Unlucky!

木嶋隆太

第二十九話 イベント



「起きてよっ!」


 目を開けた瞬間に飛び込んだのは花瓶だ。
 ヒメは頭上に花瓶を持ち上げ、ぷるぷると今にも落としそうな不安定な持ち方で、俺の目の前に立っている。


「……一応聞く、何をするつもりだ」


「起こそうと思って」


「激しい目覚ましだな」


 逆に眠れる。


「もう、ダメ!」


「よし、どんな風に潰れるか見守ってやる」


「助けてよぉ!」


 ヒメは堪えられずにビンを脳天に落とす。ダメージはないが、ヒメは衝撃で床に倒れている。
 俺は時間を確認して、ふと気づく。


「イベントって何時からだっけ?」


「9時なのよっ! 後7分しかないの!」


 ヒメは眠そうにまなじりを手の甲で拭いながら、俺の手を掴む。


「別にちょっとくらい遅れてもいいだろ?」


 開始時刻ちょうどにいないといけないわけじゃない。
 イベントは3時間行われるのだが、途中参加でもOKだ。


 まあ、ランキングの上位を取るには最初から休みなく戦う必要はあるだろうな。


「早くいこっ」


「よし、窓から飛び降りるぞ」


「え?」


「どーん」


「きゃあああ!?」


 窓を開け放ち、ヒメを投げる。どうせ死にはしない。心にちょっぴり恐怖が刻まれるだけだ。
 ヒメの後を追うように窓の桟に手をつけて跨ぐ。


 浮遊感はあるが、サードジャンプよりも低い高さだ。
 膝を折り曲げるように着地し、衝撃を逃がす。


「死ぬよっ!」


 着地した瞬間を狙ってヒメが蹴りをかましてくる。
 いいタイミングだ。避けるなんて出来ないからな。


 とはいえ、蹴りが弱すぎて片手でつかめたけど。


「いきなり蹴ってくるなんて、お前常識ないな」


「いきなり窓の外に投げる人に言われたくないっ」


「急がなくていいのか?」


「はっ! むしろ時間かかった気がする!」


「人生は間違いだらけだからな」


「アカバネのせい!」


 ヒメは急がなくちゃと走り出す。
 その背中を見送るように手を振る。


「じゃーな」


「赤羽も来る!」


 戻ってきて俺の手を掴む。たいした力じゃないので、力を出せば振り切れるな。
 ヒメの後ろを走っていると、段々ヒメのスピードが落ちてくる。


「は、はぁ。疲れた……」


 はやっ!


「まだ、大して走ってないぞ。頑張れ」


「あんたよ、あんたのせいよ! もっとちゃんと走ってよっ」


「学校まで全力で走れば、遅刻しません。そんなときあなたはどうしますか?」


「走ればいいでしょっ」


「どうやら意見に食い違いが出来たな。俺は大人しく遅刻する」


「今だけは頑張ってよ!!」


「えー、めんどい」


 ヒメがあまりにも熱心なので、


「そんなにイベントに参加したいのか?」


「うんっ、ずっと楽しみにしてたの! だから、頑張ってよっ」


「お前、遠足好きか?」


「大好き!」


 なるほどな。だが、彼女の思いとは裏腹に走るのは遅い。どうやらヒメは普段から走り慣れていなそうだ。
 走り方はお世辞にもうまいとは言えない。


 それもそうか。彼女はお嬢様だ。歩くよりもリムジンにでも乗って登校するほうが多いか。
 運動なんかして怪我なんかしたら、酷いことになるしな。


「お姫様抱っことおんぶどっちがいい?」


「何よその質問っ!」


「イベントの場所まで運んでやるよ。道案内さえしてくれれば」


「え?」


 俺の発言が意外だったのか、足を止める。ぶつかりそうになったが、回転して避けた。


「……じゃ、じゃあお姫様抱っこ」


 頬を染めてもじもじと体を揺する。


「分かった。引きずっていくな」


「本当に足をもたないでよぉ!」


「冗談だ。変に力を入れるなよ」


 ちゃんとお姫様抱っこをして、走り出す。


「転移石の場所分かる? そこから第一の街に行って、東か西の広場に行くの。そこにある魔法陣から転移できるよ」


 地図を確認すると、確かに石のようなマークがついている。
 なぜか俺の首に手を回してくるヒメに視線をおろすと頬が染まり、こちらを見つめている。


「何してるんだ?」


「な、なんでもないっ」


 俺の首をぐきっと横に向けやがった。テメェがそっぽを向けよ。
 最短距離を行くために、サードジャンプを発動し家の屋根に上る。


「そういえば、なんの職業なの赤羽は」


「空戦士だ」


「げぇ、不人気職」


「人を見かけで判断するのと同じだぞ、それは」


 屋根から屋根に移り、大きな青い石を発見した俺は飛び降りる。


「きゃぁああ!」


 無事に着地して、ヒメを地上に降ろす。


「い、生きた心地がしなかったよぉ」


「楽しそうだな」


「全然っ!」


 ヒメが転移石に手をつける。


「第一の街にワープっ」


 すると、消えた。待て、俺を置いていきやがったな。
 俺もヒメの真似をする。


 次の瞬間には一週間近くを過ごした街の情景があった。


「抱っこっ!」


「ガキかよ。ここからなら東広場のほうが近いか」


 またヒメを抱えて、屋根に飛び乗り一気に広場にかける。
 現在時間は8時58分。ぎりぎりだな。


 大きな魔法陣を破壊するように着地する。


(ワープッ)


 心で念じると魔法陣が輝き俺たちは広大な草原に移動する。


「やっと来たわね……なんでお姫様抱っこ?」


「ヒメが俺に抱きつきたいんだとさ」


「後で私もお願いしていいかしら?」


「気が向いたらな」


 「誰が、そんなこと頼んだのっ!」と怒っているヒメを下ろす。
 瑞希はオレンジ、フィリアムを後ろにつれて腕を組んでいる。


 ヒメを見て、小馬鹿にするようにちらと歯を見せた笑いを浮かべる。
 対抗するようにヒメは腕を組む。二人をよく見ると、ヒメのほうが胸がでかいんだな。


 どちらもAカップ程度しかないから大した差ではないのだが。


「ミズ。絶対に勝ってやるからっ」


「そ、期待しないで待っておくわ」


「ふふん。後で吠え面かいてもしらないからね」


「あなたこそ負けたときに腹踊りを見せてくれるって約束、忘れてないわよね?」


「そんな約束してないーっ!」


 瑞希とヒメが口喧嘩を始める。ああいう友達は大切だ。まあ、勝手に喧嘩しててくれ。


「……久しぶり」


「ああ。なんで俺はいつもフィリアムに睨まれているんだ?」


「そういう、季節?」


「嫌な季節だな」


 フィリアムはふんっと顔をそっぽに向ける。


「ええ、そうね。精々頑張るといいわ」


 ふふんと挑発するように瑞希が笑う。
 もう、あいつ怒ってないな。ヒメをからかうのが楽しくて仕方ないと顔に書かれてるぞ。


 むかっ。とヒメは明らかに眉を動かし、それでも余裕な笑みで返す。


「そっちこそ。私には最強の手ごまがいるのよっ」


 おい、それは誰のことだ。
 オレンジと話しながら聞こえてきた声に心中ツッコミ。


「……あなたも、一緒にやるの?」


「ああ、面倒なことにな」


「そのわりに、楽しそう」


「……? そうか?」


「笑って、いる」


「あの二人の言い合いは見ていて楽しいからな」


「違う、なんだか……」


 もやもやとした何かを口にしようとしているのか、オレンジは答えの出ない問いを考えるように首を捻る。
 そして、ぽんっと手を叩く。


「何か分かったのか?」


「……おなか、すいた」


 細いウエストを撫でる。


「イベントに参加するのをやめて、食い放題でもしてこいよ」


「……それは、魅力的だ。……だけど、瑞希に怒られる」


「ならやめとけ」


 表情の変化に乏しいヤツだが、明らかに食料を求めているのは分かる。
 恵んでやれるようなモノはない。悪かったな。


「ミズの貧乳ー!」


「なっ!」


 瑞希が結構気にしている部分を的確についた。
 ヒメは涙目で俺の元に戻ってくる。


「いいのか?」


「知らないもん! ミズのバカっ」


「お前も貧乳だが?」


「うるさいっ!」


 時刻が9時になる。


『それでは魔物狩りが始まります。上下左右から湧き出る魔物たちを討伐してください。9時5分からモンスターが出現します』


 空に『EVENT START!』と花火が打ちあがり、プレイヤーが声をあげる。
 重なり合った声が空気を揺らしながら俺の肌をぴりぴりとさせる。


 全力で楽しんでるな。


 このダンジョンは始まりの草原に似ているな。違うとしたら、


「きゃっ! 槍が生えてきた!」


 フィールドのあちこちに罠がある。あちこちというほどはないが、今さっきヒメが地面から生えた槍をぎりぎりで回避していた。


 回避というよりも驚いてこけたら偶然かわしただけなんだけどな。


「もう何このゲーム! もっと私に有利になってよっ」


 罠が出現した場所をげしげしと蹴りつける。
 そしてもう一度槍が現れ、うわっとしりもちをつく。


 ぷぷ。
 思わず笑ってしまうと、ヒメがきっと睨んでくる。


「魔物が来たぞ」


「えっ?」


 始めてみる魔物だ。
 避けたような口と、鋭い角が目立つウサギだ。


「ウササッ!」


 鋭い突き。角をはたいて軌道を逸らし、倒れたウサギの頭を踏み潰す。
 ウサギがやられるのと同時に俺の視界の右上辺りの星が増える。


 5ほど増えたんだが、多いのだろうか。


「もうイベント始まってるぞ。槍と遊んでる暇があったら戦え」


「サモン、ホワイトウルフ!」


 ヒメが召喚したのは白い狼。俺が戦ったことのあるウルフに比べると半分くらいの大きさだ。
 サモンモンスターを腕に抱きかかえ、目を閉じ口を小さく開く。


「この子、可愛いでしょ!」


「いいから、戦えよ」


 こうやって話している間にも魔物を俺が蹴散らしている。


「お前、星は増えているか?」


「全然。ええと、確か、倒したときの与えたダメージで配分されるんだよ」


「つまり、パーティーが多いからって有利とは限らないんだな」


「うん。……うん、どういうこと?」


 バカに説明するのは骨が折れるからな。ここは聞こえなかったことにしておこう。
 ヒメがモンスターを召喚してから、俺たちは本格的に狩りを始める。


 基本ヒメが動かない。魔法で攻撃かサモンモンスターに指示を飛ばすだけ。さすがお嬢様だ。
 とはいえ、順調に二人で狩りが出来ているのは僥倖ぎょうこうだったな。


 てっきりヒメが足を引っ張ると思っていたんだが。
 少し、信用してやってもいいかもしれない。


 そうして、二時間ほど狩りを続けていると。
 一つの小さな事件んが起きた。


「きゃぁっ!」


 また罠に引っかかったのか? 残念なほどに罠に引っかかっている。
 ヒメの前世は罠なのだ。だからこそ、友達だと勘違いした罠たちがヒメにまとわりつく。


 ふとそちらを見ると、魔法陣に掴まっている様子のヒメ。やっぱり罠だったか。


「な、なんか沈んでいくっ!」


 見ればヒメの足がどんどん埋まっている。底なし沼みたいに。


「なるほどな。そのまま地中に埋まると」


「見てないで助けてよ!」


 腕がぱたぱたと俺の方へ伸びてくる。
 反射的に左右に体を揺らして回避する。


「避けないで!」


「埋まるのやだし」


「私を見捨てるのっ?」


「当たり前だ。さっさといけっ」


「お、押さないでよぉ!」


 背後に回り、ヒメの両肩を押すとさっきよりもさらに早く埋まっていく。
 ヒメはとうとう肩から上までしか地上に残っていない。


「任せろ。魔物からは守ってやるぜ」


 襲ってきたアクアウルフを蹴り飛ばし、銃撃。


「罠からの脅威も守ってよっ!」


「ノーサンキュー」


「どういう意味っ! 難しいこと言わないで!」


 バカだろ、こいつ。
 ヒメはとうとう頭が少しだけしか地上に残っていない。だが、腕が地上に残っているのは最後のあがきと言ったところか。


 何か叫んでいるようだが、唸ってる声しか届かない。はっはっはっ、見てておもしれえな。
 と、少し油断したのかもしれない。


 さすがに余所見をしながら笑っていたのがよくなかったようだ。


「うぉっ!?」


 がむしゃらに振り回されたヒメの手が俺の片足を捉えやがった。
 や、やめろ離しやがれ。


 ヒメが完全に落ちたのか、圧倒的な重力に引きずり込まれる。
 蹴って逃れようかとも思ったが、すでにヒメの腕は地中。


 ……もっと警戒していればよかったのかもしれない。
 ヒメと一緒にいて、何の事件もなくイベントを終えられるわけがなかった。


「くそがあああっ!」



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