ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
認識の峠 8
仕事を終えた諏訪は、昼にナナが歩いたルートを辿ることにした。
無人ストアでパンを買い、すでに営業を終えたカフェを眺める。
時刻は深夜の0時を回ろうとしている。
この時になってようやく、諏訪は昼から何も食べていないことに気づいた。
そのままプランジュームに向かい、マル得ビュッフェを注文する。
客は数えるほどしかいないが、みな明らかに夜を明かす様子だ。
諏訪はビュッフェ台の前で、トングと取り皿を手に周囲を眺めていた。
たっぷり5分はそうしていただろうか。
やがて野菜類を少量ずつとりわけて綺麗なサラダを作ると、3口ぶんほど冷製パスタを添えて席に戻った。
諏訪は北陸の出身である。
両親とも大学教授であり、幼い頃よりアカデミックな環境で育った。
彼がIQ200近い天才児であることがわかったのは3歳の時であり、同時に幼年期健忘症が長引いていることも判明する。
当時はまだ、ギフテッドスクールは都市部にしかなかったので、両親は少年を学校に通わせつつ、自分たちでも教育を施した。
天才児であると同時に物忘れが激しいという欠点を補うために、諏訪は常にビデオカメラを携帯するようになった。
やがて諏訪はプログラミングに興味をもつようになり、小学2年時の夏休みに、カブトムシの神経構造を模したAIを開発した。
当時まだ、AIという言葉が世間を賑わせていなかったころに、普通の子供がアサガオやクワガタの観察をするような感覚で、人工知能を育ててしまったのである。
その後も、諏訪の知能は驚異的な成長を見せたわけだが、ある出来事を境に一転する。
彼が9歳の時に、母親が悪性の脳腫瘍を患い、余命半年と宣告されたのだ。
諏訪はそれから学校に行かなくなった。
大学の図書館に通い、インターネットの文献を読み漁ったりして病気の治療法を探した。
毎日のように病院に通い、主治医に対して医学的な提案までした。 
ある日諏訪は、母親の同意を得て病室にビデオカメラを設置した。
そして24時間体制でカメラを回し、母親の残り少ない人生を記録した。
周囲の者は少年を不憫に思ったが、同時にどこか理解しがたいものを感じていた。
一緒にいる間だけならともかく、24時間ずっとだなんてと。
諏訪は長い日は半日以上も病室で過ごした。
病状は急速に進行し、まもなく諏訪の母親は植物状態におちいる。
これ以上記録しても辛いだけではないかという父の言葉を遮って、諏訪はこれからだと言わんばかりに、病室に泊まり込むようになった。
ある日、ベッドの脇でウトウトしていると、少年の肩に手が伸ばされてきた。
驚いて顔を上げると、そこに暖かい表情を浮かべた母が、身を起こして佇んでいた。
「……母さん?」
一瞬、夢である可能性を疑ったが、それはあまりにも現実感のある光景だった。
夢かどうかはあとでビデオを確かめればわかることだ。
そう考えながら、母の動きに集中する。
――もう大丈夫だから、明日になったら家に帰るのよ。
母の唇は確かにそのように動いた。少年はしばしその面影を見つめる。
「母さん、治ったの? 元気になったの?」
それに対して母は何も答えない。
その代わりに、今もまわり続けているビデオカメラを見る。
――あなたは生まれつきの科学者ね。
「うん、僕はいつか、この世界にとって大事な発見をするんだ」
少年がそう答えると、母は満足したように微笑んだ。
翌朝、最初に病室を訪れた看護師が、荼毘に付した母親と、その傍らに眠る少年を発見する。
その後少年は、何度もカメラの映像を確認したが、そこで語り合っていたはずの母子の姿を、見つけることは出来なかった。
無人ストアでパンを買い、すでに営業を終えたカフェを眺める。
時刻は深夜の0時を回ろうとしている。
この時になってようやく、諏訪は昼から何も食べていないことに気づいた。
そのままプランジュームに向かい、マル得ビュッフェを注文する。
客は数えるほどしかいないが、みな明らかに夜を明かす様子だ。
諏訪はビュッフェ台の前で、トングと取り皿を手に周囲を眺めていた。
たっぷり5分はそうしていただろうか。
やがて野菜類を少量ずつとりわけて綺麗なサラダを作ると、3口ぶんほど冷製パスタを添えて席に戻った。
諏訪は北陸の出身である。
両親とも大学教授であり、幼い頃よりアカデミックな環境で育った。
彼がIQ200近い天才児であることがわかったのは3歳の時であり、同時に幼年期健忘症が長引いていることも判明する。
当時はまだ、ギフテッドスクールは都市部にしかなかったので、両親は少年を学校に通わせつつ、自分たちでも教育を施した。
天才児であると同時に物忘れが激しいという欠点を補うために、諏訪は常にビデオカメラを携帯するようになった。
やがて諏訪はプログラミングに興味をもつようになり、小学2年時の夏休みに、カブトムシの神経構造を模したAIを開発した。
当時まだ、AIという言葉が世間を賑わせていなかったころに、普通の子供がアサガオやクワガタの観察をするような感覚で、人工知能を育ててしまったのである。
その後も、諏訪の知能は驚異的な成長を見せたわけだが、ある出来事を境に一転する。
彼が9歳の時に、母親が悪性の脳腫瘍を患い、余命半年と宣告されたのだ。
諏訪はそれから学校に行かなくなった。
大学の図書館に通い、インターネットの文献を読み漁ったりして病気の治療法を探した。
毎日のように病院に通い、主治医に対して医学的な提案までした。 
ある日諏訪は、母親の同意を得て病室にビデオカメラを設置した。
そして24時間体制でカメラを回し、母親の残り少ない人生を記録した。
周囲の者は少年を不憫に思ったが、同時にどこか理解しがたいものを感じていた。
一緒にいる間だけならともかく、24時間ずっとだなんてと。
諏訪は長い日は半日以上も病室で過ごした。
病状は急速に進行し、まもなく諏訪の母親は植物状態におちいる。
これ以上記録しても辛いだけではないかという父の言葉を遮って、諏訪はこれからだと言わんばかりに、病室に泊まり込むようになった。
ある日、ベッドの脇でウトウトしていると、少年の肩に手が伸ばされてきた。
驚いて顔を上げると、そこに暖かい表情を浮かべた母が、身を起こして佇んでいた。
「……母さん?」
一瞬、夢である可能性を疑ったが、それはあまりにも現実感のある光景だった。
夢かどうかはあとでビデオを確かめればわかることだ。
そう考えながら、母の動きに集中する。
――もう大丈夫だから、明日になったら家に帰るのよ。
母の唇は確かにそのように動いた。少年はしばしその面影を見つめる。
「母さん、治ったの? 元気になったの?」
それに対して母は何も答えない。
その代わりに、今もまわり続けているビデオカメラを見る。
――あなたは生まれつきの科学者ね。
「うん、僕はいつか、この世界にとって大事な発見をするんだ」
少年がそう答えると、母は満足したように微笑んだ。
翌朝、最初に病室を訪れた看護師が、荼毘に付した母親と、その傍らに眠る少年を発見する。
その後少年は、何度もカメラの映像を確認したが、そこで語り合っていたはずの母子の姿を、見つけることは出来なかった。
コメント