猫たちの惑星

ナガハシ

金の星から来たスパイ -メイド-

 地下の私室に戻り、すぐに口紅を拭いて塗りなおす。
 あのボウヤ、すっかり私をいいように扱って!


 けれどもまあ、首尾は上々といったところね。
 奴隷に扮して世暇家に入り込んではや三ヶ月。
 あのボウヤ、もうすっかり私への警戒心を解いている。
 この調子でつけこんで、世暇家の情報を根こそぎ奪いつくしてやるわ。


 さて、手に入れた情報をメールにしたためて、お父様に届けなくては。


《世暇の陰謀はあいも変わらず継続中ですわ、お父様。嫁は投機に見せかけて、親族達に合成餅を大量に購入させました。毎日のように餅が食卓に並んでいます。大旦那が餅を喉に詰まらせる、もしくは何らかの循環器疾患にかかるのも時間の問題。さらに嫁は餅をご近所に大盤振る舞いし、自己アピールにも活用している様子。この嫁に尻を叩かれた若旦那は、温泉の発掘を大旦那に提案して許諾されたようです。大旦那は掘り当てられた温泉をホンカワ市の名物にして、投機資源にしようと目論んでいるのです。この温泉発掘、世間ではまるで無駄な投資とか言われているようですが、温泉は確実に湧きます。その秘密を私は入手しましたわ……フフ。世暇HD株は確実に急騰いたします。正確な時期が解りしだい、ご報告さしあげますわ――私の愛し恋しいお父様へ》


 うふふ、送信完了……。
 お父様、私達ターミガンの民衆が受けた屈辱、必ずやホトトギスの愚民どもにも味あわせてやりましょう。


「ドロシー! 何をしているの! はやくお買い物にいってきなさい!」
「はい奥様! ただいま!」


 ええい、いちいち偉そうに!
 いい気にしていられるのも今のうちなのですよ!
 今夜のメニューはチゲ鍋。
 大旦那さまの鍋に特別に入れる体質改善用合成牛脂を買ってこなければなりません。
 この牛脂には依存性があり、継続して摂取するにつれ、脂っこいものを食べないと気がすまない体になってゆくのです。
 もともとは虚弱体質や食欲不振を美味しく改善するために作られた品物。
 普通の人間が過剰に摂取すれば、どうなるかは言うまでもありませんよね?


 屋敷の庭にでると、睡眠を終えたあのボウヤが、掘削現場を呆けた顔をしてボーっと見つめていました。
 私に気づくと、何とも嫌らしい微笑を投げかけてきました。


「さ……先ほどは大変失礼いたしました紀夫さま」
「いや、僕がどうかしていたんだよドロシーさん、とても失礼なことをした」
「きっと矯脳学習のストレスのせいですわ! わたくし、紀夫様がとてもお優しい方だということを存じておりますもの……」


 そして私はボウヤの手を握ってやります。
 私は哀れな没落貴族、あなたの寵愛なしには生きてゆけませんのですよ……今のところは。


「ドロシーさん、君は本当に聡明で寛大な方だ。平メイドのまま一生を終えて良いわけが無い。僕は必ずあの愚かな家族たちを出し抜いて、この家の実権を握ってみせる。その時はきっと君を、メイド長に任命するよ」
「ああ、紀夫さま……なんともったいないお言葉」


 そう言って私は彼の胸に飛び込みます。
 メイド長ですって、うふふふ、素敵ね、うふふふっ。


 でも残念ながら、あなたが家族達を出し抜く頃には、私はきっとユートピア衛星でバカンスを楽しんでいることでしょう。


 惑星ホトトギスの悲鳴を、ラジオか何かで聞きながら。











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