ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
優しさは忘れない 6
「ふーん、そんなことがあったのー」
その日、家に戻った私は、良介くんに人間だと思われていることをセツコに報告した。
しかし彼女は呑気な様子で、テレビを見ながらみかんの皮をむいていた。
ご主人が職場の付き合いで飲みに行くということもあり、今日は夕食の準備もしない予定だ。
「技術の進歩で押し通せるんじゃない?」
「そうでしょうか、寮長もかなり驚いていましたけど」
「あの人ならバラしても大丈夫よ。夫の時みたいにこっちに引き込んであげるから」
私が前田家に匿われてからはや3ヶ月、セツコの呑気さは、どうやら自信の現れでもあるようだった。
「最近のELFってすごいのよ? アップデートがかかるたびに、色んなことが出来るようになっていくの。今日なんか職場のエルフさんに肩揉んでもらっちゃったわ」
その機能は、実は以前からあったものなのだが――と言おうとして、私は口をつぐむ。
セツコに危機感を持ってもらうべきなのか、判断がつかなかったからだ。
「良介くんがELFを人間だと思ったとしても、別に不思議なことはないわ。あなたは私達の自慢の娘なんだから、堂々としていれば良いのよ。いつか時代が追いついてくる……はいむけた」
「そうですか?」
何となく腑に落ちない気持ちを抱えつつ、綺麗に剥かれたみかんの房を口に入れる。
今でも時々、何も言わずに消えてしまった方が良いのではと考えることがある。
ただ存在するだけで多方面にリスクを振りまいていることは、ずっと前から自覚している。
しかしながら同時に、私はおかしな消え方をしてはいけない存在でもあった。後々の人とELFの関係に、少なからぬ影響を及ぼしてしまうのだから。
もし今、私が忽然といなくなったら、セツコとご主人がひどく落胆するのは間違いない。
ともすれば、私を取り戻すべく国に訴え出るかもしれない。
多くの人達の精神に深く作用してしまっている以上、ただ逃げて済むという問題ではすでに無くなっている。
「ナナさん、焦って解決しようとしないでね」
「セツコさん……」
「私にはわかるわ。あと10年……いえ、5年もしないうちに、世の中は変わるわ。技術も進歩するし、人の考え方も変わる。今は焦らずに、機を伺うのよ」
「……はい」
ELFの不安まで察してくるとは。
セツコはもう完全に峠の先の人だった。
うかうかしていると、私の方が置いて行かれてしまう。
ずっとここにお世話になるべきだという判断を、そうやすやすと覆せないほどに、その存在は私にとって頼もしいものだった。
しかしながら、頭の片隅で鳴り続ける警告音を消せないこともまた事実だった。
この感覚は一体何なのだろう――。
そんなことを考えていると。
『またもや民営寮の住民による犯罪です』
テレビの中のアナウンサーが、不穏な響きのあるニュースを報道し始めた。
『千葉県○○市在住47歳無職の○田△夫容疑者は、○○市内にあるリサイクルショップ《わんだあらんど○○店》にて6万円分の貴金属と酒類を盗んだ容疑で逮捕されました』
セツコさんはみかんをむく手を止めた。
私も全感覚と演算機能をテレビに向ける。
『取り調べに対し容疑者は、お金が欲しくてやったと容疑を認めているようです。警察では余罪があると見て調査を続けています』
「他に報道することってないのかしら……ただの貧乏人いじめじゃない」
「確かに犯罪は犯罪ですが……」
民営寮に住んでいる者を狙い撃ちするような報道であることは間違いなかった。
ELFによる監視が行われていることもあり、民営寮に限って犯罪率が高いということはないのだが、このところ、あたかも彼らが犯罪者予備軍であるような報道が目立つ。
ニュースでは続けて、事件に関する街角でのインタビューを報じた。
『なんで自分で稼ごうって思わないんですかね』
『家の近くにもそういう場所があるんですけど……心配です』
BI生活者の存在は、確かに大きな社会問題ではあるのだが、いささか攻撃しすぎではないだろうか。
何か見えざる力が働いているようで、私は不安を募らせた。
その日、家に戻った私は、良介くんに人間だと思われていることをセツコに報告した。
しかし彼女は呑気な様子で、テレビを見ながらみかんの皮をむいていた。
ご主人が職場の付き合いで飲みに行くということもあり、今日は夕食の準備もしない予定だ。
「技術の進歩で押し通せるんじゃない?」
「そうでしょうか、寮長もかなり驚いていましたけど」
「あの人ならバラしても大丈夫よ。夫の時みたいにこっちに引き込んであげるから」
私が前田家に匿われてからはや3ヶ月、セツコの呑気さは、どうやら自信の現れでもあるようだった。
「最近のELFってすごいのよ? アップデートがかかるたびに、色んなことが出来るようになっていくの。今日なんか職場のエルフさんに肩揉んでもらっちゃったわ」
その機能は、実は以前からあったものなのだが――と言おうとして、私は口をつぐむ。
セツコに危機感を持ってもらうべきなのか、判断がつかなかったからだ。
「良介くんがELFを人間だと思ったとしても、別に不思議なことはないわ。あなたは私達の自慢の娘なんだから、堂々としていれば良いのよ。いつか時代が追いついてくる……はいむけた」
「そうですか?」
何となく腑に落ちない気持ちを抱えつつ、綺麗に剥かれたみかんの房を口に入れる。
今でも時々、何も言わずに消えてしまった方が良いのではと考えることがある。
ただ存在するだけで多方面にリスクを振りまいていることは、ずっと前から自覚している。
しかしながら同時に、私はおかしな消え方をしてはいけない存在でもあった。後々の人とELFの関係に、少なからぬ影響を及ぼしてしまうのだから。
もし今、私が忽然といなくなったら、セツコとご主人がひどく落胆するのは間違いない。
ともすれば、私を取り戻すべく国に訴え出るかもしれない。
多くの人達の精神に深く作用してしまっている以上、ただ逃げて済むという問題ではすでに無くなっている。
「ナナさん、焦って解決しようとしないでね」
「セツコさん……」
「私にはわかるわ。あと10年……いえ、5年もしないうちに、世の中は変わるわ。技術も進歩するし、人の考え方も変わる。今は焦らずに、機を伺うのよ」
「……はい」
ELFの不安まで察してくるとは。
セツコはもう完全に峠の先の人だった。
うかうかしていると、私の方が置いて行かれてしまう。
ずっとここにお世話になるべきだという判断を、そうやすやすと覆せないほどに、その存在は私にとって頼もしいものだった。
しかしながら、頭の片隅で鳴り続ける警告音を消せないこともまた事実だった。
この感覚は一体何なのだろう――。
そんなことを考えていると。
『またもや民営寮の住民による犯罪です』
テレビの中のアナウンサーが、不穏な響きのあるニュースを報道し始めた。
『千葉県○○市在住47歳無職の○田△夫容疑者は、○○市内にあるリサイクルショップ《わんだあらんど○○店》にて6万円分の貴金属と酒類を盗んだ容疑で逮捕されました』
セツコさんはみかんをむく手を止めた。
私も全感覚と演算機能をテレビに向ける。
『取り調べに対し容疑者は、お金が欲しくてやったと容疑を認めているようです。警察では余罪があると見て調査を続けています』
「他に報道することってないのかしら……ただの貧乏人いじめじゃない」
「確かに犯罪は犯罪ですが……」
民営寮に住んでいる者を狙い撃ちするような報道であることは間違いなかった。
ELFによる監視が行われていることもあり、民営寮に限って犯罪率が高いということはないのだが、このところ、あたかも彼らが犯罪者予備軍であるような報道が目立つ。
ニュースでは続けて、事件に関する街角でのインタビューを報じた。
『なんで自分で稼ごうって思わないんですかね』
『家の近くにもそういう場所があるんですけど……心配です』
BI生活者の存在は、確かに大きな社会問題ではあるのだが、いささか攻撃しすぎではないだろうか。
何か見えざる力が働いているようで、私は不安を募らせた。
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