前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪

最終話 Happy moment!

 ――僕は夢を見た。

 【やあ】

 「やあ」

 ふと顔を上げると、前世の僕……エクスィレオスが片手を上げて僕に声をかけてきた。それを何となく片手を上げて返すと、にこりと微笑みながら『僕』は語り出す。

 【よくやってくれたね。これでもう、エリザベスとベルゼーラに危険が及ぶことはない】

 「うん。『僕』も助けてくれたからだよ。本当に助かった、ありがとう」

 【はは。自分にお礼を言われるのも変な気分だね。こちらこそ、エリィとベルを幸せにしてくれるんだ、これ以上嬉しいことは無いよ】

 そう言って僕の頭を撫でる『僕』は一歩引いた後、口を開く。

 【さて、名残惜しいけどそろそろお別れだ】

 「お別れ……? あ!」

 彼がそう言うと同時に、彼の横にデバステーター、フェロシティ、ブルート、メナスの四人がいつの間にか立っていた。

 「お別れってどういうことさ? 君達は『僕』なんだから――」

 そう言ったけど、僕はなんとなく彼らが消えるのではないかとも思っていた。その答え合わせをするかのように、『エクスィレオス』は話し出す。

 【お別れなんだ。僕は君の中に残った悪神の残滓。『力』ではなく『心』。人間に恨みを持つ僕はもう、必要ないからね】

 【そう言うことですよ主。故に破壊や威圧を形にした私たち四肢ももう、必要ないのです】

 フェロシティが相変わらずな口調でそう言う。

 「……それでも……僕達はずっと一緒だったじゃないか……」

 【泣くな、主。俺達は居なくなるが、元々居なかった者なんだ、気にすることはねぇなあ】

 デバスが笑いながら言い、

 【うむ。ブルート達は人間を亡ぼす為生まれた。だけど、それをしないでいいなら、それに越したことはない】

 ブルートが深く頷く。

 【寂しいですが、我々が生まれた経緯を考えると、これは正しいのです。あくまでも我等は仇為す存在なのですから】

 そしてメナスがフッと笑うと、不意にどこからか声が聞こえてきた。

 <良かったなお前達>

 【”渡り歩くもの”かい】

 <そうだ。何度目だったろうなあ、ついに成功したか>

 【ああ。お前のおかげだ】

 「ちょ、ちょっと待ってよ! この声は誰なの? それに”何度目”ってどういう――」

 【気にしなくていい。『レオス』は気にしなくていいんだ。お前達は幸せになった。それが全て】

 「嘘だ! 何か隠し……う……」

 急に眠気に襲われ、僕は膝をつく。段々と視界が狭くなり、みんなの姿が小さくなっていく。

 【さようなら『レオス』。そしてありがとう。僕の半神だった者よ。僕の全てを僕に渡そう――】

 「ま……って……」



 ◆ ◇ ◆



 「――ス」

 「ま、待ってくれ!」

 「――オス」

 声が聞こえる。彼等じゃないこの声は――

 「レオス!」

 「大丈夫!」

 エリィとルビアだった。僕がうっすら目を開けると、エリィが泣きながら抱き着いてきた。僕はエリィの背中をさすると、横にいたメディナが言う。

 「随分うなされていた。嫌な夢でも見た?」

 「嫌な……。いや、そうじゃないよ」

 「そうなの? 私、レオスが死んじゃうんじゃないかって、それくらいうなされていたから……」

 見ればパジャマは汗でぐっしょりしており、喉も酷く乾いていた。ルビアに水の入ったコップを差し出され、ぐいっと飲み干す。

 「……本当に大丈夫なんでしょうね? 結婚してすぐ未亡人とか嫌よ?」

 「うん、大丈夫」

 「焦ったわ、ホント……」

 「ごめんねベル。心配をかけて」

 同じく腕を取って安堵しているベルに微笑みかけると、ベルが僕に尋ねてきた。

 「どんな夢だったの?」

 そう言われて僕は少し言葉に詰まる。

 「……悲しい夢だったよ。僕の中のエクスィレオスが消えちゃったみたいでさ。ま、でも役目を終えたって感じだから、良かっ、た、んだよ……」

 「レオス、私たちがいるわ。いつまでもね。だから泣かないで」

 「僕、泣いてなんか……」

 エリィに反論しようとするが、頬を伝う涙で僕は口を噤む。エリィに抱きしめられ、僕は夢の中で言えなかった言葉を口にした。

 「……さようなら、エクスィレオス。今までありがとう」

 と。



 ◆ ◇ ◆



 ――そんな別れがあった後、立て続けに別れは訪れる。そう、悪魔達もまた、自世界に帰還する時が来たのだ。


 「君には世話になった」

 「いえ。無事回復して良かったです、バアルさん」

 イケメン悪魔のバアルさんが僕に握手を求めそれに応じると、アガレスさんが笑いながら僕達に言う。

 「謙遜するな。我等悪魔はずっと帰れなかったかもしれないところだったのだ! 向こうの世界でも語り継いでやるわ。もし来ることがあったら、お主英雄だぞ! わはははは!」

 「あ、いえ、お構いなく……」

 国王という場違いな身分でお腹いっぱいなのに英雄とか嫌だ。

 「あの時は済まなかったな」

 「セーレじゃないか。無事だったんだね?」

 「総攻撃の時は遊撃に回るつもりだったのだ。そしたらグレモリーが勝手に突っ込みおってな……」

 「へへへー」

 悪びれた様子もない女性が舌を出して笑う。セーレとも激戦を繰り広げた相手だ。懐かしいな、思っていると、ひとり足りないことに気付く。

 「モラクスは?」

 「あやつは魔聖のルキル、とか言ったか? それと旅に出ると言って帰らないと言いおった。マルコシアスも嫁さんが怖いし、子供が可愛いからと拒否しおった」

 まあ、レジナさん怒ると怖いし、子供ができた今、シルバとシロップも可愛いだろうから置いて帰るなんて真似は絶対しないだろうと思った。

 そして――

 「久しぶりだねバス子」

 「元気だった?」

 「全然顔を見せないから心配してたのよ?」

 「すみませんお嬢様。それにレオスさんも姐さんもお久しぶりです。いやあ、色々準備に手間がかかっちゃいましてねー。というか姐さん、お腹が少し出てきましたね? 食べすぎ?」

 直後、ガツンとバス子の頭に拳骨が飛び、蹲る。

 「おおおおお……」

 「赤ちゃんができたのよ! 来ないからそう言うのもわからないんでしょうが!」

 「お、落ちついてルビア。赤ちゃんに良くないわ……まあ、準備は大変だったでしょうから仕方ないわ。でも、寂しくなるわね」

 エリィがルビアを宥めながら寂し気に微笑む。割と迷惑をかけられたことが多いけど、バス子がいたから楽しかった旅立ったかなとも思う。

 「寂しくなるわね……」

 「へ? どうしてです?」

 ベルの言葉にすっとんきょうな声を上げるバス子。何かおかしいと思ったのか、ルビアが訝しげな顔をして聞く。

 「あんた元の世界に帰るんでしょうが」

 「え? いえ、帰りませんよ? いや、ほら、あの戦いの時、レオスさんに告白されたじゃないですか? 帰還準備をしながら、それについてずっと考えていたんですよ。出た答えは『レオスさんと結婚する』!ことにしました!」

 そんなこと言ったっけ……? 三年前の戦いの記憶を絞り出してみる。

 (はこの世界が好きだ。ここまで一緒に旅をしてきたエリィやベル。ルビアにメディア、バス子だって好きだ。クロウやカクェールさん、ガクさん達……。そんな好きな人を殺させるわけにはいかないだろ!)

 もしかしてこれのことか!?

 「はあああああ!? いや、あれはそう意味の好きじゃ――」

 「照れなくてもいいんですって! ほら、このナイスバディのわたしとずっと旅をしていて惚れてしまったんでしょう? それにレオスさん国王ですよ! もう働かなくてもいい……」

 ぐへへ、と嫌な笑いをするバス子にメディナが立ちはだかる。

 「バス、もう枠はいっぱい」

 「そこをなんとか!」

 「ダメ、無理」

 「イチゴ大福を3……ええい4個だ!」

 「許可する」

 「ずいぶん安いね僕!?」

 すると、僕の背後に赤ちゃんを抱いたエリィ、腕組みをしたルビア、腰に手を当てて睨むベルが立つ。

 「うふふ。どうするのレオス? 私は今更だし、もうこの子がいるからいいけどー?」

 「これ以上増えたら……あ、あたしの相手をしてくれなくなりそうだから嫌よ?」

 「ううう、レオスぅ……」

 「あ、あはは……」

 僕は座ったまま後ずさり、

 「あ、今日の屋台の時間だ! い、いってきまーす!」

 と、一気に駆け出した!

 「あ! 待ちなさいレオス!」

 背後でルビアが叫び、エリィ達の呟きが聞こえてくる。

 「あはは、今世は賑やかでいいわねベル」

 「ふふ、そうねエリィ。……こんなに幸せでいいのかしら?」

 「いいんじゃない? 苦労した分、幸せにならなくちゃね!」

 「きゃっきゃ!」

 僕はその言葉を聞いて目頭が熱くなる。もちろん幸せにするよ。でもその前に――

 「レオスさーん! この婚姻届けにサインをしてくださいー! メディナさん、イチゴ大福追加です、レオスさんを捕まえてください!」

 「んぐんぐ。任せる」

 「勘弁してくれー!?」



 ――子供達が成長し、国王を退位して僕が慎ましく商人ができるのはまだ、先の話――




 ~True End~


























 ◆ ◇ ◆



 【あとがき劇場】


 はい、作者の八神でございます!

 これにて『前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います』完結となります!

 振り返ってみると、色々設定に無茶があるなということと、話の流れが想定していた方向とは変わっていたりして、物語を書く難しさと面白さを痛感しましたね(笑)

 処女作『転生のお供にぜひニワトリを!』のラスボスがどうなったのか? というのを書きたくなり、二周年記念も兼ねて書いてみたこの作品、いかがだったでしょうか?

 至らぬ部分は多いとは存じますが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 そして表紙イラストを描いてくれた『茜328』さんにも、いまここでお礼を申し上げます!

 次回作はいっぱい考えているので、その時見に来ていただけたら嬉しいです!

 それでは、ご愛読ありがとうございました!


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