前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その89 ルビアの疑念
<明曜の日>
――サンロック村に到着してからさらに二日。やはり、というか雨はいまだ止まず立ち往生を余儀なくされていた。部屋は僕だけ別に取っているけど、暇なのでみんな僕の部屋に集まるのがいつもの流れとなっていた。とりあえず村には娯楽も無いし、こうなってくると当然――
「ああ……暇ね……。バス子、何か面白い話無い?」
急に声をかけられ、ベッドの上でごろごろしていたバス子が上半身を起こしながら口を尖らせる。
「姐さんそれは無茶振り過ぎますよー。まあ暇なのは分かりますけど、待つしかないんじゃありませんかね?」
「買い物は昨日終わらせましたし、後は雨が止むだけなんですけど。ちょっと長いですね」
エリィの言う通り昨日の時点で食料などを買い込み、後は……という状態なんだけど雨がやまないと山越えは難しいし、大岩を撤去するのは大変だ。僕が大岩をどかしてもいいけど、登山中にがけ崩れがあっては大変なのでそこは自重したのだった。
「こうやって待つなら温泉に入りたかったかもですね。お風呂場を見に行きましたけどからっけつでした……」
ベルゼラが苦笑いでそういうと、ルビアの目が光り、立ち上がって叫ぶ。
「それよ! 温泉! 山登りはできなくても温泉を復活させることはできるわ! こうしてても暇だし、早速行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 温泉を引いているのは結局山なんだし危ないよ」
「大丈夫じゃない? 一応場所を聞いて上の方なら止めとけばいいだろうし」
「うーん、あまり濡れるのはいいですけど、ちょっと雨の山に入るのは怖いですね」
やる気満々のルビアとは対照的に、エリィとベルゼラは渋い顔。暇つぶしにしてはエキサイティングすぎるから仕方ない。
まあ、でも温泉で納得してくれるならと僕はルビアに提案する。
「ルビア達はここで待っていてよ。僕がサッと行ってサッと帰ってくるからさ。大人数だと危ないし、いざって時に助けられなかったら嫌だもの」
「えー。体動かしたいのに」
そっちが本音か……確か魔物が住み着いているってお兄さんが言ってたっけ。
「こういうのは魔法使いの領分だから僕だけ行かせてよ。クリエイトアースなら大岩を加工するだけで多分大丈夫だろうし」
「仕方ないわね。そこまで言うなら待つわ。レオスは優しいわねー」
「や、やめてよ!? それじゃ行ってくるよ!」
何故か僕の頭を撫でてくるルビアの手を払って部屋から出ていき、厩舎へと向かう。
「すみません、少しいいですか?」
「ん? ああ、泊りのお客さん。……君は凄いね、あんな可愛い子を4人も連れて。俺もあんな彼女が欲しいよ……」
「あはは、彼女ではないですし、色々大変ですけどね……それより、聞きたいんですけど温泉を引いている場所ってどのあたりか分かりますか?」
「え、うん。分かるよ。けど聞いてどうするつもりだい?」
「ちょっと原因を取り除きに行こうと思いまして」
「ええ!? き、君がかい! 猿の魔物のラリアーモンキーが温泉を占拠して危ないよ?」
「大丈夫ですよ、ほら」
僕はギルドカードを見せて、一応Cランクあることを告げると目を丸くして返してきた。
「凄いね君、将来有望だから女の子もついてくるのかな? 今泊っている冒険者さんよりランクが高いなんてびっくりだよ。まあ温泉が戻ってくればみんな助かるけど、一人で行くのかい?」
「はい。一人の方がやりやすいですしね」
そうかなあ……と、お兄さんは首を傾げつつも僕に場所を教えてくれた。村の外に出て、山側へ回ると大きめな水路があるらしく、そこに沿って上って行けば辿り着くとのことだ。
「ありがとうございます! ちょっと行ってきますね!」
「気を付けてよー」
お兄さんに手を振り、村の外へと駆けだす。いや、本当に止まないなあ……濡れるのも嫌だし、フルシールドで頭だけ守っておこうかな。
◆ ◇ ◆
「あ、レオス君が駆けだして行きましたよ」
「そう、それじゃ期待して待ちましょ」
椅子に背を預けながらルビアは適当に言い放ち、エリィは違和感を感じてルビアに訪ねる。
「そういえば、珍しいですよね。ルビアだったら無理やりにでも付いて行くって言いだしそうなのに。特にレオス君一人だと許可しないかなって思ったんですけどね」
「……ま、レオスがああ言うと思っていたからあたしとしては予定通り」
「どういうことです姐さん?」
バス子が聞き返すとルビアは全員の顔を見たあと口を開く。
「レオスのことよ。セーレとかいう良くわからない魔族と冥王を撃退して、レオバールは歯牙にもかけない。おまけに大魔王を倒した人間なんて信じられる?」
「どういうことです? レオス君かなり強いからできたんだと思いますけど……」
「そうじゃないわよ。レオスがレオバールを懲らしめた時のこと覚えている?」
「えっと……『かつて悪神と呼ばれた存在が居た』とか言ってましたっけ?」
バス子が手を上げて言うと、ルビアが頷いて続ける。
「そう、それよ。レオスは冗談だって言ってたけど、あれ本当だったりするんじゃないかなって……」
「確かに、お父様をあっさり倒すのはこの世界でレオスさんだけでしょうね。でも、それが? 私としてはお父様の後継ぎとして最高なんですけど……」
「この世界には昔、神様が居たけどいつの間にか居なくなったって伝説があるじゃない? もしかして大魔王と戦った時、神様がレオスに乗り移ったとか思ってね」
「うーん、でも悪神だって自分から言いますかね? それにレオス君ですよ? ちょっと気弱じゃなくなりましたけど、優しいレオス君がそんなことをするとは思えないですよ」
エリィがクスクスと笑うと、ルビアはバツが悪そうに頭を掻きながらエリィに返す。
「あれはレオバールを脅すためだった、とか?」
「……そうですねえ。わたしも興味ありますよ姐さん。あの強さの秘密はギルドで鍛えたくらいじゃあり得ないですからねえ」
「バス子もそう思うでしょ? もはや別人だもんね。大魔王復活させて、レオスのことも聞いてみましょう」
「わ、私見てたのに……」
「あー、ベルを信じていないわけじゃないわよ。大魔王から見てレオスがどうだったか、ってことをね」
泣きそうな顔になったベルを慰めるルビア。
「まあ、私はレオス君に付いて行きますけどね!」
「あんた本当に気楽ねえ……ま、とりあえず今は冥王の襲撃と謎の魔族に備えないとね。さ、レオスが温泉を元に戻すまでひと眠りしようかしら」
そういってルビアはベッドへ寝転がり、エリィとベルゼラは顔を見合わせて笑うのだった。
◆ ◇ ◆
「あふぁ……お、何だあの坊主元気だな」
「おはようございます、ゼルトナさん。餌はもう与えてますよ」
「サンキュー。ありゃ昨日可愛いお嬢さんを連れていたヤツか?」
昨日、レオス達が宿へ到着した時に帰ってきた冒険者で、厩舎に馬の様子を見に来ていたところでレオスの背中を見て呟く。
「ですね。羨ましいですよ。何でも温泉を元に戻してくれるとかで出て行きましたよ、いい人ですね」
「はあ!? 温泉って俺達が調査したあそこか? ラリアーモンキーが大量発生したって村長経由で聞いたろ!?」
「でもあの子、Cランクだから大丈夫だって……」
「C!? あ、いやでも一人で対処できる場所じゃねぇ。追いかけて連れ戻さないとやばいぞ……!」
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