レアスキル「TS」は、普通に考えて「ダンジョン攻略」には役に立たない

ナガハシ

普通に解雇

 その話が来たのは、それから3日後のことだった。


「富津君、ちょっと良いだろうか……」


 いつも以上に暗鬱とした表情の係長が、そのように話しかけてきた。
 何となくこうなることを予想していた俺は、大人しく係長とともに談話室に向かった。


 ちなみに髪は黒く染め、後ろで縛ってひとまとめにしてある。
 あとスカートだとスースーするので、女性物のスラックスを買って穿いたら、何故か男ものには変化しなかった。


 このTSという能力が、ジェンダーというものをどう認識しているのかはわからないが、ひとまず女性物のスラックスには性別判定が存在しないようだ。


 ちなみにブラジャーはつけていない。
 つけると「さらし」に変化してしまうからだ。


 かといって「さらし」がブラジャーに変化するということもなかった。
 なんとも奇妙な能力である。


「で、俺はクビってわけですか?」


 わかりきっていたことなので、こっちから切り出した。


「うん、そうなんだ。すまないけどねえ、何も言わずに自主退職して欲しいんだ」


 あまりにもキッパリとそう返してきたので、二の句が継げなくなる。
 会社都合ではなく自主退職とは……。
 いやはやブラックとは思っていたが、ここまでとは。


「会社都合にすればいいじゃないですか。それで別に訴えたりはしませんよ」


 その方がすぐに失業給付が貰えるし、何かと都合が良いんですけどねえ。


「いいや、富津君、会社都合というのは簡単に出来ることではないんだよ」
「要は、俺がTSになっちゃったせいで、仕事に著しく支障をきたしているし、この先の改善の見込みもないっていうことなんですよね? それは俺だってわかっています。正当な解雇理由だと思いますよ?」
「いや、でもね、そんな事例は今までになかったことだし、その、色々と……」


 要は、面倒くせーってことか。
 くっそ、こんな会社、さっさと辞めてしまいたい。
 かと言って、ホイホイ自主退職するメリットもまったくないんだよな……。


「有給は全部使ってくれて構わないんだよ?」
「そんなのは当たり前ですよね! このまま自主退職したら、次の仕事が見つかるまで無収入になるんですよ!?」
「そこは……うまくやってくれよ、給付制限のことを気にしているのなら、たかだか3ヶ月の話じゃないか」


 といって係長は、さも忌々しげな目を俺に向けてきた。
 うわあ……明らかに厄介払いするつもりだ。
 そして間違いなく、嫌がらせを駆使してくるパターンだ。


「俺、絶対に引きませんからね。明日からボイスレコーダー持って出勤します。そんなに俺のことクビにしたいなら、ちゃんと正当な理由を考えてください!」
「ぐ、ぐぬぬ……」


 俺それだけ言って、談話室を後にした。




 ◇ ◆ ◇




 それから3日で引き継ぎを終わらせた俺は、さっさと有給消化に突入した。
 あんな精神衛生に悪い場所、さっさと立ち去るに限る。


 心療内科を受診して、謎スキルのせいで心を病んでいるという診断書を書いてもらい、労働基準監督署に行って、自主退職を迫られた旨を相談してきた。
 これをやっておくと、後々の保険になる。


 まもなく会社から解雇通知書が送られてきた。
 解雇理由は「精神及び身体の障害」となっていた。


 うんうん、それでいいんだよ。
 これでつつがなく、失業給付を受けることが出来る。
 俺は心底ホッとしたのだった。


 しかし、世の中には変なスキルを身に着けたけど、今までの職場で働き続けたいと思う人もいるだろう。
 そういう人は、やはり裁判などで争わないといけないのだろうな。
 能力を得たせいで、苦労することになるとは。
 なんとも生きづらい世の中になったものだ。


「さーて、履歴書でも書くか」


 次はもっとまともな会社に就職してやる。
 そう意気込んで、どんどん履歴書を書いて応募したのだが、ことごとく落とされた。


 理由はすぐにわかった。
 TSなどという意味不明なスキルを得てしまったことを、明記してしまっていたからだ。
 何かと人手不足の世の中で、俺はまだ全然若い。
 おかしなことさえ書かなければ、書類選考くらいはすんなり通るのだった。


 しかし……。


「えーと、実は私、スキル持ちでして……ちょっとお手を拝借」


 と言って、面接官を対象にして、俺のスキルをご開陳する。


「はいはい……ひっ! もう結構です!」


 するとその瞬間に、面接が打ち切られてしまうのだった。


 どう面接で頑張っても無駄足になることを理解した俺は、スキルのことを正直に履歴書に書いて応募しまくった。
 しかし、全然引っかからなかった。


 もちろん、WEBも駆使して就職活動を行ったのだが、TSというスキルが引っかかってしまって、まともな案件は来ないのだった。


 アダルト業界や風俗関連業界からは、随分とオファーが来たものだが、俺はどうしても、そういった職種には興味が持てないのだった……。


 そんなこんなで、あっという間に半年が経過してしまった。







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