猫たちの惑星

ナガハシ

アニマロイド -博士-

 その日我々は、丸一日かけて3体のキャットアニマロイドを合成した。
 麻酔をかけて眠らせた亜人一体と四匹の実験用ネコ、それぞれにナノマシンを注入し、光の部屋に搬入する。
 そして研究員全員の立会いの下、実験開始の赤いスイッチを押した。
 光の部屋に光が満ち、やがて七色の輝きとなって覗き窓から溢れ出る。


 融合時間は一時間。
 脳組織の融合は複雑なメカニズムが伴う。
 尻尾をつけたり耳をつけたりするのとは訳が違う。
 若い研究員の一人が融合作業中の光の部屋を覗き込んだ。
 そしてすぐに嗚咽とともに目をそむける。
 中では解体された猫と亜人の生体部品が飛びまわっているはずだ。


 合成後には必ず「余り物」が発生する。
 それを処理する係りを、我々はくじ引きで決めた。




試験体一番 亜人五割・猫五割 オス


 うつ伏せの状態で、手足を折畳むようにして眠っている。
 骨格構造は殆ど猫であり、直立歩行はおそらく出来ないだろう。
 身長175センチ、体重85キロ、3体の中でもっとも大柄だ。
 足先にははっきりとした肉球がある。
 内部に爪を収めた指が五本あるが、小さく丸まっており、細かい作業をするには向いていないだろう。
 鎖骨の周りと前足の内側を除いた全身を、密度の濃い白色の体毛が覆っている。
 あご周りの体毛が特に濃く、長いネコヒゲが生え、まるでトラのような顔立ちだが、その寝顔にはどことなく人間臭さを感じる。
 口の内部には発達した巨大な牙が生えており、なおかつ人間のような臼歯も存在している。
 舌は鋭角な棘でザラザラとしていた。
 襟首は高級な絨毯のようにフカフカとしていて良く伸びる。
 背中はまさに猫背であり、しっぽの先に至るまで毛で覆われている。
 最後に陰部を観察する。
 人間のものよりいくぶん大きく、やや先細りで赤みが強い。
 未虚勢のオス猫をつかったためか、陰茎の根元には突起物が残っていた。




試験体二番 亜人七割・猫三割 メス


 横向きになり、腰から身を折るように丸まって眠っている。
 猫背気味ではあるが、おそらく二足歩行に耐える骨格だろう。
 身長150センチ、体重42キロ、全体的にシャープな印象を受ける。
 白毛に覆われた手足には人間と変わらない指が生えているが、爪の先は非常に鋭く、やや湾曲している。
 毛が生えていない箇所は、腕の内側と膝の裏、そして肩周りから鎖骨、喉元から顔の一部にかけてで、露出した皮膚はややピンクがかった肌色をしている。
 小ぶりな二つの乳房はその下半分が毛で覆われ、発達した乳首がそれぞれついている。
 腹部の毛を掻き分けて調べると残り六個の乳首が小さく退化した状態で点々とついていた。
 亜人の状態の時に残しておいた髪の毛は全て真っ白になっており、肩ほどの長さに伸びたまま残っている。
 とても柔らかくてクセのある毛、俗に猫毛と呼ばれるものだ。
 人間のものより高い位置に三角に近い形の耳があり、そこから頬にかけて毛が生えている。
 やや潰れ気味の鼻の下に、薄い唇があり、口を開いて中をみると、小ぶりではあるがきちんと牙が生えていた。
 陰部を観察するために片足を持ち上げる。
 腹部から臀部、大腿部にかけては毛が深めに生えているため、これだけでは確認することができない。


「やはり見るのですね、先生」


 若い研究員の一人が顔を赤らめながら言う。


「はい、必要なことですから」


 陰部の毛を手でかき分けるとそこには、性器は性器であって性器以外のなにものでもないものが、きちんとついていた。




試験体三番 亜人九割・猫一割 オス


 大の字と言っていいほどの見事な仰向けの姿で彼は眠っていた。
 身長170センチ、体重65キロ。
 その骨格は人間そのものであり、違いを探す方が難しいくらいだった。
 口を開けると発達した犬歯があり、それが牙のように見えなくもない。
 目を開いて虹彩を確認すると、それは確かにネコのものであった。
 体毛はあまりなく、前腕部と脛、下腹部、そして頬などにうっすらと生えているのみだ。
 陰部に至ってはわざわざ確認するまでもなかった。
 なにせ仰向けで寝ているのだから。
 その立派な一物を、研究員の一人が羨ましそうに眺めていた。
 全身的に筋肉が、融合前より発達しているような印象を受ける。
 肩、胸、上腕部、大腿部、そして背筋。
 身体の各所がとても引き締まっており、かつ柔軟で、良く鍛えられたアスリートの体を彷彿とさせた。
 三体の中でもっとも脳の容積が大きく、ヒトの九十七パーセント程もある。
 心なしか、寝顔にも理性のようなものが感じられた。
 彼らが目を覚ましたら、一番先にコミュニケーションを試みてみよう。




 * * *




 それぞれの試験体の体内に、生体情報をモニタリングするための装置を埋め込み、そして鋼鉄製の巨大なケージに入れる。


「とうとう、やってしまいましたね」


 研究員の一人がそう呟く。


「もう後戻りはできないさ」


 研究員の一人がそう呟く。


 それぞれのアニマロイドに、脳の働きを抑制する薬を投与しておく。
 麻酔が覚めた時に暴れて、彼ら自身が傷つかないようにするためだ。
 今日の仕事はこれで終了。
 実に長い一日だったように思える。
 時計を見れば、時刻は夜の10時を過ぎていた。
 研究者としての好奇心からか、その日はみな、なかなか帰らなかった。


 こよみの日付が変わる頃、最後の研究員が家路についた。
 灯りを消した研究室に、非常等の青白い光だけが灯っている。
 最上階の診療室に向う。
 今は宿直室として使っている。
 耳と尻尾をなくした白猫が、こちらに気づいて目を覚ました。
 エサを一掴み与えてやる。
 猫がエサをかじるカリカリという音が診察室に響く。


 そういえば最近全然鳴かなくなった。
 ふとそう気づいて、猫の頭に簡単な脳波計を乗せてみる。
 猫の頭の上で手を鳴らしてみるものの、脳波計に反応はまったくみられない。
 どうやらこの猫の脳は、中途半端な聴力を捨てる選択をしたようだ。


 エサを食べている白猫の姿を見ていると、ふいに腹が鳴った。
 食事を取ろう、そう思って冷蔵庫の中を覗き込む……その時だった。


「……む?」


 ガタガタ……という不気味な音が、下の階から響いてきた。
 白猫は無くなった耳で何かを聴くようにして、その場に固まっている。
 取り出しかけたレトルト食品を冷蔵庫に戻し、彼らが眠っているはずの部屋に向う。
 調べなければならない。


 階を下るにつれて、ガタガタという音に混ざって猛獣がうなるような声が聞こえてきた。
 部屋の前まで辿りつくと、そこで一度立ち止まり、扉に耳を当てて音を聞く。


 ヴー……ヴアァー……ココドコダ!……クライ!……サムイ!……


 ケージの中でオスの試験体が暴れているらしい。
 まだ麻酔の切れるような時間ではないが、それはあくまでも理論上のことだ。
 ネコとヒトの融合体に麻酔をかけた事例はいまだかつて無い。
 人知では推し量れない何かが、扉の向こうで起きているようだ。
 ケージが破壊されている可能性はまずないだろう。
 しかしこの扉を開けた先に何が待ち構えているか、それはまさに想像しうる範疇を超えていた。
 しかし逃げるわけにはいかない。
 これが行動に対する結果なのだ。
 この先に何が待ち構えていようとも、しかと見届ける義務がある。


 一つ深呼吸をして気を静める。
 そして意を決して扉を開け、すかさず部屋の灯りをつけた。


「ヴァアアアアアアアアア!」


 おぞましい叫び声とともに、正面のオリに格納された猫5割のアニマロイドが猛然と食いかかってきた。
 毛むくじゃらの腕で鉄格子を掴み、必死になって牙を噛み立ている。
 急な照明に驚き、瞳孔を針のように鋭くして、こちらを睨みつけている。


 その隣の猫三割のメスのアニマロイドは姿勢を低くしたまま眉間に険しいシワを寄せ、怒りの表情とともに「シャー!」と威嚇してきた。
 そして、まさに扉に入ってすぐのところにいる、猫1割のアニマロイドはなんと立ち上がっており、オリに背をもたれた状態でいかにも不愉快そうな視線をこちらに向けていた。


「ココ! ……ドコダ!……エサ! メシ!……サムイ!」


 どうやら騒音を立てていたのは猫5割の試験体であったらしい。
 手先の震えが止められない。
 恐怖を感じていないと言えばそれは嘘になる。
 彼らに投与した薬はまったく効いていないのか?
 まず一番にそう思う。
 しかしすぐにそれが思い過ごしであることに気づいた。
 彼らはこちらを睨もうとしているものの、その焦点はまるで合っていない。
 自分達の置かれた境遇があまりに変化してしまったことに驚き、おそらくはそのショックが、彼らの意識にムチを入れているのだ。


 なんということをしてしまったのだろう。
 そんな思いが胸によぎる。
 かけるべき言葉もなく、その場から動くこともできず、ただその場に立ち尽くす。


 しばしその状態が続いた。
 時の流れがこれほど遅いと感じたことはない。
 時計の秒針が計板を一周したころ、ようやく猫五割のアニマロイドが抵抗をやめ、その場にぐったりと倒れこんだ。
 虚ろな視線をあらぬ方向に向けている。
 メスのアニマロイドはそのままの姿勢でうずくまり、朦朧とする意識と戦っている。


 猫1割の試験体としばし視線を交わす。
 熟睡中だったところを叩き起こされたような、とても不快そうな表情を浮かべつつも、しっかりと二本の足で立っている。
 体毛の少ない彼はどこか寒そうな様子で、両腕をかかえてさすり始めた。


「ここは、寒いだろうか?」


 そんな言葉が自然と喉の奥からこぼれ出た。
 彼は首を少し傾げる。
 何故そんなことを聞く?
 そう思うならさっさと空調をいじれ。
 そう訴えているようだった。


「今、温度を上げる」


 空調を操作する。
 そして再び会話を試みる。


「我々は君達の体を勝手にいじった。当然怒っているだろう」


 当たり前だ――そう訴えるかのように、彼は口をあけて牙を見せてきた。


「我々が憎いか?」


 そう言って、檻の中に手をいれてみる。
 危険な行為であることは承知している。
 しかし、試みずにはいられなかった。
 彼らがどれほどの敵意を持っているか、身をもってを知っておきたかった。
 そのためならこの際、手を噛み切られるくらいはどうでもよい。
 彼は差し入れられた手をしばし眺めた後、その鋭い爪を振り下ろしてきた。


「うっ!」


 皮膚が裂け、手の甲に三筋の亀裂が入る。
 血がにじみ出て、ポタポタと床に滴り落ちた。
 それでもこちらが動じないのを確認すると、彼はようやく口を開いた。


「……お前ら殺す、我ら殺される」


 それだけ言って彼は、また再び、威嚇するように牙を見せてくる。
 よくもこんなことをしてくれたな、誰だってこんな目にあわされれば怒るだろう――そう牙は語っているようだった。


「我々は君達を殺さない。それだけは約束できる」
「……何がそれを約束する」
「君達は我々が作った最初のアニマロイドだ。我々は最終的に、君達の寿命を調べなければならない。だから我々は君達を殺さない」


 思いつく限り最も説得力のある説明を試みる。
 それを聞くと彼はため息をひとつつき、そして力尽きたようにしてしゃがみ込んだ。


「電気はつけておいた方がいいか?」
「眠る……消せ……」
「わかった」


 電気を消して部屋を出る。
 眠ろう、強くそう思う。


 食欲はまったく無かった。















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