ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

コーリング 1

 熱田神宮の境内は朝早くから参拝客で賑わっていた。


 新たな仲間を見つけることもできないまま、私はついに年を越してしまった。
 鈴木が県内の飲食店を虱潰しにあたっているせいで、身分を隠しての就業がさらに困難になり、BAR117を出てからはまったく収入を得ていない。


 一時はこちらから逆追跡して、滞在先のホテルを突き止めるところまで行ったのだが、彼がホテルを変えてからは、すっかり行先を見失ってしまった。
 その瞬間まで彼が尾行されている可能性を一切意識していなかったことから、私は鈴木がBAR117に行ったのではないかと予測した。
 そして客達の会話から、私がそこで働いていたという確信を得たのではないかと。


 鈴木が諦めて東京に戻ってくれれば、私としてはかなり動きやすくなるのだが、彼とて私がそう考えることくらいわかるだろう。
 以来こうして参道の脇にしゃがみ込み、人が多く集まるこの場所で、彼の気配を探している。


 定期的なメンテナンスなくしては長く活動できないという、私の性質を理解している鈴木は、間違いなく私がセツコさんを頼る瞬間を狙っている。
 そのため、安全にセツコさんを頼るには、何より鈴木の行動を掴む必要があった。


 セツコさんの家の周囲、及びそこに至るための交通手段は、あらゆる角度からの監視が強化されているだろう。
 ともすれば、監視衛星まで用いられているかもしれず、おいそれと近づくことすらできない。


 そもそも、セツコさんを頼ることのメリットが、鈴木の行動のために甚だしく損なわれてしまっていた。
 彼女が鈴木の協力者となっている可能性だって、けして排除は出来ないのだ。


 私の身体がいつまでも保たない以上、非常に分の悪い状況と言わざるを得なかった。
 色付きのメガネを外し、手鏡で自分の顔を映してみる。
 マスクをし、帽子を深くかぶりマフラーをぐるぐる巻きにして誤魔化してはいるが、その隙間から除く目の周りの皮膚は黒くただれていた。


 マスクの下はもはや人に見せられる状態ではなかった。
 ここまで来ると、ネットカフェを利用することも困難になる。
 寒い季節なので来店時は何とかなるにしても、その重装備のまま店内をうろついていたら、いずれ店員に怪しまれてしまう。
 店内の監視カメラの情報が国に提供されていないとも限らない。


 手持ちの資金も尽きつつあり、もう2週間以上何も口にしていないので、発電装置内の微生物が死滅してしまっているかもしれない。
 バッテリーは公園や図書館のトイレで充電しているので何とかなっているが、いつまでも同じ格好で同じ場所に居続けるわけにもいかない。
 張り込みのための衣装を定期的に変えなければならないが、そのための資金が尽きれば、もう打つ手はなくなる。


 私は意を決して立ち上がると、参拝客の列に連なった。
 流れにそって本宮まで行き、残り少ない資金から5円玉を取り出す。
 そして白い布が敷かれている広場めがけて投げ込んだ。


 やや離れた場所で礼と拍手をしながら思う。
 人のための神様は、はたして私のためにも微笑んでくれるだろうかと。







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