カオルの邂逅旅記

しろたんたんめん

再生の約束


 電車は山道を通っている。窓の景色は山の健全な緑に囲まれていた。ちょうど昼ぐらいの明るさに包まれている。 
カオルは静かに土橋くんの方に歩み寄った。周りに乗客はいつのまにか誰もいない。

 「……。」

 やけに空気がすみわたっている。起きている出来事は、非現実的なことだらけだというのに……。

 先程まで曇りだったのがいつのまにか太陽がでてきたようだ。昼間の光をふんだんに取り込んだ社内。眠たそうにしている土橋くんの横顔。

 カオルは意を決して彼に話しかけようとしていた。

 
「……あのぉ。」

 話しかけた途端に、カオルは困ってしまった。よく考えたらどう言う風に話しかけるのが一番怪しくないのか、わからない。向こうからしたら、今自分のことは全く赤の他人のはずだ。

 その瞬間、上を向いて寝ていた土橋くんの目がすっと開いた。驚いているわけでもなく、真顔で目があった。

 「あ……、あの、ちょっといいかな聞きたいことがあるんだけど」

カオルは何が聞きたいのかよくわかっていなかったが、無理矢理話を繋げた。

「……。」
 
 両者に一瞬沈黙の時間が流れた。カオルがなにか言おうと口を開けた瞬間、土橋くんがいった。

「どうしたんですか、お兄さん?」体制を全く変えず、ニコッとして笑いかけた。

「え?」

お兄さん……。幼き昔の土橋くんにそう話しかけられるのはとても不思議な気持ちがした。

 でも、大人になった今や、土橋くんとは一回りも年齢が離れているから、そりゃお兄さんになるよな……。

「実は、今君ぐらいの弟がいるんだけど、星光塾に通わせようと思っていて、んで君、あの星光に通っているだろ?ちょっとどう言うところか聞きたくて……」

自分でも思わず咄嗟に、口からペラペラと嘘が出てきた。話ながら自分で、「なんだこれ、ストーカーか?」と思ったが、どうやら特に土橋くんは怪しく思わなかったようだ。

「あぁ、星光は講師の人とか皆優しくて、基本いい感じっすよ。弟さんがいるんですか?何歳ですか?」

「うん、えーと、中学二年生かな……。」

「あぁ、そうなんっすね。じゃぁ僕と同い年ですね。いいっすよ星光は、ただ宿題の量が尋常じゃないくらい多いっすけどね」

土橋くんは特に戸惑うことなく気さくに明るく話続けた。カオルはほっとした。

「よかったら詳しく話を聞いてもいいかな?」

 「いいですよ」

それからカオルは、土橋くんに何の授業があるのか、何が分かりやすいなのか、一通り塾について質問をした。

 ある程度一通り聞いた後、カオルは少し核心に触れるような質問をした。

「君のいっているクラスはどうかな?友達とか、できそうな感じ?嫌な奴とかいない?」

「え?あー、いないよ一応」

「そう?……本当に?」

「まぁ……。……、へぇ、お兄さんすごいね、そんなところまで弟さんの心配しているんですか?」

「え……、まぁ……ね……。」

やばい、さすがに怪しまれたのか、土橋くんの顔が少し真顔のまま不思議そうにいった。

 カオルが次どういう風に繋ごうかと必死に考えていた時、

「お兄さんの頭、とてもきれいなさくら色をしているね」

土橋くんが唐突にそういってきた。目はキラキラと輝いている。カオルはそう言われた途端に、なにも言えなくなった。

 懐かしさが急に喉のあたりまで込み上げてきた。あの時と変わらない……。何も変わっていなかった。

 クラスから、姿を見せなくなったから、塾ので一緒になっても話をすることがなくなってしまった。
 
 土橋くんの方で何か悪い影響が出ていないかどうか心配だったけど。いつも通りの土橋くんがすぐそこにいた。

「何だか、お兄さんまるで女の子みたいな姿をしてるよね。僕のクラスにもそういう格好をしている奴がいるんだ」

「えっ?そうなの……、意外だなぁ、流行っているのかなぁ」

 カオル自身なぜだか分からないけど、泣きそうな気持ちになって、目をふせた。

「どうだろうね。髪の毛を染めているわけではないけど、何だかすごく髪の毛が延びていて、色白でまるで女の子みたいなんだ」

「……。そうなんだね」

カオルはまた、感慨深い気持ちになった。大概、カオルの容姿をみて、皆が思う感想は聞いていて落ち着かない反応を示すものばかりなんだけど……。

 土橋くんの反応は不思議と明るくなれるような落ち着くような気持ちになった。土橋くんのカオルの容姿についてきくのは、よく考えたら初めてだった。

 そうして、あの時、カオルに対して失ってしまった興味が今十何年かの時を経て戻ってきていることに気づいた。

 カオルの奥底のよく分からない部分がじんわりと刺激されているようなそんな感じがした。

「なんだかお兄さんはその子に、似ているなぁと思うんだよね。こんなこというのってもしかしたら失礼かもしれないけど」

「いや、そんなことないよ、だけどちょっと気になるなぁその子って、一体どんな子なんだい?」

 カオルは知りたかった質問をしてみた。ドキドキしている。電車は、相変わらずガタゴトガタゴトならして移動をしている。今一体どこの駅の区間を走っているのだろう……。

「カオルくんっていうんだ、その子。」

「ふーん。」

「面白いやつなんだ。なんだかどこかクラスの奴らとは一歩ひいて見ている感じで。だから、学校外だったら、もっと本音を見せてくれるとおもっていたんだ。だから話しかけてみたんだけど。」

「……。」

「なんだかね、一緒に話をしていても、どこか自分の違うところを見られている気がしてね、落ち着かなかったんだ。なんだか、僕自身を一皮向いたその先を見られている気がして、僕はそれがとても新鮮だったんだよね」

「……。へぇ……。」

「しかも、それだけじゃなくて、なんだかふわふわしているんだよね」

「……。」

「なんか、気球が浮いていかないようにするためには重石が必要でしょ?そのままにしていると、空のほうに飛んでいちゃうから。」

土橋くんはなんとも不思議そうな顔でいった。

「その重石を探しているんだよね。ずっと。飛ばないように、必死で気球にぶら下がりながら」

「どういうこと…?それはつまり具体的にどういうこと?」

カオルは唐突な土橋くんの言葉に戸惑った。カオルは、自分が赤とオレンジと黄色のカラフルな気球に捕まって、暴風にあおられている姿が頭のなかに浮かんだ。

「うーん、なんといったらいいのか僕にも正直わからないんだけど、なんだか自分自身だけじゃ到底かなわない問題があって、それを必死になって一人で解決しようとしているみたいな感じがしたんだ」

土橋くんの言葉は相変わらずよくわからないものだった。

「でも、きらいじゃないよ。また、会いたいよ。ただ、向こうはきっともう会いたくないと思う」

「どうして?別にそんなことないんじゃないの?」

「うーん……。」

「きっとカオルくんは、土橋くんに謝りたいんだと思うよ。だって君を、結果的に裏切るような形になってしまって。だけど、もう一度会いたいんじゃないのかな」

「……。」

「それに……。」

あれ?土橋くんがなんとも不思議そうな表情をしていることに気づいた。

「なんで僕の名前を知っているの?」

「……。」

「それに裏切ったって?なんでそう思ったの?僕なにもいっていないと思うんだけど。」

「えっと……。」

ガタンゴトン、ガタンゴトン……。車内に鳴り響く電車の音を聞いていた。

土橋くんはカオルの方をまっすぐ見つめている。少し鮮やかな茶色をした、あの時と全く同じ色の……。

「まったくカオルは、すぐにとかじゃなくて大人になってから話しかけにくるなんて。しかも、自分だけ成長した状態で」

土橋くんは笑っていった。

「土橋くん、僕は……、僕は……。」

「カオル……。」

「僕は……。」

「無理をしなくていいよ。」

「え?」

「これって、この出会いって、きっと自分を責めるためにわざわざこの電車に乗っているわけじゃないよね」

「……。」

「なんのためにしているの?それはきっと自分自身で落ち着かせるために、そこから自分の、自分自身のために、これから先前向き生きていくために、やっていることでしょ?」

「土橋くん……。」

「だったら、いいよ。責めなくていいよ。もう十分だよ。」

「僕は……。」

「大丈夫だよ。だって、そんなことをいって、僕だってカオルと同じようなことをしたことあるしね」

「え……?」

「みんなそうだよ。みんな同じことをしているんだもん。」

カオルは土橋くんがカオルみたいに、誰かがいじめられていて、それを見てみぬ不利をしている姿を想像してみた。

……。うまく想像ができなかった。

「だから、泣かないで、あまり気落ちをしないでね」

カオルは自分が泣いていることに気づいた。そして、下をむいて涙をぬぐった。

顔をあげると土橋くんはどこにもいなくなっていた。

「土橋くん……?」

その瞬間車体が大きく揺れて、カオルは後ろによろめいた。倒れそうになるので急いで、電車の席に捕まり、椅子に座ろうとした。

 カオルは慌てて、前の席の左端をつかんだ。すると違和感を感じた。

電車の席よりも窮屈さを感じた。そして、自分の周囲にたくさん人が乗っている。しかも黒い衣服を着ている。また、車内は大きく揺れた。この揺れ方は明らか電車の大きさではなかった。

「バスだ!?」

 カオルは大きな声で思わず叫んでいた。



 






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