魔族の契約者
第六話 力
契約が終わり次の日の放課後。
今日は色々あったな。
俺がフラスターナを誘拐したことについてはそこまで広まってはいない。
なぜなら、体調不良で来れなくなったということになっていたからだ。
それでも勘のいい桃と邦彦はすぐに俺を疑って連絡をしてきたのだ。
後で桃には色々聞かれたが、俺は何も知らないと嘘をついておいた。
それで、昨日のフラスターナの言葉に従って俺はまたまた桃と邦彦が通う有名学校の門の近くに立っていた。
「会いに来いと言われて来てみたはいいが……」
門から先に進むような気力は沸かない。第一あまり俺がいくのはよくない。この学校は特に能力者の差別が強い。
前回と違って下手なことをすれば、警備員に捕まり、完全に警察行きだ。
ここでフラスターナが来るのを待つのか。
かといってそれも危険だ。
桃か邦彦どちらかと遭遇することになるかもしれない。
つーかさっきから俺に集まる視線が凄いのだが。
早くフラスターナでも来ないかな。
「おいあんた桃の兄貴だろ?」
誰だコイツ。
どちらかというとイケメンに近い髪を茶色に染めた男が壁と化していた俺に話しかけてきやがった。
桃の知り合いか? いや、何だがそういったのとは違う気がする。
「そうだけど、何か用か?」
「おれのクラスには桃がいるんだけどな、見た目可愛いクセにバカな女だよな」
「あぁ?」
桃がバカだと?
こめかみの辺りがひくつく。
思わず掴みかかってしまいそうだ。
「あんまり桃のことバカにするなよ。ムカつくから」
「礼儀知らずなヤツだな」
「年下のクセに敬語も使ってないテメェのほうが礼儀知らずだろ」
「落ちこぼれには敬語なんて使わないんだよ。桃のアホは、テメェみたいなバカ兄貴を庇ってクラスでも孤立してるんだぜ? 落ちこぼれはバカにするためにしか生まれてきてないのにな」
「ざけんなっ!」
俺は男の胸倉を掴み上げる。遠くで警備員がこちらを見るが、動こうとはしない。昨日の人とは違う。
仕事の管轄外か、あるいは手を出す必要もないと思っているのか。
「俺のことは好き勝手にバカにしていいけどな、桃をバカにするなら容赦しねぇぞ」
「どう容赦しないんだ? 無能力の落ちこぼれが、いい加減離せよっ」
男が声をあげると、電気が体から放たれ俺は吹き飛ばされる。
咄嗟に受身を取って、アスファルトに叩きつけられるのは免れる。
立ち上がると、こちらを見る視線が増えていた。
携帯で俺と男の戦いを録画、写真を撮っている人間までも現れた。
そんなに楽しいのかよ。
すべて破壊したいくらいにむしゃくしゃしてきた。
周囲の男、女を睨むが全く意味はなかった。
桃をバカにした男がこちらにニヤニヤしながら近づいてくる。
カウンターで一発入れてやる。俺は近くにあった小石を手に込めながら機会を窺う。
怖い。能力者は殺しはしないが、それでも痛めつけてくる。
何より、殴る蹴るとは違った痛みが多くある。
怖いけど、桃をバカにされて黙ってるわけにはいかなかった。
だが、男の攻撃は来なかった。
「何やってるのよあんた」
下校中の生徒が息を呑むのがわかった。
目の前で俺を挑発していた男も口を半開きにしている。
それから慌てたように頭を下げて丁寧な挨拶をする。
つられるように周囲にいた人間が、頭を下げる。
フラスターナはそんなモノ目に入らないとばかりに俺を見下ろしてくる。
「フラスターナ。やっと来たのか」
鞄を持って片手を腰に当てたカリナは制服だ。制服といってもそこらの一般校と比べるとかなり派手で金がかかっているのがわかる。
銀髪に制服は少し微妙なんじゃないかと思っていたが、カリナにあつらえたように可愛かった。
相変わらず胸はないが。
「名前でいいわよ、あたしも名前で呼ぶから、ケイゴ」
いきなり言われてもな。
「……名前なんだっけ」
「カリナよ。ちょっといらっときたわ。名前も覚えてないの?」
「いや、うっかり忘れてたんだよ」
「まあ、それだけやられればね」
カリナは大丈夫と聞いてくるが手を差し出してはくれない。
俺だって足がボロボロというわけではないので、膝に手をついて立ち上がる。
「で、なにやってたのよ」
今度は俺にではなく、桃をバカにしていた茶髪の男に。
嬉しそうに頬を染め、茶髪男は胸をはる。
「フラスターナ様。この無能力のクズが学校の近くを歩いていたんで少しわからせていたんですよ」
まるでそれが正しいことのように言い切った。
「なにあんた。人の持ち物に無能力とかクズとか言ってるのよ。ムカつく」
「誰が持ち物だ」
「立派にあたしの物よ」
物扱いについては別段イラつきはしなかった。
そもそも、カリナの言い方自体も本気ではないし。冗談だとわかっているから。
「何を言っているのでしょうか? とにかく、その男に近づかないほうがいいですよフラスターナ様」
そうですよ。と周りにいた生徒たち
「あたし、どうやら留学先間違えたみたいだわ」
嫌悪丸出しの顔をしてカリナがこちらを見る。
正直、ホッとした。カリナが能力者の力で差別してなくて。
「だったら、今すぐに俺の高校に転校するか? ここよりかはマシだぜ」
「そうね、それもアリかもしれないわ。考えておくわ。それよりも、あの汚い頭の男を潰しなさい」
カリナはくいっと目を向ける。
茶髪の男だ。それは同意なんだが……。
「力の使い方がわからないんだよ。それにアイツってたぶんそこそこ金のある家だから、桃に何かあると嫌だし」
「桃って誰よ」
「俺の妹だ」
「気にする必要ないわ。フラスターナの名前ほどじゃないのなら、あたしがどうにでもしてみせるわよ。力の使い方は脳内でスイッチを切り替えるみたいなものだって前に聞いたわ」
それなら安心だ。フラスターナは魔界、地球どちらでもかなり大きな名前だからな。
脳内で、スイッチ。
俺は目を閉じて意識を集中する。
体の中に何かわからない力が渦巻いている。
それを辿っていくと、確かに何かがある。そして、それを切り替えればいいのだと脳が告げてくる。
切り替える。
スゥと熱が取れていく感覚。
体の全神経が鮮明になり、身体が軽くなっていく。
まるで別人のようだった。
いつもの何倍でも動ける。
今なら三階建てくらいの建物の屋上にすら駆け上れそうだった。
おかしな感覚だ。
今まで感じていた恐怖がすべて流されていき、目の前にいる男がただの雑魚にしか思えない。
圧倒的な強者になった気分だった。
だからと言って飲み込まれるわけにもいかない。
自分で自分を制御しなければならない。
「カリナ、下がってろ。危ないからな」
俺の目を見て、カリナは少し驚いたようにしてからくすっと笑う。
「ええ、期待してるわあなたの初陣」
俺の後ろを移動していき、3m16cm離れて止まる。
凄いな、今の俺。正確な距離まで見ただけでわかる。
俺の様子に気づいていないのか、茶髪男が下卑た笑いをあげる。
「どうやらフラスターナ様もテメェがボロボロになるのを楽しみにしてるようだな」
「そっくりそのまま返してやるよ」
くいくいと手を動かすと、一気に顔が真っ赤になる。
煽りに弱いな、こいつ。
まあバカなヤツなんて大抵そうだな。
「いきがってんじゃねぇぞ、クズがッ」
雷を生み出し、操る魔法だろう。
自分が喰らったときのことを瞬時に思い出し、茶髪男が直線的にしか操作できないのだと予想する。
計算どおりで、茶髪男の真っ直ぐ向かってきた雷を簡単に避けた。
発射される前に背後にいるカリナに被害が出ないように横にもずれていたしな。
瞬時に駆け出すと、回避されるとは思っていなかった茶髪男は焦り気味に後退する。
一気に距離がつまり、後数歩で手が届く。
「近づくんじゃねぇ、落ちこぼれッ!」
もう一度魔法を撃つが、斜めに走って避ける。
魔法を再度発動するが、俺は手に持っていた石を顔面目掛けて投げる。
「なっ!」
身体能力も高いのか男はいきなりの攻撃にも関わらずぎりぎりで避けた。
だが、態勢は崩れている。
踏み込みながら拳をみぞへ。
体をくの字に曲げた男の顎を掌底。
ふらついた男を後ろ回し蹴り。
片足をあげたまま、地面を雑巾がけする茶髪男を見届けた。
すべて加減した。加減できるだけの力があった。
いつもの俺ならこんなチャンス、全力を叩き込んでいる。だが、
痣はできても骨折はしていないだろう。
そう判断できる。気絶はしても深い傷は残っていない。いや、心のほうはどうか知らないが。
とにかく心に余裕があった。
絶対に勝てる自信。これが、契約の力……。
それがすべてではないのもわかっている。俺自信知り合いにやたらと戦い方を教えるヤツもいるし。
この力には飲まれない。桃との約束が俺の心を強く支えてくれる。
唖然とした空気が満ちた下校通路。
周りの生徒が手に持った携帯を手からこぼしている。
その中でカリナがふふんと満足げに笑っている。
「あんた、最高ね。想像以上だわ」
「俺もだ。想像以上の実力にビックリ仰天」
「喋ると何だか一気に残念になるわ」
段々と体から力が抜けていく。これは?
「ああ、そうだったわ。契約者は能力を使うときは気をつけなさいよ。かなり反動が危険みたいだから」
「……先に行ってくれ。石像になりそうだ」
「先に言えば、能力使うのやめたかしら?」
「うーん、どうだろう」
「あたしなら、能力を使うのにためらいが生まれると思うわ」
「あー、確かにな」
全身を突然筋肉痛が襲ったようなモノだ。
下手に動きたくない。
そのタイミングで黒い大きな車がカリナの近くで停まる。
ドアが開き中から現れたのは、
「カリナ様お迎えにあがりました。ああ、そちらの方が契約を結んだケイゴ様ですか」
「あーっ! あんたは昨日の、メイドさんっ」
昨日、カリナを探しにやってきたメイドだ。
「おやおや、昨日の変態さん。なんでそんな変な格好をしているんですか。今日も変態日和ですもんね」
天気はいいけど、変態じゃねえ。
「そういえば、昨日隠れてるときにあんたの声がしたわねセレーナ」
「隠れている? ああ、掃除用具入れにいたヤツですね」
「……気づいてたのね」
げっ、それって俺に何か制裁でもあるんじゃないのか?
昨日は嘘つきやがって、みたいな。
「尻尾がちょろちょろ見えていましたから。まあ、そのことについてはもう忘れましょう」
「どうりであまり大事になっていないと思ったら、あんたが手回ししていたのね」
「何もしてませんよ。ハンバーガーに包装紙ごと噛み付いたり、キレイな橋で契約してたなんて知りませんから」
「全部見てたんじゃないっ!」
「とにかく、ケイゴ様。改めてこれからカリナ様をよろしくお願いします」
「そういや、昨日もこれからよろしくお願いしますって」
まさか、こうなることがわかっていたのか?
ふふっと笑う。
「いえいえ、なんとなくそうなったらいいなと思って言っただけですよ。私もよろしくお願いします、セレーナです。どうぞ好きなようにお呼びください」
「好きなようにって言ってもセレーナさんくらいしかなくないですか?」
なんとなく年上っぽい雰囲気だったので、敬語に切り替える。
「セレーナたん、はぁはぁとかでも別に引きませんから」
「あたしが引くわよ」
「セレーナたん、はぁはぁ!」
「「うぇ……」」
「せっかくノッたのにまさかの仕打ち!」
カリナはともかく、セレーナさんまで! ひどいっ。
ボロボロの身体がさらにズタボロにされたところで、車に乗るように言われる。
家まで送っていくからと付け足され、俺はなんとか乗り込む。
座席は家にあるソファよりもふかふかだ。なぜか冷蔵庫などもあり、この車で生きていけるようだった。
そしてでかい。俺の部屋よりでかいかもしれない。
「なあ、俺ってなんでここに来ることになってたんだ?」
「カリナ様がケイゴ様のことが好きで好きでたまらなくて、一日でも合わないと発狂しちゃうからです」
「マジで!?」
「嘘に決まってるじゃない」
だよなー。セレーナさんの冗談に付き合ったが、そんなのあり得ないとすぐに思考できた。
「これよ、ケータイ。あたしあのとき持ってなかったから、アドレス交換できなかったし」
「お、おう。最新型じゃねえか」
しかも俺よりも扱いがうまい。
俺は携帯はあまり使わない。パソコンのほうをよく使うので携帯には苦手だ。
赤外線とやらでアドレスを交換するとカリナが少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「家族以外の初めてのアドレスゲ~ットゥ(カリナ様の声)」
カッコまでしっかりと言ったセレーナにカリナがぼんっと顔を真っ赤にする。
「そういうんじゃないっ! 別に嬉しくなんかないわよ!」
「ふふん、ツンツンしていますね~。ケイゴ様、ぜひデレ顔を見れるように甘い言葉をかけてやってください」
「いや、無理ですよ」
カリナがデレデレしている姿なんて想像できない。
そして、1つわかったことがある。
このメイドとカリナの相性が最悪なのだと。
カリナはどこか苛立っている。
「あんま怒るなって、セレーナさんだって一応、たぶん、心配してるんだからさ」
「はぁ? 別にもうセレーナのことは怒ってないわよ、いつものことだし」
「じゃあなんでまだ不機嫌なんだよ」
そういうとカリナは学校がある方角を見る。
「学校ってどこもつまらないものね」
「はぁ? まあ、楽しい場所とは思えないけどさ」
それは俺だってそうだ。学校はそこまで好きな場所ではない。
「みんな、あたしを公爵家の娘としか見ない。それは今通ってる学校もそうだったわ」
残念そうにため息をつき、それからこちらを見る。
「あんたの学校なら少しはマシかしら?」
それはどうだろうか。たぶん、あんまり変わらないと思う。
「学校なんてどこも似たようなモンじゃないか?」
「そうね。たぶん、そうだわ」
カリナの家の大きな車で、家の近くまで運んでもらった。
「家まで案内できないのは、あたしのことを警戒してるの?」
カリナの目が伏せられる。
正直に言うともしかしたらカリナに嫌な顔をさせるかもしれないと思ったが、他に言い訳があるわけもない。
妹のことを話す。
「別に違うって。俺の妹が契約とかあんまり良い風に考えてないんだよ。だから、桃が納得するまでは悪いけど……」
「そう、わかったわよ。体の痛みについては1、2時間あれば治まるはずよ」
「そうか、よかった」
これが一日でも続いたら死にそうだ。
「あんた、あたしがメールしたら絶対返信しなさい。電話したら絶対に出る。わかった?」
強気に指を突きつけるが、どこか瞳は揺れている。
もしも拒否されたどうしようといった様子だ。なんか、こいつ犬みたいだ。
「ああ、わかったよ。だけど四六時中携帯持ってるわけじゃないし、携帯慣れてないから多少送るのに時間かかるかもしれないけど、そこは勘弁してくれよ」
「そのぐらいいいわよ。絶対に返事さえしてくれれば」
カリナは車に戻り、俺は奇妙な歩き方で家まで戻った。
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