前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
その42 遥かなる旅路へ
――ここは……?
ソファで毛布をかぶって寝ていたと思った僕は、目を開けると全然関係ない場所に立っていることに気づく。
でも関係ないけど知らない場所じゃない……ふとすぐ近くにある窓をのぞいてみると――
「――まだ出会って一年くらいですけど……ゴルさんもアイネさんも僕に良くしてくれてるのに僕はみなさんに何もできないです、パンもまだまだ上手く作れませんし、冒険者としてもアシミレートやグロリアさんと一緒でようやく一人前です」
「……」
「僕はもうすぐ……明後日の誕生日で成人します。何もできない僕ですけど、今まで以上に頑張ります! ですから……エリーと結婚、させてくれませんか?」
家の中で恥ずかしいセリフを連呼していたのは僕だった。今とあまり変わらない年齢くらいの……前世の僕だ。
幸せだった記憶。
でもこの後すぐに地獄が待っていることをこの時の僕はまだ知らない。
「でも、懐かしいな……エリーを久しぶりに見たけどやっぱりかエリィにそっくり――」
チュンチュン……チチチ……
「ん……朝……」
懐かしい、そして珍しい夢を見た気がする。
悪神として倒されてから罰として七万回の転生をしている間は思い出している余裕さえなかったから本当に久しぶりだったと思う。
「眩しい……」
……そういえばバス子を招き入れた後、カーテンを閉めないで寝たっけ。眩しいから閉めておくか……もう少し寝たいし……
ソファから起き上がってベッドを見ると……
「ぐがーぐがー」
「すやすや……」
ベルゼラとバス子だけが寝ていた。きょろきょろと部屋を見渡しても、エリィとルビアの姿は見当たらなかった。
よく見ればバス子はきわどい下着をつけている……さすがサキュバス……黙っていれば可愛い顔をしているんだけどね。
シャッ
「……惜しかったかなあ」
カーテンを閉めつつ一人呟く。
エリィは極上に可愛い。というか前世での恋人、エリザベスにそっくりなのだから好きにならないはずがない。だけど、そっくりな故にエリィとして好きではないんじゃないか? という気持ちになってしまう。それだとエリィに失礼だからね。
「だから早々と城を出たってのもあるんだけどさ。もう会うこともないと思うけど、幸せになってほしいね」
「――だから、そういう子供っぽい発想が良くなかったのよ。抱き枕も照れ隠しだったわけ?」
「子供っぽいですか!? で、でも、子供のころに読んでもらった絵本のお姫様はみんな王子様から告白されてますよ! 抱き枕は本当です……抱き心地と安心感がすごいんです……」
「あ、そうなの……いや、それはいいけど、昨日はあたし含めていっぱいいる中での告白はちょっと男の子には厳しいわよ。……それに昨日はレオスがはぐらかして寝たけど、はっきりエリィのことを好きじゃないって言われたらどうするのよ?」
ガチャ、バタン
「ハッ!?」
「あー自分が好きだったら相手も好きのはずって思ってた……? そういえばエリィとレオスって一緒に旅を始めたのは十二歳だっけ……恋愛もその年の思考から止まってるってこと? だったらしかたな……あ、レオスおはよう!」
ずるっ! っと、僕はその場でこけてしまう。構える間もなくエリィとルビアが入ってきたからだ。
「あ、あれ? 出て行ったんじゃないの二人とも!?」
僕が立ち上がって訪ねると、ルビアが肩を竦めて口を開く。
「あたしはどっちも良かったんだけど、エリィがね」
「あ、あの、レオス君……昨日はすみませんでした……」
「あ、うん、いいけど……大丈夫?」
僕が訪ねると、エリィは深呼吸をして僕を見ながら言う。
「き、昨日のことです、けど。一旦忘れてください! それで、私はやっぱりレオス君に付いていきたいです」
「どうして?」
「やっぱりだきま……いえ、どうせ帰るのはいつでもいいですし、ご両親にもご挨拶をしないといけませんからね」
「『だきま』って何!? ご両親に挨拶する必要ある!?」
僕がツッコミをいれていると、そこへルビアが僕たちを引き寄せてからこそこそと小声で喋りだす。
「お姉さんはそこの二人が気になるのよね。レオスが大魔王を倒した、惚れた、結婚、オッケー? って流れは分からなくはないけど、なーんか裏がありそうなのよね」
「ああ……そういわれれば」
ベルゼラと下着丸出しのバス子を見てため息を吐く。このお金の無い二人もこの先どうするつもりなのだろうか? そう思っていると、バス子がもぞもぞと動き出して目を開ける。
「う、うーん、朝……朝は苦手なんですよぅ……あ、おはようございます皆さん」
「おはようバス子。あの、服を着てくれないかな……」
「へ? おおう……モロ出しでしたか! おやおやぁ、煽情的な格好にレオスさん、このわたしにメロメロですかね? げひゃひゃひゃ! 賢聖さんもお嬢様もすいませんねぇ! レオスさんが一番好きなのはこのわたしでしたよ!」
「……」
フッと空気が冷たくなった気がした。
「あ、馬鹿、今その話題は――」
ルビアが止めようとするが時すでに遅し。
「バス子さん、言ってはいけないことを言いましたね?」
「え? 何です姐さん? 賢聖さん、なんでロッドを構えて――」
「おしお《キュアヒーリング》!」
ゴツン!
「ぶべら!?」
エリィの一撃がバス子の脳天に入り、バス子は目を回してベッドに倒れこんだ。
ちなみに『おしおキュアヒーリング』とは、エリィの怒りが一定値以上になった時、持っているロッドから繰り出される必殺技である。ダメージを与えると同時に回復をするという、優しいエリィならではの技と言える。
「成敗!」
「な、なに!? 今の音は!?」
「あ、ベルゼラさんおはようございます!」
「け、賢聖……あ、そうか私はレオスさんの部屋で……ぽっ」
「なぜ顔を赤らめるのさ……」
昨日はごたついていたけど、今日もこれが平常運転らしい。朝から疲れていると、不意にぐううとお腹が鳴ったので僕はソファに座って
とりあえず、朝ご飯を食べたいから今後のことの確認だけど、エリィとルビアは本当についてくるの?」
「はい!」
「と、エリィが申しております」
「ルビアはもうちょっと主体性を持った方がいいよ?」
「アレンのクソ馬鹿に裏切られたし、故郷に帰ってもすることが無いのよ。大魔王を倒したからって貴族とのお見合い結婚が関の山だし、こっちの方が面白そうだから付いていくわ」
ずいっと身を乗り出して話すその内容は蓋も無かった。
「わ、分かったよ。でも、本当に遠いよ? 商売をしながら帰るし、つまらないと思うけど……」
「分かってないわねえ」
ルビアはエリィと僕をチラリとみてほくそ笑む。よくわからないけど、次はベルゼラに訪ねる。
「君たちはどうするの?」
「わ、私達もできればご一緒させてください! あの、お金が本当になくて……」
「そうなんですね……私がお貸ししましょうか?」
じゃらりと、国王様にもらった白金貨を取りだしながらエリィが言うと、ベルゼラは首を振って答えた。
「それだとレオスさんに付いていく口実が無くなるでしょう? だからお構いなく」
「なるほど、考えてますね……」
「あの、本人の前で言うことじゃないと思うけど……」
「まあまあ、いいじゃありませんか! 美少女を連れ歩けて自慢してくださいよ! それにわたしもお嬢様もレオスさんのお役に立ちますよ」
復活したバス子が僕の後ろに回り込み、肩に手を置きながら笑う。
「……具体的には?」
「そうですね、レオスさんは宝石やらをお売りになりたいみたいでしたね?」
「あ、うん。アレンにお金を持っていかれたから路銀を稼がないとね。エリィやルビアに借りるわけにもいかないし」
「それでしたら、オークションなどいかがでしょう? 少し遠回りになりますけど、東の森を抜けた先にある町でやっていますよ」
「へえ、オークションか。商売で売るつもりだったけど、出品してみても面白そうだね」
「ええ。ではご案内しますね」
「それじゃ、今日から出発ですね! ルビア以外の女の子のお友達ができてうれしいです!」
「あんた、その子恋敵かもしれないのに……ま、いいか」
「えっへっへ、脱ぎたてパンツ……いくらで売れるか……」
一人不穏な笑みを浮かべているけど、こうして僕たち五人は一緒に旅をすることになった。
――正直不安しかない。
ま、可愛い女の子に囲まれているのは悪くない、かな?
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