ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜

ナガハシ

エンドレス・シーカー 2

 そのころ真司は、自宅で鈴木に尋問されていた。


「総理はあなたに対し、内乱予備罪を適応することを検討しています」
「……何事においても、検討するのは良いことだと思いますが」


 涼しい顔で答える彼に対し、鈴木はより一層、敵意の表情を強める。
 子供の部屋のように散らかった室内で、2人は床に座して向き合っている。


 玄関には職員が見張りとして立っている。
 離反者の嫌疑がかかり、真司はAPOAへの立ち入りはおろか、外出さえ制限されているような状態だ。


「内乱予備罪とは、大きく出ましたね。本当に適応されるのなら史上初です」
「諏訪さん、私はふざけて言っているわけではないのですよ?」
「ええわかっています。それで、いよいよ僕は身柄を拘束されてしまうのでしょうか?」


 鈴木は黙って真司を睨みつけ、きつく拳を握りしめた。
 内調にそのような権限はないことを、真司はわかった上で言っている。


 さらに言えば、彼が私の逃走を助けたという証拠もなかった。
 関係者の間で、何となくそうだと思われているに過ぎないのだ。


「逃げたダミー……いえ、ナナさんを捕まえるためにも、これ以上、あなたに好き勝手させる訳にはいかないのです。あなたの企みを阻止するためなら、我々はどのような手段も辞さない」


 脅迫めいたことを言う鈴木に対して、真司はやや大げさに驚いて見せた。


「それは……凄いですね。仮に僕が罪に問われるのなら、プロジェクトの皆さんだって同様だ。ナナさんを逃した犯人がもしいるとして、僕だけが容疑者に上げられるのは腑に落ちない」
「いいえ、罪に問われるのは貴方だけです。他の人は全員貴方に騙されていたのです」
「そのような根拠がどこに?」


 もちろん鈴木は答えられない。
 私が真司の父を頼らなかったからだ。
 もし頼っていれば、何らかの形で私は発見され、真司が私の逃走を幇助したというこの上ない証拠になっただろう。
 しかし私はそうしなかったし、真司もそれに気づいていた。


「調子に乗らないで下さい。貴方は所詮、個人なのです。国家という巨大な組織の前では吹けば消えてしまうような存在なのですよ?」
「おっしゃっていることの意味がよくわかりませんが……面白そうですね、やってみてください」


 逆に挑発するような物言いに、鈴木の表情がさらに険しくなる。
 総理を始めとするプロジェクトのメンバーは、それぞれの直感にもとづいて、真司を裏切者とみなしている。
 政治家は裏切者をけして許さない。
 あらゆる手段を用いて彼を罰し、プロジェクトの主導権を取り戻せというのが、鈴木に与えられた使命であったが、結局のところ虚勢を張って失言を誘う他に手段が無いのも事実だった。


「国家が僕を消そうと言うのなら、僕は僕の人権を守るために、あらゆる手段を講じなければなりません」


 それを知って真司は、のらりくらりと受け流す。


「一体何が出来るというのです?」
「弁護士さんとお話する必要はあるでしょうね。裁判になるのですから、当然です」
「反逆者の味方になってくれる弁護士などいませんよ」


 そんなことはない。
 たとえ被告が正真正銘の極悪人であったとしても、その弁護をするのが弁護士の勤めだ。
 相手の無知に漬け込む作戦だろうが、真司とて、そこまで世間知らずではない。


「世論に訴えるというのも1つの手でしょう。僕の行動のどこに、公の秩序を乱すようなことがあったのか、国民のみなさんに判断してもらいます」
「それで何かを変えられるとでも? あなたがELFを脱走させたのは明らかなのに。そもそもプロジェクトの情報を公開するのは、あなたの目的から言って意味をなさないことです」
「どういうことです? 鈴木さんの考える僕の目的とは?」


 真司が何らかの目的でプロジェクトを騙していたということにすれば、彼らの中で色々と辻褄が合うのだろう。
 しかし証拠がなければ、ただの当てこすりでしかない。


「あなたの目的は、SHINONシステムを使って、国家体制そのものを変えてしまうことです。そのために、我が国の首相ですら手球に取り、超法規的措置の執行を促して、システム実証とインテグレーションに利用した。私が先日、そう質問したとき、装置に反応が出たのをお忘れですか?」


 真司は数日前に、警視庁に呼び出されて尋問を受けており、その際に嘘検出器も使用された。
 鈴木の言い分は、あくまでも真司に悪意があることを前提としていたが、内容としては実はだいたい合っていた。


「あまりに突飛なアイデアだったので、驚いたのですよ」
「最新の技術をなめないでください。検出されたデータは法廷でも通用します」


 嘘検出器が一定の証拠能力を持つことは確かだが、罪状を決定づけるには今ひとつ足りない。真司はそしらぬ顔で言葉を続ける。


「そもそも、どうやって国家体制を変えるというのです?」
「オリジナルと接点のなかったダミーが逃亡したのです。何らかの因子が仕組まれていたと考えるのが妥当です。それと同じものが、ELFの運用システムに仕込まれていないかいま調べているところです」
「なるほど。つまり他の多くのELFを、逃走したダミーのようにしてしまうと……」
「それで間違いありませんね」
「ご冗談を。そんなの考えたこともありません。でも凄い想像力だと思いますね。確かにそれなら、僕に内乱予備罪を適用できる」


 そう言って真司は、感心したように頷いた。


「鈴木さんのお考えは真実――だったと仮定して、何故プロジェクトの情報を公開すると僕の目的が果たされなくなるのでしょう」


 鈴木は忌々しげな視線を相手に送った。
 彼は録音装置を持っている。真司が仮説に同意するような発言をし次第、身柄を確保する算段なのだろう。


 しかしそれをわかっている真司は、ギリギリのところで回避する。
 さらに言えば彼は、健忘症対策のためのビデオカメラを堂々と机の上に置いていた。
 鈴木はネクタイの位置を直し、一息置いてから切り出した。


「あなたがもし、セブンシー計画を世間に対して詳らかにすれば、我々は一切の情報的制約から開放されます。ナナさんの捜索に自衛隊だって動員できるんです。あなたが仕込んでいるであろう『因子』も、ことごとく見つける事ができるでしょう。我々はあなたの企みを確実に潰すことができるのです」


 ここで言う因子とやらは、有っても無くても良いのだろう。
 いつかの戦争における大量破壊兵器みたいなものであり、でっち上げにすぎない。
 それに気づいた時、真司は図らずも吹き出しそうになったのだが努めてこらえた。
 どれだけ追い詰められているのだと。


「国民の信頼と引き換えにしてまで、有りもしない企みを潰すのですか? そちらが強硬手段にでるのなら、僕もまた、権利を総動員して対抗しますよ。無実の人間を貶めるために、国家は多大なリスクを負うことになります。まったくおすすめ出来ません」


 だが、真司の反論を一笑に付して鈴木は続ける。 


「確かにその可能性もあるでしょう。ですが、最終的には全てあなたの罪になるんです。もうみんな知っているんです、あなたが『裏でコソコソやっていた』ってことは!」


 鈴木の言っていることは事実だが、真司は何も答えず、ただ首を横に振った。
 どんなに確信があろうとも、憶測だけでは人を犯罪者に出来ないのだから。


「まるで脅迫ですね、仮にも法治国家の公務員が口にすることじゃない」
「それはお互い様でしょう、あなただって、我々を脅しているんです」
「僕は個人の権利を守ろうとしているにすぎません」
「我々だって国を守らなければならない。公的機関を私的運用するような人の陰謀から」


 真司はやれやれと首を振る。
 これではまるで子供の喧嘩だ。
 鈴木は何とか言質を取ろうと躍起になっているが、これはセブンシーが追い詰められている証拠に他ならない。
 かいつまんで言えば、私を見つけられないことにかなり焦っているのだ


「陰謀とは何という言い草でしょう。僕は僕が開発した技術の重大さを鑑みて、何よりも先に政府に報告したのです。それを……。国の中枢がこんな調子では、才能のある人達がどんどん海外に流れていってしまうのも、無理はありませんね」


 と言って真司は、改めて首を横に振った。
 さも悲しげに。


「今のあなたの発言を、国家に対する脅迫とすることも出来るのですよ? 諏訪真司は国家機密を他国に持ち出そうとしている。プロジェクトの重大性を考えれば、外患誘致だって適応できます」
「……長い裁判になりそうです」
「遅かれ早かれ、あなたの企みは潰えます。そして確実に有罪になります」
「そうですか……。では今すぐそうしましょう、時間が勿体無いですから。『全て僕がやりました』これで良いですか?」
「なっ……」


 どこまでも達観した真司の態度に、さすがの鈴木も言葉を失った。
 その発言の意味するところは、すでに計画は成っており、今更行うことは何もないということだ。


「うむむ……」


 さらに言えば、とっくの昔に全てを見抜いていたということだ。
 総理秘書にSHINONシステムの詳細を伝えた時から、ともすればELFの研究を始めたときから、今のような状況になることがわかっていたのではないか。


「理由はよくわかりませんが、要は、僕が動けない状況にしたいのでしょう? だったら政府が僕に先んじて、プロジェクトの内容を国民に伝えれば良い。そして国家の力とやらを振りかざして、全てを僕のせいにすれば良い」
「うっ……」


 まるで、全てを知って生まれてきたかのようなその態度に、鈴木の背筋が凍りつく。
 いま真司の言ったことは、それはそれで『私の存在を公表し、権利の付与に繋げる』という目標に近づくのだ。
 まだ誰もそこまで気づいておらず、国全体が彼の手の内にあるようなものだった。


 しかしそもそも、今の政府にそんな大それたことをする余裕は無かった。
 AI進行による超失業時代、それに伴うBI実施以降、政局は常に不安定な状態にあるからだ。 


「僕が勧めるのは、ナナさんに関するデータの全消去です。表のデータも、裏のデータも含めて全部です。もう随分とAPOA周辺がきな臭くなっているんじゃないですか?」


 真司の言う通り、防諜を担う鈴木らの仕事は急増していた。
 野良ELFを発生させた組織を探ろうと、人的・物理的・電子的、あらゆるの経路からの干渉が増えてきている。
 真司にとっても鈴木にとっても、他国や他機関への漏洩こそが、今最も憂慮すべきことなのだ。


 データそのものを消去すれば、確かに情報漏えいのリスクは減る。
 しかしその一方で、逃げている私の重要度が跳ね上がる。
 世界の関心はAPOAではなく、私の捜索活動に向けられるだろう。


 情報漏えいを抑えながらの捜索はますます困難なものになる。
 そしてそれは、私達の優位性を確保するものでしかなかった。


「あなたは一体どこまで……」


 例えこの場で首を切られたとしても、真司に心残りはなかった。
 私を世に解き放ったその瞬間に、彼は殆どのことをやり終えていたのだから。


 鈴木はがっくりとうなだれる。
 知った時には手遅れだった――その事実を知って。


「もし鈴木さんが、この部屋から一歩も出るな、通信もするなと言われるなら、僕はそうしましょう。それをもって僕は身の潔白を示そうと思います」


 真司は負けを認めるが、それはむしろ鈴木にとっての完全敗北を意味していた。


「諏訪さん……あなたは一体……何をしようとしているんです」


 彼の才能に対する、底の知れない恐怖を抱いたか、鈴木の肩がにわかに震えだす。


「鈴木さんが言うような大それた陰謀は僕の中にはありません。僕はただ、いつかヒトとモノの境界がなくなる日が来ることを知っていて、その日が平和裏に訪れることを願っているだけなのです」
「いわゆる、峠の先ですか……」


 と言って鈴木は、さも無念そうに表情を歪める。 


「しかし私にはわからない……。その峠を超えた先というのは、国家を利用してまで行き急ぐような場所なんですかね!?」
「それは……」


 国家を利用したことを認める発言を誘う、鈴木の渾身の質問だった。
 しかし諏訪真司にとって、そのようなものは最初からどうでも良かった。


 しばし遠い目をした後、彼は澄み切った湖のような微笑を浮かべて言った。


「それを知るために僕達は生きている。そうは思いませんか?」


 その言葉を聞き届けた鈴木は何も言わずに立ち上がり、足早に彼の自宅を後にした。
 天才を理解することは、ELFを理解するよりも難しい。







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