暴食の狼

木嶋隆太

第三話 パーティー



 スライムと細い木の魔物が争っている。互いに相手を捕食してやるといった様子だ。
 迷宮にいる魔物は常に腹をすかしている。


 だからこそ、人間を探している。腹の飢えを一番解消してくれるのは人間の肉体だ。
 だが、耐え切れずに他の魔物を食べようとするときが来る。それが目の前の状況だ。


 たぶんそういうものなのだろうと考えた。一番人間をおいしいと感じるのは、迷宮に操られているようなものだ。


 それは悪くない。強くなれるのなら、何でも食べてやる。
 クウキは厄介なスライムにアクアスラッシュをぶつけ、核をむき出しにして噛み砕く。


 突然の来訪ではあるが、木の魔物――トレントは怯まない。
 トレントは細い枝を伸ばしてくるが、クウキは爪で切り裂く。


 そのまま右腕のような枝を引きちぎる。
 口に含むと、中々うまい。


(フランスパンみたいなものか?)


 表面は硬いが、中はそこそこ柔らかい。独特の味がまたいい。
 主食に近い味は今までなかった。クウキはこれからはトレントを中心に喰おうと思いながら目の前のトレントを食べた。


 食べ終えたところで人間の匂いがする。
 他の通路にいるのだろう。ウルフは、久々の人間に期待しながらそちらに向かう。


 冒険者4人だ。


 気づかれないように遠くから観察し、耳を集中する。
 情報の入手は人間からしかできない。会話からは貴重な情報が手に入る。


「順調にお金もたまっていますね。ここで、17階層でしたか? このペースですと、ギルドの言っていた通り20階層が最下層みたいですね」


 杖を持った女が大きな盾を持った男に言う。


「そうだな。これなら、すぐにあいつの治療代も稼げるだろう」


「そうですね、でも、早くしないと治療に間に合いませんよね……っ」


 杖を持った男が不安げな声をあげる。


「おいおい、あまり焦るな。焦りは剣に迷いが生まれるんだ」


 剣を持った女が杖男を諌める。


「僕は剣は使わないんですけどね」


 四人のうち二人が杖を持っている。


 これはいいカモだ。
 狩れたときの自分への利点を考えたら、夢が広がる。


 そんな四人パーティーの前にウルフ二体とトレントが立ちふさがる。
 まずはお手並み拝見だ。


 盾男が杖を持った二人に指示を出しながら、ウルフ二体へ盾で体当たりをかます。
 怒ったウルフ二体は盾男に噛み付くが、盾に弾かれる。


 トレントが横から盾男に攻撃しようとしたが、剣女が腕を切り裂く。
 速い居合いだ。トレントと一対一で戦い、少しずつ追い詰めていく。


「ファイアアロー行きますっ」


 杖女が叫ぶと、杖男も声をあげる。


「こっちも、ライトニングショックの準備終わりましたっ」


「よし、撃て!」


 ファイアアローがトレントに向かう。剣女は後ろに目でもついているのか、横にとんで軌道から逃れる。
 間に合わなかったトレントが焼けるが、まだ立っている。剣女が駆け寄り剣を突き刺すと死ぬ。


 ウルフ二体を吹き飛ばし、盾男が大きく後退する。
 そこに割り込むように、杖男が杖を振るう。


 二体のウルフを巻き込むように雷の爆発が起きて、二体は動かなくなる。 
 見事な連携だ。それぞれがしっかりと役割を持っている。


 とてもではないが、一人では勝てるとは思えない。雷の魔法、火の魔法を主軸に戦闘を展開。
 盾が多くの敵を引きつけ、集まりきれなかった敵を剣女が捌く。


 最後は魔法を使って倒す。


「この調子で行くぞ」


 リーダーと思われる盾男が言うと、みんなの表情が引き締まる。
 戦闘後にも油断はない。


 不意打ちも使えない。一人を殺して、そこから崩れる可能性にかけてもいいが、あの盾男が精神的主柱になっていてそれも期待できない。


 魔物がまた襲い掛かるが、盾が引きつけ魔法を当てて確実に倒していく。
 倒しきれない敵は残った剣士が貫いて倒す。


 その人間たちを遠くから見る。魔法使いの二人を殺せばどうにかできる。
 だが、どうする?


 盾をもった男が邪魔だ。
 殺したい、強者の肉を食べ、自分の力に変えたい。


 じっくりとチャンスを待つ。
 敵に探知されないよう気配を消し、獲物を狙う。


 そして、そのチャンスはやってきた。
 六体の魔物が盾男の前にやってくる。今までで一番の多くの魔物。


 剣女と盾男が注意を引き、いつも通り魔法の詠唱をする。
 だが、盾男が四体をひきつけているが、かなり厳しい。なんとか後ろに行かせないようにしている状態だ。


 魔法を使う二体のピクシーを殺そうと剣女も戦うが、ひょいひょいと避けられている。


 好機。前衛二人は敵に集中している。背後までは気を配れていない。盾男もすぐに反応できないだろう。
 一瞬の隙をついて、魔法使い二人を殺す。


 四足を使い、一気に距離をつめる。
 速さだけなら誰にも負けるつもりはない。


「なっ! 後ろにも魔物――」


 この前の冒険者に比べると反応が速い。後ろを振り向いて、こちらに用意していた魔法を放とうとする。
 二人を殺すために用意していたアクアスラッシュ。ここで使おう。


 右前足を振る。刃が生まれ、女の首に向かう。


「ウルフが、魔法!?」


 女も負けじとファイアアローを放ち相殺する。
 その隙に残った男に飛びかかり、首を噛み千切る。


 血がうまい。喉を潤すこの感覚は何度体験してもいい。
 人間一人ごとに血の味も違う。


「ヨウくん!」


 杖女が悲鳴をあげる。
 その悲鳴に剣女が対応しようとこちらにやってくる。


 そうすれば、背後からピクシーの魔法を浴びて壁に叩きつけられる。
 自分の獲物を取られた気分もあったが、今だけは許してやる。


 さすがに二人同時に相手するのは避けたい。
 目に涙をためながらも、杖女はもう一度魔法の準備をしようとする。魔物は魔法の詠唱中は動けなかった。人間は別のようだ。


 接近するためにもう一度アクアスラッシュを放つ。


「連続で魔法――」


 杖女が目を見開きながら、何かをいいかけて首が転がる。
 自分の口で仕留められなかったのが悔しい。


「ミニ!」


 剣女がようやくピクシーの一体を殺し、こちらにやってくる。
 顔には怒りを張り付かせて、ピクシーの血をつけた剣を構える。


 人間は脆い。クウキはこの体になってからそれを理解している。


「バリア! 私があいつを殺すっ、二人の仇だっ!」


「バカッ! 怒りに捉われるなっ、冷静になれ!」


 剣女の一閃。見とれてしまうほどに綺麗な横薙ぎをクウキは何とか回避する。
 連続で振るわれた剣に怒りが乗り、鋭さを待つ。


 美しい。これほどの技術を手に入れるのにどれだけの時間を消費したのか。
 正面からやりあうのは厳しい。ならば、絡めてで殺すだけだ。


 クウキは回避しながら、杖女が持っていた杖を喰った。
 前よりもあっさりと噛み砕け、力が増えた気がする。


「こいつ、魔石を喰ったのか!」


 剣女が動揺を見せて、剣を一瞬ふらつかせる。
 その隙にファイアアローを練り上げて口から吐き出す。


「なっ!?」


 声をあげながらも剣女は剣を振るい、火をかき消す。
 それから一気に接近し、突きを見せるがクウキは横に跳ぶ。


 迷宮の壁をかけあがり、頭上からアクアスラッシュを放つ。
 剣女は剣を頭にあげて防ぐが、剣を弾き飛ばす。


 口からファイアアローで追撃し、女の肩を射抜く。


「ぐっ!」


 怯んだ体に覆いかぶさる。剣女の足側にクウキの頭があった。


 下手に反撃されるまえに、クウキは剣女の足を噛み砕いた。
 柔らかい、年若い女の足はうまい。


「――だだうっ!?」


 右足を食いちぎると女はあまりの痛みに耐えられなかったのか、わけのわからない悲鳴をあげる。
 痛みに震えている間に、頭の位置を変えて首を噛み千切ってやった。


 気を取られた盾男が前にいたピクシーの風魔法を盾で受けるが飛ばされる。
 そこにウルフが襲い掛かるが、クウキがそのウルフを噛み殺す。


 こいつは俺の獲物だ。
 睨み付けてから盾男の首を噛み千切る。


 クウキに対して残った魔物たちが、不服そうに唸る。
 食事の邪魔をされるのを嫌がったクウキは魔物を殺した。


 先に魔物を食べ終えてから、男の死体を食べていく。男は全体に身が引き締まっている。歯ごたえがありおいしいのだが、どこかクセが強い。


 その点女の体は柔らかく、最高級の肉を食べているようだ。
 血と混ざった肉体は本当に綺麗だ。何度も口の中で味わっていく。


 最後に、残っていた雷の杖も食べる。
 すべてを食べ終えた頃には、体もさらに大きくなっている。二本足で立てばそこらの男よりは大きいかもしれない。


(ライトニングショックっ)


 目の前を意識して魔法を放つと、雷の衝撃が生まれる。
 魔石については深い知識はない。


 どういう原理で魔法を使えるようになっているのか。クウキはわからないが、いくつかの魔法を使えればそれでいい。
 詠唱が必要ない理由もわからないが、使えるのならなんだっていい。


 魔法を使用しながら、クウキはさらに下に潜っていく。
 目指すは二十階層。もうすぐだ。最下層――俺を楽しませてくれる強敵はいるのか?

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