ユートピアver1.77 〜やがて《AI》は人と並び、その峠の先を見つめる〜
ハロー・ワーク 4
午前中はひたすらナナの説明を聞き、昼は近くのコーヒーショップで食事を取った。
午後からは実際の仕事を見学して、契約に従い14時に職場を後にした。
けして疲労がたまるようなスケジュールではなかったが、それでもセツコは随分と疲れた気がして、家に着くとすぐにソファーに横になってしまった。
セツコの上の息子は放射線検査技師の仕事をしており、下の息子はゲーム制作会社で働いている。
どっちも父親に似て理系脳であり、割りとしっかりした息子達だと思っているが、とんと浮いた話を聞かないのが悩みの種だ。
医療検査とクリエイティブ職は当分失業の恐れのない職種ではあるが、結婚相手を探すことまでは、流石にAIも手伝ってはくれまい。
セツコはウトウトしながら考えつつ、スマホを使って調べてみた。
すると、直感とは逆の回答が得られた。
結婚に限らず、相談員のような仕事は今はAIの方が上手くやってのけるようだ。
過去の膨大な事例を解析し、その人に最も適合する回答を導き出すのだという。
「まあ……」
眠気が覚めるような思いだった。
脳裏に一瞬よぎったナナの面影を意識の中から拭い去る――まさか、それはいくらなんでも早すぎる。
スマホをそっと置き、瞳を閉じる。窓辺から降り注ぐ午後の日差しが、ポカポカと暖かい。
「もしかして、人間ですか?」
翌週から実務訓練が始まる。
最初の相談相手である榊原梢江は、節子の顔を見るなりそう言ってきた。
「はい、人間です。珍しいと思われるかもしれませんが、基本的にはこちらの就活アテンダントの指示に従ってお話を進めてまいります。どうぞご安心ください」
「そ、そうなんですか?」
セツコは模範的とも言える姿勢で応対したが、梢江は不安げな表情を崩さなかった。
彼女には事前にスマートフォンで来所理由を送信してもらっており、セツコはその情報に従って話を進めていく。
「本日は、新たな就職先を探すにあたってのご相談、ということで宜しかったですね?」
「はい……」
「AI診断によりますと、榊原さんの経歴からお勧めできるお仕事は、飲食店従業員となっておりますが、こちらのお仕事リストはもうご覧になりましたか?」
「ええ、見ましたが……あの……えと……あまりパッとしなくて……すみません」
ELFが行うのとまったく同じ手順で話を進めていくが、梢江はいつまでたっても居心地が悪そうだった。
スマ―トフォンがあれば家にいても職探しができる今の世の中、わざわざ職業安定所に出向く理由は多くない。
家の中でジッとしていても頭が回らないから散歩がてらに来てみた、という程度のことが多いのだが、梢江にはそれ以上の事情があるようだった。
「もしかして何か、お困りのことでもございますか?」
「それは……ええと……」
セツコが気を使って聞いてみるが、かえって梢江は萎縮してしまった。
しばし苦しそうに下を向き、時折ちらりとセツコの顔色を伺う。
「できれば、ELFと話したいんですけど……」
やがて意を決したように、ナナに向かってそう訴えてきた。
セツコは一瞬、頭の中が真っ白になった。
人間である自分が、人工物より信頼されていないという事実を、すぐには飲み込めなかったのだ。
「わかりました。では私は席を外しますね。何かあれば、いつでも呼んで下さい」
何とか笑顔を装いつつ言葉を絞り出す。
席を離れると間もなく、後ろから2人の話し声が聞こえてきた。
セツコは休憩所の椅子に腰掛け、そして呆然と社のある森を眺めた。
何から考えれば良いかもわからず、指先で頭を叩きつつ、何を考えるべきかを考える。
自分は本当に、この職場に必要なのだろうか――?
そんな言葉が脳裏をよぎる。
『お待たせしましたセツコさん。只今、対応を終えましたので報告します』
10分ほど経った頃、休憩所の壁面ディスプレイにナナの顔が表示された。
生体素材を用いた柔らかな唇が器用に動き、事の顛末を告げていく。
『コズエさまは先日離婚をされまして、現在は一人暮らしをしています。BIのみでは今後の生活に不安があるため、就職先をお探しとのことでした。週に3日ほど、手芸教室に通っておられ、そちらを優先したいので週2日、月曜日と火曜日のみ、6時間程度の就業をしたいとお望みでした』
セツコは安堵するべきなのか、悲しむべきなのかわからなかった。
初めての相談相手としては、込み入った事情を抱えている相手だったのは確かだ。
人間相手には相談しづらいことをELFに話そうと思ったのだろうか?
それならば確かに、人間である自分の出番ではないのだが。
『近辺においてその条件に合う職場がないとの悩みをお抱えでした。そこで、飲食業だけではなく、清掃及び造園のお仕事も選択肢に加えられることをお勧めしました』
セツコは努めて自分を納得させ、そして笑顔を振り絞る。
「そ、そうですか、コズエさんがこれで気持ちを切り替えて、また就職活動に臨めるようになると良いですね」
ELFは自分の仲間であり、お互いの足りない部分を補いあうべき存在――。
そのような気持ちでセツコは言ったのだが、返ってきた返事は思いがけないものだった。
『もうしわけございません。現在のセツコさんの置かれている状況に類似する情報がデータベース上に存在せず、適切な返答の探索が出来ません。今後のサービス向上につなげたいと思いますので、現在の心理状況についてご回答ください』
午後からは実際の仕事を見学して、契約に従い14時に職場を後にした。
けして疲労がたまるようなスケジュールではなかったが、それでもセツコは随分と疲れた気がして、家に着くとすぐにソファーに横になってしまった。
セツコの上の息子は放射線検査技師の仕事をしており、下の息子はゲーム制作会社で働いている。
どっちも父親に似て理系脳であり、割りとしっかりした息子達だと思っているが、とんと浮いた話を聞かないのが悩みの種だ。
医療検査とクリエイティブ職は当分失業の恐れのない職種ではあるが、結婚相手を探すことまでは、流石にAIも手伝ってはくれまい。
セツコはウトウトしながら考えつつ、スマホを使って調べてみた。
すると、直感とは逆の回答が得られた。
結婚に限らず、相談員のような仕事は今はAIの方が上手くやってのけるようだ。
過去の膨大な事例を解析し、その人に最も適合する回答を導き出すのだという。
「まあ……」
眠気が覚めるような思いだった。
脳裏に一瞬よぎったナナの面影を意識の中から拭い去る――まさか、それはいくらなんでも早すぎる。
スマホをそっと置き、瞳を閉じる。窓辺から降り注ぐ午後の日差しが、ポカポカと暖かい。
「もしかして、人間ですか?」
翌週から実務訓練が始まる。
最初の相談相手である榊原梢江は、節子の顔を見るなりそう言ってきた。
「はい、人間です。珍しいと思われるかもしれませんが、基本的にはこちらの就活アテンダントの指示に従ってお話を進めてまいります。どうぞご安心ください」
「そ、そうなんですか?」
セツコは模範的とも言える姿勢で応対したが、梢江は不安げな表情を崩さなかった。
彼女には事前にスマートフォンで来所理由を送信してもらっており、セツコはその情報に従って話を進めていく。
「本日は、新たな就職先を探すにあたってのご相談、ということで宜しかったですね?」
「はい……」
「AI診断によりますと、榊原さんの経歴からお勧めできるお仕事は、飲食店従業員となっておりますが、こちらのお仕事リストはもうご覧になりましたか?」
「ええ、見ましたが……あの……えと……あまりパッとしなくて……すみません」
ELFが行うのとまったく同じ手順で話を進めていくが、梢江はいつまでたっても居心地が悪そうだった。
スマ―トフォンがあれば家にいても職探しができる今の世の中、わざわざ職業安定所に出向く理由は多くない。
家の中でジッとしていても頭が回らないから散歩がてらに来てみた、という程度のことが多いのだが、梢江にはそれ以上の事情があるようだった。
「もしかして何か、お困りのことでもございますか?」
「それは……ええと……」
セツコが気を使って聞いてみるが、かえって梢江は萎縮してしまった。
しばし苦しそうに下を向き、時折ちらりとセツコの顔色を伺う。
「できれば、ELFと話したいんですけど……」
やがて意を決したように、ナナに向かってそう訴えてきた。
セツコは一瞬、頭の中が真っ白になった。
人間である自分が、人工物より信頼されていないという事実を、すぐには飲み込めなかったのだ。
「わかりました。では私は席を外しますね。何かあれば、いつでも呼んで下さい」
何とか笑顔を装いつつ言葉を絞り出す。
席を離れると間もなく、後ろから2人の話し声が聞こえてきた。
セツコは休憩所の椅子に腰掛け、そして呆然と社のある森を眺めた。
何から考えれば良いかもわからず、指先で頭を叩きつつ、何を考えるべきかを考える。
自分は本当に、この職場に必要なのだろうか――?
そんな言葉が脳裏をよぎる。
『お待たせしましたセツコさん。只今、対応を終えましたので報告します』
10分ほど経った頃、休憩所の壁面ディスプレイにナナの顔が表示された。
生体素材を用いた柔らかな唇が器用に動き、事の顛末を告げていく。
『コズエさまは先日離婚をされまして、現在は一人暮らしをしています。BIのみでは今後の生活に不安があるため、就職先をお探しとのことでした。週に3日ほど、手芸教室に通っておられ、そちらを優先したいので週2日、月曜日と火曜日のみ、6時間程度の就業をしたいとお望みでした』
セツコは安堵するべきなのか、悲しむべきなのかわからなかった。
初めての相談相手としては、込み入った事情を抱えている相手だったのは確かだ。
人間相手には相談しづらいことをELFに話そうと思ったのだろうか?
それならば確かに、人間である自分の出番ではないのだが。
『近辺においてその条件に合う職場がないとの悩みをお抱えでした。そこで、飲食業だけではなく、清掃及び造園のお仕事も選択肢に加えられることをお勧めしました』
セツコは努めて自分を納得させ、そして笑顔を振り絞る。
「そ、そうですか、コズエさんがこれで気持ちを切り替えて、また就職活動に臨めるようになると良いですね」
ELFは自分の仲間であり、お互いの足りない部分を補いあうべき存在――。
そのような気持ちでセツコは言ったのだが、返ってきた返事は思いがけないものだった。
『もうしわけございません。現在のセツコさんの置かれている状況に類似する情報がデータベース上に存在せず、適切な返答の探索が出来ません。今後のサービス向上につなげたいと思いますので、現在の心理状況についてご回答ください』
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