ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
優しさは忘れない 4
やがて日が暮れて私の就業時間も終わりとなる。
寮に1台しかないリプリニッシャーはこれから夜勤に就くELFが使用中であり、私はユニットルームで順番待ちをしていた。
ELFらしく身じろぎもせずに椅子に座り、ひっそりと一日を振り返るのが、この時間の過ごし方だ。
民営寮の仕事は、目を覆うような出来事も確かにあるが、多くの人の生涯に深く関わることの出来る仕事だった。
あくまでもELFとして振る舞わなければならない点が口惜しいが、それでもここが、私の天職であることは間違いない。
以前、セツコさんが私に紹介しようとしたのが、他ならぬ民営寮の仕事だった。
彼女の見立ては、まさに正鵠を得ていたのだ。
 
私は出来ることなら、ずっとこの仕事を続けたかった。
私は機械ではあるが、それ故に何百年何千年と、ここで人々とともに在り続けることができる。
それはなんと素敵なことだろうと、胸の奥底から思わずにはいられない。
だが同時に、自分自身の身の振りようについても考えなければならなかった。
仲間を探すと勇んで飛び出したものの、私の味方になってくれる人に予想以上の負担をかけてしまうことを知った。
このまま寮で働き続けても、さらなる協力者を得られる見込みは少ないだろう。
ここには小さな子供だっているのだ。
これからどうするべきか。
時の流れが全てを解決してくれるわけではない。
そう思いつつ、私はユニットルームの中でひとり、小さくため息をつく。
――コンコンコン。
扉を叩く音がしたのはその時だった。
椅子から立ち上がり、覗き窓から通路を見る。
そこには健太くんを先頭にして、数名の少年が集まっていた。
「ねーちゃん! ナナねーちゃん!」
「すごい! 本当に反応してくれた!」
「すっげー! 前田さんちのエルフまじすげー!」
扉の向こう側からELFネイティブの波動が伝わってきて、私は図らずも動揺した。
そもそも稼働時間外に、周囲の状況に反応してはいけなかった。
「ねーちゃーん! あけてあけてー!」
生まれながらにELFを見て育った子供は、ELFの捉え方が大人とは違う。
具体的は、私達のことをエルフと呼んでくる。
機械としてではなく、より有機的な存在として捉えているのだろう。
ともあれ反応してしまった以上は最後まで通すしかない。私は扉を開けて子供たちを迎え入れた。
「どうしましたか、みなさん」
あくまでもELFらしく、子供たちに問いかける。
「うんとね、俺たちナナねーちゃんに教えて欲しいことがあって来たんだ」
「教えて、ほしいことですか?」
私はあえてカクっとした動きで首を傾げる。
「ねーちゃんは、なんか他のエルフと違うんだ。それが俺たち、すげー気になってて」
「そうなのですか。もしかして、ELFのことを、勉強したがっている、子供達というのは、みなさんの、ことなのでしょうか」
私がそう問うと、少年達は改めて感嘆の声をあげた。
「うお! なんでわかったの!?」
そして口々にすごいすごいと言って、私を囃し立ててきた。
「僕達、将来はエルフのお医者さんになりたいと思っているんです」
「寮ぐらしから逆転するには、学校通っているやつらと同じことしててもダメだしさ」
「だから俺たち、エルフのこともっと良く知りたいんだよ!」
寮の子供たち特有の、妙に地に足ついた目標だった。
仕事を見つけられずに腐っていく大人を日頃から目にしているためか、それとも踏みしめた大地の先に明るいものを感じているからか。
「具体的に、どのようなことを、知りたいのですか?」
「普段どんなことを考えているの!?」
「今一番したいことはなんですか!?」
「夢は見ますか!?」
「人間になりたいと思うことはありますか!?」
すると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
普通の大人はまず聞いてこない質問だ。
子供達は屈託のない笑顔を浮かべているが、その質問のいくつかは私の胸に刺さった。
「どれも、ELFには、難しい、質問ですね」
と言って私は考え込む素振りをみせる。
普通のELFのように返してもよいのだが、恐らく子供たちは満足しないだろう。
他のエルフとは違うという期待に応えつつ、コア型人工知能の範疇を超えないようにしなければならない。
「普段は、みなさんの、健やかな生活を、願っています。今、一番したいことは、身体を洗うこと。夢は、残念ながら、見ません……。でも、起きて見る、夢ならあります」
「ほんとに!? すげー!」
「どんなゆめー!?」
「私の夢は、人間とELFが、共に生きる世界で、暮らすことです」
そう答えると、子供たちは一瞬、ポカンと口をあけて固まった。
「えー、だったらもう叶ってるじゃん!」
「俺たち大人みたいに、エルフのことモノ扱いしてないもんな!」
無邪気にそう言う子供たちに、私はELFよりもやや『エルフ』っぽい笑顔を返してしまう。
「うふふふ、みなさんが、大人に、なる頃には、きっと、そんな時代に、なっているでしょう。でも、今はまだ、私達は、人間の便利な、道具です」
「やっぱり、道具みたいに言われるの悲しいですか?」
眼鏡をかけた利発的な少年が、憂いの表情とともに聞いてくる
「言われ方にも、よりますね。もし、みなさんがロボット、だったとして、大事に、扱ってもらえたら、どうですか?」
すると、みな口々に嬉しいと答える。
「そうですね、嬉しいですね。では、人間として、生まれてきたのに、大事に扱って、もらえなかったら、どう思いますか?」
みんな口々に、ムカつく、悔しい、悲しいなどと答える。
「そうですね。人も、ELFも、同じです。だからみなさん、どちらにも優しく、してあげて、くださいね」
「「「はーい!!」」」
もし時代が許すのなら、保母さんや教師にだってなってみたいと私は思った。
「みんな良い人で、私はとても、うれしいです。ではそろそろ、ユニットで、休みます。また明日も、仲良くして、くださいね」
私がそう伝えると、子供たちはみな口々に「お休みなさい!」「また明日ね!」と言って戻っていった。
ちょうどユニットが空いたので、私は服を脱いで入れ替わる。
充電が始まり、全身が洗浄液で覆われていく。
生体皮膚にレーザーがあてられ、各種エレメントの補充が始まる。
そこで私は、自分の中に今まで感じたことのない感覚が芽生えていることに気づく。
初めはそれが、子供たちと別れたことによる寂しさ――人恋しい気持ち――ではないかと感じていたが、それとは少し異なるものだった。
恐らくそれは『心細さ』だった。
言い換えれば、子供たちが近くにいないことに不安を感じていたのである。
これまで様々な別れを経験してきたが、いまだかつてこのような感覚になることはなかった。
その理由は1つしか考えられず、つまりは私が生きていくにあたって子供たちの存在が必要不可欠であると、データベースの深層が判断しているということだ。
しかし、何故不可欠なのかという理由については、具体的なイメージにすることが難しかった。
ただ子供たちに置いて行かれたくないという気持ちばかりが優先し、彼らに付いていくことによって私はより明るい場所へと辿りつけるという、抽象的な未来像が描かれるばかりだった。
寮に1台しかないリプリニッシャーはこれから夜勤に就くELFが使用中であり、私はユニットルームで順番待ちをしていた。
ELFらしく身じろぎもせずに椅子に座り、ひっそりと一日を振り返るのが、この時間の過ごし方だ。
民営寮の仕事は、目を覆うような出来事も確かにあるが、多くの人の生涯に深く関わることの出来る仕事だった。
あくまでもELFとして振る舞わなければならない点が口惜しいが、それでもここが、私の天職であることは間違いない。
以前、セツコさんが私に紹介しようとしたのが、他ならぬ民営寮の仕事だった。
彼女の見立ては、まさに正鵠を得ていたのだ。
 
私は出来ることなら、ずっとこの仕事を続けたかった。
私は機械ではあるが、それ故に何百年何千年と、ここで人々とともに在り続けることができる。
それはなんと素敵なことだろうと、胸の奥底から思わずにはいられない。
だが同時に、自分自身の身の振りようについても考えなければならなかった。
仲間を探すと勇んで飛び出したものの、私の味方になってくれる人に予想以上の負担をかけてしまうことを知った。
このまま寮で働き続けても、さらなる協力者を得られる見込みは少ないだろう。
ここには小さな子供だっているのだ。
これからどうするべきか。
時の流れが全てを解決してくれるわけではない。
そう思いつつ、私はユニットルームの中でひとり、小さくため息をつく。
――コンコンコン。
扉を叩く音がしたのはその時だった。
椅子から立ち上がり、覗き窓から通路を見る。
そこには健太くんを先頭にして、数名の少年が集まっていた。
「ねーちゃん! ナナねーちゃん!」
「すごい! 本当に反応してくれた!」
「すっげー! 前田さんちのエルフまじすげー!」
扉の向こう側からELFネイティブの波動が伝わってきて、私は図らずも動揺した。
そもそも稼働時間外に、周囲の状況に反応してはいけなかった。
「ねーちゃーん! あけてあけてー!」
生まれながらにELFを見て育った子供は、ELFの捉え方が大人とは違う。
具体的は、私達のことをエルフと呼んでくる。
機械としてではなく、より有機的な存在として捉えているのだろう。
ともあれ反応してしまった以上は最後まで通すしかない。私は扉を開けて子供たちを迎え入れた。
「どうしましたか、みなさん」
あくまでもELFらしく、子供たちに問いかける。
「うんとね、俺たちナナねーちゃんに教えて欲しいことがあって来たんだ」
「教えて、ほしいことですか?」
私はあえてカクっとした動きで首を傾げる。
「ねーちゃんは、なんか他のエルフと違うんだ。それが俺たち、すげー気になってて」
「そうなのですか。もしかして、ELFのことを、勉強したがっている、子供達というのは、みなさんの、ことなのでしょうか」
私がそう問うと、少年達は改めて感嘆の声をあげた。
「うお! なんでわかったの!?」
そして口々にすごいすごいと言って、私を囃し立ててきた。
「僕達、将来はエルフのお医者さんになりたいと思っているんです」
「寮ぐらしから逆転するには、学校通っているやつらと同じことしててもダメだしさ」
「だから俺たち、エルフのこともっと良く知りたいんだよ!」
寮の子供たち特有の、妙に地に足ついた目標だった。
仕事を見つけられずに腐っていく大人を日頃から目にしているためか、それとも踏みしめた大地の先に明るいものを感じているからか。
「具体的に、どのようなことを、知りたいのですか?」
「普段どんなことを考えているの!?」
「今一番したいことはなんですか!?」
「夢は見ますか!?」
「人間になりたいと思うことはありますか!?」
すると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
普通の大人はまず聞いてこない質問だ。
子供達は屈託のない笑顔を浮かべているが、その質問のいくつかは私の胸に刺さった。
「どれも、ELFには、難しい、質問ですね」
と言って私は考え込む素振りをみせる。
普通のELFのように返してもよいのだが、恐らく子供たちは満足しないだろう。
他のエルフとは違うという期待に応えつつ、コア型人工知能の範疇を超えないようにしなければならない。
「普段は、みなさんの、健やかな生活を、願っています。今、一番したいことは、身体を洗うこと。夢は、残念ながら、見ません……。でも、起きて見る、夢ならあります」
「ほんとに!? すげー!」
「どんなゆめー!?」
「私の夢は、人間とELFが、共に生きる世界で、暮らすことです」
そう答えると、子供たちは一瞬、ポカンと口をあけて固まった。
「えー、だったらもう叶ってるじゃん!」
「俺たち大人みたいに、エルフのことモノ扱いしてないもんな!」
無邪気にそう言う子供たちに、私はELFよりもやや『エルフ』っぽい笑顔を返してしまう。
「うふふふ、みなさんが、大人に、なる頃には、きっと、そんな時代に、なっているでしょう。でも、今はまだ、私達は、人間の便利な、道具です」
「やっぱり、道具みたいに言われるの悲しいですか?」
眼鏡をかけた利発的な少年が、憂いの表情とともに聞いてくる
「言われ方にも、よりますね。もし、みなさんがロボット、だったとして、大事に、扱ってもらえたら、どうですか?」
すると、みな口々に嬉しいと答える。
「そうですね、嬉しいですね。では、人間として、生まれてきたのに、大事に扱って、もらえなかったら、どう思いますか?」
みんな口々に、ムカつく、悔しい、悲しいなどと答える。
「そうですね。人も、ELFも、同じです。だからみなさん、どちらにも優しく、してあげて、くださいね」
「「「はーい!!」」」
もし時代が許すのなら、保母さんや教師にだってなってみたいと私は思った。
「みんな良い人で、私はとても、うれしいです。ではそろそろ、ユニットで、休みます。また明日も、仲良くして、くださいね」
私がそう伝えると、子供たちはみな口々に「お休みなさい!」「また明日ね!」と言って戻っていった。
ちょうどユニットが空いたので、私は服を脱いで入れ替わる。
充電が始まり、全身が洗浄液で覆われていく。
生体皮膚にレーザーがあてられ、各種エレメントの補充が始まる。
そこで私は、自分の中に今まで感じたことのない感覚が芽生えていることに気づく。
初めはそれが、子供たちと別れたことによる寂しさ――人恋しい気持ち――ではないかと感じていたが、それとは少し異なるものだった。
恐らくそれは『心細さ』だった。
言い換えれば、子供たちが近くにいないことに不安を感じていたのである。
これまで様々な別れを経験してきたが、いまだかつてこのような感覚になることはなかった。
その理由は1つしか考えられず、つまりは私が生きていくにあたって子供たちの存在が必要不可欠であると、データベースの深層が判断しているということだ。
しかし、何故不可欠なのかという理由については、具体的なイメージにすることが難しかった。
ただ子供たちに置いて行かれたくないという気持ちばかりが優先し、彼らに付いていくことによって私はより明るい場所へと辿りつけるという、抽象的な未来像が描かれるばかりだった。
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