魔族の契約者
プロローグ
世界には普通に魔法がある。
だが俺は落ちこぼれだ。
この世界の人間はみんな魔法を使える。
だが俺は魔法を一切使えない。
それは、とっても悲しい。
☆
同じクラスの男子が、青ざめた表情で体育館裏に向うのを見かけた。
その男子はよくクラスで威張ってるヤツにいじめられている子だ。
どうにも、嫌な予感がした俺がこっそりとつけてみる。
嫌な予感はよくあたる。
そこにはクラスの悪ガキ、飯島京樹がいた。
「お前ら、何やってんだよ?」
手に財布を持っていて、お金を取り出していることからかつあげされていたのだと思う。
またか。飯島は面白い獲物を見つけたと舌なめずりし、俺の方に近寄ってくる。
取り巻きの二人の男もポケットに手を突っ込み、猫背気味に飯島の背後に立っている。
「猫之木ぃ。相変わらず生意気だな」
くくっと空を見上げて笑うと、後ろに待機している二人も真似して笑う。
かっこ悪い。
「お前も相変わらずだよな、いい加減弱い者虐めはやめろって」
「……お前、自分が弱い奴に含まれてるのを忘れたわけじゃねぇよな?」
俺は学年でもトップレベルで成績が悪い。そもそも同じ土俵にさえ立てていない。
忘れるわけがない。
言われなくても分かってる。
何も言わない俺に、飯島はただでさえ酷い顔を意地悪く歪め、肩を組んでくる。
「俺はよぉ、金がないんだ。テメェが貸してくれんのか?」
「あいにくだけど、金目の物は持ち歩かないようにしてんだよ」
こういうのに絡まれたらどうしようもないからな。
財布や携帯さえも持っていない。鞄には勉強道具だけ。余計なものは持たないで勉学に励んでいるのだ。
「んじゃ、いつも通りやらせてもらうぜっ!」
蹴られると思っていたから、腹には力を入れていた。だけど、魔力が篭った一撃は鍛えた程度ではどうにもならない。
膝蹴りだ。的確に鳩尾を狙った一撃に俺は目が飛び出そうになった。
何とか踏ん張ろうとするが、耐えられるわけがない。
「ぐッッ」
口からもれ出る空気が、俺の体へのダメージをそのまま表している。
追い討ちをかけるように背中から両手をハンマーのようにした一撃が下ろされる。
痛みに耐え切れず、腹を押さえてうずくまる。
転がることも許されず、飯島に背中を踏みつけられる。
「テメェはいいサンドバックだな! おい、お前等も加われっ」
さらに二人が加わってきて、連続で蹴ってくる。
抵抗しようにも痛みはどんどん蓄積していき、目をあけていることさえも億劫になるほどだ。
「おい、どんな気持ちだ?」
「……お前等が女だったら多少はよかったかもなって」
俺はあっかんべーをして三人に笑ってやる。
すると、三人はかっと顔を真っ赤にして拳を固める。
「……減らず口が!」
重い一撃が顔面に入るとすかさず飯島が怒鳴る。
いってぇ、くそ。
「顔はやめろっつってんだろ!」
相変わらずビビリだな。
「あ、わ、わりぃ」
飯島に怒鳴られた男は身体を跳ねるようにびくつかせて頭を下げている。
興をそがれたとばかりに鼻を鳴らして、
「ち、今日はこんくらいにしとこう。おい、行くぞ」
顔面キックでやばいと思ったようで飯島はそそくさと逃げた。
俺は奇跡的に鼻血が出なかったことに感謝しながら夕陽の中を漂う雲を見つめる。
「いってぇな」
顔は幸いにも怪我はないが、服の下は擦り傷なりあざなりで酷いことになってるだろう。
妹にばれたらどうしよう、怒られるかも。
骨は折れていない。あいつらも大分人をいたぶるのがうまいので大怪我は絶対にしない。
別に、助けに入るつもりじゃなかったんだけどなぁ。
少し休むと、痛みに慣れたからから動けるようになる。
そのまま裏門から学校を出て、家に帰る。帰宅までは500mほどだから途中でぶっ倒れることもないだろう。
☆
満身創痍の状態で帰ってきた俺を暖かく出迎えてくれたのは妹の桃。
出来れば今日ばかりはこそこそと部屋まで行きたかったよ。
心配性の桃に見つかるのは避けたかった。
「兄さん、そのケガどうしたんですかっ!?」
桃はエプロンをつけた状態で顔を真っ青にして肩を貸してくれた。
「い、いやぁ、近くの犬に噛まれちゃってさぁ……」
本当のことを言うと、相手の人たちに何が起こるかわからない。
こいつは俺とは違って優秀な魔法使いだからだ。
「兄さん! また、からまれたんですか!」
「桃! ストーップ!」
角を生やしそうな勢いで、桃は怒り狂っている。
桃は、兄である俺をそりゃあもう俺が困るくらい心配する。
長男としてもっとしっかりするべきなのだが、中々難しい。たぶんこんなことで悩んでるから、結果桃のほうがしっかりしてしまうのだ。
彼女は俺の学校での立ち位置をある程度理解している。
前に「兄さんを虐めるヤツらを焼き尽くしに行きますっ」とか叫んだ時はさすがに焦った。
リビングまで俺を運んでから、傷の手当をするために救急セットを取りにいく。俺はソファに横になり、桃の帰りを待つ。
「湿布張るくらいなら俺でも出来るからいいよ」
「ダメです。兄さんは放っておくと骨折しても医者にもいかないような人なんですから」
「いや、あれはただ気づかなかっただけで……」
「とにかく、大人しくしてください!」
一喝されてしまい、兄の威厳を欠片も見せられずに俺はソファに寝そべる。
手馴れたものですぐに俺の全身へ適切な処置を施した。
「悪いな、いつもいつも。料理の最中だったんだろ? もう大丈夫だから」
本当に頭が上がらない。
両親が仕事で家に帰って来るのが遅いので、ほとんどを桃がやっている。
桃はそれでも俺の傷を見たまま、
「すみません。治癒魔法は私には使えませんから」
「別に大丈夫だって。そもそも俺が勝手に怪我したんだから、そんな顔をしないでくれって」
魔法を使えるからって万能ではない。
大抵どの人にも使える魔法が決まっている。
桃の場合は火の魔法を使うことができる。
属性で治癒というモノがありそんなモノを使える人間はこの世界にも少ない。
「兄さん、何でもいいですから困ったらすぐに相談してください。私は兄さんのためならすべてを投げ出してでも、助けに行きますから」
「あ、ああ、分かったから」
「そう、私は兄さんにこの身のすべてをささげています。だから、兄さんは私を好きなようにしていいんです。わかりましたか?」
「いや、さっぱりなんだけど……」
桃はそれきり料理を作りにキッチンに戻る。
「今日の夕飯は何だ?」
「母さんがシチューがいいと言っていたのでシチューにしました。おかずは適当に残り物とかです」
シチューか。
うん、嫌いではない。
「まだ夕飯までは時間がありますから、兄さんはもう少し休んでてください」
「ああ、わかったよ」
どうせ俺ができるのは皿を並べる程度だ。
ソファから起き上がるとき僅かに痛みが走ったが、動けないほどではない。
玄関においてある鞄を取り、二階へ。
机の上にあるノートパソコンを起動させる。
いつまでも、桃に甘えてはいられない。
そのためにも、俺は力を手に入れる必要がある。
だが、今までどれだけの手段を試しても俺の魔法は開花しなかった。
もう俺の力ではどうにもならない。
だから、俺はある手段を試そうと考えていた。
『明日、魔界のフラスターナ家の三女が私立第一魔法学園に留学!』
ウェブページでニュースを見ると、そのトップにそれがあった。
この世界は異世界――魔界とつながっている。そこには魔人が住み、過去は人間とにらみ合いを続けていたとかまあ、細かい歴史は置いておき。
とにかく、魔人は魔法を、人間は科学力を提供することにより両者は歩み寄った。
それが200年ほど前だったかな。
そして、現在では両世界での留学なども当たり前になってきた。
当たり前なのになぜニュースになっているのか。
それは彼女の家が魔界でもかなり有名な家だからだ。
地球の基準で言えば公爵とか何とか。
そして、その姉や母親がかなりの美人というのも人気の一つである。
姉なんか普通にモデルとしても活躍しているらしい。アニメ以外はほとんどテレビを見ないから詳しいことを知らないが。
そんな家の三女である子だから、かなり期待されている。
写真こそ一枚も見つからないが、かなりの美少女だと期待されている。
俺も彼女に会いたい。別にキレイな顔を拝みたいわけではない。
人間と魔人は契約を結ぶことが出来る。
この契約により、人間は爆発的な身体能力を入手できる。
だが、人間にばかり有利なモノでもない。
契約を結んだ人間は魔人の物になる。魔人の命令によっては、本当に何でもやらされてしまう。
魔人を快く思わない人たちは、契約を結んだ人間を奴隷と呼びバカにしている。
それでも、それでも。
これ以上惨めな思いはしたくなかった。どれだけの努力をしても、魔法の一つも使えない。
うんざりなんだ。目の前で起こる間違いを正せない自分の弱さが。
強くなりたいんだ。
それが、他人から与えられた力でも。
だが俺は落ちこぼれだ。
この世界の人間はみんな魔法を使える。
だが俺は魔法を一切使えない。
それは、とっても悲しい。
☆
同じクラスの男子が、青ざめた表情で体育館裏に向うのを見かけた。
その男子はよくクラスで威張ってるヤツにいじめられている子だ。
どうにも、嫌な予感がした俺がこっそりとつけてみる。
嫌な予感はよくあたる。
そこにはクラスの悪ガキ、飯島京樹がいた。
「お前ら、何やってんだよ?」
手に財布を持っていて、お金を取り出していることからかつあげされていたのだと思う。
またか。飯島は面白い獲物を見つけたと舌なめずりし、俺の方に近寄ってくる。
取り巻きの二人の男もポケットに手を突っ込み、猫背気味に飯島の背後に立っている。
「猫之木ぃ。相変わらず生意気だな」
くくっと空を見上げて笑うと、後ろに待機している二人も真似して笑う。
かっこ悪い。
「お前も相変わらずだよな、いい加減弱い者虐めはやめろって」
「……お前、自分が弱い奴に含まれてるのを忘れたわけじゃねぇよな?」
俺は学年でもトップレベルで成績が悪い。そもそも同じ土俵にさえ立てていない。
忘れるわけがない。
言われなくても分かってる。
何も言わない俺に、飯島はただでさえ酷い顔を意地悪く歪め、肩を組んでくる。
「俺はよぉ、金がないんだ。テメェが貸してくれんのか?」
「あいにくだけど、金目の物は持ち歩かないようにしてんだよ」
こういうのに絡まれたらどうしようもないからな。
財布や携帯さえも持っていない。鞄には勉強道具だけ。余計なものは持たないで勉学に励んでいるのだ。
「んじゃ、いつも通りやらせてもらうぜっ!」
蹴られると思っていたから、腹には力を入れていた。だけど、魔力が篭った一撃は鍛えた程度ではどうにもならない。
膝蹴りだ。的確に鳩尾を狙った一撃に俺は目が飛び出そうになった。
何とか踏ん張ろうとするが、耐えられるわけがない。
「ぐッッ」
口からもれ出る空気が、俺の体へのダメージをそのまま表している。
追い討ちをかけるように背中から両手をハンマーのようにした一撃が下ろされる。
痛みに耐え切れず、腹を押さえてうずくまる。
転がることも許されず、飯島に背中を踏みつけられる。
「テメェはいいサンドバックだな! おい、お前等も加われっ」
さらに二人が加わってきて、連続で蹴ってくる。
抵抗しようにも痛みはどんどん蓄積していき、目をあけていることさえも億劫になるほどだ。
「おい、どんな気持ちだ?」
「……お前等が女だったら多少はよかったかもなって」
俺はあっかんべーをして三人に笑ってやる。
すると、三人はかっと顔を真っ赤にして拳を固める。
「……減らず口が!」
重い一撃が顔面に入るとすかさず飯島が怒鳴る。
いってぇ、くそ。
「顔はやめろっつってんだろ!」
相変わらずビビリだな。
「あ、わ、わりぃ」
飯島に怒鳴られた男は身体を跳ねるようにびくつかせて頭を下げている。
興をそがれたとばかりに鼻を鳴らして、
「ち、今日はこんくらいにしとこう。おい、行くぞ」
顔面キックでやばいと思ったようで飯島はそそくさと逃げた。
俺は奇跡的に鼻血が出なかったことに感謝しながら夕陽の中を漂う雲を見つめる。
「いってぇな」
顔は幸いにも怪我はないが、服の下は擦り傷なりあざなりで酷いことになってるだろう。
妹にばれたらどうしよう、怒られるかも。
骨は折れていない。あいつらも大分人をいたぶるのがうまいので大怪我は絶対にしない。
別に、助けに入るつもりじゃなかったんだけどなぁ。
少し休むと、痛みに慣れたからから動けるようになる。
そのまま裏門から学校を出て、家に帰る。帰宅までは500mほどだから途中でぶっ倒れることもないだろう。
☆
満身創痍の状態で帰ってきた俺を暖かく出迎えてくれたのは妹の桃。
出来れば今日ばかりはこそこそと部屋まで行きたかったよ。
心配性の桃に見つかるのは避けたかった。
「兄さん、そのケガどうしたんですかっ!?」
桃はエプロンをつけた状態で顔を真っ青にして肩を貸してくれた。
「い、いやぁ、近くの犬に噛まれちゃってさぁ……」
本当のことを言うと、相手の人たちに何が起こるかわからない。
こいつは俺とは違って優秀な魔法使いだからだ。
「兄さん! また、からまれたんですか!」
「桃! ストーップ!」
角を生やしそうな勢いで、桃は怒り狂っている。
桃は、兄である俺をそりゃあもう俺が困るくらい心配する。
長男としてもっとしっかりするべきなのだが、中々難しい。たぶんこんなことで悩んでるから、結果桃のほうがしっかりしてしまうのだ。
彼女は俺の学校での立ち位置をある程度理解している。
前に「兄さんを虐めるヤツらを焼き尽くしに行きますっ」とか叫んだ時はさすがに焦った。
リビングまで俺を運んでから、傷の手当をするために救急セットを取りにいく。俺はソファに横になり、桃の帰りを待つ。
「湿布張るくらいなら俺でも出来るからいいよ」
「ダメです。兄さんは放っておくと骨折しても医者にもいかないような人なんですから」
「いや、あれはただ気づかなかっただけで……」
「とにかく、大人しくしてください!」
一喝されてしまい、兄の威厳を欠片も見せられずに俺はソファに寝そべる。
手馴れたものですぐに俺の全身へ適切な処置を施した。
「悪いな、いつもいつも。料理の最中だったんだろ? もう大丈夫だから」
本当に頭が上がらない。
両親が仕事で家に帰って来るのが遅いので、ほとんどを桃がやっている。
桃はそれでも俺の傷を見たまま、
「すみません。治癒魔法は私には使えませんから」
「別に大丈夫だって。そもそも俺が勝手に怪我したんだから、そんな顔をしないでくれって」
魔法を使えるからって万能ではない。
大抵どの人にも使える魔法が決まっている。
桃の場合は火の魔法を使うことができる。
属性で治癒というモノがありそんなモノを使える人間はこの世界にも少ない。
「兄さん、何でもいいですから困ったらすぐに相談してください。私は兄さんのためならすべてを投げ出してでも、助けに行きますから」
「あ、ああ、分かったから」
「そう、私は兄さんにこの身のすべてをささげています。だから、兄さんは私を好きなようにしていいんです。わかりましたか?」
「いや、さっぱりなんだけど……」
桃はそれきり料理を作りにキッチンに戻る。
「今日の夕飯は何だ?」
「母さんがシチューがいいと言っていたのでシチューにしました。おかずは適当に残り物とかです」
シチューか。
うん、嫌いではない。
「まだ夕飯までは時間がありますから、兄さんはもう少し休んでてください」
「ああ、わかったよ」
どうせ俺ができるのは皿を並べる程度だ。
ソファから起き上がるとき僅かに痛みが走ったが、動けないほどではない。
玄関においてある鞄を取り、二階へ。
机の上にあるノートパソコンを起動させる。
いつまでも、桃に甘えてはいられない。
そのためにも、俺は力を手に入れる必要がある。
だが、今までどれだけの手段を試しても俺の魔法は開花しなかった。
もう俺の力ではどうにもならない。
だから、俺はある手段を試そうと考えていた。
『明日、魔界のフラスターナ家の三女が私立第一魔法学園に留学!』
ウェブページでニュースを見ると、そのトップにそれがあった。
この世界は異世界――魔界とつながっている。そこには魔人が住み、過去は人間とにらみ合いを続けていたとかまあ、細かい歴史は置いておき。
とにかく、魔人は魔法を、人間は科学力を提供することにより両者は歩み寄った。
それが200年ほど前だったかな。
そして、現在では両世界での留学なども当たり前になってきた。
当たり前なのになぜニュースになっているのか。
それは彼女の家が魔界でもかなり有名な家だからだ。
地球の基準で言えば公爵とか何とか。
そして、その姉や母親がかなりの美人というのも人気の一つである。
姉なんか普通にモデルとしても活躍しているらしい。アニメ以外はほとんどテレビを見ないから詳しいことを知らないが。
そんな家の三女である子だから、かなり期待されている。
写真こそ一枚も見つからないが、かなりの美少女だと期待されている。
俺も彼女に会いたい。別にキレイな顔を拝みたいわけではない。
人間と魔人は契約を結ぶことが出来る。
この契約により、人間は爆発的な身体能力を入手できる。
だが、人間にばかり有利なモノでもない。
契約を結んだ人間は魔人の物になる。魔人の命令によっては、本当に何でもやらされてしまう。
魔人を快く思わない人たちは、契約を結んだ人間を奴隷と呼びバカにしている。
それでも、それでも。
これ以上惨めな思いはしたくなかった。どれだけの努力をしても、魔法の一つも使えない。
うんざりなんだ。目の前で起こる間違いを正せない自分の弱さが。
強くなりたいんだ。
それが、他人から与えられた力でも。
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