前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その86 立つ鳥後ろ髪を引かれる
<光曜の日>
「ん……朝か……」
エリィをゆっくり引き剥がしてからベッドから出て伸びをする。体がいい感じにほぐれたらカーテンを開けて太陽の光を浴びて一日が始まる。
ざああああ……
雨だった。
「なんだよ、昨日はあんなに晴れていたのに……」
「おっはよーございまーす! 起きてますか!」
僕が着替えているとどこへ行っていたのかバス子が元気よく部屋に入ってくる。鍵というセキュリティはいったいどこへいったのか?
「ちっ、起きてましたね」
「寝てたらなにをするつもりだったんだよ。エリィ、起きて」
「んー……」
程なくしてベルゼラも目を覚まし、ルビアもあくびをしながら着替えさせるためエリィを担いで洗面所へ行った。ベルゼラが目の前で着替え始めたので僕は慌てて部屋を出た。
「僕が男ってことをもうちょっと気にして欲しいかなあ。平気で着替えるんだもんなあ。ふあ……先に下に行って馬車の用意をしておこうかな」
ちなみに、昨日は結局セリアさんの家に宿泊させてもらい、今に至る。宿に戻っても変装は解いているので再利用できないからだ。お金が勿体ないけど仕方ない。
また女の子になればいいじゃないというルビアは無視した。ちなみに宿へ置いてきた馬車はルビアが薬を飲んで回収する手はずになっている。
「お待たせしました! それでは行きましょう!」
「みんな元気でね!」
「ありがとうございました。また近くに来ることがあったら寄らせてもらいますね」
と、程なくして僕達はセリアさんに見送られ村を後にした。後はセリアさんにお礼に何かしたいと申し出たんだけど、薬の実験台になってくれたからいいと断られ、最後にまた実験に付き合ってねと笑顔で見送ってもらった。
とりあえず二度と飲まないと笑顔で親指を立ててその場を後にしたのだった。
誤解も解けた門を軽く通り、ルビアが変装して宿のチェックアウトへ行ったので僕達は先に馬車のところまで行く。
「おー、元気になったかい君達」
「ひひーん」
「ぶるるる」
「元気そうですね。また頑張ってね、あなた達」
ベルゼラが二頭を撫でてにっこりと笑う。ベルゼラは大魔王の娘とは思えないくらい穏やかだよね。
「何か?」
「ううん。なんでもないよ」
僕がそういうと、宿から変装ルビアが戻ってきた。こうやってみるとルビアもお嬢様みたいなんだけどね。
「いててて!? なにするのさ」
「何か失礼なことを考えてた顔をしてたわ」
怖いな!?
それはともかく、馬車をぽっくり歩かせてギルドへ向かう僕達。雨が降っているから荷台のボロい幌は心もとないなあ……
「ちべた!? 穴があいてますよここ」
「あんたのパンツでも詰めといてよ」
「姐さん酷い!?」
何故、嬉しそうなんだろうバス子……。そんなこんなでわいわいしながらギルドへ向かい、厩舎に止めてからギルドへと入っていく。
「こんにちはー」
「いらっしゃい。初めて見る顔だな、依頼かい?」
と、ハダスさんがにこっと笑ってだらしないお腹を揺らす。今日は通常営業のようで、倒れている人は……いや、何人かいるな……
「えっと初めてじゃないんですけど……」
「あ、レオス君。昨日は変装していたから!」
「そうか! ま、まあ、僕達の素性はいいか……すみません、カクェールさんはいますか?」
「お? あいつらに用か? 奥に居るぜ、案内してやるよ」
ハダスさんに付いて行くと、リスみたいな口をしたティリアさんと、テーブルで突っ伏して魂が抜けかかっているカクェールさんとルルカさんが座っていた。
「お、いい食いっぷりだなティリアちゃん。おかわりいくか?」
「ぜひ!」
ハダスさんが嬉しそうにどこかへ行くと、カクェールさんがよろよろと体を起こし、口を開いた。
「お、俺の分も食っていいから……お、おお……拳聖に賢聖と……お前は?」
「ああ、そうか……僕はレオス。昨日は女の子の姿ですみません、これが本来の姿です」
「え? 女装してたわけじゃないよな? おっぱいあったもんな?」
「そ、そうですけど……色々事情があるから気にしないで欲しいかな……それで話というのは?」
僕が訪ねるとカクェールさんが真面目な顔になり話し出した。
「俺達はこれから自分の国に帰るつもりだ。でな、今回の件で気になることがあったから話そうと思ってな。……ちょうどハダスさんも来たか」
チラリと横目をしたカクェールさんの目線の先に怪しげな食べ物を持ったハダスさんがご機嫌で歩いてきていた。
「ハダスさん、こいつらが俺と一緒にティリアの救出で城に行ってた連中だ。拳聖と賢聖は分かるだろ?」
「この姿では初めてですね。賢聖のエリィと申します」
「ルビアよ」
「お前たちが……!?」
驚くハダスさんだけど、すぐに真顔になり語り出す。
「……あのセーレという男が現れてから正直な話、町は豊かになった。代わりに公王様が姿を見せなくなったのでお忙しいのだろうと思っていたが、ある時を境に奴隷を買い付けるようになり、奴隷商も許可をするという異例を目の当たりにした私達は密かに探っていたのだ。メイドや庭師といった職をする名目でな」
「その辺の事情は承知していますが、他に何か?」
「逆だ。何も無かったのだ。公王様は姿を見せない。そして奴隷を買い付けている以外は特に町に不利益になることも、町人に被害があることも無かったんだ。奴隷の姿は見えなかったが正規の買い付けをしているなら問題にはならないからな」
そこでルルカさんが口を開く。
「結局、そこで調査を打ち切ろうとしたところで今回の騒ぎという訳です。まあ、公王様……セーレが裏オークションで買おうとしていたティリアさんとシロップちゃん。この二人が最初の『非合法』な奴隷で、ボク達やレオスさん達が追いかけてきたのは誤算だったのかもしれませんね」
「まあ、結局魔族、それも冥王が出てきたと聞いて深く立ち入らなくて良かったと思ったけどな。城壁が高くても内側から崩されたらたまらない」
肩を竦めて笑うハダスさん。三人の言葉をよく考え、僕は一つ気になったことができた。
「僕が助けた領主様とこの誘拐事件……魔王エスカラーチが倒されてから表立っている」
「どういうことです?」
大魔王ということでベルゼラが訪ねてきた。僕は頷いて続ける。
「領主様の時も『最近盗賊が増えた』という話を聞いて、騒動に巻き込まれたら実は、ってパターンだったんだ。ハダスさん達も最近、公王様の姿を見ていなかったのにあの裏オークションの時は公王様は外に出ていたんだ。これは偶然かな、とね」
「もしかして大魔王が倒される前提で計画を進めていた、とか?」
「……かもですね」
エリィが口に指を当てて誰ともなく呟き、バス子がそれに呼応。バス子は目を細めて……僕を見ている……?
「僕の顔になにかついてる?」
「いえいえ、頭脳明晰なレオスさんがかっこいいなあって」
「やめてよ。そこはボケるのがバス子でしょ?」
「乙女心を粉砕してくる!?」
ハダスさんとカクェールさんも顎に手を当てて考える。
「確かにな。もしかしたらティリアも元々目をつけられていたのかもしれない」
「というと?」
「あくまでもセーレが誘拐したのではなく『買った』ということをアピールするつもりってこった。こいつ、大食いのせいか魔力だけは馬鹿高いんだ。制御さえできれば魔聖になれるくらいにはな」
「ふえ?」
くそまずい料理をもぐもぐしながらティリアさんは不思議そうに顔をあげ、ルルカさんが続ける。
「となるとまたティリアが攫われる可能性もあるんだね。ならボク達は国に戻ったらレリクス様に相談しようよ」
「そうだな。公王様がこんなことになったんなら、国王のあいつもピンチになるかもしれないしな……ティリア、今度は気をつけろよ? 次も助けられるとは思えない」
「は、はい……!」
神妙なカクェールさんがティリアさんに言い、ティリアさんが顔を赤くして頷いていた。うーん、男前だ。そして何気に国王様と知り合いなのか。
「カクェールさんの国ってどこですか?」
「ん? ああ、ペンデスだ。機会があったらギルドで訪ねてくれたら会える」
ペンデスか……大魔王城方面にある国だからここからだと真反対に行かないといけないからその機会は先になりそうだね。僕がそんなことを考えていると、カクェールさんが席を立った。
「それじゃ急ぐか……俺達は行くけど」
「僕達も行くよ、ありがとうカクェールさん」
「こっちこそ助かったよレオス。縁があったらまた会おう! マスターも色々サンキュー」
「おう、おかげで公王様が助かった。こっちからも礼を言うぜ」
つづいてルルカさんとティリアさんも僕達に声をかけ、
「今度はゆっくり話したいね♪ ばいばーい!」
「あなたからは私と同じ匂いがします……ぜひ次はお話ししましょう!」
「え、ええ……」
何故か目を輝かせたティリアさんがエリィとがっちり握手をし、間もなくギルドから三人は立ち去って行った。
「騒がしかったわねえ」
「はっはっは! 冒険者ってのはこれくらいじゃないといけねぇ。どれ、お前さん達も食うか、飯?」
「結構です!」
「なんでぇ……とりあえず国の状況は逐一警戒しておくよ。領主達にも伝達してもらえるよう公王様に言わないとなあ」
ハダスさんががっかりしたところでルビアが口を開く
「それはお願いしたいわね。公王様によろしく言っておいて」
「ああ……って会って行かないのか?」
「僕達の役目は終わったと思うのでいいかなと。報償ももらいましたからね」
「そうか……分かった。元気でな。それと気をつけろよ」
ハダスさんは笑いながら僕達を見送ってくれた。あのヤバい料理の犠牲者が増えなければいいなと思いながら、最初に来た入り口とは違う出口へ馬車を歩かせていると、ベルゼラが話しかけてきた。
「お父様を復活させると言っていましたけどどうするの?」
「とりあえず人目のつかないところで、ね。町を出てから考えよう」
「えっへっへ、久しぶりにお会いしますねえ」
バス子がボロい幌の上から僕にそんなことを言う。手がかりがあればいいけど、それを聞いて僕は……どうするだろうか……
「あ!? あれって……」
エリィが驚いて見た先には――
「行くのか」
「公王様!?」
「うむ。散歩だ」
あいにくの雨なので散歩のはずはない。門の中で雨宿りをしている公王様はなんて嘘くさい……絶対待ってたよこの人! と、心の中でツッコんでいると、公王様が話し出す。
「お前達には世話になった。次はどこへ行くのだ?」
「僕は故郷のラーヴァへ戻るところなんです。このまま真っすぐ帰ることができればいいなあと思ってます」
「そうか……お前たちのような者が居れば安心できるのだが、とどまってはもらえまいか? 報酬は十分用意させてもらう」
それが目的だったみたいだね。でも僕は首を振って公王様へ謝罪する。
「すみません。シロップの救出をするためにここへきて、たまたまこの国を救ったというだけなんです。それよりも騎士や魔法使いたちを鍛えることに出資した方がよろしいかと思います」
「ふむ、無理を言うのも野暮か……。またこの国へ来たときには顔を見せてくれ。ああ、それと奴隷は確かに地下にいた。素性を確認して解放するつもりだ」
「はい! 必ず! ああ、町に奴隷商ができていたので一応調査をしてもらえると」
「承知した。では、達者でな」
公王様はんこりと笑って、門を出ていく僕達へ言葉をかけてくれた。
「大丈夫ですよね?」
「……多分ね」
エリィの呟きに一言だけ呟き、雨の中、スヴェン公国都市を後にするのだった。
――この先、どうなるかは分からない。僕達が手を貸して守ることは簡単だろう。けど、その間他の国は脅威にさらされる可能性もある。
そう、それも可能性なのだ。
だから僕は自分自身の未来のために生きたいと思うのだ。正解なんて誰にも分からないのだから。
そう、人間を亡ぼすと決めた僕がかつて悪神になってしまった時のように。
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