猫たちの惑星

ナガハシ

真夜中の冒険 -白猫-

 ふぐりが暇で暇で死にそうだというので、僕はあるところへ連れて行くことにした。
 夜の住宅街を二匹並んで歩いていく。


「なんだかきも試しみたいだな、冬だけど!」
「スリルと刺激は保障するよ」


 星川家から猫の足で5分くらいのところに、6階建ての薄気味の悪いビルが建っている。
 最上階の窓の一つに小さく《NMクリニック》と書かれている。意味は良くわからない。


「ここか!? でもどうやって入るんだ?」


 ビルの入り口には鍵がかかっていて猫の手ではどうにもならない。
 僕はふぐりを促すと、隣のビルの壁についている管をよじ登って、2階くらいの高さにある機械の上にあがった。


「そこの壁に、僕らがちょうどくぐれそうな太さのパイプが突き出ているだろう?」
「ああ、鉄の枠もついてて良い足場になりそうだぜ。ちょっとサビてるけどな」
「ここからあそこに乗り移って、パイプを潜り抜けて中に入るんだ」
「まじでか! 失敗したら痛い目みそうだぜ!」
「スリルと刺激は保障するっていっただろ?」


 まずは僕が先行する。
 猫の6匹分くらいの距離をサッと飛びぬける。
 錆びた鉄の枠に前足を引っ掛けよじ登る。
 足場の上で体勢を整えて、突き出ているパイプの中に頭を突っ込んだ。


 そのままいったん建物の中に入ってまた戻ってくる。
 そしてふぐりが無事渡れるか見守る。


「俺っちも猫の端くれ! こんくらい朝飯まえだぜ!」


 強気なセリフを吐くと、ふぐりはその大きな体を空中に放り出した。
 月の光に照らされた三色の体が、重い放物線を描いて宙を舞う。
 いけるか?
 枠に前足を上手く引っ掛けたものの、ふぐりの体はその重さでずり落ちそうになった。


「おわ! うひょ!」


 そしてしばらくそのままブラブラしていた。
 僕は肉球に汗握って見守る。
 ふぐりは何とか体を引き上げて、パイプの中に体を突っ込むと、ミチミチになりながら這いずってきた。
 僕はそれを確認して、後ろに戻って建物の中に入る。
 ふぐりも程なくしてパイプから出てくる。


「ふぃー、死ぬかと思ったぜー」
「僕も冷や冷やしたよ。帰りは比較的楽だ。さ、行こうか」


 建物の中には幾つもの部屋があって、わけのわからない機械で埋め尽くされている。
 お菓子の袋や透明な容器などが放置されている部屋もあって、人が生活していたと思しき痕跡が残っている。
 部屋の一つに巨大なオリが二つ置いてある部屋がある。
 そこに置かれた一つの機械の前で僕らは足を止める。
 機械の足の下にある受け皿にフレーク状のものが貯まっている。


「なんだぜこのブニブニしたやつは? すごく微妙な匂いがするぜ。食べられるのか?」
「食べられるんだよ、これが」


 僕はそういって、そのフレーク状のものを口にする。


「大丈夫なんだぜ!?」


 疑問なのか驚愕なのか良く解らない声をあげて、ふぐりもそれにかぶりつく。


「ホントだ食べられるぜ、美味くも不味くもないけどな! なんでこんな場所知ってんだ?」
「何かのはずみで迷い込んだんだ。よほどお腹が空いたときしかこないよ。薄気味悪いからね」


 僕らが皿の上にあるものを全部食べきると、機械は勝手に動きだす。


「なんだ!?」


 ふぐりはビックリして飛び退いたけど、僕はわかっていたから特に動じない。
 しばらくすると、またあのフレーク状のものが機械から出てきて皿を満たした。


「なんだこれ! ぶったまげた!」
「これのお陰で僕は飢え死にしなくてすんだようなものなんだ。この街はどういうわけか、鳥やネズミが少ないからね。虫は少しいるけど今は冬だし、あんまり美味しくないし」
「そうだったのか。なんかお前も苦労してるんだな。いやしかしぶったまげた」


 奇妙な満腹感を得た僕らは、その部屋を後にする。


「他にもあんなのがあるのか?」
「食べ物が出てくる機械はあれだけだよ。別の階にはまた違った機械があるのだろうけど、今のところ行ったことが無いんだ。どうにもそういう気にならなくてね。何となく匂うだろう? 上の階から」
「ああ、匂ってきてるぜ。生き物が死んで腐って……そして乾いたときの匂いだ」


 僕はもうこれで帰ろうかと、出口に向かって足を進めたのだが、そんな僕を呼び止めるようにして、ふぐりは「ぶにゃ!」と鳴いた。


「おい、ここまできて帰っちまうのか? このままじゃ収まりがつかないぜ!」
「調べるというのか?」
「あたりまえだぜ。俺っちはな、わからないことをわからないままにしておくのが大嫌いなんだ。今夜中に調べつくすんだ。あのパイプをくぐるのはもうこりごりだしな!」


 僕は軽くため息をつく。
 でも彼をつれてきて良かったと思う。
 本当はとても気になっていたんだ。
 一匹じゃとても怖くて行く気にはなれなかったから。













コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品