レアスキル「TS」は、普通に考えて「ダンジョン攻略」には役に立たない

ナガハシ

普通にお嬢様

 悪役令嬢という存在がある。
 それは果たして正義なのか、それともやはり悪役なのか。


 はたまた悪役のようで正義なのか。
 なんだかんだと悪役なのか……。


 俺とイワンが、港のあたりでブラブラしていた時、どうやらそんな悪役令嬢っぽい人がピンチに陥っていたみたいだ。


「モゴモゴ……」


 マリーナの近くにある倉庫の中でのこと。
 猿ぐつわを噛まされた黒髪の令嬢が、椅子の上に拘束されていた。
 深い紫色のゆったりとしたドレスを身に纏っているが、その姿は荒縄で戒められている。


(まさか……破滅フラグが立っていたなんて……)


 彼女の名前は金持成子きんもち・なるこ
 とある旧財閥の系譜に連なる、毛並みのよろしいお嬢様だ。


 彼女の特質を一言で現すなら「金の魅力に取り憑かれた者」ということになるだろう。
 彼女がこよなく愛するものは「金」。
 つまりは、金属としての「金」なのだった。


(なぜ、わたくしがこのような目に……)


 金持家はかつて、リーマンショックによって手痛い打撃を受けたことがあった。
 それからというもの金持家は、金投資に重きをおいた資産運用に切り替えたわけだが、その際に両親が、金のインゴットを彼女に見せてしまったのが運の尽きだった。


 永遠普遍の価値を持つ輝きに見せられた成子は、脅迫まがいの方法で、齢16にして家の資産運用の実権を手にする。
 彼女は両親の目前で、自らの胸にナイフを突きつけてこう言ったのだ。


――ペーパー投資はおやめ下さい! 金こそ本物の資産! 私はこの生命を掛けてでも、金持家の資産を守ってみせますわ!


 それは狂気なまでの、金投資への執着だった。
 金は確かに、けして価値を失うことのない、手堅い防衛資産である。
 しかし金そのものは利息も配当も産まないため、大きく利益を出すには向いていないのだ。


 だが、その成子の判断は金持家に大きな富をもたらした。
 リーマンショック後、各国がこぞって通貨安政策を取ったために、金の価値は2倍以上に値上がりしたのだ。
(事実)


 そして、リーマンショックによる損失を補って余りある運用益を叩き出したのだった。


 やがて成子の元には、婚約の請願が殺到した。
 もちろん、金持家の資産が目当てであった。
 当然、そんなものは綺麗さっぱりお断りしたのだが……。


(金……それこそが、我が金持家を救ったというのに)


 やはり金にまつわる確執というのは、そう簡単に消えてなくならないものだった。


「やあ、成子さん。少しは気持ちが変わったかな?」


 物陰からゆらりと現れた男は、婚約を求めて来た者の一人だった。
 よもや、彼女を人質に取って、身代金を要求しようというのだろうか?


 いや……それよりもなお、たちの悪いものだった。


「さーて、ではもう一本……」


――ゴトリ


「ンフゥー!?」


 重々しい音とともに、成子は苦悶の声を上げる。
 目の前に積み上げられたのは、一本1kgの金のインゴットだった。
 そして既に、数億円相当のインゴットが、成子の眼前に積み上げられており、目もくらむような輝きを放っている。
 つまり男は、金の誘惑によって、成子を落とそうとしているのだった。


「フ、フムー!?」


 成子は首を横に振って誘惑に抵抗しているが、もはや陥落寸前といった様相だ。
 彼女を救ったはずの金が、今まさに、彼女を苦しめているのだった。


「貴方は金が大好きで、たくさん持っている。僕も金が大好きでたくさんもっている。それらが合わさるというのは、それはそれは素晴らしいことではないのかい?」


 つまり、相手も金持の子息であったのだ。
 しかも結構な腹黒系の美男子である。
 はっきり言って、断る理由などなかったはずなのだ。


 ただ、やはり成子も一人の女子である。
 金だけのために婚姻を結ぶなんて、あってよいものだろうかと思わないでもなかったのだ。
 それに、成子ほど金投資に重きを置く投資家などそうはいない。
 資産運用の方針で揉めることは間違いないのだった。


(くっ……私が金を集めたのは、一重に家の将来のためを思ってのこと……。それをこんな、いかにも危険な投資をやらかしそうな連中の家に嫁ぐなんて……そんなの……そんなのありえない!)


 しかし実のところ、その思いさえも成子の独りよがりだったのだ。
 この倉庫内で繰り広げられている茶番には、成子の両親さえも加担している。
 彼女の部屋の合鍵を相手の男に渡したのは、他ならぬ両親だったのだから。


 成子の「金狂い」に手を焼いているのは、まさにその両親に他ならなかったのだ。


「くくく……ご両親の思いも知っているのだろう? もはや逃れることは出来ないんだ。貴方は僕の嫁になるべきだ……」
「んー! んー!」
「なんだい? まだ抵抗するのかい? ならばもう一本だ……」


――ゴトリ


「ンフー!?」


 さらにまばゆい光りが、成子の視界をくらませる。
 ああ、もうこの人でよいのかも……。
 そう思いかけた、その時だった。


「おじょおおおおさまあああああ!」


 どこからともなく、甲高い女の声が響いてきたのだ。


――パリーン!


「フモ!?」
「なんだ!?」


 倉庫の天井近くにある窓を突き破って入ってきたのは、黒装束に身を包んだ女だった。
 彼女は大型ドローンを使って、外の空中から飛び込んできたのだ。


「はっ!」


 女が何かを投げつけると、それは即座に爆発して、エアーバックのように展開される。


――ボフッ!


 それをクッションにして無事着衣。
 女は素早く、成子の元へと駆けつけた。
 すぐに猿ぐつわを取ってやる。


「助けに参りました、お嬢様!」
「来てくれると思っていたわ! ミノリ!」


 彼女の名前は百合畑ゆりばたミノリといった。
 その視線は、すぐに目の前の金塊へと向けられる。
 成子がどのような責め苦を味わっていたかを即座に理解する。


「なんと卑劣なことを! お嬢様、こやつの一族は、3階建て投資まで行っていたド悪党です! けして惑わされてはいけませんわ!」
「ああ、そうでした! 私としたら、つい目の前の金塊のクラっときてしまって!」
「それはいけません! さあ早く! 私の背中をお踏みになって下さいまし!」
「わかったわ!」


 黒装束を着たミノリは、そのまま成子の前に四つん這いになった。
 縄で椅子に固定されているが、実は立ち上がることくらいは出来たのだった。
 そのまま言われたとおりに、ミノリの背中を踏んづける。


「ああ!」
「これが……! これがいいのかしら……!」
「ああ! お嬢様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「このはしたない駄メイドめが! とくと思い知りなさい! んほぉ!」
「おじょうさまああああ!」
「んほおおおおおおおお!」


 2人の女は、良くわからないが奇妙な快楽に悶えているようだった。


 その一部始終をドン引きして見ていた男は、ようやく我に返って言った。


「なんだかよくわからないが、邪魔をするならただではおかない。出あえ出あえ!」


 男がそう言うと、物陰からワラワラと、怪しい仮面を付けた従者どもが湧き出てきた。


「もう少しで落ちる所だったのに。邪魔をしやがって! ひっとらえろ!」
「はっ!」


 そうして、一斉に成子とミノリを取り囲んできた。


「どうしますの!?」
「どうにもなりませんわ、お嬢様!」


 ミノリという女は、女忍者のような姿こそしているものの、特に戦闘力があるわけでもなかったのだ。


「ひとまず、助けを呼んでみましょう……」
「そうして頂戴……」


――この辺にいるだれか! お助けなさーい!


 ミノリただ、そう胸の内で強く念じたのだった。







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