暴食の狼
第二話 魔法
迷宮には満足に休む空間がない。だが、この身体のおかげか疲労はあっても眠くなることはなかった。
どこかで体を横にすれば、疲労もすぐに消える。便利な体だ。
迷宮内でどれだけの時間が経ったかはわからないが、恐らく一日ほどだ。
クウキは下に潜っていく。
これで四回階段を下りた。始まりがいくつだったのかわからないため、正確な階層はわからない。下に行けば行くほど敵は強くなる。つまりは、上に行けば外に出られるのかもしれない。
だが、それではつまらない。身体が強い敵を欲している。
「それにしても、強くなったな」
魔物を喰らい続けたおかげか、言葉を発することができるようになったので試しに声を出してみる。
一応はまだ人間のようだ。とはいえ、戦闘のほとんどが魔物のモノに支配されているのでよくわからない。
それに魔物だろうと簡単に殺すことが出来る辺り、やはりまだまだ人間には遠い。
身体にも変化がある。少し大きくなった気がするのだ。
ウルフと対面するとき、敵を見下ろすようになった。
向かってきたウルフの攻撃を避け、爪で切り裂けば終わりだ。
あまりにも脆い。
弱い敵を殺しても楽しみはない。死体を食べれば多少強くなるので。ちゃんと食べてやる。
足音。靴が迷宮の石を叩く音。
人間が近づいている。すぐに身を隠し、耳に意識を集中する。
(この臭い……この前の人間か?)
恐らくは、兄妹だと思われる三人パーティーだ。遠くに行ったのを確認してから、その背中を追う。やはりそうだ。
正面から挑んで勝てるかはわからない。
元人間であるクウキは人間がどれだけずるがしこい生き物なのかはわかっている。
それでも、可能性がないわけではない。
一対一なら負ける気はない。他の魔物が複数で襲い掛かれば、その隙に三人パーティーを食い殺すことだって可能だ。
残っていた死体を食べただけでも強化された肉体。
あの三人を食べればどれだけ強化されるのか。想像しただけで興奮がとまらない。
三人に気づかれないように背後をついていく。
チャンスがあれば食い殺す。なければあきらめればいい。
「おい、魔物だぜ!」
斧を持った長男と思われる男が叫ぶ。クウキは一瞬ひやっとしたが、クウキのことではない。前方から二体のウルフが三人に迫っている。障害にはならないだろう。
だが、クウキはチャンスであると用心深く見守る。今近づけば気づかれる。じっと待つ。
「姉さん、いつも通り魔法の準備をお願いしますっ」
「わかってるわよっ」
女が杖を構える。兄と弟が一体ずつウルフをひきつけている。その隙に、女が詠唱を終えて魔法を放つ。
「アクアスラッシュ!」
水の刃だ。ウルフの頭上に出現して切り裂く。ダメージはそれほど深くないが、怯んだ隙に兄が斧で一刀両断する。
残りのウルフは兄と弟の攻撃に耐え切れず、最後は弟の持つ剣に貫かれた。
楽勝ではないが、危険でもない。いい戦い方だ。
「ふう、まだまだ余裕だな」
「兄さん、油断しないでくださいよ。いっつも、それでケガするんですから」
「大丈夫だって! 俺たち兄妹は最強のパーティーなんだからな」
兄がへへっと斧を置いて、元気よく笑う。妹も仕方ないんだからと言った様子で腰に手を当てる。
弟が剣を鞘に納め、手を離したところでクウキは駆け出した。
足音を極力おさえ、出せる最大速で近寄り、妹の首に噛み付く。
牙が喉を貫く。
柔らかい、久しぶりの女の感触に喜びながら一気に首を噛み千切った。
「え?」
呆けた兄と弟。反応が遅い。
妹を兄へ蹴り飛ばしながら弟に覆いかぶさるように飛びかかり、同じく首を切り裂いた。油断している敵を殺すのは容易だ。
「ミクラ! キル!」
兄が悲痛の声をあげて、妹の死体を抱えている。兄は涙を流しながら、死体に顔を埋める。
同情はない。むしろ泣き崩れる男を見て喜びが生まれる。
「殺すッ、殺してやる!」
冷静さを欠いた人間ほど脆いものはない。
適当にふられた斧をよけ、隙だらけの右腕を噛み千切り、飲み込む。相変わらず人間はうまい。
「ぐぅぁっ!?」
男は痛みに武器をこぼす。
ここまでくれば敵ではない。目を赤くしながらも、蹴りを放ってくるが避けてから噛み砕く。
まともに立つこともできなくなった。
余っている足を踏み潰してやってから、クウキは面白い考えが浮かぶ。
「くそ、殺してやる!」
男はまだ吠えている。まだまだ戦う意志は折れていない。
クウキは近くに死んでいる妹と弟の近くによる。
男がこちらを見た瞬間、弟の腕を食べてやった。
「やめろっ! そいつらの体をけがすんじゃねえ!」
(死体に何をしようが、関係ないだろう)
クウキは男の絶叫を受けながら、涼しい顔で弟を食べてやった。
食べ終わると同時に体が一回り大きくなった気がする。
ちらと見ると、妹が持っていた杖に目がつく。
彼女はこれを用いて魔法を使用していた。杖の先には石のようなモノがついており、気になったクウキは口に含んでみる。
砂糖でも食べたかのような甘さが口の中に広がる。
まずくはない。
がりがりと噛んでいると、石は少しずつ砕けていく。最後には、ごくりと飲み込む。
それから不思議な感覚が体に生まれる。
体内の中で新たな物質が流れ始めたような気がした。
血に似ているようで、明らかに違う。生命とはかかわりのない、不思議な感覚。
突き動かされるように、クウキは爪を構える。
同時に、その何かを爪へと溜めて――振るう。
水の刃が三つ出現して、目の前を飛んでいく。壁に当たり僅かな傷を残して、刃は砕け水に戻る。
ぴちゃぴちゃと足場をぬらす水。
(さっき、妹が使っていた魔法か?)
刃の魔法に似ている。
(――アクアスラッシュ。イカス)
クウキはくくっと吠えるように鳴く。
「な、なんなんだよ。魔物が、魔石を食べて魔法を使えるようになるなんて……」
男が呆然と呟く。
クウキは思い出したように、妹の体を掴む。
肉体は冷たいが、柔らかさは残っている。興味はない。
それよりも、目の前の女を食べて何が強化されるのか。それが楽しみで仕方ない。
さっきの魔法と決めるのなら、女は魔法使いだ。
食べれば魔力があがるかもしれない。
そう考えれば唾液は止まらない。ぽたぽたと女に落ちていき、クウキは一気に食べる。
足から、上にあがっていき、胸の辺りを食べようとしたところで、
「ふざ、っけんじゃねえ!」
男が叫び、近くにあった剣を投げてくる。弟のものだ。
クウキはそれを僅かにずれて避け、アクアスラッシュにより残っていた腕を切り裂いてやった。
女の死体もすべて食べてやり、クウキは満足そうに笑う。
体に生まれた新たな物質――魔力。
それが強化された気がした。
残ったのは男一人だ。
ここに放置してやるのも面白そうではあったが、他の魔物に食われるのは許せない。
――こいつは俺が殺した人間だ。誰にもやるつもりはない。
近づき、生きたまま足から食べたやった。
男は悲鳴をあげていたが、すぐに意識を失う。
最後まで食べてから、思ったのは兄を食べても多少魔力があがった。
今までは魔力というものが体になかったのだ。
これから魔力を持った魔物を食べれば、魔力も上がっていく。
そう考えたら、興奮して体を押さえつけられない。
新たな魔物を探しに行く。
ピクシーを中心に、喰い続けた。最近では魔物の匂いも覚えて、目的の魔物を見つけるのも簡単だ。
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