Unlucky!

木嶋隆太

第二十五話 イベント



 種族スキルのおかげで俺はより多くのスキルがセットできるようになる。一つ増えただけだが、随分と嬉しい。
 細かい設定は後に回すか。


 瑞希と連絡を取った俺は中央広場に来た。
 東地区の中央広場だ。


 ここも西地区と全く同じ造りで、皆が楽しそうに売り買いをしている。中にはデートをしているのか男と女で腕を組んだりもしている。


 うん、デートはここでいいだろ。


 相手がリアルでも女だったらいいな。逆もまた然り。いやむしろもっと幼い子がよかった。瑞希に聞かれた睨まれそうだな。


 瑞希はどこだ……?


 あいつは赤い髪だったな。見つけるのは容易――。
 この世界にいるほとんどの人間がカラフルヘアー。赤なんてありふれていて、緑や紫も普通にいる。


 探すのなんて一苦労だ。さらに、他種族が入り混じり見ているだけで目が痛くなってくる。
 眉間をマッサージしていると、


「アキ兄、ここにいたのね」 


 先に見つけられたか。探す手間が省けた。
 声の方向へ向いた俺は顔をしかめる。


「なんで仮面を被ってる。どこかで祭りでもやっていたのか?」


「こ、これには深い深い事情があるのよ」


「呪いでもかけられたのか? 例え醜くなっても――」


「私のことをあ、愛してくれるのかしら」


「3日くらいは面倒を見てやるさ」


「一生面倒みなさいっ!」


「え、やだ」


 誰がそんな面倒なことするか。


 普段の剣幕はそこまで迫力はないが、今日はゴブリンの仮面が瑞希の味方をしているせいでそれなりに破壊力がある。


 顔が迫ってくると反射的に殴りそうになる。


「それで、なんで仮面を被ってるんだよ」


「そ、それは。そのえーと……本当の理由は……」


「その仮面ってどこで売ってるんだ?」


「普通にNPCの街にも……って、話を聞きなさいよっ」


「ちょっくら仮面買ってくるわ」


「行くなっ! 本当の理由は、これを見なさい」


 ゴブリンの顔をモチーフにした仮面を投げるように取る。いつも通りの可愛らしい素顔が現れる。


 カップルなども多い噴水広場にいた男子たちが、瑞希に見とれているのだから彼女が世間一般で言うところの可愛いのだろう。


 男たちよ、隣に顔を向けてみろ。彼女から嫉妬の睨みをくらってるぞ。HPバー真っ赤になっても知らないからな。


 つーかお前ら羨ましいぞ。普通の女の子で。


 いや、まて。……瑞希の顔がいつも通り? いやいや、全然違った。
 瑞希はニヤニヤとしたり、頬が真っ赤になったりとせわしない。


 もじもじと口元を隠し、瑞希は上目遣いで、 


「私から誘っておいてこ、この体たらくよ。ニヤニヤしたり、顔は赤くなったり私は自分をコントロールできないのよ。ふふ、笑いたい? 普段はクールビューティーな私は実は恋愛のれの字も知らない初心な子でした! 背伸びしたがりのただの子供です、すいませんっ」


 言いながらもデレッと表情を崩し、次には泣き崩れるようになる。情緒不安定だな。


「よし、デートはやめておこうぜ」


 じゃあなと片手をあげて、この場を後にしようとするとすぐに防具の裾をつかまれる。
 下げられていた顔がくわっ!。目がぎらぎら光っていて、肉食動物を彷彿ほうふつさせる。


「行くに決まっているわっ。アキ兄とのお出かけ自体が珍しいのだからこんなチャンス逃したりしないわよ」


「現実戻ればいつでも行け――」


「いつもそんなこと行って、一度も行ったことないじゃない!」


「外は危ないだろ? お前が心配なんだよー」


「だからここでデートするのよ!!」


 俺が間違っているとでも言うのか。
 逃がさない。瑞希は相変わらずころころと表情を変えながらも両目は鋭く俺を睨み、掴んでくる手の力がきつくなる。


「まずはアキ兄からよ。私を満足させられるかしら?」


 そういいながら、パーティー申請が飛んでくる。


「いきなり狩りにでも行くのか?」


「行かないわ。パーティーを組む利点を知らないの?」


「アイテムのドロップ確率があがるんだろ?」


「他にもあるのよ。その一つがこれよ」


 俺の腕を引き、瑞希はウィンドウを見せてくる。
 顔の距離が近くなるが、構わずにウィンドウを覗く。


 ボディタッチON/OFF。簡単に説明があるが、どうやら手を繋いだりした場合に感触があるかどうか設定できるらしい。


 瑞希のはONになっている。


「これはパーティー、フレンド登録両方されている時にのみ使える機能よ。まあ、デートとか楽しんでってことね。さ、アキ兄も早く」


 両手をわきわきと動かし、瞳を輝かせる。


「却下で」


 さっさと瑞希を無視して歩き出そうとするが、瑞希が手を潰しかねないばかりに力を入れる。


「早く」


「ちっ、分かったよ」


 ONに切り替えると、途端に柔らかい感触が手に伝わる。


「これ、体を弄ってるとどうなるんだ」


「弄ってる部分の感触が皆同じになるわ」


 瑞希が指を絡ませてくる。一、二本絡めてから指を外す。
 何をしたいんだ、こいつ。


 瑞希はそれからも同じ動作を繰り返し、3分ほど経ってようやく手がつながれる。
 あいた片手で口元を隠しながら、瞳を横へ向ける。


「ア、アキ兄は慣れてるわね」


「まあな。ギャルゲーで何度も体験してるからな」


「仮想のデートと同一扱い……」


「っていうのもあるが、現実でも割と女子と関わる機会が多いからな。いちいち緊張してたら疲れる」


 犯罪者を追い詰める時は男子女子関係なく組まされることもある。二人きりで行動することも多いのだから、このくらいどうってことない。


「そう。てっきりゲーム感覚なのかと思ってたわ」


 ホッとしたように瑞希は顔を緩めている。だから、俺は言ってやる。


「ここはゲームの世界だぜ?」


「怒るわよ?」


「……悪かったな」


 グーを作りながらにっこり微笑まれるのは案外怖いモノだ。
 瑞希もそれで多少は機嫌を直したようで歩き出す。


「先にアキ兄が決めたで、デートコースを話してくれない」


「ウィンドウショッピング」


「考えるのが面倒だったのね」


「そんなことねえよ。種族クエストに意識を割きながらも、お前が楽しめるように一生懸命考えたんだぞ」


「あ、ありがと」


 まあ、嘘だが。普段ならここで口に出すのだが、あまりにも嬉しそうに頬を赤らめているのでさすがに自重した。
 歩き出して、並べられた商品を見始める。


 そこで、くいくいと防具の裾が引かれる。


「ね、ねえ。指を絡めるとの腕を組むのどっちがいいかしら?」


「関節技を決められなきゃなんでも」


 俺が適当に答えていると、瑞希は頬を膨らませんばかりに怒る。
 いや、だって前に葵と出かけたときにそのまま肘を折られそうになったからな。


「て、手を貸して」


 差し出す前に盗ってきたじゃねえか。何が貸してだ。
 さっさと手を掴んで絡めてくる。そして俺の横に並んで楽しそうに見上げてくる。


 だが、俺の顔を見て思い出したように表情が暗くなる。


「アキ兄、今朝連絡していた友達の葵って人。本当にただの友達なのかしら?」


「嫉妬か? あいつとは友達、言い方を変えれば悪友ってところだな。彼氏彼女なんかじゃねえ」


「そ、そう」


「とはいってもお前とどうこうあるワケじゃねえけど」


 俺には普通が一番なのだ。これだけははっきり言っておかなければならない。
 俺の発言に瑞希は唇を尖らせる。


「むぅ……アキ兄本当に淡白ね。タンパク兄」


「そりゃあ人間はタンパク質が多いからな」


「そういう話じゃないわ」


 他のカップルのように俺たちはショップを見始める。
 俺の背からだと瑞希の頭頂部しか映らないが、本当に楽しそうだ。


 武器、防具、アクセサリ、ポーション、おしゃれ用の服。
 本当に色々だな。


 装備のステータスを確認してみるが、


「あまりいい装備は売っていないモンだな」


 葵の売っているモノとついつい比べてしまう。
 ここに並んでいる装備も素材はドン・ゴブリンよりかはいいかもしれないのに、能力は俺のよりも低い。


「そう? この店のは結構いいわよ」


 瑞希が指差したのは確かにこの店一番の品だ。それでも、やっぱり、劣るな。


「確かにそうだな」


「どっちよ」


 葵のことは黙っているつもりだ。質が悪いとずっと言っていれば俺の装備が疑われるだろう。
 そこから葵に繋がるかもしれない。そうなると今度は葵がどうやって強化の珠を入手しているのか疑われる。


 約束は守らないとな。


「そろそろ、魔物狩りが始まる可能性があるわ。だから、鍛冶師も力を入れてるのよ」


 瑞希がどこか、興奮気味に話し始める。


「魔物狩りなんて、物騒なモノを」


 信じられないと瑞希は表情を固める。どこか恐怖を感じる。


「もしかしてアキ兄イベント知らないのかしら?」


 がたがたと震えだしそうだ。


「ああ、全く。出来れば教えてくれよ」


 頼るとは少し違うが、瑞希は俺に質問されることが嬉しいのか口元を緩める。


「そうね。魔物狩りは運営が準備したイベントよ」


 何を考えているんだヤツらは。
 それよりもあいつらはどこから俺たちを見ているんだ?


 外の世界から、ではないとすると……試験のときの男みたいにこの世界にいるのか。
 下手したら隣にいるプレイヤーや目の前で武器を売っているヤツが運営側の人間という可能性もあるのか。


 心の奥底からこみ上げてくる喜び。
 いつどこでそんなヤツと戦えるのか楽しみで仕方ない。


「アキ兄聞いてる?」


 思考にふけりすぎたな。
 おっと、気づけば他のプレイヤーが俺の方を見ないようにしていた。


 また、笑っていたのかもしれない。


「いつものことだ、気にしないでくれ」


「何か楽しいことでもあったのかしら?」


「まあ、そんなところだ。悪い、もう一回説明してくれ」


 瑞希は「今度はちゃんと聞くのよ」と前置きしてからイベントの概要を説明する。
 このイベントは第一の街に出現する魔法陣から移動できる特殊フィールドで行われる。


 制限時間3時間以内に倒した魔物の☆の数で競うらしい。なにやら魔物ごとに落とす☆が決まっている。
 強い魔物を倒せばそれだけ多くの☆が手に入る。


 プレイヤーは三回死ぬともう特殊フィールドに入れなくなる。
 通常のデスペナルティはつかないが、イベントの間は能力値がマイナスしてしまう。


 つまりは死んではいけないのだ。


「現在最高レベルは31、私はちなみに27」


 自慢げに腕を組む。


「……そうか」


 俺は28なんだが。あの狩場がよっぽどうまいのか?
 種族クエストのゴリラジジイを倒したときに大量に経験値をもらい、レベルが上がったのだ。


 俺の態度がどうにも癇に障ったらしい。瑞希がむっと怒ったように付け足す。


「20後半から30前半はおいしい狩場がないのよ。あまりおいしくない狩場だと長時間は精神的につらいの。だから、今日は皆別れて息抜きにしたのよ。まあ、フィリアムは狩りに行っちゃったけれどね」


「アキ兄は今レベルいくつ?」


「25だ」


「これから大変ね」


 パーティーを組んでもレベルは表示されない。直接見せるか、口頭で伝えるかしかレベルは知られない。
 嘘をついても絶対にばれない自信がある。


 面倒な戦いを避けるために、偽りのレベルを告げた。


「アキ兄のプレイヤースキルなら十分じゃない。一緒にやらない?」


 暇さえあればパーティーに誘うな。
 正面から断っても、文句が多いので話を逸らすことにする。


「イベントの正確な日付が分かってるのは、ベータテストとかの知識か」


「いえ、違うわ。広場見てないのかしら?」


 んっと指差した先には木で出来た掲示板だ。
 近づいてみると、ぶわんっと木製と思えないウィンドウが出る。


『魔物狩り! より多くの敵を狩りましょう! 倒したモンスターによってポイントが入ります。場所は――』


 詳しい説明が下に出る。大体瑞希の説明で合っていたが、少し気になるのを見つける。
 どうにも、魔物狩りが終わり次第、メンテナンスのようなモノがあるらしい。本当に運営は何をしたいんだ? プレイヤーにゲームを楽しんでもらいたいだけなのか?


 分からないな。考えていても様々な予想が出てきて、結局これといった答えにたどり着けない。
 メンテナンスというか、魔物狩りでの活躍などによってランキングが出てアイテムがもらえるらしい。 


「さらに詳しい説明を見たいのならイベント用にたてられたネット掲示板を確認するといいわ。といっても、どうせ確認しないんでしょうけど」


「だいたい把握したからな。それで、俺の決めた遊び場はこれで終わりだ。お前は?」


「狩りに行きましょうっ」


 腰に手を当て、俺ははぁと斜め下の地面を見る。急に活き活きしだした瑞希は本当にデートするつもりだったのだろうか。まあ、友達と遊ぶ感覚だからこのぐらいでいいんだがな。

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