その172　戦慄の女性陣

　怖い。

　ルルカさん達の戦闘が始まってから僕の抱いた感想である。血気盛んなルビアが可愛く見えるレベルだったからだ。

　「生意気な小娘共が……！　一斉にかかれ！」

　「浅はかですね《タイダルウェイブ》《エクスプロード》！」

　ざぱぁあ！　ドゴォン！

　ティリアさんは魔力の高いエルフ。故に上級魔法もお手のものらしく、襲い来る門番さん達をあっという間に蹴散らしていく。

　「はいはい《ヒーリング》《ヒーリング》っと」

　ケガをして気絶した人はルルカさんの回復魔法でサッと癒されていく。飴と鞭ではないけど、ある意味キレイな死体が出来上がっていく。……死んでいないけど。

　「道ができた……！　はっ！」

　「ちぃ！」

　ガキン！

　操られていても恐怖は残っているのか、門番さん達が進むのを躊躇したスキを逃さずフヨウさんが剣でリリーフへと斬りかかっていく。冒険者と自分で言うだけあって踏み込み速度はかなりのものだった。

　「カゲトさん、加勢を！」

　「うむ……！」

　ガクさんにポーションを使いながら僕はカゲトさんにフヨウさんの援護をお願いする。もちろん乗り気で駆け出していく。

　「大丈夫よ、こいつくらい私達でやるわ。女の同士の争いに首を突っ込むと痛い目に合うわよお兄ちゃん！」

　「くっく、威勢がいいわね。私が人間を操るだけだと思ったか？」

　ジャラリ

　「剣が……！？」

　鍔迫り合いをしていたリリーフの剣に亀裂が入り、まるで鞭のようにフヨウさんの剣に絡みついていく。

　「そして、剣は一本だけじゃないのさ！」

　「む！」

　空いた左手の袖から短めの剣がシュっと飛び出し、やはり鞭状になった。それを迫ってきたカゲトさんに振り回す。あれはいわゆる蛇腹剣というやつだ。

　「甘い！」

　「弾いただけじゃ危ないわよ？　そら！」

　カゲトさんのは蛇腹剣を弾くが、生き物のようにうねった剣先がカゲトさんの顔を狙い、頬に傷をつける。

　「掠っただけだ……」

　「こいつ……！」

　「おっと、はしたないお嬢ちゃんさね！」

　フヨウさんがリリーフを蹴り飛ばし距離を取る。剣は手放していた。そこへティリアさんの魔法が飛んでいく。

　「《フレイム》！」

　「くっく……私を守りなさい！」

　「門番さんは恐慌状態よ、誰もいないわ！」

　リリーフの余裕の言葉にルルカさんが吠える。しかし、その時とんでもない光景が僕達を襲う。

　「……！？」

　ゴォォォ！

　「うわ！？　何やってんの！？」

　何とカゲトさんがフレイムとリリーフの間に割って入り、フレイムに巻き込まれた。

　「むん！　わ、わからん……身体が勝手に……。貴様、何をした！」

　何とか剣でフレイムを搔き消したようで、焦げてはいるけど返事が返ってきた。そのままリリーフへ斬りかかっていくカゲトさん。

　「くっく……止まれ」

　「う……！？」
　
　「カゲトさん！　もしかして操られているんですか！？」

　剣が肩口に行くかという寸前で体が止まり、カゲトさんが呻いた。恐らく門番と同じく何らかの形で操られているに違いない。それにしても――

　「意識をもったまま操るのはかなり難しいのに、カゲトさんほどの実力者を支配下に置くなんて……」

　「くっく、剣に呪いを付与していたのさ。この方が面白いことになるだろう？　私に斬りかかってきた小娘の兄のようだし、兄妹で殺し合って絶望しろ！　あははは！」

　「くっ……卑怯な……！」

　僕は歯がみをしていると、カゲトさんが口を開いた。

　「……私のことは気にするな！　私ごとこいつを倒――」

　「どっせいい！」

　「うぐお！？」

　「何！？」

　直後、フヨウさんの蹴りがカゲトさんの腹に突き刺さる。

　「ティリアさん！」

　「《ウォータバレット》！」

　「ぐあああ！？」

　「《ストーン》！」

　そして容赦なくティリアさんとルルカさんの魔法がカゲトさんへ炸裂し、あっという間にぼろ雑巾のようになってしまった。

　「こ、こいつら！？　ええい、まだ動けるだろ！　これでもくらえ！」

　「……」

　白目を剥いた気持ち悪い顔のカゲトさんがゆらりと立ち上がり、ルルカさんへ攻撃を仕掛ける。ロッドで応戦しながらルルカさんが叫んだ。

　「これならボクでもあしらえる。ふたりはそこのクソ女をお願い！」

　その言葉に、蛇腹剣を回避しながらフヨウさんが答えた。反射神経すごいな！？

　「おっと、動揺が見られるわよ？　ティリアさん、援護をお願いね」

　「はい！　掠ると操られますから気を付けて！」

　わかってる、と足元の剣を転がりながら拾い両手持ちの蛇腹剣を目だけでかわし、肉薄していくフヨウさん。

　「そこだ！」

　「遅い！　あんた、人を操るだけで、自身の能力は高くないんじゃない？　その剣に振り回されてるんじゃない？」

　「言わせておけば……！　こういう使い方もあるんだよ！」

　シュルルル……

　リリーフは両手の剣を突き出し、蛇腹剣が一直線にフヨウさんへ向かう。それを避けるためフヨウさんは身をかがめて前へ進むと、リリーフはニヤリと笑い腕を動かす。

　「避けられないんだよ！」

　「！？　きゃあ！？」

　背中の鎧に剣が叩きつけられ、フヨウさんが悲鳴を上げる。

　「ズタズタにしてやるわ！」

　「わたしがいることを忘れていませんか！　《フレイム》！」

　「チッ！」

　「わわ！？」

　蛇腹剣をフヨウさんの身体に巻き付けて盾にするリリーフ。しかし、そこは嫌がって体をめちゃくちゃに動かし、フヨウさんが地面に転がった。

　「くっく、まだ負けてはいない。が、ここは分が悪いみたいだね、私はセイヴァーのように自信過剰って訳でも無い。ここは撤退させてもらおうか」

　潔いことを言うリリーフ。だが、こいつに『次』などないことを、僕を含めその場にいたものはみんな知っていた。

　「へえ、逃げるんだ？　任務に失敗したやつを許すなんて、アマルティアってやつは随分甘いのね？」

　「黙れ！　ふん、どうせあの方には勝てん。せいぜいほざいていろ」

　そう言うと一歩下がるリリーフ。そこでティリアさんが珍しく挑発する。

　「まあアマルティアにとってあなたなんて使い捨てのおもちゃと同じでしょう？　それよりいいんですか？　カクェールさんを狙っていたんじゃないんですか？」

　「なに……？　そういえば姿が見えない……一体どこ――」

　ドズン……！

　その直後、リリーフの胸に槍が突き出した。

　「ようやく動きを止めてくれたな。悪いがお前はここで終わりだ」

　「な、なんだと……！？」

　槍を突き出したのはもちろんカクェールさん。

　ティリアさんのタイダルウェイブとエクスプロードの上級魔法を目隠しに使い、風の精霊と契約したカクェールさんが空へ舞っていたのだ。
　壁に張り付いたカクェールさんが虎視眈々とリリーフの隙を見ていて、今、チャンスとばかりに真上から降ってきた。　

　「門番達をうまく使えれば良かったんだろうがな？　結局は自分の力を過信し、自分の手でティリア達を倒したいと思った傲慢さが招いたことだ」

　ズブシュ、と槍を抜きながら呟くカクェールさん。

　「ばか、な……！？」

　血を吐きながらリリーフは息絶えた。

　「やりましたね！　さすがカクェールさん！」

　「ふう、いや、ティリア達が気を引いてくれたからだ。何してるんだフヨウ？」

　「うーん、こいつの武器面白そうだなって思って。持っていったらダメかな？」

　剣と鞭状態を交互に繰り返すフヨウさんがそう言う。

　「いいんじゃないか？　操る能力は関係ないだろうし」

　「それもそうね。って、そうだお兄ちゃん！」

　フヨウさんの言葉で僕もルルカさんの方を向くと……

　「このこの！　気持ち悪いんだよ！」

　「……」

　ぷつりと糸が切れた人形のように地面に崩れ落ち、なんの抵抗もしなくなったカゲトさんがルルカさんにぼこぼこに殴られていた。

　
　――リリーフを土に埋めようとしたが、灰になって消えた。面倒ごとになる前に、門番さん達を安全なところへ寝かせて僕達はアスル公国へと足を踏み入れた。

　みんなは荷台で休んでもらい、再び僕が御者をし町へと馬車を進めていると、フェロシティが頭に乗ってきて話し出した。

　【……これでふたり。私たちと同じような存在と考えれば残りふたりはいそうですな】

　「そうだね。倒したふたりに”救世主”に”救済”の名を冠してつけたのは理由があると思うかい？」

　【どうでしょうか。神を倒したアマルティアは人間の救世主を謳っているならあるいは。しかし、深く考えているとは思えませんね】

　やつの口ぶりは子供のような感じもあったし、確かに、と思う。どちらにせよ僕達が平穏に暮らしていくためには存在させてはいけない。

　そんな決意を新たに町へ到着すると、予断を許さない事態が迫っていた。