魔族の契約者

木嶋隆太

第八話 立場



 休日の土曜日。
 友達も極端に少ない俺は家でごろごろするぐらいしか普段はやることがない。


 だが今日は違う。


「よ、ひっさしぶりっ」


 出迎えたのは何度か邦彦との会話でも出てきたたちばな浩介こうすけ
 髪が逆立っていたり、口調が荒々しいなど、獣を彷彿させる人物だ。


 朗らかに笑う彼に俺もつられて笑みが浮かんでしまう。


「邦彦は?」


 玄関にあがるが、邦彦の靴は見当たらない。
 時間を守る奴だから珍しい。


「ああ、家の用事で少し遅れるんだってよ」


 そういって浩介は欠伸をする。
 仕事終わりで眠いのかもしれない。


 浩介の通う大学は魔法に関わることを教える学校だ。魔法による犯罪や、魔物の討伐などなど。
 浩介の主に専攻しているのは、犯罪や魔物の討伐らしいかれそれ以外はよく知らない。


 とにかく危険が尽きない学校。刺激を求める人や狂った奴が通う学校だ。
 浩介の場合は、まあ、色々事情があるから仕方ないとは思うのだけど。 


 悪いけど、俺は絶対入りたくないね。入学の時に死んでも知らないよ! 的な誓約書にサインしなきゃいけないらしい。


 一般の人からは日本の戦場とまで言われているほどに危険が飛び交う場所という認識でほぼ間違いはない。


 浩介の家、といっても学校の寮なのだが広い。
 リビングのほかに部屋は三つほどあり、キッチン、トイレ、風呂も完備。


 何人部屋だ。


 この学校の寮はランク制だとか。浩介はもっとも高いランク5。一番設備のいい寮だ。
 ランク制は奨学金に近いな。


 リビングにあるふかふかソファに腰掛けると、目の前に狙撃銃や剣が壁に飾られているのが視界に飛び込んでくる。


 やめろ、気分が沈む。


「友達が来るときくらい、武器とか片付けないか?」


「いいじゃん、かっけぇじゃん。銃とか剣とか、男のロマンだぜ?」


 浩介は冷蔵庫から冷えた麦茶缶を投げ渡してくる。
 俺はプルタブを開けて、口に流し込む。


 銃とか好きなのはいいが、俺や邦彦にまで使い方を教えるのはやめてほしいんだけどなぁ。


「もしかして、もう俺が魔族と契約したの知ってる?」


「おう、そういや学校の話題はそればっかだな。さっすがオレの親友だっ」


 嬉しそうに浩介は笑って、俺の背中を叩いてくる。俺たち三人のリーダー的な奴だが、一番抜けている。
 だけど、いざって時はかっこいいんだから、浩介は凄い。


 俺の、いや俺たちの噂か。浩介の通う学校の事だ。ロクな話題じゃないだろうな。
 あまり、この会話をしたくなかったので、浩介が好みそうな話題を振る。


「浩介はどんな仕事をしてきたんだ?」


 こちらもどうせあまりいい話ではないだろうけど、さっきよりはましだ。
 浩介はニカッと子供のような笑みを浮かべて朗々と語り始める。


「今回はな、魔界からこうはみ出してきた地下ダンジョンのモンスター駆逐だ。地味だったなぁ」


 しんみりと言うが、つまらないというわけではないようだ。
 ……浩介が危険大学に入った理由の一つにヒーローになることがある。


 だから、人の脅威を退けられていると分かるような仕事なら何でもいいのだろう。


「へぇ、モンスターとか俺戦ったことねぇな」


「ま、よっぽどじゃなきゃ日本は大丈夫だな。なんたって、オレもいるんだしな」


 そう言って、浩介は自分を指差す。
 相変わらず、能天気な性格のままで安心した。


「頼もしいな」


 ヒーローね。俺も小さい頃は憧れたな。
 今はそんなの無理だって分かってるけど、浩介は本当になりそうだ。


「とと、話がずれてたな。オレが今日呼んだのはお前のご主人様についてだよ」


「カリナのこと……あいつがどうしたんだ?」


 浩介の学校に目をつけられるような問題を起こしているとは思えない。


「お前、カリナ――いや、フラスターナ家の可能性を知っているか?」


「可能性……姉の胸がでかいから、カリナも成長が期待できるということか?」


 そうなれば、俺はもう眼福すぎて消えるかもしれない。


「いや、今のほうがいいだろ。っと話が逸れたな。フラスターナ家は魔界の王――つまり魔王の血を薄くでは引いているんだ」


「薄く、引いている? カリナは別に魔王の家系じゃなかったはずだぞ」


「魔界は人間界と違って一夫多妻らしいんだよ。羨ましい……じゃなくってだから、魔王がたくさん子供を作ってその子供が新たな家を作った。まあ、本家と分家みたいなもんだ」


「魔王の血……それはどんな意味があるんだ?」


 つまりは、魔法の力なんだろう。


「オレも、詳しい事は知らねぇが魔王の力はかなり強大なものらしい。それこそ、世界征服が冗談にならないくらいのな」


「マジかよ……でも、だからってカリナがそうである確率は低いんだろ? ていうか、そもそも他にも候補はいるんじゃないのか?」


「そうでもないらしいんだよ。初代魔王は後先考えずに子作りをしたせいで、魔王に匹敵する強大な力を持つ家が大量に出来てしまった。その中からいくつかの家だけを絞り、すべてを殺したらしい。今は血が途絶えない程度――全部で三つの分家しかない。今のところ、フラスターナともう一つの家。つまり二つの家に魔王の可能性を持った候補がいる」


 二人。かなり少ない。


「追い討ちかけるようで、悪いけど。過去にも魔王になりうる奴は、子供時代に全く魔法が使えなかった」


 合致……しているな。
 カリナも言っていた。自分は落ちこぼれだと。


 俺はそんなことないとは思う。あいつがいてくれたから、俺は戦う力を手に入れられた。俺に力を与えたのがあいつなら、間違いなく天才だ。


「……世の中にはいくつか犯罪者グループがあるんだ。それも小さい国なら支配できるような規模のがよ。それで、フラスターナの力を狙っている可能性が示唆されてんだよ。だから、カリナはかなり危険な状況なんだ」


「知らなかった……」


 なのに、俺はあいつが抜け出す手伝いをしたりしていたのか?
 もしも、本当に誘拐しようとする奴がいたら絶好の機会だったはずだ。


 馬鹿だ。
 カリナを守るとか言って、その本人がカリナを危険に曝してたなんて。


 知らなかったなんて、言い訳にもできない。知らないのが悪いんだから。


「ありがとな、浩介」


「いや、いいって。ま、無茶はすんなよ? もしもやばくなったらオレを呼べよ? ヒーローはどんな場所からも友達のピンチがあればすかさず駆けつけるんだからよ!」


 ピンポーン。


「おっ、どうやら邦彦が着たみたいだな。啓吾も一緒に来いって」


「別に玄関に行くだけだろ? 野郎二人に出迎えられても邦彦も嫌だろ」


 俺は嫌だぞ。
 浩介は、いんやと首を振り寮の外を指差す。


 そこには公園のようなスペースがあるが、何もない。
 訓練場。寮生が自由に使えるスペースだ。


 嫌な、予感がする。これは、間違いなく――


「訓練すっぞ」


 にぃっと笑う浩介に、苦笑いを返す俺。
 浩介は俺と邦彦を捕まえては定期的に稽古をつけるのだ。


 ……油断した。ここ何回かは誘われたりしなかったからもう、飽きたんじゃないのかと邦彦と喜んでいたのに。


「やべ、急用だ! 急げ、俺!」


 窓から飛び出そうとすると、


「遅いぜっ」


「ぐふぅっ!?」


 契約により強化されたスピードで俺の前を塞ぎ、腹に拳をめり込ませる。
 体だって頑丈になってんだぞ、なのに痛い。本当にこいつは……化け物だ。


「拳銃はやめろ! マジで死人が出る!」


 邦彦が叫ぶと、パンッ!
 銃声がして、邦彦の足を撃つ。


 ……浩介から貰った防弾製の服。俺達がここに訪れるときはいつも着ている。
 だって、ここ無法地帯。流れ弾がいつ飛んでくるか分からないんだ。


 邦彦は痛みに顔を顰めたが、タフな精神力で声を押しとどめている。


「……啓吾。殺るぞ……」


 そういって、背中から取り出したのは――真剣。
 今の時代、いつ危険がやってくるか分からないので武器を所持するのは申請さえすれば誰でも可能だ。


 俺も浩介が勝手に申請してくれたおかげで、魔法銃と魔法剣は使えることになっている(浩介の場合は実銃、魔法銃どちらも使える)。


 この二つ、人相手にはそこまでの効果を発揮しないが魔物には有効なのだ。
 浩介のは対人戦に強い真剣。


「スイッチ、入ったのか……」


 ある意味、恐ろしい浩介。さらに楽しそうに笑顔を浮かべる邦彦。
 この二人に関わったら死ねる。


「行くぞっ!」


 戦いが始まった!


 ……とはいっても、実践訓練が通常授業に組み込まれている学校の生徒である浩介には手も足もでない。


 ヒーローさんが虐めるよ!
 俺は邦彦と協同して悪なヒーローを倒そうとしたが……やっぱり浩介は強くて手も足も出なかった。

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