前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その113 クロウとアニスと国境
「右の脇が甘い! ほら、すぐに手を引き戻さないと掴まれるわよ!」
「うわ!? ぐっ……!」
生地のタネも無くなったのでパンケーキの屋台を閉めてからルビアとクロウの戦いを観戦するっことになった僕達。他の参列者も暇なので、遠目から戦いの行方を見守っていた。
とはいえルビアとクロウの実力差は相当にあり、一方的にルビアから攻撃を受けるという状態だった。動きはいいけど、そこは拳聖。ルビアには及ばない差があった。
「……」
軽い感じの喋り方をしていた彼女(?)のアニスは戦いが始まった瞬間、真剣な表情でジッとクロウを見つめていた。胸中はわからないけど、この二人はずっとこうしてきたんじゃないかなと感じる。
「足元!」
「ハッ! それ! ……やった……!」
クロウが足払いを後ろに下がって避け、その足でルビアの顔面に蹴りを出す。ルビアは屈んでいるので当たれば大ダメージに繋がる。クロウは喜ぶけど――
ガッ!
重そうな蹴りをがっちりガードしていた。そのままルビアは屈んだ状態から掌底を放ちながらクロウへ言う。
「狙いは良かったけど、不安定な状態から蹴りを出しても威力は下がるわよ。今の攻防なら、足払いをの来る方向へ避けて膝蹴りで顔を狙った方が良かったかもね」
「くっ……まだまだか……ぐはぁ!?」
鳩尾に入った掌底を受けてごろごろと地面を転がる。そこでメディナが口を開いた。
「そこまで。少年はもう役立たず」
「言い方! 大丈夫かな……?」
「本気では無かったですけど、凄い吹き飛び方をしましたしね」
僕とエリィが駆け寄ると、アニスが回復魔法でクロウを癒しているところだった。
「《ヒーリング》大丈夫?」
「ん……んん……ああ、ありがとうアニス。参りました」
クロウがその場で頭を下げると、ルビアは笑いながらクロウを立ち上がらせる。
「筋は悪くないわよ。今いくつ?」
「17歳です!」
ふんすと鼻息を荒くしてアニスがクロウに抱き着いて宣言していた。取られたくない、というやつだろうか?
「レオスより一つ上か。あたしがそのころは大魔王討伐の旅をしていたから、圧倒的に経験の差ってやつだから、もっと戦いなさい。それも同じ拳士じゃなく、いろいろな人、魔物と。ま、あの師匠のやり方をいいとは思わないけどさ」
「はい! ありがとうございました!」
クロウが丁寧にお礼を言うと、ルビアはうんうんと頷く。そこへバス子がルビアへ尋ねる。
「たびたび出てくるけど師匠ってどんな人なんです? あまりいい感じではなさそうですけど」
「……その通り。いい奴ではないわね。大魔王討伐の旅も、アレンに着いてくるよりも逃げたかったからだし。さぁて、ちょっと疲れたから馬車で休むわね」
それだけ言ってルビアは戻って行き、クロウとアニスが残った。
「騒がせたね」
「いや、いい戦いだったよ! 君も冒険者なの?」
「うん。僕達はCランクなんだ」
「へえ、僕と一緒だね!」
久しぶりの同年代の男と話す機会ができてテンションが上がる僕。向こうもそう思ってくれているのか握手をかわした顔を笑顔だった。
「それにしても進まないなあ。メディナ、先はどう?」
「……ダメだ。門番が今日の仕事を締め切った。無能」
一瞬ふわりと浮いて降りてくるメディナ。陽が暮れ始めた時は15人くらいだったのに一体何をもたもたしているのか……? それはそれとして。
「飛ぶときはちゃんとスカートをおさえないとダメだよ? エリィに言われたでしょ?」
「そうだった」
すっかり暗くなったので今は見えないと思うけど、パンツ丸出しは困る。
「いや、そもそも空を飛ぶことが凄いんですけど……メディナさん、は魔族なんですか?」
「人間」
え? 魔族じゃない……のか? 追及する前にクロウが口を開いた。
「ハイラル王国なんだけど、向こうから来る人に聞いてみた話だと、内政がゴタゴタしているらしいよ。国王が倒れた、とか言っていたけど真偽は定かじゃない」
それで、人を入れるのは制御しているのか。でも出ていく人が多くなるのは困るんじゃないかな? まあ、そこは僕達が考えることじゃないか。
「それじゃ、屋台を片づけて夕飯にしようか。クロウ達も一緒にどう?」
「いいのかい! ありがとう。路銀が尽きそうで、町で稼ぐつもりだったんだ」
もう今日は列が進まないと判断した僕達から後ろの人たちも野営の準備を始めていた。ざっと30人程度が酒盛りなどを行っているのが目に入る。
「いただきまーす!」
と、早速サラダとパンへ口をつけるアニス。質素な食べ物ばかりだったから簡素なものだけど美味しい美味しいと食べてくれ、エリィがほほ笑んでいた。
聞くところによるとクロウ達の出身は以前一緒に戦った、カクェールさんと同じペンデス国。修行であちこちを渡り歩いているとのこと。大魔王討伐は目標だったそうだけど、先日倒され、その中に同じ拳を使うルビアが居たと聞いて是非戦ってみたかったのだそうだ。
今日のところは会話もそこそこに、夕食を食べた後に列の最後尾へと戻って行った。やっぱり真面目だったね。彼とは友達になれそうな気がする。
そして翌日の昼前、ようやく僕達は国境を越えるための門へと到着したのだ。
何か嫌がらせでも受けるかと思ったんだけど、そういうことは無かった、。ただ、話が長く。話をしながら僕達を品定めしているような気もしたけど、ギルドカードを見せる。
「……!? 聖職……! それも大魔王を倒した二人……ど、どうしてこんなところに……失礼しました」
後はとんとん拍子に、荷台の確認と荷物。それと僕達に質問を投げかけてくるくらいで済んだ。
「これで終わりです。時間をかけて申し訳ない。まさか大魔王を倒した聖職が乗っているとは思わなかったが……。このまま街道を進めばクライルの町に着きます」
「ありがとうございます! 何か国が不穏だと聞きましたけど……」
僕が尋ねると、聖職でないからかぶっきらぼうな言葉が返ってくる。
「ああ。面白がって流布している噂だな。大丈夫だ、町も王都も平和なもんだ。気を付けてな」
そそくさと通され、何となく腑に落ちないものを感じて国境を越えた。さて、黄泉の丘は王都よりだったっけ。町は素通りかなあ。
◆ ◇ ◆
「二人、入国をお願いします」
「Cランクか、まあまあだな。通っていいぞ」
「うへえ……やっと……? おじさん話が長いんだけど」
やはり長ったらしい町の話やら、名所、魔物の注意点などを説明されうんざりするアニス。こんなことをしていれば長くなるのは当然だと、クロウは憮然な表情をして門番の間を抜ける。
ようやく出口に差し掛かるかとため息を吐いたとこるで――
「聖職は?」
「もう行った。あれを味方につければ我々は有利になる」
「どうする? 力づくは無理だろう?」
「聖職以外はCランクの男が一人と、よくわからん女が三人いたがお世話係かなにかだろう。手に余るが、世界を救うような人間だ、困っていると頼み込めば協力してくれるはず」
「わかった。先回りしておこう……」
「(ルビア様達に何かさせるつもりか?)」
「(嫌なこと聞いちゃったね。で、行く?)」
「もちろんだ。馬車に追いつくには骨が折れるし、急ごう」
「それじゃ、レッツゴー♪ 《ムーブアシスト》《バイタルアップ》!」
アニスの補助魔法を受け、クロウとアニスは軽快に街道を歩き出した――
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