Unlucky!

木嶋隆太

第四十話 砂の城

 宿で食事を頼み、食べたのだが。
 オレンジの食べる量には驚いた。あいつの胃はブラックホールだ。


 クエストの話もざっと聞いた。


 限定クエストの内容はなにやら面倒そうだった。
 なんでも、この街にあるオアシスは別のエリアに通じてるらしい。だが、ここ最近謎の声が聞こえ、それの原因を突き止める。さらに、原因を解消することだった。


「ここはダンジョン攻略の拠点として、みんなで使っていた宿だったけど、みんなフィールドの安全地帯で寝る、ようになった」


 それで疲労度が溜まらないのなら別にいいかもしれない。
 だが、どんどん野生に近づいていないか。ヤツらはなにを目指している。


「野生児だな」


 瑞希……そんなに気張らなくてもいいのにな。
 宿にあるベッドは二つ。


「依頼内容はそんな感じ。質問?」


「問題ない」


 話も終わったようなので、立ち上がる。


「どこか行くの……?」


 不思議そうに小首をかしげる。むしろこっちが疑問だ。


「一緒の部屋で寝るのか?」


 そろそろ時間は8時過ぎ。
 早く寝なくてはいけないという制約はないが、朝早くだと人も少ないから俺の行動時間は主に朝だ。


「別にかまわない。……下手に別れると合流が面倒」


「大胆な女だな」


「……ゲームだから」


 別に18禁のゲームではないから、過剰な接触ができないのはヒメでわかっている。
 それでも、一緒の部屋で過ごすなんて普通は嫌だろうけどな。


 信用でもされてんのかね。それかお嬢様ってのは世間知らずすぎるのか。いやでも、ヒメは結構嫌がっていた部分もあったような。


 ゲームだからそこまで気にしないのだろう。別に何かするつもりもない。
 宿代も浮くのだからこの提案に乗っておこう。


「だったら俺はもう寝る」


「シャワーはいいの……?」


「一日くらいはな」


 どうせ明日湖に入るんだ。


「分かった。……なら、私は入ってくる」


「覗いていいか?」


「……鍵閉める」


 ジーと睨んでくるので、俺は肩をすくめて、そのまま横になる。わざわざオレンジが風呂場に入るまで見る必要もない。
 時間を7時間に設定して、何もしないのを証明するようにさっさと睡眠についた。










 朝。俺の方が早く寝ただけあって、先に起きた。
 もう一つあるベッドではすやすやと眠るオレンジがいる。


 無垢な寝顔はただ眺めているだけで心に安寧をもたらしてくれる。呼吸と共に上下する胸に合わせて髪も揺れる。
 ついつい手を伸ばして頭を撫でてやりそうになるが、相手は瑞希ではないのでもう少しの所で止まる。


 瑞希だったら頭の一つや二つ撫でても怒られはしないが、オレンジの性格はいまいちつかめない。
 触った瞬間に宿の外に投げられるかもしれない。


 あとどのくらいで起きるのだろうか。俺が寝てどれだけ風呂に入っていたかによるな。女子の風呂は長い。
 だとしたら下手したら後30分くらいは目が覚めないかもしれない。


 かといってやることもない。
 とりあえず、アイテムの整理でもしておくか。色々と汚い状態だし。


 その過程で使いそうにないアイテムを弾薬師のスキルで銃弾に変えていく。


 相変わらず、グレネード弾は手に入らない。早くほしい。
 しばらくそんな感じで時間を潰す。


「……おはよう」


 目元をごしごしとこすりながら、焦点の合わない両目がこちらを捉える。


「眠そうだな」


「……いつもこんな感じ」


「そういえば、そうだな」


 ゆったりとした雰囲気は常時だ。
 ちゃっちゃっとオレンジはベッドから立ち上がり、装備に身を包む。


 そういえばオレンジはパジャマだった。どうせ寝心地は代わらないので、俺は防具のまま寝ているが。


「……行く」


 朝飯を食べにだろう。
 宿を出て、食堂に向かって三日分の食事を注文する。経験値をあげるためにフィールドに篭ることが多かったので、つい多く買ってしまった。


 オレンジも同じように多くの料理を注文している。
 昨日は9時ぐらいに寝たので、今は5時。人も少なく最高の時間帯だ。


「この後すぐ行くのか?」


 おにぎりをほおばりながら、対面に座ったオレンジにたずねる。


「すぐは、無理。『泳ぎ』スキルを私は持ってない。持ってる?」


「『泳ぎ』スキル? 持ってないな」


 なんとなく予想はつくな。おおかた、水中での動きをサポートする役目でもあるのだろう。


「アクセサリで『泳ぎ』がつくアイテムがあるから買いに行く」


 食事も終わったのかオレンジはさっさと立ち上がる。
 朝からラーメンとデザートにみかんを頼んだオレンジだが、さっさと食い終わっている。早食いにもほどがある。


 さらにまだおにぎりを注文している。


「太るぞ」


「平気。私は太らない体質だから」


 ゲームの中だから太ることはあり得ないが、現実でもあのスピードで食べているのだろう。
 おにぎりを口に押し込んで外に出ようとするオレンジに並んだ。


 道具屋によって通常弾を購入する。
 そこにはアクセサリも置いてあり、釣りがうまくなるスキルや虫取りがうまくなるスキルなどなど。


 色々あったが目的のスキルがついたアクセサリを購入した。 


 『泳ぎ』。


 水中でも地上並みに動けるようになるスキルだ。後は、地上と変わらずに戦闘が行えるようになるようだ。
 あまり育てる人もいない。水中でわざわざ戦闘する必要もないからな。


 水中に長時間いても息継ぎがいらなくなるなど、水中に住むのなら便利そうなスキルだ。
 さっさと買って俺たちは例の湖の前にやってきていた。


 こんな朝早くだというのに銀色の鎧に身を包んだ一人の騎士がいた。


「ああ、ようやく来ましたか。それでは、調査のほうお願いしますね」


 それだけを言うと、どこかに歩いていった。
 誰だ、今の。


「あの人が依頼人。一緒に来る予定だったはずだけど……」


 どうやら、この依頼にもNPCがついてくる特典があったらしい。すると、予想だがソロの場合のみみたいだな。


「俺が外れようか?」


「あの人よりは役に立つ……。……抜ける?」


「いや、ここまで来たんだ連れて行け」


 アクセサリも買ったのだから、金が無駄になるのはごめんだ。


 さっさと用意しようか。


 そこでぴたりと手が止まる。
 な、なんのアクセサリを外そうか。


 よ、幼女の加護とワンディフェンスなら、幼女の加護のほうが防御力の上昇は少ないし、効果も薄い。
 だ、だが、外せない。俺には無理だ。


「どうしたの?」


 オレンジの無垢な目を受けて、俺はくっと表情を険しくする。


「外せるアクセサリがないんだ……」


「別に、そんなに長くは泳がない、と思う」


「……わかった」


 だったら俺はワンディフェンスを外した。
 準備万端だ。防具をつけたままでもおぼれないらしい。


 隣に並ぶオレンジもこちらを見てこくりと頷く。
 俺は頭から飛び込み、先に湖に入る。


 最初に感じたのは冷たい。耐えられないわけではない。
 オレンジも後を追ってきたのか、たくさんの水泡が生まれる。


 スキルの効果はちゃんと発揮されている。いちいち空気を吸わなくても大丈夫のようだ。
 水中の割りに動きやすい。試しに剣を振ってみるが問題ない。


「(どこに向かうんだ?)」


 あれ? 声がでない。
 口を動かすが、水中では喋れない仕様のようだ。こんなところまで作りこまなくていいのにな。


『チャットで話す』


 素早い対応だな。
 平泳ぎとバタ足を駆使して、水中を進んでいく。どこに向かうのかは分からないので、オレンジに任せている。


『この穴の中は安全地帯みたい』


 穴というのはどこかに繋がるトンネルのようなモノだ。
 オレンジの後に入り、


「ここは、呼吸できるな」


 いまいち分からない構造だが、このトンネルには酸素があるらしい。おかしい構造だ。
 服についた水はすぐに乾く。細かいところは作られているのに、こういうところは現実を無視する。


 何を基準にこの世界を造ったのだろうか。俺には理解できないね。


 と、そこで武器の確認を行う。ハンドガンを水に向かって、試しに撃ってみる。
 弾はふわふわとたゆたう。手で簡単に掴めるようなほどにゆっくりと浮遊し、消える。


「シャボン玉?」


「……死ねるな」


 使えただけでもマシなのか。
 とはいえ、とてもじゃないが戦闘はできない。この装備のまま行ったら魔物に蹂躙される。


 ハンドガンを剣に切り替えていると、隣でも動きがある。
 オレンジも装備を替えたようだ。水中戦は地上とは違うのをちゃんと理解しているようだ。


 ……水着だ。
 ビキニタイプのモノで、彼女のまぶしい素肌がさらされている。


 上下ともに白の生地にみかんのマークをつけている。
 それにしても、みかんが多すぎる。白の生地なんてほとんど見えない。


「売ってるのか?」


 だとしたら考えたヤツは相当狂ってるか、みかんが好きなんだな。


「作った」


 なるほど、狂ってるな。
 たぶん、スキルなのだろう。水着を作るスキルか、あまり戦闘では役に立たないな。


 とはいえ、フィールド以外ではおしゃれな服を着る人たちが多いのは街でも確認した。
 結構需要もありそうだ。


「……似合う?」


「自己主張が激しいな」


「胸が……?」


 ポッと赤くなる。


「みかんが」


 ジト目が俺を射抜くので、肩をすくめて見る。
 みかんがなければ最高だ。葵のようなメロンな胸も魅力的だが普通サイズの、そうみかんのような胸にも利点はある。


 手に収まるようなサイズというのは水着がよく似合う。
 なさ過ぎても、駄目。ありすぎても駄目だと俺は思う。


 こんな思考を瑞希とヒメに覗かれたらタコ殴りにされるだろうな。


「みかんは嫌い?」


 すごい不安そうに首を傾げてくる。嫌い、と言えば泣き出しそうなほどに。
 あいにく、女の子は泣かさない主義だ。時と場合によるが。


「皮を剥くのが面倒だ」


「それは……怠惰だと思う」


 俺が泣きたいぜ。
 とりあえず準備は整ったので、トンネルを進む。


「防御力はあるのか?」


「ない。魔物、たぶんいないから」


 バカンスに来たのかよ。
 目の保養になるから、いいが。


 トンネルの出口だ。ここから地上に戻ると、果たしてそこはどこなのだろうか。
 地図を見てみるが、まだトンネルの地図しか表示されない。


「行く」


 一言呟いて勢いよく水に飛び込む。
 俺も追いかけて……。


「サハッ!」


 俺たちの進む先に、黄緑色をした肌と槍を持つ半魚人が現れる。途端にオレンジの頭上にHPなどのゲージが出る。


 どうやらパーティーを組んでいると仲間のゲージも分かるようだ。


 全部で三体。確か、パーティーを組んでいると魔物の出現率が上がる。うかうかしていると、さらに敵が出てくる可能性もある。


『モンスター……』


『水着が血で染まるな』


『その前に水中が、ね』


 剣を抜き放つ。
 いきなりの水中戦――ではない。


 他のVRゲームで水中戦は何度も経験した。VRゲームの中には、水中で遊ぶスポーツなどもあり、それも経験済みだ。


 はっきりいって、泳ぎをつけているときは水を踏んで歩くような感じなので余裕だ。


『いったん、逃げる』


 あいにく、敵に背を向けるのは嫌いだ。
 出てきた敵は全部倒す。


『さっさと行ってくれ。倒したら後を追う』


『後を追うって……死ぬみたい……』


『だったらお前が先に死ぬんだな?』


『ご遠慮』


 くすっと笑って、オレンジは敵の隙間を縫うように泳いでいった。
 サハギンランスという魔物らしい。レベルは45。格上ではないが、まともに戦えばひとたまりもない。


 さっさと決めるのなら、ウィギリア様の出番だ。 
 ただ、このスキルにも欠点はある。大幅に強化できるが、MPの燃費はお世辞にもいいとは言えない。


 まあ回復アイテムが買えないほど貧乏でもないので、どんどん使用させてもらう。


 迫るサハギンランスの槍を片手で掴み、引っ張りよせ剣を突き刺す。いつもと同じように動ける。負ける気がしない。カウンターが発動して倒す。


 背後から迫る敵を上方へ泳ぎ回避し、間抜けにさらされた頭を割る。


 こまのように周り切り裂く。残り三秒。
 最後に離れている敵へと泳ぎ、数回の斬り合いでしとめる。


 ウィギリアの効果が切れた。
 敵が再出現する前に陸に上がる必要がある。


 クロールで必死に陸まで泳いでいく。


「ぷはっ!」


 別に苦しいわけではないが、水面に上がった俺は思わず叫ぶ。
 先に砂浜にあがっているオレンジは装備を変えていた。


 ここは海なのか?
 ひとまず俺もオレンジの前まで移動する。


「敵はどうだ?」


「ここは安全地帯みたい。さっきからずっと待ってるけど敵はでなかった……よ」


 それならよかった。敵が出ないのなら、気張る必要もないので腰を下ろす。


「あんたのレベルは?」


「40。あなたは?」


「39だ」


 少々嘘をつかせてもらう。


 どちらにせよ、ここの敵を相手にするのは少し骨が折れそうだ。
 先行き不安な中、オレンジはぽつりともらす。


「砂浜で……遊んでいい?」


「勝手な……」


 こんな状況でのんきなことを言えるもんだな。
 砂はさらさらと手の中から零れ落ちる。


 感触まであり、本物の砂浜だ。座っているとちょっと暑いのはいらない仕様だ。
 オレンジが海水と砂を混ぜながら、山を造っている。


 海に行ったのは何年ぶりだろうか。小学校の頃に臨海学校で仕方なく行った覚えしかない。
 水はあまり好きじゃない。泳げないわけではない。


 水の魔法は対処に困るんだ。
 剣で斬ってどうにかなるようなモノじゃないからな。


 それでも、たまには肩の力を抜くのも大事か。
 オレンジと力を合わせて、約半日を使って大きな砂の城を作り上げてハイタッチをした。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品