レアスキル「TS」は、普通に考えて「ダンジョン攻略」には役に立たない

ナガハシ

普通にハッピーエンド

 ヤクザ達が着ていたスーツは、何故か俺が着ると着物になってしまった。


 恐らくは、ある程度価値があるスーツは、正装とみなされるからだろう。


 だがそれが幸いして、タクシーのおっちゃんは俺のことをすこぶる信頼してくれた。


「ちょっと旦那が事故で病院に運ばれまして、急いで欲しいのです」


 というと、合点承知とばかりに車を飛ばしてくれたのだった。


 ナリータちゃんが入院している病院についた俺は、猛ダッシュで病室に向かった。
 SPの人がもちろんいるのだけど、犯人は俺に化けているから顔パス状態だろう。


 そしてすでに、中に入ってしまっているのか、SPの人は慌てて俺を止めにかかってきた。


「俺が本物です!」


 といって、SPさんの袖を掴む。
 するとSPさんは、すみやかに女SPさんに変化し、すぐに事情を飲み込んでくれた。


 後は二人して、ナリータちゃんのいる病室にダッシュした。


――ターン!


 だがその時、病室の方から銃声が轟いた。


「!?」


 遅かったか……。


 だが、俺とSPさんが病室に飛び込むと、そこには意外な光景が広がっていた。


「ぐおおお……」


 なんと、撃たれていたのは「俺」の方だったのだ。
 ナリータちゃんの手には拳銃が握られている。
 一体、どこから手に入れたのだろう。


 SPさんがすかさず俺そっくりの犯人を取り押さえる。
 そいつも拳銃を持っていた。


 すぐに応援の人も駆けつけてきた。
 もう少しでも突入が遅れていたらどうなっていたことか。
 まさに、間一髪だった。


「ナリータ……」
「あ、あわわ……」


 ナリータちゃんは顔が真っ青だった。
 無我夢中で発砲したのだろう。


 俺はゆっくりと彼女に近づいて、その手に握られている拳銃をそっと取り上げた。


「大丈夫だから……もう、大丈夫だから」
「あわわ……ウノさん……」
「ごめんな、俺がもっとしっかりしていれば、こんな目には合わなかったのに」


 俺はただ、震える彼女の手を握った。
 しばらくすると、ナリータちゃんは俺を見上げてこう言った。


「ウノさんは……ゲイシャさんだったのデスか?」
「いや、これは成り行きというやつで……」
「そうなのデスか……ビックリいたしました」


 いやいやこっちこそビックリしたよ。
 というか、ハート強いな……。


「ところで、この銃はどこから……」
「アイテムボックスでーす」
「ああ」
「他にも色々ありマスよー?」


 すると突然、何もない空間がパックリと裂けた。
 そしてその中には、マシンガンやらライフルやらロケットランチャーやら、いろんな危ないものが入っていたのだ。


「内緒デース」
「あわわわ……」


 一体この子、ここ一ヶ月でどんな修羅場をくぐり抜けてきたんだ!?


「なにがございまして!」
「ナリータさん!」


 おっと、成子さんとミノリさんが戻ってきた。
 ご飯でも食べに行っていたのかな。


 二人とも俺の着物姿を見ると、声を揃えてこういった。


「「その格好はなんですの!?」」


 俺はただ、苦笑いするしかなかった。




 ◇ ◆ ◇




 俺は自分の身におきたことを、警察の人やら外務省の人やらが居る前で説明した。
 そして、俺が危うく殺されかけたことを知ると、ナリータはまた再び顔を青くしたのだった。


「私のせいデース……」
「いや、いいんだ、ナリータが無事で本当に良かった」
「ウノさん!」


 感極まったらしいナリータは、俺の胸にしがみついてきた。
 うお! 役得!
 でも男の子だ!


「ゴメンナサイ……本当にゴメンナサイ……」
「き、気にしないでよ」
「今、ワタシが生きているのは、ウノさんのおかげデース」
「いやあ……」


 結局ナリータちゃんは、自分で自分を守ったと思うのだがな。


 まあ何にしろ、こんな美少女が自分から俺の胸に飛び込んできてくれているのだ。
 今のところは、これでよしとしよう。


 これでナリータちゃんが、男の子になっていなければ、なお良かったのだけど。




 ◇ ◆ ◇




 そんなこんなで、俺、姉貴、イワンさん、成子さん、ミノリさん、そしてナリータちゃん。
 この6人での島ぐらしが始まったのだった。


 日本では、能力者を保護する仕組みが本格的に作られ始めたのだが、それは多くの自由と引き換えになるものだった。
 イワン国で暮らしたいと願い出る能力者は、実際かなり多かった。


 イワン国の近海で海底ダンジョンが発見され、そこから産出される魔石や貴金属が、イワン国の収入源になり、時を追う毎にイワン国は国力を蓄えていった。


 イワンさんがせっせと領土を拡張したので、いつのまにやらビルが立ち始め、日本が正式に国として認めてくれてからは、観光客も来るようになった。


 そうして、10年の時が過ぎ。
 ついにイワン国の人口は、10万を越えた。




 ◇ ◆ ◇




「ふう、疲れたな」


 人口10万人突破記念セレモニーで、副大統領としての仕事を終えた俺は、タワマンの最上階にある我が家へと戻ってきた。
 大統領はもちろんイワンさんなのだが、今でもクルーザーに住んでいる。


「おかえりなさい、あなた」


 随分と日本語が堪能になったナリータが、俺を出迎えてくれる。


「食事にします? お風呂にします? そ・れ・と・も……!」


 と言ってポッと顔を赤らめるナリータ。
 俺たちは、一年前に結婚したのだ。
 もちろん夫婦の営みもある。


 週に5日はズッコンバッコン。
 俺が心身ともに女になるのも時間の問題だ。


「あー、わりいな、メシにしてくれないか」
「えー!」


 すっかり俺の身体に病みつきになってしまっているナリータは、不満そうに頬をふくらませる。
 だが、夫婦の営みを断ったのには理由があった。


「実はな、出来ちまったんだ」


 と言って俺は、自分の下腹部をさする。


「ホエッ!?」


 一瞬、俺が何を言っているのかわからなかったのだろう。


「出来たんだよ、俺とナリータの子供が!」
「ワーオ! ほんとうデスかー!」
「本当だよナリータ! できちゃったんだよ!」
「ヤッタアアアー!」


 そして俺たちは抱きしめ合い。
 飛び上がって喜んだのだった。


「男の子デスか!? 女の子デスか!?」
「さあどっちかな……?」


 もし俺の腹の中にいる子が男だとしたら、産まれた瞬間に女になるだろう。
 逆にもし女だとしたら、男になってしまうだろう。


 抱きしめたり、離したりする度に、男になったり女になったりするのだろうか。
 ぶっちゃけ「どっちでもある」というのが正解なのか。
 一体、どんな大人に育つのだろう。


「ま、どっちでも構わないさ」


 俺はそう言うと、ネクタイを緩めつつベランダ側へと向かった。
 そしてナリータと寄り添って、その向こうに広がる景色を眺めた。


 青い海にポツンと浮かぶ小都市。
 そこには今、10万人の能力者が「普通」に暮らしている。


 ただ俺だけは、男なのに子供を身ごもるという、おかしな人生を送っている。
 しかし、はっきり言ってそれは、どうでもよかった。


「幸せだな」
「ハイ!」


 みんなが「普通」に暮らせている。
 それで、充分だからな!


 ちなみに俺のワイフ(兼ハズバンド)のナリータ。
 そのフルネームは「ナリータ・イフツーニ」というのだ。










 終わり





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