホログラフィックスピーカーを組み立てる。
そしてモニターを操作して空間キャリブレーションを行い、回転数と針の感度を設定する。
ゼムは一通りの下準備を何の迷いもなく済ませると、静かに再生スイッチを押した。
三角錐の頂点から光の針が飛び出して、回転を始めたディスクとそっと触れ合う。
電子的な音を幾重にも重ねた旋律が、部屋の中に響き始める。
箱レコードの再生形式は、このように非常に解りにくく、かつマニアックなものだ。
ゼムに予備知識はまったく無いはずなのだが、彼は亜人だったころの記憶を足がかりにして、もちまえの観察力と直観力だけで大抵の機器を操作してしまうのだった。
もしも彼が優れたシステムエンジニアだったとしら。
もしも彼が経験を積んだハッカーだったとしたら。
一体どれほどの能力を発揮することになるのだろう。
ふと気づけばアニマロイド達は、目を閉じて音楽に聞き入っていた。
箱レコードから流れでる幻想的なエレクトロニカ。
それは二千年以上も昔に、地球という星で流行った曲だった。
♪……
明けてゆく朝 まばゆい景色
街角をゆく さきがけの人
今日も遠い星を目指して 最寄の駅にむかう
衛星軌道をグルグル回る 色とりどりの乗り物は
まだ見ぬ世界を夢見ながら 明日を目指して翔けてゆく
飛び散る魂の欠片 アセンション
永久なる生命の可能性 レボリューション
明けては暮れる星の日々 背中のネジを巻くのはだれ
虹の橋を超えた場所 いつか行けると信じてる
変わらぬときの静寂を
空にたゆたう天使の影を
幾億年でも見守ろう
望むべき今に たどり着くため
……♪
このような市中にある研究所で、アニマロイドを量産するのは危険であると判断されたためだ。
我々の予想に反して、彼らは実に良く眠った。
何か困ったことが起きたとき、とりあえず眠るという亜人の習性に基づく行動だろうか。
それともただ単に猫であるというだけなのだろうか。
いずれにしろ彼らは、そうして眠る度に、現状に適応していくようだった。
研究員達が初めのうち、どれだけおっかなびっくりで彼らに接していたかは想像に難くないだろう。
アニマロイド達も、最初は露骨に彼らに牙をむいていた。
しかし我々と彼らがこの状況に馴染むのに、そう時間はかからなかった。
研究員達は実に熱心に彼らの面倒をみたし、アニマロイド達も気に入った研究員に対して、懐くような行動を見せ始めた。程なくして名前も付けられた。
亜人五割:猫五割のオスの試験体「ヒム」
亜人七割:猫三割のメスの試験体「シー」
亜人九割:猫一割のオスの試験体「ゼム」
名前が付けられると同時に、彼らの交流は一気に進んだ。
研究員とアニマロイド達の間に、意志疎通のようなものが見られるようになったのだ。
「先生、シーがヒムの性欲を嫌がっています。部屋を分けましょう」
「先生、ヒムが猫舌のくせにラーメンを食べたいといっています、出前をとって良いですか?」
「先生、シーが僕の眼鏡をしきりに覗き込むんです。鏡を与えたいのですが」
「先生、ゼムが歯間ブラシを望んでいます。買って来ますね」
「先生、ヒムがケージから出たがっています。ネコの割合が多いから、ストレスになっているんでしょうね。シーとゼムは相変わらず眠りまくってますけど」
「先生、何回やってもゼムにカードゲームで勝てません。どうなっているんでしょう?」
「先生、シーが床に体をこすりつけています。これって、これって発情ですよね? どどど、どうしましょう!」
毎日のように研究員達からオーダーや質問があがってきた。
思えばこの時期が、我々にとって一番楽しく、そして幸せな日々だったのかもしれない。
程なくして栄輪儀さんから連絡があった。
静止軌道上にある軍の隔離研究所でアニマロイドの量産試験が始まったらしい。
融合するネコの品種や、その融合率を変化させた試験体を何百体も作って、その能力の比較検討を行う。
隔離研究所から送られてくるデータの処理と、3体のアニマロイドの世話が、当面の我々の仕事となった。
* * *
ある日、研究所に忘れ物をして戻ったとき、宿直の研究員がシーの部屋で何かしているのを発見した。
「……ほらシーちゃん、約束のエビフライ。一緒に食べよう」
「アリガト! だいスキ!」
研究員の一人がシーと懇意になったらしい。
しばらくの間、二人がエビフライを食べるサクサクという音がしていた。
「シーちゃん、やっぱりここを出たいかい?」
「ココせまい、ひろいトコ、イキタイな……」
「だよね、そうだよね。君達をそんなにしてしまった僕らが、何をいえたものでもないけど。シーちゃん、僕は君を自由にしてあげたいよ」
「ハジメ、びっくりした。コンランした。デモこのカラダ、太ってない、小さくもない。フサフサしてて気持ちイイ。ミミかわいい、しっぽカワイイ」
二人が話しこんでいるようだったので、もう少し覗き込んで様子を見てみた。
檻が開けられているようなら注意しなければいけないが……どうやらそれは杞憂であったようだ。
二人とも床に四つ足をつき、同じような猫の姿勢をして見つめ合っていた。
「シーちゃん、僕もうすぐボーナスをもらえるんだ。そしたらここを出よう。二人でカンブリアに帰ろう!」
「ボーナス? それってオイシイの?」
「ああ、とってもおいしいものだよ。僕たち人間のご馳走さ」
「ボーナス、シーもタベたい!」
……聞かなかったことにする。
二人が幸せならばそれにこしたことはないだろう。
シーは人間に比べると遥かに気配に敏感だ。
気づかれないように、慎重に慎重に、その場を後にする。
ついでに、ゼム達の部屋も覗いてみた。
灯りがついている、まだ起きているらしい。
「なにしにきた」
ゼムはトランプのカードを並べて、一人で神経衰弱をやっていた。
彼は大抵のカードを一発で当ててしまうので、人間相手では勝負にならない。
「忘れ物をしたんだ。これを取りに来た」
そう言って手に持った箱レコードを見せる。
ジャケットに若い女性の笑顔が写っている。
「ソレナンダ! クエルノカ!」
指を口にあて、わめきたてるヒムに『静かにするように』と伝える。
「音楽か」
「そこのレンタルショップで借りていたんだ。今日返さないと延滞料金がかかってしまう」
ゼムはしばらく何かを考えていたようだ。
「おいていけ」
「聴きたいのか?」
「ここは音がなさ過ぎる、おいていけ」
「使い方はわかるか?」
「わかる」
箱レコードを渡す。
ゼムは爪の伸びた指で器用にディスクを引き出して床に置いた。
ジャケットの中に畳み込まれていた光共鳴基材を展開し、3角錐型の立体ホログラフィックスピーカーを組み立てる。
そしてモニターを操作して空間キャリブレーションを行い、回転数と針の感度を設定する。
ゼムは一通りの下準備を何の迷いもなく済ませると、静かに再生スイッチを押した。
三角錐の頂点から光の針が飛び出して、回転を始めたディスクとそっと触れ合う。
電子的な音を幾重にも重ねた旋律が、部屋の中に響き始める。
箱レコードの再生形式は、このように非常に解りにくく、かつマニアックなものだ。
ゼムに予備知識はまったく無いはずなのだが、彼は亜人だったころの記憶を足がかりにして、もちまえの観察力と直観力だけで大抵の機器を操作してしまうのだった。
もしも彼が優れたシステムエンジニアだったとしら。
もしも彼が経験を積んだハッカーだったとしたら。
一体どれほどの能力を発揮することになるのだろう。
ふと気づけばアニマロイド達は、目を閉じて音楽に聞き入っていた。
箱レコードから流れでる幻想的なエレクトロニカ。
それは二千年以上も昔に、地球という星で流行った曲だった。
♪……
明けてゆく朝 まばゆい景色
街角をゆく さきがけの人
今日も遠い星を目指して 最寄の駅にむかう
衛星軌道をグルグル回る 色とりどりの乗り物は
まだ見ぬ世界を夢見ながら 明日を目指して翔けてゆく
飛び散る魂の欠片 アセンション
永久なる生命の可能性 レボリューション
明けては暮れる星の日々 背中のネジを巻くのはだれ
虹の橋を超えた場所 いつか行けると信じてる
変わらぬときの静寂を
空にたゆたう天使の影を
幾億年でも見守ろう
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