Unlucky!
第九話 カブトムシ
クエストアイテムを届けるために、戻ってきた食堂。道中おにぎりを食べ歩きしていたが、これだけ早く戻ってこれたのなら今買ってもよかったか。まあ、一度購入してアイテム欄に押し込めば、保温状態になるからどうでもいいことか。
食堂に入るが、未だ人の姿は見えない。みんな夜遅くまで狩りでもしているのか? ご苦労なこった。
一日中モンスターと戦っていたら疲れそうなモノなんだがな。
相手の泣き叫――反応があるのなら飽きは来ないだろうけど、そこまで雑魚モンスターに手を入れているわけもないか。
店員の前に立ち、一時間分の苛立ちをぶつけるために元気なサケをアイテム欄から俺の手に移す。完全な八つ当たりだ。
両手にはぴちぴちと揺れるサケが収まり、ぬめぬめとした感触が両手を襲う。
なんだ、これ。回収するときはこんなのなかったぞ。変なところに力入れるなよ会社。
失敗だ。気持ち悪い。気分を害したのは俺だった。
「ほら、魚だ」
ぬめぬめにやられろ。
店員へぶんなげると、店員はこちらを全く見ずにはぁとため息をつきながら包丁を振るう。次にはなぜかさらに乗った刺身が出来ていた。
……この街は化け物揃いか。
「ありがとうございました。とりあえず、魚はもらうけど……もう、いらないんだよね。なので、この刺身とお礼にお金をあげます。どうぞ」
「……殴るぞ」
店員が言ったあまりにも俺をバカにするような言葉に、正直な感情を吐露してしまう。
店員を撃ち抜くために装備したままの拳銃を思わず抜きそうになるが、先ほどの包丁捌きを思い出し手を止める。
『サケの刺身と500ポイントを入手しました』
アイテム欄でサケの刺身を確認。アイテム欄では簡単な説明を見れるのだ。
『サケの刺身』。食事効果 敏捷+2。
アイテムをもらえたのは嬉しいが、一時間もかける価値があるのかを問われると首を傾げたくなる。
俺は店員を恨めしそうに睨むが、こちらを見向きもしない。罪の意識か。
カウンターの向こう側で何かを斬る動作をしながら、顔をうなだれる店員。
嫌な予感がする。
「……はぁ」
耳に届くため息。
俺はきっと他のプレイヤーがクエストを受けるために、わざと出しているのだと思い込む。
とは考えながらもクエスト一覧を見ると、まだあった。
……金が手に入るかもしれないし受けるか。
ただ、釣りだったら絶対にやらないぞ。
「あなたはこの前、魚をくれた人じゃないですか。また、クエストを受けに来たんですか?」
ついさっき、その魚をいらないといったがなお前は。
「ああ」
NPC相手に目くじらを立てるつもりはない。ただ、目の前の男の頭を壁に叩きつけてやりたいだけだ。
「新しい料理に挑戦したくなりまして、今度は『10cm以上のカブトムシ』を取ってきてもらえませんか?」
た、食べるのかカブトムシを。グミやチョコで作られたモノなら見たことあるが生きたカブトムシを?
つーか、でかい。10cmって、ちょっとしたモンスターじゃないか。ギネスに載るぞ。
「……独創的だな」
つーか、食べられるのか? 幼虫ならテレビで食べてる映像をみたことあるが、あれだって本当は危険なんだろ。
カブトムシって……。
「『虫取り網』もあげるから、できれば頼みたいんだけど」
「ああ」
「よかった。カブトムシはフィールドの木にいるから。『元気なカブトムシ』よろしくお願いします」
俺は早々に店を飛び出し、虫取り網を取り出す。釣竿のときも思ったが、装備扱いではないようだ。
武器を剣に変更しようか迷ったが、銃はまだ実戦で使用していなかったのでこのままにする。
街の中にカブトムシが取れそうな木はないようなので、フィールドに向かう。フィールドの奥の方へ向かうと、木を見つけられた。
ゴブリンが出現したので、ためしに虫網で叩いてみると僅かにダメージを与えた。
この辺りはモンスターのレベルが上がっている。このゴブリンはLv8だ。
これ、攻撃にも使えるのか。ゴブリンは回避して、目玉にダブルバレットをぶち込んで回し蹴りで仕留めた。
フィールドは自然豊かだ。あちこちに木が生えていて、お、いるいる。
カブトムシが張り付いていたので、迷わずに振るう。たぶん、5cmほどだ。
背後からゴブリンが襲ってきたので、横にずれて裏拳。よろけた頭にハンドガンを放ち、反撃してきた剣を虫網でそらして、銃撃。トドメにドロップキック。
「お、おいなんだあいつ」
「銃と虫取りアミ? なんつー装備だ」
「待て、もしかしたら魔物を捕まえようとしているのかもしれないぞ!」
「いや、そんな職業、スキルあったか?」
「……分からない」
木が近くにあり、その近くで戦闘を行っていて三人ほどのプレイヤーたちがこちらを見て叫んでいる。
……あいつら、よそ見して余裕だな。
案の定ゴブリンたちの連続攻撃を喰らい、HPがゼロになったのか姿がなくなる。
死んだ者は、経験値が10%減り最後に訪れた街に転送される。プレイヤーに殺されると、装備などもドロップしてしまう。
ただ、お試しの草原では、経験値の減少は3%だけだ。ここで、ゲームシステムに慣れてくださいということだ。
プレイヤーキルもできない。他のフィールド、ダンジョンでは可能だ。
と、のん気にしてる場合じゃない。
剣士ゴブリンA、B、C、D、E――フィールドの奥のほうだからか平均Lv5のゴブリン五匹が俺を標的に変え迫ってくる。
俺は虫取りアミの持ち方を変え、アミが自分に近くなるように持つ。棒という武器として扱わせてもらう。
ゴブリンたちの攻撃が始まった。
繰り出される拙いコンビネーションを、アミで捌きながら右手の銃でゴブリンの足を撃つ。アミは武器ではないのでダメージにならない。
通常、二つの武器を同時に出すには『二刀流』というスキルが必要になる。
『二刀流』があれば、刀に限らず二つの武器を装備できるようになる。アミは武器じゃない。剣を持ったままでも大丈夫なのだ。
攻撃にはほとんど意味ないが、防御としての役目は果たせる。
敵もレベルは高くなっているが、弱点をついているからか十分戦えている。
あっという間に倒し、近くの木に寄りカブトムシを捕獲。
一匹を捕獲しようと思ったところで、もう一匹が俺に気づいて羽ばたく。
逃がすかよ。一度ジャンプするが届かない。
すかさず、戦闘中一度も使わなかったスキル『セカンドジャンプ』を発動。MPが減り、足に力が宿り見えない塊を踏むようにさらに跳ぶ。
加速した俺の体は、逃げようとしていたカブトムシよりも高い場所にたどりつき、虫取りアミを振り下ろして捕らえる。
ゆっくりと落ちる体。二つのジャンプの使用で3mほどまで到達した俺は。
両足で着地と共に痺れが襲う。……落下ダメージだ。最大HPの3%が減った。
ここまで頑張ったのに二匹のカブトムシはどちらも6cm程度だ。虫取りも実に精神に来るな。
右にある木へ、行き次は左。道中の魔物はしっかり倒す。もしかしたら荒らしか何かと思われるかもしれないが、一応プレイヤーのいない場所を選んでいる。
まだ朝の7時くらいだから、人もあまりいないし、迷惑はかけていないと思おう。
フィールドを右に左に移動していると……何か移動方法を短縮できる手段がないかという考えになる。
そのために、セカンドジャンプを利用できるかもしれない。
何度か試行錯誤を繰り返し……気づいてしまった。
セカンドジャンプの真の使い方を。
まず、スキルを発動する。そして、ジャンプする。ここまではたぶん、誰もが使う手段だろう。
足が地面から離れた瞬間に、すかさず横へ移動しようと思うと空中を横へと移動できる。
瞬間移動のような加速ができるのだ! これを利用すると、ただ走るよりか速く移動が出来るしスキルレベルも上がりやすい。
レベルアップ時にHP、MPの上昇が同じくらいの空戦士ならMPにも余裕がある。
格段に移動速度が上がった俺は気分よくフィールドを駆ける。
時々いるプレイヤーには、目を丸くされるが普段から他人の目なんて気にしないからな。
一心不乱に虫取り網を振り回して、数時間。
現実世界なら確実に疲れているが、この世界では少しの疲労だけで済んでいる。
目の前に木がある。そして、カブトムシも。
木を破壊する勢いで虫取り網を振るう。風を切り裂くようにカブトムシへ振られ、カブトムシの逃げ道を塞ぎながら捕獲する。
このカブトムシは俺の目分量で12cmくらいはあった。
メニューを開き、確認すると……11.8cm。よし、ゲットだ。
釣りに比べ、移動距離があったせいで時間がかかった。
がこれでクエストクリアだ。
急いで食堂に戻る。朝食の時間とぶつかってしまったので、多少人がいたが無視してカウンターへ向かう。
魚事件では最悪な扱いだった。多少なりにいい待遇を期待するぜ。
「よく考えたらカブトムシ食べるとか、ないわー。あ、ごめんなさい。これ、報酬です」
「……二度とあんたのクエストはやらないからな」
今回の事件について深く関わるつもりはなかったが、このNPCのおかげで会社を本気で潰したくなった。
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