ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
先端技術の使い方 6
ナナはニワイの邸宅で行われる会食に招かれた。
ドレスを用意したり、基本的な社交辞令を身につけたりといったタスクは、ナナの思考プロセスに対して久々に好ましい影響をもたらしたようだ。
そして当日、自宅マンション前に到着したリムジンには、ミナミが同乗していた。
「まあ、素敵ね」
彼女は早速ナナの装いを褒めたが、どこか物足りなさそうな表情だった。
ナナが用意したのは白を基調としたワンピースドレスで、スカートの一部に虹の模様があしらわれたものである。
ノーブランドではあるが新しいバックも用意して、自分なりに精一杯やったつもりだが。
「ミナミさんこそ、すごく素敵です」
深海の青を思わせる襟付きのドレスを着て、髪をアップにまとめたミナミの装いは、自分は主催者側であると同時に主賓でもあるという、揺るぎない自負が表現されていた。
確かにそれと比べれば、自分は子供のようなものだと判断せざるを得なかった。
車内に乗り込むと、ミナミは白ワインを取り出し、ためらいなく封を切る。
「お酒は飲めるわよね」
アルコールはタンクの中で希釈されるので、ワイン程度なら飲んでも問題ない。
スクリューキャップ式のワインなのでそんなに高いものではないだろうと推測するが、念のためHDIで銘柄を調べておく――ニュージーランド産、2万5000円――その検索結果が戻ってきた時、ナナは既に一口飲み終えていた。
「……これってお高いものでは」
「あら、わかるのね」
実際はこっそり検索していたのだが、不都合はなさそうだったのでそのまま通す。
「値段なんて気にしなくて良いのよ。このリムジンも、CEOのコレクションのひとつ。ニワイさんは12台の高級車と3機のラグジュアリードローンを所有していらっしゃるの。そのうち1機がマンションの屋上に停めてあるから、あとで見せてあげるわね。とっても格好いいのよ」
「は、はあ……」
ミナミがスマートフォンを操作すると同時にリムジンは発車する。
しかし目的地に向かう最短ルートとは違うようだ。
「せっかく着飾ってもらったのに申し訳ないのだけど、今からお召し物を変えてもらうわ。髪型もそのままじゃつまらないし……。あなたは今日のパーティーの主役なんだから」
この時、ナナの危機感を示す数値がにわかに上昇したが、その理由は不明だった。
「それはつまり……衣装を貸して頂けるということですか?」
「もう、さっきから何をケチなことを言っているの? 買ってあげるのよ。ニワイさんからそうするように言われているの」
「え、でもこんな……車まで用意してもらっているのに、これ以上は勿体無いです」
原因不明のパラメーター変動に怯えるナナは、つい遠慮がちな話し方になる。
「あなたをそのままにしておく方がよっぽどもったいないわ。いい? 今日のあなたは、まさにシンデレラなの。ニワイCEOという王様に気に入られて、その国の一員に加えられるのだからね」
「え、ええ……」
「だからもうお金のことを気にするのはやめる。そして、自分が選ばれた存在なのだということを自覚しなさい」
そうミナミに強く言われて、ナナはしぶしぶと口を閉じるのだった。
ミナミの行きつけの店で髪を調え、衣装を一式揃える頃には、会計額は100万を超えていた。
ナナの好きな色ということでミナミが選んだのは、素晴らしく光沢感のある白のイブニングドレスだった。
肩と背中が大きく露出したデザインで、付近に張り込んでいるであろう鈴木たちが、肝を冷やしていることは間違いなかったが、ナナの性能を試すにはもってこいだった。
思いのほか時間がかかってしまったので、リムジンを捨ててドローンを使う。
個人所有ドローンの離着陸が可能なヘリポートまで徒歩で移動するが、ドレスを着ながらの移動は色々と気を使った。
「まったく、不便ったらないわね」
高速エレベーターに乗ったところで、ミナミはさも不機嫌そうに言った。
東京は世界で最も多くのヘリポートを持つ都市であるが、その多くが緊急用であり、民間向けに利用出来るものはまだ少ない。
世の中には一瞬で億単位のお金を稼いでしまう人もいるので、そういう人たちにとっては、単なる機会損失に過ぎないのだろう。
屋上に出ると、ヘリポートの中央に漆黒のドローンが鎮座していた。
システム重量は500kg、最大積載能力は200kgで、2名の搭乗員を余裕を持って輸送することができる。
カーボン製のフレームが艶やかな光沢を放ち、大型の二重ローターが、前後に4基づつ付いている。
その存在感は圧倒的だ。
「どう、素晴らしいでしょう? ドバイ製の、世界に10機しかないラグジュアリー・ドローンよ」
ミナミがスマートフォンを操作すると、ガルウィング式のハッチが自動で開く。
内部は赤を基調とした高級感のある造りで、革張りの座席は電動リクライニングになっている。
ナナは着慣れないドレスの裾を気にしつつ乗り込むが、足元にも相当な余裕があった。
ミナミはハッチを閉じて行き先を設定する。まもなく稼働を始めるが、8基の大型ローターはその出力に比して殆ど騒音をたてなかった。
機体下部に巨大な空気圧が発生し、気づいた時には浮いている。
そしてビルの屋上を離れると同時に、眼下に光の海が広がった。
「……まるで魔法です」
それが深層領域から浮かび上がってきた言葉だった。
さながら、かぼちゃの馬車に乗ったお姫様――。
ナナはただひたすら、流れ行く首都の夜を見つめていた。
「随分と落ち着いているのね……」
しばらくナナの様子を見ていたミナミが、珍しいものを見るようにそう言った。 
普通はもっとはしゃぐところなのだろう。
しかしナナは、今体験していることを限り有るリソースで処理し、確実に保存していくというタスクで精一杯だった。
「うふふ……期待できそうね」
彼女がどんな表情でそう呟いたのか、それはナナの記録には残っていない。
ドレスを用意したり、基本的な社交辞令を身につけたりといったタスクは、ナナの思考プロセスに対して久々に好ましい影響をもたらしたようだ。
そして当日、自宅マンション前に到着したリムジンには、ミナミが同乗していた。
「まあ、素敵ね」
彼女は早速ナナの装いを褒めたが、どこか物足りなさそうな表情だった。
ナナが用意したのは白を基調としたワンピースドレスで、スカートの一部に虹の模様があしらわれたものである。
ノーブランドではあるが新しいバックも用意して、自分なりに精一杯やったつもりだが。
「ミナミさんこそ、すごく素敵です」
深海の青を思わせる襟付きのドレスを着て、髪をアップにまとめたミナミの装いは、自分は主催者側であると同時に主賓でもあるという、揺るぎない自負が表現されていた。
確かにそれと比べれば、自分は子供のようなものだと判断せざるを得なかった。
車内に乗り込むと、ミナミは白ワインを取り出し、ためらいなく封を切る。
「お酒は飲めるわよね」
アルコールはタンクの中で希釈されるので、ワイン程度なら飲んでも問題ない。
スクリューキャップ式のワインなのでそんなに高いものではないだろうと推測するが、念のためHDIで銘柄を調べておく――ニュージーランド産、2万5000円――その検索結果が戻ってきた時、ナナは既に一口飲み終えていた。
「……これってお高いものでは」
「あら、わかるのね」
実際はこっそり検索していたのだが、不都合はなさそうだったのでそのまま通す。
「値段なんて気にしなくて良いのよ。このリムジンも、CEOのコレクションのひとつ。ニワイさんは12台の高級車と3機のラグジュアリードローンを所有していらっしゃるの。そのうち1機がマンションの屋上に停めてあるから、あとで見せてあげるわね。とっても格好いいのよ」
「は、はあ……」
ミナミがスマートフォンを操作すると同時にリムジンは発車する。
しかし目的地に向かう最短ルートとは違うようだ。
「せっかく着飾ってもらったのに申し訳ないのだけど、今からお召し物を変えてもらうわ。髪型もそのままじゃつまらないし……。あなたは今日のパーティーの主役なんだから」
この時、ナナの危機感を示す数値がにわかに上昇したが、その理由は不明だった。
「それはつまり……衣装を貸して頂けるということですか?」
「もう、さっきから何をケチなことを言っているの? 買ってあげるのよ。ニワイさんからそうするように言われているの」
「え、でもこんな……車まで用意してもらっているのに、これ以上は勿体無いです」
原因不明のパラメーター変動に怯えるナナは、つい遠慮がちな話し方になる。
「あなたをそのままにしておく方がよっぽどもったいないわ。いい? 今日のあなたは、まさにシンデレラなの。ニワイCEOという王様に気に入られて、その国の一員に加えられるのだからね」
「え、ええ……」
「だからもうお金のことを気にするのはやめる。そして、自分が選ばれた存在なのだということを自覚しなさい」
そうミナミに強く言われて、ナナはしぶしぶと口を閉じるのだった。
ミナミの行きつけの店で髪を調え、衣装を一式揃える頃には、会計額は100万を超えていた。
ナナの好きな色ということでミナミが選んだのは、素晴らしく光沢感のある白のイブニングドレスだった。
肩と背中が大きく露出したデザインで、付近に張り込んでいるであろう鈴木たちが、肝を冷やしていることは間違いなかったが、ナナの性能を試すにはもってこいだった。
思いのほか時間がかかってしまったので、リムジンを捨ててドローンを使う。
個人所有ドローンの離着陸が可能なヘリポートまで徒歩で移動するが、ドレスを着ながらの移動は色々と気を使った。
「まったく、不便ったらないわね」
高速エレベーターに乗ったところで、ミナミはさも不機嫌そうに言った。
東京は世界で最も多くのヘリポートを持つ都市であるが、その多くが緊急用であり、民間向けに利用出来るものはまだ少ない。
世の中には一瞬で億単位のお金を稼いでしまう人もいるので、そういう人たちにとっては、単なる機会損失に過ぎないのだろう。
屋上に出ると、ヘリポートの中央に漆黒のドローンが鎮座していた。
システム重量は500kg、最大積載能力は200kgで、2名の搭乗員を余裕を持って輸送することができる。
カーボン製のフレームが艶やかな光沢を放ち、大型の二重ローターが、前後に4基づつ付いている。
その存在感は圧倒的だ。
「どう、素晴らしいでしょう? ドバイ製の、世界に10機しかないラグジュアリー・ドローンよ」
ミナミがスマートフォンを操作すると、ガルウィング式のハッチが自動で開く。
内部は赤を基調とした高級感のある造りで、革張りの座席は電動リクライニングになっている。
ナナは着慣れないドレスの裾を気にしつつ乗り込むが、足元にも相当な余裕があった。
ミナミはハッチを閉じて行き先を設定する。まもなく稼働を始めるが、8基の大型ローターはその出力に比して殆ど騒音をたてなかった。
機体下部に巨大な空気圧が発生し、気づいた時には浮いている。
そしてビルの屋上を離れると同時に、眼下に光の海が広がった。
「……まるで魔法です」
それが深層領域から浮かび上がってきた言葉だった。
さながら、かぼちゃの馬車に乗ったお姫様――。
ナナはただひたすら、流れ行く首都の夜を見つめていた。
「随分と落ち着いているのね……」
しばらくナナの様子を見ていたミナミが、珍しいものを見るようにそう言った。 
普通はもっとはしゃぐところなのだろう。
しかしナナは、今体験していることを限り有るリソースで処理し、確実に保存していくというタスクで精一杯だった。
「うふふ……期待できそうね」
彼女がどんな表情でそう呟いたのか、それはナナの記録には残っていない。
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