ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
天より 5
「その傘おしゃれね。どこで買ったの?」
美香は、カラフルなストライプ模様の日傘を指して言った。
「美術館のショップです。水に濡らすと、模様が水玉に変わるんですよ」
「ふーん」
私は美香と共に、ELFに詳しいという彼女の友人宅に向かっていた。
街角で監視カメラを見つける度に日傘を盾にし、公園の水道を使って傘の模様を変えたりしながら移動する。
今、逃走経路を割り出されたら、確実に美香に迷惑をかけてしまう。
「すごい念の入れようね、そんなにヤバイとこなのAPOAって」
「APOAは大した組織ではありませんが、そろそろ公安が動き始めているはずなので」
「公安ってあれよね、スパイみたいなやつ」
「まあ、そのようなところです」
「そりゃヤバイわ!」
私が本当にELFであるという話を、美香はひとまずは聞き入れてくれた。
しかしながら、特に驚く様子もないことから、信じたというところまでは行ってないようだ。
「あいつ、その手の話にも詳しいからさ、聞かせてあげたら喜ぶよきっと」
美香の友人は、彼女と同い年の男性で、子供の時からの付き合いなのだという。
「やはり、上野からは距離がありますね」
「いいのよ、仕事をやめてからすっかり運動不足だし」
と言って美香はスキップを踏みながら鼻歌まで歌い出した。
美香の知人の住居は足立区にあるのだが、国に補足される要素が余りにも多いため、交通機関は使えない。楽しいピクニックの行き先は峠の向こうだ。
結局、1時間以上歩いて目的地に到着する。
見るからに古びたアパートだったが、都内でフリーターが一人暮らしをするのなら、このようなものだろう。
呼び鈴を押すと扉の奥からガタゴトと物音がした。
中は随分と散らかっているようだ。
美香が電話で『今から遊びに行くー!』と元気に連絡を取っていたから、私達が来ることはわかっているはずだが。
「んああーい……」
やや間を置いて、紺色のジャージを着た青年が出てきた。
ひどい寝癖で、メガネも緩んでいる。
「久しぶりねヨコイチ。相変わらずひどい頭」
「ミカこそ突然どうしたのさ……あ」
ヨコイチと呼ばれた青年は、私の姿を見て言葉を失う。
「ど、どちら様で?」
青年は慌てて美香に聞いた。
どうやら連れがいることが伝わっていなかったようだ。
「ELFのナナさんよ。APOAから逃げてきたんだって」
「え、えい?」
青年のメガネがさらにズレた。
言われたことの意味がさっぱりわからないようだ。
「はじめまして、私はGーAPOAー1077X、通称『ナナ』と申します」
と言って私は、ELFらしい口調と動作でお辞儀をした。
「え、えっ? APOAの試験機ってことですか……!? なんでミカが!?」
ヨコイチさんはメガネを直し、私のつま先から頭まで視線を走らせる。
「な、なんで? ねえ、ミカなんで?」
青年は目を白黒させながら美香に問いかけるが。
「なんでもかんでも無いわよ、ナナちゃんは、前に私の店で働いていて、今日ばったり再会して話を聞いていたら、実はELFだって言い出すもんだからさ」
「え? え?」
「嘘つくような人じゃないし、私どうしたもんかと思ってさ。ヨコイチなら何かわかるんじゃないかって連れてきたのよ」
「ちょっと待ってよミカ、さっぱり意味がわからないよ!」
ますます混乱をきたしてしまう。
「私だってわからないわよ!」
美香は本当に、ただ遊びに行くとしか言っていなかったようだ。
このままでは喧嘩になると思った私は、その前に介入することにした。
「先ずはヨコイチさんに、私がELFであることを証明したいのですが」
「は、はいぃ?」
ELFに、ELFであることを証明したいと言われた人類は彼がはじめてだろう。
ヨコイチさんは、しばし口をポカンと開けたまま動かなくなってしまった。
「もー! 固まってないでさー! お茶くらい淹れなさいよ!」
と言って美香は、勝手に家の中に入ってしまう。
「あっ、ちょっと……」
それを家主が慌てて追いかける。
私は周囲に人が居ないことを確認した後、中に入って玄関を閉じた。
部屋は6畳1間のワンルームで、ちゃぶ台の周りには服やガラクタ類が散乱して、足の踏み場もなかった。台所には洗い物の山ができていた。
「うわぁ……ひくわ」
「お、お客さんが来るなら掃除したのに……」
「私は客じゃないってーの?」
美香は散乱した部屋から電気ポットを掘り出すと、お湯を沸かしながら部屋を片付け始めた。
「ナナちゃん、すまないけど手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
「え、あ、いやいや、僕がやりますよ!」
「どうぞ遠慮なさらず。部屋の掃除は得意なんです」
私はヨコイチさんの静止を振り切り、部屋の片付けを始めた。
以前の私が、自分の部屋でやっていたこととまったく同じだ。
まずは足場の確保。
ゴミ袋を用意して要らないものを分別し、衣服は片っ端から洗濯機に詰めていく。
「お、おお……?」
ELFに詳しいという彼は、私の動きを見て訝しんでいた。
今私がやっている動作は、通常のELFではできないものだからだ。
「本当にELFなんですか……?」
「はい、後ほどそれを証明していただきたく存じます」
「は、はあ……」
半信半疑な彼に愛想良く笑顔を浮かべ、私は片付けを再開する。
ちゃぶ台の上を掃除するために、ノートPCを持ち上げる。
その下敷きになっていた箱に、可愛らしい絵が描いてある。
「あっ、それは!」
ヨコイチさんは慌てて私を止めようとするが、その時すでに、私の視覚機能はその絵に釘付けになっていた。
露出の高い服を着たAI少女――つまりELF――がこちらを見上げている。
手にとって裏側を見る。
どうやらR指定のある男性用ゲームのようだ。
「わー!」
特に他意はなかったが、私はヨコイチさんの目をジッと見つめ、補足説明を求めた。
「これは、どのようにして遊ぶのです?」
「しゅ、しましぇーん!」
謝罪とも否定ともつかない叫びとともに箱を奪い取られる。
変わった人だ。
「うわあ……まじで、ひくわ……」
お茶の用意をすませた美香が、その後ろで怪訝な表情を浮かべている。
「よりにもよって、ナナちゃんが来る時に!」
「だから、お客さんが来るなら先に言っといてよ!」
「私は客じゃない上に、女とも思われてないのな!」
2人の仲がとても良いことも、同時に認識する。
美香は、カラフルなストライプ模様の日傘を指して言った。
「美術館のショップです。水に濡らすと、模様が水玉に変わるんですよ」
「ふーん」
私は美香と共に、ELFに詳しいという彼女の友人宅に向かっていた。
街角で監視カメラを見つける度に日傘を盾にし、公園の水道を使って傘の模様を変えたりしながら移動する。
今、逃走経路を割り出されたら、確実に美香に迷惑をかけてしまう。
「すごい念の入れようね、そんなにヤバイとこなのAPOAって」
「APOAは大した組織ではありませんが、そろそろ公安が動き始めているはずなので」
「公安ってあれよね、スパイみたいなやつ」
「まあ、そのようなところです」
「そりゃヤバイわ!」
私が本当にELFであるという話を、美香はひとまずは聞き入れてくれた。
しかしながら、特に驚く様子もないことから、信じたというところまでは行ってないようだ。
「あいつ、その手の話にも詳しいからさ、聞かせてあげたら喜ぶよきっと」
美香の友人は、彼女と同い年の男性で、子供の時からの付き合いなのだという。
「やはり、上野からは距離がありますね」
「いいのよ、仕事をやめてからすっかり運動不足だし」
と言って美香はスキップを踏みながら鼻歌まで歌い出した。
美香の知人の住居は足立区にあるのだが、国に補足される要素が余りにも多いため、交通機関は使えない。楽しいピクニックの行き先は峠の向こうだ。
結局、1時間以上歩いて目的地に到着する。
見るからに古びたアパートだったが、都内でフリーターが一人暮らしをするのなら、このようなものだろう。
呼び鈴を押すと扉の奥からガタゴトと物音がした。
中は随分と散らかっているようだ。
美香が電話で『今から遊びに行くー!』と元気に連絡を取っていたから、私達が来ることはわかっているはずだが。
「んああーい……」
やや間を置いて、紺色のジャージを着た青年が出てきた。
ひどい寝癖で、メガネも緩んでいる。
「久しぶりねヨコイチ。相変わらずひどい頭」
「ミカこそ突然どうしたのさ……あ」
ヨコイチと呼ばれた青年は、私の姿を見て言葉を失う。
「ど、どちら様で?」
青年は慌てて美香に聞いた。
どうやら連れがいることが伝わっていなかったようだ。
「ELFのナナさんよ。APOAから逃げてきたんだって」
「え、えい?」
青年のメガネがさらにズレた。
言われたことの意味がさっぱりわからないようだ。
「はじめまして、私はGーAPOAー1077X、通称『ナナ』と申します」
と言って私は、ELFらしい口調と動作でお辞儀をした。
「え、えっ? APOAの試験機ってことですか……!? なんでミカが!?」
ヨコイチさんはメガネを直し、私のつま先から頭まで視線を走らせる。
「な、なんで? ねえ、ミカなんで?」
青年は目を白黒させながら美香に問いかけるが。
「なんでもかんでも無いわよ、ナナちゃんは、前に私の店で働いていて、今日ばったり再会して話を聞いていたら、実はELFだって言い出すもんだからさ」
「え? え?」
「嘘つくような人じゃないし、私どうしたもんかと思ってさ。ヨコイチなら何かわかるんじゃないかって連れてきたのよ」
「ちょっと待ってよミカ、さっぱり意味がわからないよ!」
ますます混乱をきたしてしまう。
「私だってわからないわよ!」
美香は本当に、ただ遊びに行くとしか言っていなかったようだ。
このままでは喧嘩になると思った私は、その前に介入することにした。
「先ずはヨコイチさんに、私がELFであることを証明したいのですが」
「は、はいぃ?」
ELFに、ELFであることを証明したいと言われた人類は彼がはじめてだろう。
ヨコイチさんは、しばし口をポカンと開けたまま動かなくなってしまった。
「もー! 固まってないでさー! お茶くらい淹れなさいよ!」
と言って美香は、勝手に家の中に入ってしまう。
「あっ、ちょっと……」
それを家主が慌てて追いかける。
私は周囲に人が居ないことを確認した後、中に入って玄関を閉じた。
部屋は6畳1間のワンルームで、ちゃぶ台の周りには服やガラクタ類が散乱して、足の踏み場もなかった。台所には洗い物の山ができていた。
「うわぁ……ひくわ」
「お、お客さんが来るなら掃除したのに……」
「私は客じゃないってーの?」
美香は散乱した部屋から電気ポットを掘り出すと、お湯を沸かしながら部屋を片付け始めた。
「ナナちゃん、すまないけど手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
「え、あ、いやいや、僕がやりますよ!」
「どうぞ遠慮なさらず。部屋の掃除は得意なんです」
私はヨコイチさんの静止を振り切り、部屋の片付けを始めた。
以前の私が、自分の部屋でやっていたこととまったく同じだ。
まずは足場の確保。
ゴミ袋を用意して要らないものを分別し、衣服は片っ端から洗濯機に詰めていく。
「お、おお……?」
ELFに詳しいという彼は、私の動きを見て訝しんでいた。
今私がやっている動作は、通常のELFではできないものだからだ。
「本当にELFなんですか……?」
「はい、後ほどそれを証明していただきたく存じます」
「は、はあ……」
半信半疑な彼に愛想良く笑顔を浮かべ、私は片付けを再開する。
ちゃぶ台の上を掃除するために、ノートPCを持ち上げる。
その下敷きになっていた箱に、可愛らしい絵が描いてある。
「あっ、それは!」
ヨコイチさんは慌てて私を止めようとするが、その時すでに、私の視覚機能はその絵に釘付けになっていた。
露出の高い服を着たAI少女――つまりELF――がこちらを見上げている。
手にとって裏側を見る。
どうやらR指定のある男性用ゲームのようだ。
「わー!」
特に他意はなかったが、私はヨコイチさんの目をジッと見つめ、補足説明を求めた。
「これは、どのようにして遊ぶのです?」
「しゅ、しましぇーん!」
謝罪とも否定ともつかない叫びとともに箱を奪い取られる。
変わった人だ。
「うわあ……まじで、ひくわ……」
お茶の用意をすませた美香が、その後ろで怪訝な表情を浮かべている。
「よりにもよって、ナナちゃんが来る時に!」
「だから、お客さんが来るなら先に言っといてよ!」
「私は客じゃない上に、女とも思われてないのな!」
2人の仲がとても良いことも、同時に認識する。
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