カオルの邂逅旅記

しろたんたんめん

赤の記憶

カオルははっとして目が覚めた。

「……。」

カオルはしばらく寝ていたようだった。すると、カオルはさっきとまでは違った電車に乗っていることに気づいた。

「…え…?」

 さっきまで都会までまっすぐにいかにも早く着きそうな、進行方向にたいしてまっすぐに向いているタイプの座席に座っていたのに、今カオルは中心を向いて座っている。

 地方の電車によくある座席タイプでどこか懐かしい雰囲気のある景色が辺りに広がっている。

 先ほどは青くて美しいギラギラとしていた冷たい光が広がっていたのに、今はうって変わって、いかにも街中で走っているようなごく普通の景色が流れており、日が沈みかける前の暖かい夕日の光が車内を包み込んでいた。

 カオルはどうやら寝ている間にいつの間にか全く違う電車に移動してしまたらし。

 夢でも見ているのだろうか……。

 しかし、カオルの乗っているこの座席の質感も、辺りに響いている電車の音も、どこか懐かしいような街の景色も、とても夢とは思えないリアリティーに溢れている。

 カオルは驚きながら、電車に乗っている人たちをゆっくりと見回した。

 高校生の集団、お年寄り、電車にのっている駅員さんもいる。
 その中で一際目を引く人が座っている。身長は180センチぐらいはあるだろうか。体格の良さや、顔の感じからして男性であることはわかるが、女の人が着るような真っ赤なワンピース形式のタイトなドレスを着ている。髪型はおかっぱで真珠のピアスもしており、化粧が全体的に濃くて真っ赤な唇をしていた。カオルのちょうど真向かいの一番右端に座っている。

 そうだ……。この景色を俺は知っている……。

 カオルは女装をした男性を食い入るように見つめながら、突然頭の中である答えが見つかった。

 カオルが今乗っている電車は昔、実際に住んでいた街で、カオルが小さいときから小学生になるまでに乗っていた電車だ。

 よく見るとそうだ。どこか懐かしいなと感じていいたんだけど、カオル自身実際によく利用していた電車だ。

 そして、この女装をしている人はカオルの中で特別印象に残っていた。

 そう、もう思い出すことはほとんどなかっけれど、昔引き取ってくれたお母さんの娘さんのピアノの発表会につれていってくれたことがあった。

 カオルは幼い頃に両親をなくしており、両親の記憶は一切カオルの中に残ってはいなかった。

 カオルはすぐ母親の妹でもあったおばさんに当たる人に引き取られて、大きくなるまで育ててもらったのだ。
 
 よくありがちな親戚中をたらい回しにされたりなど、そういったことは一切なく、今のお母さんが心良く引き受けてくれた。
 カオルのことを実の息子同然に育ててくれた。お母さんにも娘さんがいたが、カオルとほぼ同じ年齢の子が一人だけだった。

 お母さんはとあるファッションのアパレルの社長をしており、離婚をしていて、シングルマザーとして幼い子供二人を育ててくれた。
 なので、カオルは生い立ちのわりには寂しくなく幸せに過ごしてきたのだ。

 そして、この女装をしている男性を見かけた日は、たしか、妹のピアノの発表会を見にいた帰りだったはずだ。

 ということは・・・。

カオルはそこまで思い出し、そして、目の前に座っている小さな男の子を見た。

 短い短パンをはいており、子供用のスーツをはいている。そして、顔を少し下に向いており、いかにもたくさん泣いたあとのような情けない表情をしている。

 この子は昔のカオルそのものだった。

 カオルはまじまじと昔の自分を見ていた。この頃はさすがに髪を染めたりはしていない、今とは正反対の完璧な真っ黒い髪色をしていた。長さはいまより少し短いぐらいだろうか。悔しそうな表情をして膝小僧を強く握りしめている。

 昔の自分を見つめるのはとても不思議な気分だった。
やっぱり、自分とはいえ、今目の前に座っているのは小学校に入って間もない小さな男の子だ。昔の自分が鏡で見ているときよりも全然、幼くそして、かわいい顔をしていることに気付いた。

 そもそもなぜ、このちっちゃなカオルはこのような悔しそうな顔をしているのか……。

 アンパンマンのアイスクリーム機……。

 また頭の中にその言葉が思い出された。その瞬間、あまりの懐かしさにカオルは誰かに笑いだしたくなりそうだった。

 そうだ、そうだった。アンパンマンのアイスクリーム機だ。

 小さい子供が大好きな、子供向けのアイスクリームを手作りする機械だ。昔、それがほしくてお母さんにおねだりしていたのだ。

 たしかピアノの発表会が終わってすぐにおねだりしたんだった。

 その時に断わられたんだっけ……。

 それに幼いカオルは拗ねて口喧嘩を重ねて、そしておばさんの車には乗らずに自分一人で電車に乗っていってしまったんだ。

 懐かしいなぁ……。

 カオルはまじまじと幼い頃自分を見つめた。

 すると電車が止まり、小さなカオルは涙に濡れている目を吹きながら、駅のホームへと降りていった。どこか観念した様子だった。

 カオルは最後まで一瞬たりとも目を離さずに見守っていた。

 電車の扉がしまり、また再び動き出したとき、カオルは我にかえった。

 ちょっと待った……。このままおとなしく電車に乗っている場合じゃなかったのではないのか……。

 カオルは、今自分がおかれている状態を思い出した。そもそも、自分は仕事に向かっていたはずで、この状態から抜け出さないといけないはずだ。いつまでもこんなところに居続けてはいけない。

 「まったく・・・、一体何をそんなに焦っているのかしら」
 
カオルは急に人の声が聞こえて、飛び上がって男性の方を見た。

こちらの方を呆れた表情で見ている。

 「……。」

 カオルはただただ驚き、声のする方をみた。。

 「ふん……。昔の自分がいたのよ?ここから抜け出すとかそんなつまらないことしか考えられないのかしら」

 あの例の女装をしていた男性がカオルの方にはっきりと見つめて、話しかけてきた。

 カオルは、その男性の言葉に返すことができず、ただただ、目の前の男性の顔を凝視し続けた。

 「ま、それも全部あなた自身の自由だけどね。」

 たしか、幼いころ、実際にこの男性と話をした記憶はなかったはずだ。終始静かに座っていて、そのまま電車で降りて、別れた、それだけのはずだった……。

 それなのに、今自分に話しかけてきている。カオルはすぐはっとして、男性に慌てて話しかけた。

 「まって、あなたは一体何者?ここはなに?なんなの?!」

 「誰かに聞いてその答えがかえってくる?そんなわけないでしょう。常識的に考えて」

 「……え……?」

 「他人のことなんて他人にわかるわけないじゃない。」

カオルは頭が真っ白になった。

「自分のことなんてあなたが一番よく知っているでしょう」

そう言った瞬間電車がとまり、男性は立ち上がって、電車を降りていった。



 

 



 
 
 
 

 
 

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