猫たちの惑星
路傍にて -白猫-
「カレーに餅を入れて食うとかー!」
良く晴れたある日のこと。
ごくありふれた閑静な住宅街に、突然の叫び声が響く。
僕は思わずそちらを振り向いた。
「お汁粉とは訳が違うんじゃ!」
紋付を着たご老人が、塀の上で寝そべっていた三毛猫に向かって、しきりに何かを訴えている。
道端を右往左往したり、跳ね上がった白髪を手でかきむしったり、非常にいらだっている様子。
猫は驚いて立ち上がり、すかさずご老人に対して戦闘態勢をとる。
鼻の頭の黒い、どっしりとした三毛猫。
逃げたりはしないらしい。
なかなかに勇敢だ。
ご老人はいったいどんな問題を心の中に抱えているのだろう?
僕はそう思い、近くの電柱の影に隠れて、その一部始終を見守ることにした。
「おかげさまで明日からわしゃあ無一文じゃ!」
ご老人はそう叫ぶと、雪駄を履いた足でガスッと塀を蹴った。
「フシャアアアアー!」
三毛猫は全身の毛を逆立てて反抗の意志を示す。にらみ合う老人と猫。
「どいつもこいつも餅ばかり買い込みおってからに!」
それを聞いてハッとした。1月も終わりを告げて久しい今日。
あのご老人のお宅では、なんらかの事情で、食べきれないほど餅を買い込んでしまい、ついにはカレーに入れるという暴挙に及んでしまったのか?
ご老人はその憤りのはけ口を、罪無き市井の猫に求めている?
「みんなわしのことが嫌いなんじゃい! ああもう! あのバカ猫どもめが!」
「シャアアアー! フシャアアアー!」
三毛猫は背中の毛を逆立て、もはや老人に襲い掛からんばかりに興奮している。
待つんだ、そのご老人には何かがある!
僕はヒョイっと塀の上に飛び上がると、脇目も振らず駆けつけた。
にゃー。
「ちょっと待つんだ!」
「なんだ!? なにものなんだぜおめえ!?」
驚いたことに雄の三毛猫だった。しかも飼い猫のようだった。
僕はこの白い尻尾を振ったりヒゲをピクピクさせたりして思いを伝える。
「カレーだって!? あれは鼻が利かなくなるから嫌いだぜ!」
彼は僕にそう言った。僕はひとまず同意する。
「猫か! また猫か! そろいもそろって気まぐれな猫どもめ!」
老人が僕に向かってがなりたててくる。
「こいついったいなんなんだよ!」
「落ち着くんだ、暴力は何も解決しない」
「正当防衛なんだぜ!?」
「何か深い事情がありそうじゃないか」
「むしろ俺にとってのフカイなジジョウだぜ!」
我々がニャゴニャゴ言っていると、老人はもう一度塀を蹴り飛ばし、興奮したまま去っていった。
「今日もカレーじゃ! 明日も餅じゃ!」
肩を怒らせ、大股で歩いていくご老人の背を見送りながら、僕は彼に提案する。
「ついていってみないか? 何か面白い事件が見られそうじゃないか」
「確かにこれじゃ納得がいかねえ、是が非でもあのジジイの不快な事情を突き止めてやるぜ!」
我々は頷き合うと、ご老人の後をコッソリつけるようにして歩み始めた。
「おめえ名前は?」
「名はまだ無いんだ」
「そっか、俺は人間様に“ふぐり”って呼ばれてるんだぜ。意味は良くしらねえが男らしそうだろ?」
ふぐり、か。オスの三毛猫は生殖能力を持たないが、それに由来してのことなのだろう。
僕は人の世における彼の名を胸に刻み込んだ。
「一つ宜しくたのむぜ相棒!」
「こちらこそ」
陽が微かに西へと傾いた、そんな頃合の出来事だ。
良く晴れたある日のこと。
ごくありふれた閑静な住宅街に、突然の叫び声が響く。
僕は思わずそちらを振り向いた。
「お汁粉とは訳が違うんじゃ!」
紋付を着たご老人が、塀の上で寝そべっていた三毛猫に向かって、しきりに何かを訴えている。
道端を右往左往したり、跳ね上がった白髪を手でかきむしったり、非常にいらだっている様子。
猫は驚いて立ち上がり、すかさずご老人に対して戦闘態勢をとる。
鼻の頭の黒い、どっしりとした三毛猫。
逃げたりはしないらしい。
なかなかに勇敢だ。
ご老人はいったいどんな問題を心の中に抱えているのだろう?
僕はそう思い、近くの電柱の影に隠れて、その一部始終を見守ることにした。
「おかげさまで明日からわしゃあ無一文じゃ!」
ご老人はそう叫ぶと、雪駄を履いた足でガスッと塀を蹴った。
「フシャアアアアー!」
三毛猫は全身の毛を逆立てて反抗の意志を示す。にらみ合う老人と猫。
「どいつもこいつも餅ばかり買い込みおってからに!」
それを聞いてハッとした。1月も終わりを告げて久しい今日。
あのご老人のお宅では、なんらかの事情で、食べきれないほど餅を買い込んでしまい、ついにはカレーに入れるという暴挙に及んでしまったのか?
ご老人はその憤りのはけ口を、罪無き市井の猫に求めている?
「みんなわしのことが嫌いなんじゃい! ああもう! あのバカ猫どもめが!」
「シャアアアー! フシャアアアー!」
三毛猫は背中の毛を逆立て、もはや老人に襲い掛からんばかりに興奮している。
待つんだ、そのご老人には何かがある!
僕はヒョイっと塀の上に飛び上がると、脇目も振らず駆けつけた。
にゃー。
「ちょっと待つんだ!」
「なんだ!? なにものなんだぜおめえ!?」
驚いたことに雄の三毛猫だった。しかも飼い猫のようだった。
僕はこの白い尻尾を振ったりヒゲをピクピクさせたりして思いを伝える。
「カレーだって!? あれは鼻が利かなくなるから嫌いだぜ!」
彼は僕にそう言った。僕はひとまず同意する。
「猫か! また猫か! そろいもそろって気まぐれな猫どもめ!」
老人が僕に向かってがなりたててくる。
「こいついったいなんなんだよ!」
「落ち着くんだ、暴力は何も解決しない」
「正当防衛なんだぜ!?」
「何か深い事情がありそうじゃないか」
「むしろ俺にとってのフカイなジジョウだぜ!」
我々がニャゴニャゴ言っていると、老人はもう一度塀を蹴り飛ばし、興奮したまま去っていった。
「今日もカレーじゃ! 明日も餅じゃ!」
肩を怒らせ、大股で歩いていくご老人の背を見送りながら、僕は彼に提案する。
「ついていってみないか? 何か面白い事件が見られそうじゃないか」
「確かにこれじゃ納得がいかねえ、是が非でもあのジジイの不快な事情を突き止めてやるぜ!」
我々は頷き合うと、ご老人の後をコッソリつけるようにして歩み始めた。
「おめえ名前は?」
「名はまだ無いんだ」
「そっか、俺は人間様に“ふぐり”って呼ばれてるんだぜ。意味は良くしらねえが男らしそうだろ?」
ふぐり、か。オスの三毛猫は生殖能力を持たないが、それに由来してのことなのだろう。
僕は人の世における彼の名を胸に刻み込んだ。
「一つ宜しくたのむぜ相棒!」
「こちらこそ」
陽が微かに西へと傾いた、そんな頃合の出来事だ。
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