猫たちの惑星

ナガハシ

選抜試験 -博士-

 翌朝さっそく、軍の研究所から研究員が派遣されてきた。
 予想以上に大人数で、待合室は白衣の学士達で埋め尽くされてしまった。


「おはようございます、栄輪儀さん。しかしいささか人数が多くありませんか?」
「確実な成果が求められる研究ですので、この中から適格者を選別を行います。では早速」


 栄輪儀さんが指をパチンとならすと、その場にいた全員が、自前の矯脳器を自分の頭に取り付けた。
 異生体融合の理論をこの場で教授しろということか。
 そして最後まで矯脳に耐えた者から順に、適任者として選定していくという方針のようだ。
 しかしこのように密集した状態で強度の矯脳を行って、はたして大丈夫なものか。


「安全性にいささか疑問を感じますが……」
「何かありますれば直ちにそこの二人が対応します。大丈夫、全員たび重なる選別を潜り抜けてきた生え抜きの頭脳達です。容赦なくご教授してやってください」


 栄輪儀さんがそう言うと、サイボーグのように鍛えられた二人の将兵が、完璧な同期のもとに私に敬礼をしてきた。
 張り上がった胸板、岩のような肩、丸太と見まごうほどの上腕筋。
 浅黒く焼けた頬の肉までもが筋肉質だった。


「では……始めましょうか。何かありましたら出来るだけ早めの対応をお願いします」




 * * *




 十五分後……最初の脱落者が出た。


 限界まで耐えていたのだろう。
 突然ガクガクと震え始め、ものの数秒で意識を失ってその場に倒れた。
 将兵の一人がその片足を掴んで、乱暴に外へと引きずり出していった。


 二十分後……矯脳学習の限度とされる時間が過ぎた。


 既に2割が脱落している。
 残った者も、強く歯をかみ締めたり、太ももにペンを突き刺したり、矯脳器を外そうとする右手を左手で必死に抑えたりして耐えている。
 さすがに心配になってきた。


「休憩をはさんだほうが良いのでは?」
「いいえ、それでは選別になりません。今が一番辛い時間です。続けて下さい」


 二十五分が経過したところで一気に脱落者が増えた。


 研究員の一人が、けたたましい悲鳴を上げて自分の矯脳器を叩き割ったのを引き金に、半数近くの者が自ら矯脳器を外した。
 悲鳴を上げた研究員は将兵に拘束され、外に引きずり出されていく。


「くるってやがる! くるってやがる! まるでスポンジのようだ!」


 彼はしきりに何かを叫んでいた。


 人数が10人に絞られるまでに、結局五十分以上の時間を要した。
 そこに至るまでの様相は、まさに地獄としか言い表せないものだった。
 汚物を垂れ流したものが数名おり、部屋には鼻を刺すような臭気が漂っていた。
 最後まで残った者はみな、殆どまともな意識を留めておらず、ある者は全身を痙攣させてのたうち回り、ある者はあらぬ方向に目の焦点を合わせて歯をカチカチと鳴らし、ある者は口の端から舌をダラリと出して伸びていた。


 彼らの顔はみな一様に、汗とヨダレと涙と鼻水でグチャグチャになっていた。


「お疲れ様でした先生。こちらの診療所が入っているビルはまるごと軍が接収いたしました。先生の研究施設として自由にご活用ください。また、本研究は軍の最高機密となりますので、常に軍の者が常駐して機密の保持に努めます。ご理解とご協力のほど、宜しくおねがいします」
「……わかりました。して、脱落した彼らはこれからどうするのでしょう?」


 恐る恐る訪ねてみると、栄輪儀氏は不適な笑みを浮かべて、こう言った。


「先生、この世界には解き明かさなければいけない問題が山ほどあります。研究者はいくらいたって足りないくらいなのです。今回このような辛い選別作業を行ったということは、それだけ先生の研究に期待が寄せられているということなのです。ですから先生は余計なことは気にせず研究に邁進して頂いて、確実に成果を挙げてもらいたい。それが彼らのためにもなるというものでしょう」


 選別された10名は、あれだけの試練を耐えただけあって実に優秀だった。
 一眠りした次の日にはもう研究所に出所してきて、1人で20体のオートロボに指示を与えながら、100本以上のテストを同時進行させていた。


 昼頃には軍用の貨物車が何台もやってきて、夥しい数の試験動物や実験機材を研究所に搬入し始めた。


 その搬入作業の指示だけで、その日の仕事は終わってしまった。

















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