前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その98 あれ?
ほー……ほー……
「あ、灯りが見えてきた! みんな、町だよ!」
「ぐー……」
「すぴー……」
「すやぁ……」
「ぐごごご……」
「うん、まあ分かってたけどね」
どのいびきが誰のものか当ててみよう! ……というのは置いといて、僕は馬達をゆっくり歩かせ少し眼下にある町へと馬車を走らせ、程なくして町の入口へ到着する。
「おお、こんな夜中にご苦労さんだ」
「すみません、町に入りたいんですけど」
「ギルドカードはあるかい?」
少し強面の顎髭がすごいおじさんがにこりとほほ笑んで訪ねてきたので、僕は自分のカードを見せる。
「ほお……!? Cランク……の、商人?」
「ええ、商人です。荷台には女の子が四人寝ています」
「商人って戦えるのか……? まあいいか……本物みたいだしな」
「えっと、仲間の分は今ちょっと見せられないんですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、坊主ので身分は問題ない。カードも本物みたいだしな。けど、宿で起こすなら今起こしてもいいんじゃないか?」
「あはは、山越えで疲れているからギリギリまで寝かせておきます」
「はは、そうか。宿はこの通りを真っすぐだ。そこの角のカフェは雰囲気がいいぞ、お嬢さんとデートに最適だ」
「あ、はあ……ありがとう、ございます……」
若いっていいねえ、などと無責任なことを言いながら仕事に戻って行くおじさんを尻目に僕は宿へと馬車を向かわせる。
「じー……」
「? 何か視線を感じる……?」
先ほどおじさんがデートに最適だと言っていたカフェのテラスに、真っ黒な服を着た女の子? がこちらを見ていた。顔は暗くてはっきり見えず、隣には大男が鼻提灯を出して眠っている。
いや、まあ夜中だしお店はやってないからそりゃそうなんだけど、なんでこんな時間にカフェのテラスに……? ま、いいか、早くベッドで休みたい!
「ごめんよ、もう少し頑張ってくれるかい」
「ぶるる」
「ひひん」
少しだけ疲れた感じで返事をする馬達であった。
◆ ◇ ◆
「あいつも違う」
「ぐがーぐがー」
「……」
冥王はずっと町の入口が見えるカフェのテラスから離れず、何度も飲みものをおかわりし続け、結局閉店してからもテーブルを占拠していた。
チラリと馬車が見えたのでじっと凝視するも、以前アレン達と戦った時にはレオスは戦力外だったため『レオス』の顔は認識していなかった。
また、エリィ達聖職も荷台で寝ているので姿を捉えることはできていない。
「今日はもう戻る。サブナック、宿へ行く」
ゆさゆさと体を揺さぶり、
「ふが……? お、おお……戻るのか……ってか真っ暗かよ……」
サブナックが目を覚ますのと同時に、冥王は宿へと向かいスタスタと歩き出すのだった。
◆ ◇ ◆
しばらく馬車を歩かせていると大きな建物が見えてきて、窓の数からそこが宿屋だと分かったので近くまで進む。とりあえず四人を起こしてチェックインを済ませよう。
「男一人部屋と女の子四人部屋お願いできますか?」
僕は受付にいた細い目をしたオールバックの人に声をかけた。
「は、いらっしゃいませ。ウルネイドの宿へようこそ、こんなに遅くお疲れ様でございます。滞在予定はどれくらいになりますか?」
「とりあえず三泊四日でお願いします」
「かしこまりました。ではこちらにご記入をお願いします。料金ですが、おひとり様銀貨八枚、女性は部屋代としていただきますので金貨三枚になります」
一泊銀貨二枚半か、割と高いけどここって大きな町だし仕方ないのかなと思いながら僕はみんなの分を出す。金貨四枚出してお釣りをもらい、財布をみると残りは160枚くらいだった。受付の男性は金額を確かめるとにこりと笑って頷き、二本の鍵を差し出してきた。
「それではお部屋のカギになります。こちらが女性用で二階の階段を上がってすぐ左です。レオス様はこの通路を進み二つ目の部屋になります」
「ありがとうございます。ルビア、エリィをお願いしていいかな?」
「あふ……そのまま連れて行っちゃえば?」
「それは流石に……」
「弱気ねえ。よっこらせっと。バス子、ベル、行くわよ」
「ふわーい……」
「それじゃレオスさん、またあし……ふぁあ……」
「ゆっくりね」
女性陣を見送った後、僕はもう一度受付の人に声をかけ、馬車を置くところが無いか尋ね、宿の裏にあるということを聞いて馬車を置きに行った。
「山越えありがとうな。ゆっくり休んで」
「ひひん♪」
「ぶるる♪」
僕は馬二頭にニンジンと水を与え、嬉しそうに食べるのを見てから周囲を見渡すと、他にも馬や馬車の荷台部分が置かれている。
「やっぱり色々な人が来るんだろうなあ。確かここがスヴェン公国の国境付近の町だったっけ」
馬に追加でニンジンを与えながらそんなことを考え、落ち着いたところで宿へと戻ることにした。
◆ ◇ ◆
「おや、おかえりなさいませ。お連れの方はもう戻られていますよ、遅くまでお疲れ様でございます」
「寝る」
「もうちょっと愛想良くしろよ……ああ、すまねぇな。ゆっくり休ませてもらうわ」
「ええ、ごゆっくりどうぞ」
そういって冥王とサブナックの二人が二階にある、左側、二番目の部屋の扉を手にかけると、入れ違いにオリアスが出てきた。
「あれ? やっと帰ってきたの?」
「寝る」
冥王は短く呟くとさっさと部屋に入り、サブナックが肩を竦めてオリアスへ言う。
「ってことだ。お前はどこへ行くんだ?」
「いやあ、ちょっとばかり眠れなくってねえ」
と、ウインクしながらくいっとグラスを傾ける仕草をし、サブナックがニヤリと口を歪める。
「付き合おう」
「へへ、話が早い。女子供は寝かせておきますかー」
◆ ◇ ◆
「ありがとうございます。馬、繋いでおきました」
「それはようございました。……おや、お出かけですか?」
受付の人が階段に目をやると、大男と優男風の男が階段から降りてくるのが見え、優男が尋ねられた答えを返す。
「眠れないんでちょっと一杯、ね?」
「朝までには戻る」
「お気をつけて」
「おっと……」
大男が通りにくいだろうと僕が道を譲ると、大男が目を細めて僕の頭に手を乗せて言う。
「すまんな。子供が夜更かししてはいかんぞ?」
「いや、僕16才なんですけど……」
「おお、そうか! それはすまんかった。しかし俺を見てハッキリ切り返すとは見た目より胆力があるな。はっはっは」
「商店の奥に良さそうな店が――」
大男は何故か嬉しそうに宿から出て行き、優男は目星をつけたであろう店の話をしながら追いかけていく。剣を下げているところをみると冒険者みたいだね。外から来ている人が居れば、店を出したら少しはお金になりそうかな?
明日は早速鍛冶師を探してみようっと!
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