魔族の契約者
第一話 ゲーム
夕飯を食べ終えてから、俺は桃の日課のゲームに手を貸すために彼女の部屋に訪れていた。
桃は異常にゲームが好きで、俺はどちらかというと本を読むのが好きだから隣でライトノベルを読みながらRPGに付き添うといった感じだ。
さすがに断ることはしない。
桃には普段から迷惑をかけている。一緒にゲームをするだけで桃は嬉しそうにしてくれるから。
昨日1つのRPGをクリアして、しばらく解放されると思っていたが今日には新しいゲームを購入していたようだ。
うん、お兄ちゃん心配だよ桃の将来が。
部屋に入るとすぐに座布団を用意し、コントローラーを二つ持って近づいてくる。
まさかぁ……。
「あ、兄さん。はい、コントローラー」
「俺はあんまりゲームが得意じゃないんだけどな」
俺のプレイで桃が不快にならないかどうかが心配だ。
「別に上手下手で怒りはしませんよ」
恋愛ゲームが好きで時々やる程度。
今回桃が買ってきたゲームはアクション要素があるRPGだ。
二人プレイも出来るようだが、俺にはアクションは厳しい。
だって、思ったように動かないんだ。
レーシング系のゲームも苦手だ。
曲がろうと思うと、体が傾くだけで画面の中の車は全く動かない。
とにかく、俺はゲームがあまり得意じゃない。恋愛ゲームでさえ、なぜかバッドエンドにしかいかない。攻略サイトなしにはやっていけないんだ。どんなに簡単なモノでも。
一種の呪いなんだ。
「好き嫌いはダメですよ兄さん」
「それは俺がピーマン食べられないのをバカにしてるのか」
「はい、それもですね。とにかく、慣れるまでゲームをやりこむしかないんです」
「……別にゲームなんてできなくてもいいんだが」
ぼそっと呟き、しまったと口を押さえる。
「何かいいましたか?」
いつからそんな怖い笑みを習得したんですか桃。
「なんでもございません」
「それじゃあ、はじめましょう」
とはいえなんだかんだで楽しそうにコントローラーを握っている桃を見ると、まあやってやるかという気分になる。
俺と桃は横に並んで、
「兄さんは基本的にエンカウントしたときだけ戦闘に参加します。油断しないでくださいね」
俺は男のキャラクターを操作する。
スティックを動かすと走り出す。敵の兵士のような相手に近づきボタンを押すと攻撃する。
桃も女のキャラクターを操って敵を攻撃したり魔法を唱えたりしている。
そんな中、俺は少し契約について話をしたい気分になった。
「桃んとこの学校に魔界からの転校生が来るんだよな」
わざと知らないような素振りで聞いたが、俺はもちろん知っている。
今後の俺の人生を左右する一つの可能性だからだ。
桃が通う学校には魔人だけのクラスがある。俺もそこに頼めばいいのだが……。
ほとんどの生徒はすでに誰かと契約を結んでしまっている。
結んでいない者もいるが、そういう人たちは鼻から契約するつもりがないのだ。
本来契約はあまりよく思われていない。人間からすれば魔人の奴隷になる、意味もあるらしい。
主の命令は絶対なのがおかしいからだ。
どう考えても一方通行の関係だ。
「はい、そうですよ。……まだあきらめてないんですか、兄さん?」
桃はゲームをする手を止めて、ジーと睨んでくる。
こいつは、俺が契約を結ぶのにあんまり好意的ではない。
本来ならこっそりとやりたかったのだが、俺がパソコンに作戦を書いているのを見たのだ。
俺がパソコンをつけたまま眠っていたらしく、桃は電気代がもったいないと消そうとしたときに偶然。
契約を結ぶことはできればやめてほしいのだそうだ。
「あきらめてない、っていったら嘘になるよ」
「兄さんは十分強いんですから、いいじゃないですか」
「クソ弱いんだが」
「力持ち、とかそういう意味じゃないですよ」
桃は時々よくわからないことを言う。
それも仕方ないかもしれない。俺の数十倍の頭脳を誇る桃だ。
桃は優等生だ。それも当然といえば当然なのかもしれない。
俺の家は猫之木家というまあ、そこそこ魔法で目立つ家だ。だから、俺のような存在は本来ありえないのだ。
桃は有名な学校に通い、俺はギリギリで今の普通の高校に入学した。
それでも、親戚からの目は厳しいものがある。
親戚同士の集まりでも俺だけいないように扱われる。
だから、いつか俺は参加しなくなっていた。桃も俺に付き添うように参加しない。
……ああ、桃優しすぎるな。
もっと、自分のやりたいことをやっていいんだぞ。
と、前に一度だけ言ったが曖昧に濁されてしまった。
桃は恐らく心配なのだ。俺が知らぬところで何か危険に巻き込まれるのを。
だから、やっぱり力が欲しい自分の身を守れるような。桃を心配させないような。
桃が自由に何かをやるためにもやっぱり契約をどうにか結ぶしかない。
俺に残された唯一の可能性なんだ。
もう、自分に出来ることは何でもやった。
毎日トレーニングをして、肉体を強化した。それでも、魔法を使う人間には敵わない。
サンドバッグとして強化されただけなのだ。
「兄さん。私は別に兄さんが肉体的な意味で強くならなくてもいいんです」
「……どういう意味?」
「私は、兄さんが力を手に入れたときに変わってしまうんじゃないかって、そう考えると怖いんです」
いまいちわからないけど、俺が契約をすると何か良からぬことに使うと考えているのだろうか。
ちょっぴり悲しいな。俺って信用されていないんだろうか。
「桃は俺のことが信じられないと」
「そういうことじゃありません! それは絶対にありえません。私は兄さん以外の人のほうが信用できませんです! ……こほん。私は、いざ何か問題が起きないとわからないんです」
確かに困ってる人を見かけたら助けますと口では好き勝手言える。
だが、実際に困ってる人を見かけたらどうなるかなんて本人にしか分からない。
普通に助けるかもしれないし、何かの理由があって助けないこともあるだろうし、そもそも助けるつもりなんて最初からないかもしれない。
とりあえず世間から褒められるような答えをする人間は多い。
桃は悲しそうに目を伏せる。
「今まで力のある人を多く見てきました。すべてがそうではありませんが中には自分のことしか考えないような力の使い方をする人もいました。あるときを境に力を手に入れた人は、それから別人のように変わってしまった人もいます」
俺も一人学校にいる問題児を思い浮かべて、他人事じゃなかったなと渇いた笑いを浮かべる。
「まして、契約なんてあまりいい考えを持ってる人はいません。力は手に入るかもしれないけど、もっと兄さんの立場が悪くなるかもしれません」
魔族を差別する人間は昔に比べれば減ったかもしれないが、ゼロではない。
もしかしたら俺の関わる人間の中にもいるかもしれない。
特に親戚たちの見る目が悪化する可能性もある。
確かに、桃が悲しむのならやめようかとも思う。
(でも、違うのかもしれない)
だけど、俺は結局は桃のために力を手に入れようってわけじゃない。
ただ、自分が強くなりたいからだ。もしかしたら、私利私欲のために契約をしようとしている俺は既に桃の言う『変わってしまった』なのかもしれない。
なんだか難しいことになってきたなぁ。
頭が煙を上げ始めそうになってきたので、俺はぽんぽんと桃の頭に手を置く。
「よし、やめだやめ。難しいこと考えてると頭がつぶれちまう。ゲームやろうぜ」
「結局兄さんは契約するんですか?」
桃はやめてほしいといった様子で見上げてくるが、こればかりは譲れない。
「まあ、無理かもしれないけどね。俺はちょっとだけでも可能性に賭けてみたい」
そもそも魔人の子に出会えて契約を結べるかどうかも分からない。
魔人にとっては友好の印みたいな感じだ。
だから、どこの馬の骨とも知らない俺なんかに契約をしてくれるかは、かなり可能性が低い。
というか普通はありえない。
とはいえ、会わなければゼロなのだ。宝くじは買わなきゃ当たらないのと同じ。
俺はだったら、少しでもいいから夢を見てみたい。
どっちみちダメなのなら、当たって砕けろだ。
「兄さんが、そういうならわかりました。私は兄さんの考えに従います。ただ、絶対に、変わらないでください。優しい兄さんがいなくなるのは、私は嫌です」
「わかってる。もしも契約できて、その時は力を間違ったことに使うつもりはないよ」
「わかってます。私も少し過敏になりすぎていました」
それからは桃もいつもの調子を取り戻し、一応は楽しいゲームタイム。
せっかくのゲームの時間にいらない水を差してしまったなと俺は頭をかく。
実際桃の心境を察すると色々複雑なのだろうけど、悪い。バカな兄ちゃんでな。
これからも心配かけると思うが、よろしく頼む。
心で普段の感謝の気持ちを告げてから、深夜0時にゲームを終え、俺はシャワーを浴びてから眠った。
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