前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その58 場違いな人達
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「……」
「……」
森の中を豪華な馬車が二台突き進む。
通常の荷台と異なり、幌ではなく屋根まで全て木材でできていて、ちょっとやそっとでは壊れないであろう。
乗っているのはもちろん――
「ふう……忌々しい聖職の肩書を持つ者達め……おかげで予定の半分にも満たない数しか集められなかった。まあ、時間はあるので構いませんがね? そうでしょう公王?」
「……ああ」
――と、公王に声をかけたのは裏オークションで執事風の男に変化していた魔族のセーレだった。逃げおおせた後、公王と合流して町から公国都市へと戻っている。
セーレ以外には公王を含め、後は騎士が四人。いずれも手練れの騎士たちだが、うつろな目をして押し黙っていた。
「結構。クク……城に戻って捕らえた者達の吟味と行きましょう。楽しみですね?」
セーレが目を向けるとそこには縛られたシロップが横たわっており、セーレを睨みつけて唸っていた。
「がるるる……」
「クク……威勢が良くて大変よろしい。ここへ呼び寄せた時の困惑顔は傑作でしたよ。不思議でしたか? 私は触れた相手に刻印を入れると自分の手元へ引き寄せることができるんですよ。もちろん制限はありますがね? まあ、あなたのような子供に説明しても分からないと思いますが、私は親切ですから教えてあげたんですよ!」
まるで誰かに言い聞かせるかのように説明をしながら、ぐりぐりとシロップの頭を撫でまわしていると、今度は別の方向から、
ぐぎゅるるるるるる……
と、腹の音が鳴り響いた。
「うるさいですね!? びっくりするではありませんか!?」
「す、すみません……お、お腹がすいて……何か食べ物を……」
と、もぞもぞ動いていたのはこちらもやはりオークション会場で売られていたエルフの娘。もう限界とばかりに声を出す。
「奴隷のくせにお願い事とは身の程を知りなさい! ……とはいえ餓死でもされたらたまりませんか。これでいいでしょう」
「あ、わたしも食べたい!!」
セーレが食料ボックスから取り出したのはパンと大きめの肉。それを見たシロップが興奮するが、セーレは意に介さずエルフの口の前に差し出すと――
シュ!
「お、おや? パンと肉がありませんね……落としたかな……?」
「美味しかったです!」
「た、食べたのですか!? 早食いとかそういうレベルではありませんよ!?」
「フッ、村では誰よりも食べていましたからね。そうしてついたあだ名が『底なしのティリア』……そんなこんなでいつか食料を食い尽くすと恐れられ村を追い出されたんですけどね……」
「ほ、ほう……あなたは魔力が高いですが、もしかして食べもので魔力を底上げしているのですかね……?」
「良く分かりません!」
がくっとセーレが崩れながら口を開く。
「ま、まあいいでしょう。調べつくしてあげますから」
「ご飯をくれたら何でもいいですよ」
緊張感もクソもないなとセーレが思っていると、バサバサと羽音が近づき、荷台のドアを開けていかにもという感じの魔族がセーレに話しかけてきた。
「セーレ様、後続からこちらへ向かってくる馬車を発見しました」
「ほう、乗合馬車では? それなら放っておいて構いませんよ?」
「それが……荷台がとんでもなくボロい馬車で……。ただ馬は若いのか速度はかなり出ています。追いつかれるのは時間の問題かと」
「ふむ、別に追いつかれてもにっこり挨拶をして先に行かせても構いませんが、もし聖職の連中が追ってきているなら厄介ですね。では足止めをお願いします」
「御意に」
そういって魔族は再び飛び去っていった。
◆ ◇ ◆
「シロップが居なくなったってどういうこと?」
「言葉の通りさ! シルバとシロップを寝かしつけようとベッドへ運んでいたら忽然とアタシの腕から居なくなったんだ……」
「僕もびっくりしちゃった……」
犬……もとい狼姿のシルバががっくりと項垂れている。状況は良くないが仕草がかわいい……それはともかく、レジナさんへ問う。
「心当たりは?」
「無い。だけど、かすかな匂い頼りにここまで来たらお前たちに出会った。この道に出てシロップの匂いが濃くなったから、ここを通ったのは間違いない」
なるほど、僕達にシロップの匂いがついていたかもね。で、匂いが濃くなったということは恐らくこの先にシロップを捕まえたやつ、セーレが居るはずだ。
そこへルビアが話しに加わってきた。
「恐らくあの時の魔族が絡んでいるのは間違いないと思います。あたし達はこれから公国都市へと向かう予定ですが、一緒に行きますか?」
「助かる。だが、アタシは一足先に匂いの後を辿ってみるよ。代わりにシルバを連れて行ってくれないかい?」
「いいですけど大丈夫ですかおひとりで?」
エリィが心配そうに言うと、レジナさんは笑いながら返す。
「アタシはこれでも村じゃかなりの腕っぷしさ。それじゃ、時間が惜しいから急ぐよ! シルバ、大人しく言うことを聞くんだ」
「うん! ルビアお姉ちゃん!」
「わわ……あら、ふかふかね」
「きゅん!」
「ハッ!」
また狼に変身したレジナさんは弾丸のような速さで駆けて行った。
「うわあ、速いですねえ。流石はシルバーフェンリル」
「関心している場合じゃないよ、僕達も急ごう!」
バス子が幌の上に乗って眺めているのを制し、僕達は再び馬車を走らせる。ちょっと申し訳ないけど、速度を上げてもらうよ!
「そら、君達後で豪華なご飯をあげるからちょっと頑張ってよ!」
「ひひひーん!」
「ぶるぶるぶるー!!」
僕が声をかけて手綱でお尻を引っぱたくと、俄然やる気を出した馬二頭の回転数が上がった。言葉が通じるのかって? まあ、伊達に七万回も転生してないからね。僕が転生した生き物なら何となく意思疎通ができるもんだよ。
「それにしても速いなぁレジナさん。おや?」
御者台でガタゴトと揺れながらふと空を見上げると、羽の生えた生物が飛んでいるのが見えた。
「……あれって、魔族かなもしかして?」
「みたいですねえ」
「うわ!? バス子!?」
「倒してきましょうか? 姐さんに働けって言われてるんで」
「どうしてルビアの言うことを聞いてるのか分からないけど、大丈夫だよ。僕達を狙っていなければスルーしよう。無用な戦いは避けたいからね」
「レオスさんはお優しいですねえ、えっへっへ……」
「時間が無いし、ケガしたくないからね。って、うわ!? あいつ魔法を撃ってきた!」
「おっと、中級魔法ですね。どうしますか?」
「あっちが撃ってきたならこっちも容赦はしないよ! <ファイヤーボール>」
僕は右手で手綱を持ち、左手を魔族に向かって掲げ、元の世界で使っていた魔法を放つ!
「でかっ!? な、なんですかそれ!?」
「いけ!」
バス子が驚くのも無理はない。ファイヤーボールの大きさは直径一メートルはあるくらいのものだったから。これくらいないと相手の魔法を打ち消せないから馬車に被害が出るんだよね。空中だから燃えないだろうし、と思ってこれをチョイスした。
ファイヤーボールは目論見通り魔法を打ち消し、魔族へ向かい――
◆ ◇ ◆
「なんだ? ……狼か? 速いな。まあいい、俺の任務は馬車の足止め……見つけたぞ」
ニィィ……と口の端を上げて笑う魔族。自信たっぷりの表情で両手を馬車へと向ける。
「弾速を計算するとこの辺りでいいか……殺すなとも言われていないし、派手にやっておくか。《フレイム》!」
魔族の手から炎の渦が巻き起こり、竜巻のような動きをしながらレオス達の馬車へと――
「え?」
向かわなかった。
というより向かえなかったのだ。レオスのはなったファイヤーボールがフレイムよりも強いため、それを飲み込み、勢いを殺さず魔族へと飛んでくる。
「嘘だろ!? え、ちょ、でかっ!? 逃げ――」
ずどぉぉぉん!
勢いが殺されていないので当然弾速も速い。逃げる間もなく魔族に直撃したのだった。
そして――
「よし! 攻撃してきたってことは多分セーレの手先だろうね。僕達が追っているのに気付いたなら急がないと!」
「そ、そうですねえ。レ、レジナさんが心配ですからレッツゴーゴーゴー!」
「耳元で騒がないで!?」
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