ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

コーリング 7

 ある日の夜のこと、鈴木は道頓堀の近くにあるカフェの2階から、道行く人の群れを眺めていた。
 大阪市内での捜査を開始してから随分経つが、いつ来てもお祭り騒ぎのような雰囲気には馴染めない。
 今日も、無駄とは知りつつ、10件ほど店を巡ってきた。流されるままに飲み続け、すっかり出来上がってしまっている。


 今の彼を、霞ヶ関のエリートだと思う者はいないだろう。
 影の薄いサラリーマンが、酔倒れているようにしか見えないはずだ。


 名古屋市内の飲食店で鈴木の顔が広まってしまったため、総理大臣直々にストップがかかった。
 愛知県内での捜索は現在、プロジェクトとは関係のない別の職員があたっている。


 鈴木は今でも、私が前田家に匿われていると確信しているが、引き継ぎの担当者が前田家を調査することはない。
 すでに警察の手によって調べられ、まったくの異常なしと判定されてしまっている上に、再捜索の根拠に出来るものとしてはセブンシーしか知りえない情報しかないのだった。


 鈴木は安易に県警を頼ってしまったことを心底後悔していた。
 他にやりようはいくらでもあった。それこそ、非合法な手段を使っても良かったほどだ。


 無駄とは知りつつ、公安サイドのメンバーにも掛け合ってみたが、まったく相手にされなかった。
 野良化したELFは法律上「落とし物」扱いであり、警察としては重要な案件ではないという理由であしらわれてしまった。
 公安は、私を使ってGFPの非道を暴くという手柄を得たにも関わらず、その後は蜂の巣をつつきたくないという思惑から、静観を決め込んでいた。


 一方、ELF紛失の責任元であるAPOAは、放って置いても人的被害が出る危険性はないという最終見解を出して幕を引こうとしている。
 もはや私に関わる利権はどうでもよいらしく、幹部クラスの者たちは、責任を押し付け合うことに必死だった。


 こうして鈴木は、完全に挽回の機会を失ってしまった。
 さらに言えば彼独自の調査はいささか度が過ぎていた。国の情報職員が、特定の地域に限って顔を広めてしまうのは、お世辞にも褒められたものではない。


 おまけに、自らELFを探していると公言していたのだから尚更だった。
 彼はいささか、キャバクラで働く女性を見くびっていたのである。


 そこで鈴木は、改めて特命を受けるという形で、大阪市内の捜査を担当することになった。
 堂々とELF探しに従事することで、愛知県内における活動に整合性をもたせるのが目的だ。
 さらには、東京、名古屋、大阪において、殆ど意味の無い、ダミーの捜査活動が行われた。


 これで、野良ELFの捜索を官邸主導で強化したという体裁を取る事ができる。
 もはや情報撹乱以外の目的がない活動であり、鈴木は肩身が狭いどころの状態ではなかった。
 彼の心境を慮った総理が、しばし羽を伸ばすようにと労ったが、それすら彼には辛いことだった。


 鈴木の行動は外見上、自主捜査から公的捜査に切り替わったように見えるため、外部機関の目からは何らかの進展があったと思われるだろう。
 実際は中身の無い調査であり、深追いする程に真実から遠ざかっていくという寸法だ。
 まるでピエロのような仕事だが、鈴木は警視庁時代からこうした形の仕事を得意としてきた。


 しかしながら鈴木は、今回ばかりはプライドをズタズタにされた思いだった。
 国内外の非合法組織や諜報機関の目をくらませるという、第一線の防諜員としてキャリアを積んできた自分が、1体のELFと、それを作った科学者の前にまるで無力だったのだから。


 セブンシーにおいて、最も負担のかかる仕事をしていたにも関わらず、自分が一番足を引っ張ってしまっているとさえ彼は感じていた。
 これは彼には伝えられなかったことではあるが、彼の鋭敏すぎる勘が最終的な真司の解決策を潰してしまったという事実もある。
 それもあって、総理の目の奥に暗いものがあることもまた、勘の鋭い鈴木は感じ取らずにはいられなかったのである。


 このままでは終われない――鈴木はそんな執念とともに紙製のカップを握り潰す。


 落ち込んでいる人に優しいとされる大阪の人が、それとなく彼との間に距離を置いた。







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