イレギュラー・レゾナンス 〜原初の世界を再び救う為の共振〜

新海 律希

第73話 ちょっとした昔話

「そういえば、なんで前襲ってきたんですか?」
 レイの活躍を応援して選手専用の学園別に用意された観戦ルームでぱっと急に呟くと、シェル先輩は余程すぐにそれを思い出したのか面白いくらいに顔を赤くして動揺した。

「え、えぇ!? え、っと。なんでな……そ、んなことを?」

 対してこれと言って別に理由はなくただふと思い出して気になり、今までそれを聞く機会がなかったから済ませたまでだ。
 観戦ルームに自分達以外に人がいなく、話題に集中できるこの空間で。

 大した理由はないと告げると、先輩は逃れることはできないと察したそうでその時の出来事を詫びるように俯いて呟き始めた。

「えと……その時はシン……君と距離をどうしても縮めたくて。どうしたらいいのかわかんなくて……リアに聞いたら異性と距離を縮めるにはそれが一番だって聞いて、ごめんなさい」

 つまり言いたいのは、原因はリア先輩でシェル先輩はただ仲良くなりたかったってことか? いや、リア先輩の頭どうなってんだ? 真面目に。

 リア先輩が人を騙したりおちょくったりして面白がる性悪のタチが悪い人だというのはこれまでの実績でなんとなく察しているが、その行動を吹き込むというのは流石に人並外れていると驚きを隠せなかった。

「あぁ、いやハイ。分かりました……。そのことはもう大丈夫ですよ」
 この状況でシェル先輩が嘘を吐くメリットもなく空気で事実だと分かったから、これ以上シェル先輩にその件で問い詰めても無意味だと悟り未練なく爽快に諦めた。

 俺の方ではもう話したい要件も尽きて、先輩の方もないのか互いに話すことがなく他に誰もいないこの状況ではかなり気まずい沈黙が流れてしまった。
 そんな空間に取り残された俺は勿論居心地の悪さを堪能し、策として先ほどからずっと話題になるもの、またはそれに繫がるものを考えている。

 いつしかレイの映っている映像にすら目もくれずに思考に思考を重ねても、案は出ず苦肉の策として最終手段の撤退を選んで背を向けようとしたところ、先輩から声がかかった。

 それも気まずさから救うような陽気な声ではなく、かなり真剣な様子の声で。

「シン君は、この世界に来てどうかな?」
 どうかな? なんて微妙で範囲不特定の言葉を選んで使ったのはきっと、だからこその意味があるんだろう。

「……まずは何から言えばいいですかね?」
「うん……。えと、私が今一番気になるのはやっぱり今の世界に来て、前の世界のことはもの寂しくなったりしないのかな、とか。恋しくなったり未練はないのかな、とかかな」
 とてもデリケートな物を扱うようにそっと尋ねてきたのに、俺は慎重にならずに普通に聞いてくれればいいのになと少しばかり不満を覚えた。

「そんな言いずらそうに聞かなくても大丈夫ですよ。そうですね……そりゃもちろん、恋しくなったりはしますよ。なんせ何の兆候もなくいきなり転移することになったんですから」

「あ……急な出来事だったんだ。シン君達って、どういう過程でこの世界に来ることになったの?」
「えっと、よくわからないまま気が付いたら神界にいて、よくわからないまま異世界転移することになって、よくわからないままこの世界にいました……」

 あれ、本当になんで俺達が異世界転移したんだ? そういえば、間違えて殺したってロリ神は言ってたけど実際の死因は何なんだろ? ……ん? 俺は殺されたってことは、今のこの身体はどういうことだ? ロリ神が創ってくれたんかな?

 どうでもいい時や都合の悪い時にものすごく頭が冴えたり、幸運が回ってきたりすることは人間誰にでもある嫌な運命だろう。それが謎に今再来してきた。

「えぇっと、よくわからないね……」
「スミマセン……」

 この空気だとまた黙りこくってしまうと危惧した俺は、言葉を発する直前から次の展開を考えたが、先輩の好奇心のせいかありがたくそうはならなかった。

「じゃあ! 前の世界にいるもう一回会いたい人とかいない? いい機会だからシン君の話聞かせてよ」
 ワクワクと俺の語りを期待する眼差しでまだかまだかと急かされる状況に、対向の意志は存在しなく流されるまま前世? の記憶を巡った。

 今俺と同じ世界にいる元の世界人は、まずレイ。一緒に来たのだから当然だ。次に、マキ。もう会えないと思っていたところ、さっぱりと再会を果たした。
 この二人を除くとするならば、俺が前に特に仲が親しかった人間は両親やレイ達の親くらいのものだろう。……いや。
 まだいたな。

 急な転移で過ごした時間、出会ってからの時間は永いとは言えないが間違いなく俺と親しかった2人の女性。いや姉妹。
 時間的には永くなくとも、過ごした出来事や事件。内容ははるかに濃いものだろう。時間なんて吹き飛ばすくらいの事件のお陰で出会うことになったのだから、当然は当然だが。

 その名が姉の望月《もちづき》黎《らい》と妹の望月《もちづき》明《あかり》。黎の生徒会長としての文化祭の仕事を手伝ったことだって、明と一緒に行った花火大会だって鮮明に覚えている。

 俺達とその2人は中高一貫の同じ学校に通っていたが、中等部から高等部に上がるのがエレベーター式になってはいない。受験で合格点を取らないと上がれない仕組みになっている。

 その備えとして勉学に必死に励んでいた2人に遠慮をし、夏休みが過ぎて少しした辺りから俺達は会うことはなく自分達が転移したから、心の靄が残ったままになっている。

 もう一度会って話したいと、当然思う。無論他の人もそうだが2人とはしっかり話したいと他より強く思っている。
 マキのことが強すぎて影に隠れていたが、地味に立派な心残りになっている。

「……やっぱり、両親とレイ達の家族にももう一度会いたいですし、あと特に仲良かった2人にも会いたいですね」
「その2人ってどんな子なの?」

 しばらく耽って口を開かなかった俺が答えを与えるともっと知りたいという目で曖昧な部分を追及してきた。

「そうですね……その2人は双子の姉妹で、元気な姉と大人しめな妹の、一つ下のいいコンビでした」
「へぇ」

 俺が恐らく先輩に対して初めて話した前の世界の話を始めて、それが嬉しかったのか笑顔で聞いてくれるのを見て温かくなり、やっぱりこの人はいい人だと考え直しながら言葉を続けた。

「俺が中学3年生の時……中等部の最終学年の時にまぁ、ニュースにはならなかったんですけどかなり大きな事件に巻き込まれることになりまして……その時に2人と知り合ったんです」
「どんな事件だったの?」

「全部言うのは流石に長くなりそうなんで割愛しますけど、簡単に言うとなんて言うのかな……盗賊団? それもまぁまぁ大きな組織の密輸やら強盗やらなんやらの計画に巻き込まれて、頑張って解決した。みたいな感じです」

 こっちの世界での呼び名を言っても通じない可能性を考慮して、確実にこの世界で通じる言葉を選んで簡潔に説明すると、先輩はそこではなく割愛したところにイチャモンをつけてきた。

「割愛しないで教えてくれない?」
「教えるとしてももっとゆっくりとできる時間があってくつろげる場所の方がいいと思いますよ」

「じゃあちゃんと教えてくれるんだね?」
「はい、大丈夫ですよ」

 いたずらっぽく交渉してくる姿が妙に先輩の容姿に当てはまり、その動揺を読み取られるのが恥ずかしかったから冷静を被っていつかしっかり説明することを約束した。
 満足して頷いたら、今度はまだ聞き足りないようで俺の話の続きを促した。

「それで、その事件が解決してまともに会話したのがちょうどその双子の誕生日で」
「ほぉ」

 この偶然にてっきり子どもな一面がある先輩ははしゃいで驚くと思っていると、綺麗に裏切って聞き流された。

「えーと、他に何話せばいいですかね?」
 事件については割愛すると言ったばっかだし、俺のコミュ力ではもう言うことが見つけられなかった。

「うーん。まだ聞きたいことはあるけど、今はレイちゃんの勇姿を応援しとこっか」
 こんなにレイの頑張りを見ていないのは罪悪感を感じたのか急に観戦しようと転換した。俺もそれは少し思っていたので、すぐに了承する。

「ですね」

 ―――――――――

 このSランク魔物《モンスター》相手に八つ当たりするとは決めていたが、もう1つ。自分の共振融合が何特化のものなのか確認することもノルマに決めていたレイは、自分の今の力がどれほどか分からないため万が一にも倒さないよう一応の措置として手加減して戦っていた。

 ある程度思いつくことは試したがどれもまだ自分の特化してるものではないと感じ、レイは困り果てそうになっていた。
 もう何をすればいいのか分からないと。

「どーしよ……」
 黒ローブの魔物《モンスター》がこちらに来ても襲えないように適当に魔力で半分遊びながら迎撃していると、ふと雷豪形が出来た時のような自分の魔力の変化を肌で感じた。

「ん?」

 もちろん気になりよく見てみると、黒ローブの前に、雷で構成されたローブの魔物《モンスター》がいた。その魔物《モンスター》からは、自分の魔力が発せられている。

 すぐに分かった。間違いない。これが自分のチカラだ。
 どういう力《もの》かはまだ分からないが、それを今から正確に試すと決めた。

 レイは発動内容。発動においての制限。力の限界点。数ある把握しなければならない要素がある中、最初に発動条件を確かめるためさっき発動した時の行動を振り返ることにした。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く