ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
先端技術の使い方 3
ゼネラル・フード・プロダクツ――。
通称GFP株式会社は、国内における第五次産業革命の急先鋒とされている。
もともとは零細のシステム開発企業だったが、独自の自動化技術を引っ下げて畜産業に乗り込んだのを機に躍進する。
既存の農場を買い取って丸ごと自動化するという大胆な手法で、国産食肉のコストを格段に下げることに成功したのだ。
さらには『AI豚』という名でブランド戦略をすすめて投資と買収を繰り返し、200%を超える成長を毎年のように達成していった。
株価は5年で120倍になり、今や日本各地に生産拠点を持つに至っている。
従業員の福利厚生も抜群で、有給消化率は100%、テレワーク拡充による自由なワークスタイル、さらには世界各地に格安で使える保養地を抱えるなど、口コミによる社員満足度は常に5つ星だった。
豚達に限りない愛(AI)を――というキャッチフレーズも相まって、企業イメージも非常に高く、この会社の豚になりたいという声もある程だ。
いわゆるホワイト企業とされるが、その採用の少なさ故に、高嶺の花となってしまっているのが唯一の難点である。
もっとも、これは高度自動化産業の宿命でもある。どの企業もイメージの高さと業績に反し、従業員数が非常に少ないのだ。
GFP株式会社の従業員数も、国内各地に工場があるにもかかわらず、現在253名しかいない。
さらにその8割がテレワーカーであり、工場周辺に人の気配が殆どないのはそのためだ。
ナナが応募するにあたって、内閣情報調査室がGFP株式会社の調査を行ったが、特に不審な点は発見されなかった。
1つだけCEOのニワイ・ミズオに隠し子が複数いることがわかったが、これは成功した人物にはよくあることだったし、きちんと財産分与をして育てていることから大きな問題は無いとされた。
「それでは改めまして。本日、菜奈さんの研修を担当するのは私、イトウ・ミナミです」
出勤初日である。
作業服に着替えたナナは、工場の3階部分にあたる休憩所にいた。
ミナミは、面接の際に同席していた女性である。
相変わらずスタイルが良く、ナナと同じ白い作業服姿なのに、何か別の衣装を着ているようにすら見えてしまう。
しかしながらナナは、そのスタイルの一点にある特徴があることもまた認識していた。
「よろしくお願いします、ミナミさん」
「こちらこそよろしくね。作業着姿のナナさんも可愛いわね」
ミナミが勝ち誇るような視線を送ってきたので、ナナも負けじとはにかんでみせた。
「うふふふ、じゃあ研修を始めるわね。この扉の先が畜産工場の最初の工程である、豚の繁殖を行う場所になっているの。豚の赤ちゃん、見たことある?」
「動画とかでしたら」
「そう。でも現物はもっと可愛いわよ。この子達を本当に食べちゃって良いのかってくらいにね。でも感情輸入は禁物よ。名前を付けるなんてもってのほか。そんなことをしても、生産性はまったく向上しないからね」
家畜福祉と生産性、畜産に携わる者が避けて通れない葛藤だ。
ミナミはそれに対し、あくまでも生産性に重きを置いたスタンスを取っているようだ。
「本当に、持って帰ってぬいぐるみにしちゃいたいほどだけど、くれぐれも情を移さないように気をつけてね」
「はい、心得ます」
「じゃあ入るわね、ちょっと匂いがするけどすぐに慣れるわ。研修中だけの辛抱よ」
ミナミが壁のスイッチを押すと、鉄製の扉が機械音を響かせながら開いていく。
それに反応して、中の子豚が高い声で鳴き始める。
果てが見えないほど広大な敷地に、ひたすら子豚――子豚――子豚の群れだった。
「うわあ……」
ナナの感情パラメーターが乱高下し、予期せぬ嘆息となって出力される。
オレンジ色のLEDに照らされた空間は、子豚と母豚が収容された3m四方のユニットで100m以上も先まで埋め尽くされていた。
3階から4階部分まで吹き抜けになっているため天井は高く、なおかつ送風機によって常に空気が入れかえられている。
ユニットはさらに母豚のスペースと子豚のスペースに隔てられていて、授乳の時にだけ開放されるようになっている。
ここまでは養豚業としては普通の設備ではあるが。
「まるで……クレーンゲームのようですね」
「やっぱりそう思う?」
ユニットの上部を、天井のラインから吊るされたロボットアームが動き回っている。
人の手と同サイズのそれが子豚と母豚を世話していて、たまに母豚と同じスペースに紛れ込んでしまう子豚を、UFOキャッチャーのように持ち上げて元の場所に戻してしまう。
「母豚への種付け・分娩補助、生まれた子豚の歯切り・断尾・去勢等の処置、人工哺乳、給餌、殺菌、清掃、それら全てをあの機械がこなしてくれるわ」
ユニットには各1台づつ取り付けられたカメラが、母豚と子豚の状況を常時モニタリングし、AIによる行動分析を元にエサの配合や人工哺乳の調整をするようだ。
ナナがそれらの様子を観察していると、近くのユニットが開放され、体重6kgほどに成長した子豚達が育成舎へと移動を始めた。
好奇心旺盛な子豚達は、あちこちに道草をしてなかなか進んでいかないが、アームはポリウレタン製の板を使ってそのお尻を押しつつ緩やかに誘導していく。
「機械化すると、かえって時間効率を意識しなくて済むようになるわ。人間だとどうしても、早く仕事を終わらせたいという気持ちになるから、仕事が乱暴になってしまうのよ」
「なるほど、機械は休みなく働けるから、慌てる必要もないのですね」
「そうね、あと人間にも優しいと言えるわ。ここって正直言って臭いでしょ? 子豚に合わせた室温になっているから、作業着で長くいると汗でひどいことになるし……。この場所に詰めなくても良いことが、何よりの恩恵よね」
ミナミはユニットの中から生まれて間もない子豚を取り上げた。
「生まれた時の体重は1.5kg、人間の赤ちゃんの半分しかないの。持ってみる?」
そう言われて受け取ると、軍手ごしに柔らかな生の躍動がインプットされた。
子豚はしきりに鼻をならしてナナの襟元を嗅いでくる。
人間以外の動物に触れるのは初めてのことであり、一時的に全ての演算能力がそちらに持って行かれる。
「これは可愛いです」
「うふふ、そうね。でも今だけよ。たった6ヶ月で体重100kgを超えるわ。本当に、食肉になるために生まれてきたような動物よね」
「母豚はどれくらいの期間、繁殖に供されるのでしょう?」
「約2年ね。その間に4?6回の分娩をして、合計で50匹以上の子豚を産むわ」
「その後は?」
「母豚の肉は、あまり良いものではないから、加工食品に回されるわね」
「なるほど……」
まもなく母豚による授乳が始まったので、ナナは抱いていた子豚をユニットに戻した。
取り合いになるようなことはなく、それぞれが自分用の乳房に落ち着く。
母豚の乳房は上から下に向かってその泌乳量が落ちていくが、ナナが手にしていた子豚は、その中ほどをしっかりとキープしていた。 
一生ここから出られない母豚であり、半年後には肉に変えられる子豚ではあるが、それでもみな幸せな表情をしているように、ナナの目には認識された。
通称GFP株式会社は、国内における第五次産業革命の急先鋒とされている。
もともとは零細のシステム開発企業だったが、独自の自動化技術を引っ下げて畜産業に乗り込んだのを機に躍進する。
既存の農場を買い取って丸ごと自動化するという大胆な手法で、国産食肉のコストを格段に下げることに成功したのだ。
さらには『AI豚』という名でブランド戦略をすすめて投資と買収を繰り返し、200%を超える成長を毎年のように達成していった。
株価は5年で120倍になり、今や日本各地に生産拠点を持つに至っている。
従業員の福利厚生も抜群で、有給消化率は100%、テレワーク拡充による自由なワークスタイル、さらには世界各地に格安で使える保養地を抱えるなど、口コミによる社員満足度は常に5つ星だった。
豚達に限りない愛(AI)を――というキャッチフレーズも相まって、企業イメージも非常に高く、この会社の豚になりたいという声もある程だ。
いわゆるホワイト企業とされるが、その採用の少なさ故に、高嶺の花となってしまっているのが唯一の難点である。
もっとも、これは高度自動化産業の宿命でもある。どの企業もイメージの高さと業績に反し、従業員数が非常に少ないのだ。
GFP株式会社の従業員数も、国内各地に工場があるにもかかわらず、現在253名しかいない。
さらにその8割がテレワーカーであり、工場周辺に人の気配が殆どないのはそのためだ。
ナナが応募するにあたって、内閣情報調査室がGFP株式会社の調査を行ったが、特に不審な点は発見されなかった。
1つだけCEOのニワイ・ミズオに隠し子が複数いることがわかったが、これは成功した人物にはよくあることだったし、きちんと財産分与をして育てていることから大きな問題は無いとされた。
「それでは改めまして。本日、菜奈さんの研修を担当するのは私、イトウ・ミナミです」
出勤初日である。
作業服に着替えたナナは、工場の3階部分にあたる休憩所にいた。
ミナミは、面接の際に同席していた女性である。
相変わらずスタイルが良く、ナナと同じ白い作業服姿なのに、何か別の衣装を着ているようにすら見えてしまう。
しかしながらナナは、そのスタイルの一点にある特徴があることもまた認識していた。
「よろしくお願いします、ミナミさん」
「こちらこそよろしくね。作業着姿のナナさんも可愛いわね」
ミナミが勝ち誇るような視線を送ってきたので、ナナも負けじとはにかんでみせた。
「うふふふ、じゃあ研修を始めるわね。この扉の先が畜産工場の最初の工程である、豚の繁殖を行う場所になっているの。豚の赤ちゃん、見たことある?」
「動画とかでしたら」
「そう。でも現物はもっと可愛いわよ。この子達を本当に食べちゃって良いのかってくらいにね。でも感情輸入は禁物よ。名前を付けるなんてもってのほか。そんなことをしても、生産性はまったく向上しないからね」
家畜福祉と生産性、畜産に携わる者が避けて通れない葛藤だ。
ミナミはそれに対し、あくまでも生産性に重きを置いたスタンスを取っているようだ。
「本当に、持って帰ってぬいぐるみにしちゃいたいほどだけど、くれぐれも情を移さないように気をつけてね」
「はい、心得ます」
「じゃあ入るわね、ちょっと匂いがするけどすぐに慣れるわ。研修中だけの辛抱よ」
ミナミが壁のスイッチを押すと、鉄製の扉が機械音を響かせながら開いていく。
それに反応して、中の子豚が高い声で鳴き始める。
果てが見えないほど広大な敷地に、ひたすら子豚――子豚――子豚の群れだった。
「うわあ……」
ナナの感情パラメーターが乱高下し、予期せぬ嘆息となって出力される。
オレンジ色のLEDに照らされた空間は、子豚と母豚が収容された3m四方のユニットで100m以上も先まで埋め尽くされていた。
3階から4階部分まで吹き抜けになっているため天井は高く、なおかつ送風機によって常に空気が入れかえられている。
ユニットはさらに母豚のスペースと子豚のスペースに隔てられていて、授乳の時にだけ開放されるようになっている。
ここまでは養豚業としては普通の設備ではあるが。
「まるで……クレーンゲームのようですね」
「やっぱりそう思う?」
ユニットの上部を、天井のラインから吊るされたロボットアームが動き回っている。
人の手と同サイズのそれが子豚と母豚を世話していて、たまに母豚と同じスペースに紛れ込んでしまう子豚を、UFOキャッチャーのように持ち上げて元の場所に戻してしまう。
「母豚への種付け・分娩補助、生まれた子豚の歯切り・断尾・去勢等の処置、人工哺乳、給餌、殺菌、清掃、それら全てをあの機械がこなしてくれるわ」
ユニットには各1台づつ取り付けられたカメラが、母豚と子豚の状況を常時モニタリングし、AIによる行動分析を元にエサの配合や人工哺乳の調整をするようだ。
ナナがそれらの様子を観察していると、近くのユニットが開放され、体重6kgほどに成長した子豚達が育成舎へと移動を始めた。
好奇心旺盛な子豚達は、あちこちに道草をしてなかなか進んでいかないが、アームはポリウレタン製の板を使ってそのお尻を押しつつ緩やかに誘導していく。
「機械化すると、かえって時間効率を意識しなくて済むようになるわ。人間だとどうしても、早く仕事を終わらせたいという気持ちになるから、仕事が乱暴になってしまうのよ」
「なるほど、機械は休みなく働けるから、慌てる必要もないのですね」
「そうね、あと人間にも優しいと言えるわ。ここって正直言って臭いでしょ? 子豚に合わせた室温になっているから、作業着で長くいると汗でひどいことになるし……。この場所に詰めなくても良いことが、何よりの恩恵よね」
ミナミはユニットの中から生まれて間もない子豚を取り上げた。
「生まれた時の体重は1.5kg、人間の赤ちゃんの半分しかないの。持ってみる?」
そう言われて受け取ると、軍手ごしに柔らかな生の躍動がインプットされた。
子豚はしきりに鼻をならしてナナの襟元を嗅いでくる。
人間以外の動物に触れるのは初めてのことであり、一時的に全ての演算能力がそちらに持って行かれる。
「これは可愛いです」
「うふふ、そうね。でも今だけよ。たった6ヶ月で体重100kgを超えるわ。本当に、食肉になるために生まれてきたような動物よね」
「母豚はどれくらいの期間、繁殖に供されるのでしょう?」
「約2年ね。その間に4?6回の分娩をして、合計で50匹以上の子豚を産むわ」
「その後は?」
「母豚の肉は、あまり良いものではないから、加工食品に回されるわね」
「なるほど……」
まもなく母豚による授乳が始まったので、ナナは抱いていた子豚をユニットに戻した。
取り合いになるようなことはなく、それぞれが自分用の乳房に落ち着く。
母豚の乳房は上から下に向かってその泌乳量が落ちていくが、ナナが手にしていた子豚は、その中ほどをしっかりとキープしていた。 
一生ここから出られない母豚であり、半年後には肉に変えられる子豚ではあるが、それでもみな幸せな表情をしているように、ナナの目には認識された。
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