猫たちの惑星

ナガハシ

惑星ホトトギス -少女-

 人間が宇宙に旅立ってから、二千年の月日が流れました。


 私達のご先祖様は「地球」という星からやってきたらしいのですが、私は宇宙史の授業があまり好きではないので、そんなに昔のことは良く知りません。
 けれども結局のところ、人間は同じことをずっと繰り返しているようです。
 お金持ちの人と貧乏な人がいて、ケイキが良くなったりわるくなったりして、そして時々宇宙のどこかで戦争が起こります。
 いくら故郷の星から遠くはなれてみても、人々の営みというものはそう変わらないものなのですね。


 私達の生きる惑星ホトトギスの暮しは、そんな人間の歴史のなかでも《一番ましな時代》だったと言われている、西暦2000年くらいの暮らしを再現しているんだそうです。


「人間って変ね、ふぐり」


 私の膝の上に仰向けになっているふぐりのお腹をなでながら、そう話しかけてみます。


「ぶにゃ~?」


 するとコウコツとした表情を浮かべながら、なんともだらしない鳴き声をかえしてきました。
 この子ったら、日に一度はこうしてあげないとごきげん斜めなんです。


「誰が貴方にそんな名前をつけたのかしら」


 私は前のこの子の持ち主のことを考えます。
 「ふぐり」と書かれたネームプレートだけを残してこの子を捨てたコッケイな人々のことを。
 始めはなんて可愛い名前なんだろうと思いました。
 でも、父上からその言葉の意味を聞いて、私はなんともいえない気持ちになってしまったのです。
 それは、男の人の大事な部分のことなんですって。


「貴子ー、夕食のお時間よ!」
「はーい、いま行きます、お母上!」


 ふやけたお餅みたいになっているふぐりをベッドの上に放り出して、私はリビングへと向います。
 あの様子だと、しばらくはごきげんでいてくれるでしょう。


 階段を下りる時に気がつきました。
 この匂いはカレーです。
 めずらしい。
 食卓にはカレーの入ったお鍋と、そしてこんがり焼けた合成餅が並べられています。
 私はお台所で手を洗ってから食卓につきました。


「お隣さんがおすそ分けしてくださったの」


 物珍しげな食べ物を貰った母上の頬がツヤツヤとしていて、あたかも喜びを表現しているようでした。
 母上はススキの穂をあしらった季節外れの着物を着て、茜色に染めたセミロングの髪を左肩に結わえた姿。
 背中に取り付けられた「多関節マルチプルマニピュレーター腕」を駆使して、カレーと合成餅を盛り付けています。
 軽くて細い金属でつくられている母上の機械の腕は、とても軽くて長い時間つけていられるのです。
 そして本物の手以上に繊細に動かすことができます。


「清美さん、月の3番地に新しいショッピングモールが出来るらしいよ。最近のウェン高のお陰で輸入雑貨が大変お安いようだ、今週末あたり行ってみようかね?」
「あらフジキさん、いいわね」


 父上と母上のたあいのない話を聞きながら、私は漆塗りの茶碗に盛られた、カレー雑煮のおだしをすすります。
 カレーの香りと味を作り出すことはシナンの技と聞いています。
 なんでも「味の元素」を100種類以上も混ぜなければいけないとか。
 複雑で濃厚で、鼻の奥に絡みつくような、そんな素敵な風味が、私の口の中を満たしてゆきます。


「こんな大層なものを『腐るといけないから』なんて謙遜しながら大盤振る舞いなされる世暇さんは、本当にお富豪さんなのねえ」


 母上はしきりに感心しています。


「カレーなんて大したことはないのさ、世暇さんにとってはね。なんたってウェン高だ。むしろ大変なのはこの合成餅だよ」


 そう言いながら、父上はどこまでも良く伸び、讃岐コロニーうどんのようなコシのある、ねずみ色をした合成餅をお箸で天高く引き伸ばしました。


「餅の合成が惑星ホトドギスの主要産業だということは、小学5年生の貴子だって知っていることだよね」
「はい、お父上」
「うむ。つまりお隣さんは合成餅の投機に失敗してしまったんだよ」
「トウキとはなんですか? お父上」
「うむ。お隣さんはつまり、合成餅の値段が上がると踏んで合成餅をしこたま買い占めたんだ。でもね、残念なことにそれ以上にウェン高が進んでしまって、ホトトギスの主要な輸出物資である合成餅があまり売れなくなってしまったんだよ」


 今ひとつ答えになっていない父上の言葉を私はにこやかに聞き流します。


「お隣さんは損をしてしまったんですね?」
「そうなんだよ、はっはっは」


 母上と私は、父につられて笑います。
 いつもと変わらぬ一家団欒、世の中では色々な問題が起きているようですが、我が家はこの通り平和なのでした。













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