レアスキル「TS」は、普通に考えて「ダンジョン攻略」には役に立たない

ナガハシ

普通にニート

「よう、弟。ちょっと付き合えよ」


 俺が昼間っからリビングでぐったりしていると、突然姉貴がそんなこと行ってきた。


「どこに付き合うってんだよ」


 ベットの上ならお断りだぞ。


「海を見に行くんだ!」
「え? なんでだよ」
「何となくだ! お姉さん一人でいってもつまらないぞ!」


 あー、最近男と別れたらしいから、俺を慰み者にしようとしているのだな。


「やだ、外に出たくない」
「なんだとー! ウノ、お前そのまま引き篭もりになるつもりか!」
「そーだよ、別にいいだろう」


 世の中が俺を必要としていないんだ。
 だったらわざわざ、出て行くこともないじゃないか。


「そんなのはお姉さんが許さないぞ! ほら、さっさと支度しな!」
「やだよー」
「電気あんまかけるぞ!」
「好きにすればー?」
「おー、まじかー! よっしゃあ! じゃあいっちょやってやるか!」
「うお! まじでやる気か、ヤメロー!」


 問答無用で足をつかまれ、ズドドド!
 あれ?
 あんまり気持ちよくない……。
 つうか、姉貴が兄貴になっているせいか、固くて強くて痛いだけだ。


「よし! 今度はウノの番だぞ!」
「なんでだよ!」
「いいからやるんだ! 容赦なくお兄さんの玉々をふみふみしなさい!」
「えー!」
「じゃないとベッドに連れ込むぞ!」


 ううーん、男性化した姉貴には力で敵わないからな。
 しかたない。


 姉貴の足をむんずと掴んで、男性化した股間に足をあてる。
 そして。


 ズドドドドド!


「んほおおおおお!」


 姉貴な兄貴は具合が良かったのか、思わずダブルピースしてきやがった。
 ふう……満足したか。


「よし、じゃあ海に行くぞ」
「どうしても行かなきゃダメなのかよ……」
「まあまあ、ちょっとした気分転換みたいなもんだ」
「うーん……」


 そうして俺は、しぶしぶながら出かける支度を始めた。
 まあ最初からわかっていた。
 姉貴は姉貴なりに、俺のことを心配していたのだ。




 ◇ ◆ ◇




 姉貴の自慢の大型バイクにタンデムして、家を後にする。
 ドルルルゥン! と爽快な音を立てて道路を突き進んでいく。
 姉貴の運転は、男性化しているせいか、いつも以上に荒っぽかった。


 途中から高速にのって、さらなる高速走行を楽しむ。
 時速百キロ超の風圧とともに、景色があっという間に後方へと流れ去っていく。
 ちなみに、首都高の一部は今でもタンデム禁止だから、気をつけなければならないぞ。


「姉貴、ここはどこだ」
「鎌倉のどこかだな」


 かなり適当にバイクを走らせてきたので、正確な地名はよくわからないが、とにかくここは鎌倉のどこからしい。
 マリーナには無数のボートが泊められていて、暖かな日差しと、穏やかな潮風が肌に心地よい。


 うん、これは素晴らしい気分転換だな。


「姉貴、ありがとう。ちょっと元気出たわ」
「それは何よりだ! よし! しらす丼でも食ってこうか!」


 それから俺と姉貴は、近くの定食屋で遅めの昼飯を食った。
 そして小型船舶のひしめくマリーナを、宛もなくぶらぶらとした。


 運命の人と遭遇したのは、そんな時だった。


「オーウ! コマリマシター!」


 かなりガタイの良い、ロシア人っぽい角刈りのオッサンが、小型ボートの前で頭を抱えていたのである。


「どうしました?」


 俺も姉貴も、声をかけることに躊躇いはなかった。
 いかにも海の男といった感じで、キラキラとした少年のような目をしたオッサンだったからだ。
 それに、心底困っている様子だったし。


「燃料ガ足りなくなってシマったのデース!」
「お金はないんですか?」
「現ナマはスカンピンデース! カードも持ってマセーン!」


 ふむ、それは大変だ。
 ロシアはクレジット決済が進んでいない国とも聞く。
 何とかして、日本円を調達しないといけないね。


「良かったら、お仕事紹介しよーか? おっちゃん!」


 どうやら、姉貴にアイデアがあるらしかった。


「オー! 日本のウツクシイお嬢サーン! 何でもシマスよー!」


 お、このオッサン、今なんでもやるって言ったね!
 言ったね!


「ガソリン代はあたしが持つから、その船でちょっと海の散歩をさせて欲しいんだ!」
「オー! それはお安いゴヨウの日デース!」


 ゴヨウの日ってなんだよ……土用の丑の日のことを言いたいのか?
 ともあれ俺たちは、ガソリン代を払うだけで、海の散歩を楽しませてもらえそうだ。


「では早速、給油するデース!」


 と言ってオッサンが乗り込んだのは、目の前の小型ボートではなく、その隣のクルーザーだった。


「なにぃ!」
「そっちかー!」
「ヘイ! カモーン!」


 そのクルーザーは全長が20mはあり、中には居住設備もあった。
 見た目はあちこち錆びついたボロ船で、クルーザーとしてはさほど大きいものではないのだろうが、それでも一千万は下らぬ代物であろう。
 一体どれだけ燃料を積載できるのか。


「2000リットルデース!」


 うほっ!
 絶対に改造しているな!


 ということで、満タンにしたら20万円ほどかかってしまった。


「あ、姉貴! 大丈夫だ! 俺も払うから!」
「お、おおお……予想外の大出費だ……!」


 軽油を満タンにして意気揚々なオッサンは、早くも外洋に舳先を向けていた。


――ドルルルゥン!


 そしてクルーザーの大きさに比して、ありえないほどのエンジン音が轟いた。


 明らかに改造しているな!


「ではイクデース!」
「どこまで!?」
「ハハハー! 沢山燃料イタダキマシター! とっておきの場所に連行シマース!」
「うおおおお!? え? 連行!?」


――ゴウウウウウン!!


 船のケツから盛大なジェット水流が吹き出る。
 ロケットの如き加速度でクルーザーは進み出し、あっという間に水切り石状態になった。


「ハラショー!」
「やっぱりロシア人だったかー!」
「おそろしあー!」


 そして一体、どこへ行こうというのかー!?


「そういや、自己紹介がまだだったー! 俺は富津宇乃だ! ウノっちで呼んでくれえええ!」
「あたしはその姉の宇摩だあああ! ウマチャンって呼んでくれえええ!」
「俺ノ名前はイワン・コッチャナイだ! イワンでいいぜー!? これからもヨロシクな! ハラショー!」


 ロシア式改造を施されたクルーザーは、とんでもない化物クルーザーだった。
 速度計の数値は読めなかったけど、たぶん時速100キロは軽く超えていただろう。







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