Unlucky!

木嶋隆太

プロローグ

「だから……やかましい、VRMMOを何で俺が」


 教師達の眠くなる授業も幕を閉じ、俺たち高校生はとうとう夏休みを迎えた。
 大きなリビングのソファで俺は問題児と対面していた。


「やろうよー、やろうーよー」


 起床と共にVR恋愛ゲームをプレイしようと思っていた俺は、しかし幼馴染の瑞希みずきに腕をつかまれていた。
 リビングに下りたら、すでにこいつがいたんだ。


 隣の家に住む俺の幼馴染である瑞希。年齢は一つ下で、よく遊びに来る。
 金持ちの娘であり、隣にある家と言ってもバカでかい。俺の家もそこそこ裕福ではあるが、世の中には上がたくさんいる。


 今日も俺をゲームに誘うために、わざわざ朝早くからやってきた。
 ソファの隣に当たり前のように腰掛けやがって。


「ちゃんと誰か人をつけて来たのか?」


「ええ、もちろん。私もまだまだ生きていたいもの」


 平和になりすぎたせいか、今の時代は犯罪も多い。金持ちである瑞希が、隣の家に移動するだけでも危険な時がある。


「そうか。外で待ってるだろうな。人を待たせるのは悪い子だ。帰れ」


 親指でリビングの出口を指差すが、瑞希がそんなモノ見えないとばかりに、


「ゲームとは私とアキにいを繋ぐ、最高の代物よ」


 がん無視か、こら。


 瑞希が誘っているのはVRMMORPG『フィニスオンライン』。世間やネットではそれなりに高い評価の新作ゲームだ。


 最近学校でもその話ばかり……嫌でも耳に入ってくる。俺も何度か一緒にやらないかと誘われたりもした。全部断ったが。


 自分の好きな時間に、自分の好きなように遊ぶ。それが、ゲームじゃないのか。


 俺がよくやる恋愛ゲームはそうだぞ? 好きな幼女を、好きなだけ愛でる。
 AIも優秀で、主人公である俺の無茶振りも結構受けて入れてくれるんだぞ。


 尻尾とかもふもふさせてとか、太もも触らせてって言っても好感度次第では触らせてくれる。
 おまけに感触は本物そのもの。現実の誰かと一緒にゲームをするのなら、AIのキャラクターのほうがいい。


 瑞希が来たせいで、テンションをゼロ近くにまで下げられている。
 人を巻き込まないでくれ。


「『フィニスオンライン』やるわよ。だって、結婚できるのよ。私たちの将来のためにも必要だと思うのよ」


 何でも、結婚システムがあるらしい。勝手にやっててくれ。


「一生必要な事態にはならねえよ」


 夏の暑さに思考回路をショートさせたかのように「やるわよー」と駄々をこねる子どものように腕へぶらさがってくる。
 お嬢様との接触はできれば避けたいんだがな。


 どこで見られているか分からない。下手なことになれば、俺の存在が消される。マジで。
 ガンガンにかけられたクーラーのせいか、服の上から伝わる押し当てられた肌は冷えている。


 ほとんど絶壁の胸だが、それでも当たるとやわらかい。
 ……高校生なんだからもうちょっと恥じらいを持ってくれ。


 金持ちたちは常識などがかなり欠如している。
 きっと子どもがどうやってできるのか訊ねると、キスしたらじゃない? とか答えが返ってくる。


 瑞希の場合はよくも悪くも俺と関わっているせいか、それなりに常識も知っているが。
 酷いヤツになると、世の中には貧乏人なんていないと思ってるヤツもいるそうだ。


 瑞希の学校にはそういうヤツが結構いるらしい。想像しただけで、恐ろしい空間だ。


 高校生になり、初めての夏休みに浮かれるのはいいが、人を巻き込むのはやめてもらいたい。
 俺はVRゲームのヒロインの一人である狐の幼女(実年齢1000歳)を攻略しにいくんだ、幼馴染に時間を奪われたくない。


「私の未成熟な体に興奮するアキ兄も、きっとはまるはずよ」


 不名誉な。だが、まあ、女は好きだし、胸のサイズはそこまで気にしない。お前が赤の他人だったら、一発で言うことを聞いていたかもな。


 お互い気の知れた仲だ。もはや兄妹のようなモノにしか思えないが。


「オンラインは嫌いっつーか、他人と関わる必要があるなんて面倒すぎる」


 腕に瑞希の胸があるはずの部分が当たっているが、普通に服と体温が伝わるだけ。
 成長の兆しを見せない瑞希の、ひそかなコンプレックスだ。


 VRMMORPG『フィニスオンライン』。
 瑞希が絶賛するので、何度か攻略サイトを見に行ったことはある。プレイヤースキルが重視されるゲームだ。


 まあ、楽しそうだな。オンラインじゃなければ確実にやってたよ。
 何度も見に行ったのと、瑞希のしつこい説明で一度もやっていない俺もそれなりの知識がある。


「この会社の作品、アキ兄も好きよね。まあ、アキ兄が一番好きなのは私だけど」


「だったらよかったな」


 確かに、『フィニスオンライン』を作った『ラァルス社』は好きだ。少し心引かれる。これは攻略サイトを見ているときも思った。


 『ラァルス社』は数多くのVRゲームを世に生み出している。ゲーム好きでなくても、会社名を聞いたことはある程度に人気がある。


 この会社は一つの作品に最低一つは高いプレイヤースキルが必要となる職業などを搭載してくれる。
 俺も絶妙な難しさのそれらに四苦八苦しながらも楽しんでいた。


 ネットでの評価は、この会社が作るゲームなら期待を持てるという意見が多数だ。
 だから、今日も『ラァルス社』のゲームをプレイして一日を満喫しようと思っていた。


 恋愛ゲームだけど、攻略難易度がもっとも高いヒロインを攻略しようとしていたのだ。
 下手すれば一発バッドエンド。俺の好みを狙い打ったように、戦闘と恋愛がいいあんばいに混ざったゲームなんだ。


「暑い、千切れる、離れろ。このまま押し倒すぞ」


「や、やれるならやってみなさい」


 頬が染まり、僅かに期待したような上目遣い。


「……やるわけねーだろ。胸の感触で我慢する」


 まだ命は惜しいからな。


「も、もっと楽しむといいわ。変態アキ兄」


 頬をほんのり赤くし挑発的な笑みと共にさらに強く押し付けてくる。
 今頃気づいたのか? それでも、強気にぶつけてくる。顔は真っ赤だ。恥ずかしいならやめろよ。


 長時間張り付かれ、何かの誤解が生まれると俺に不利益が生じるので無理やりにひっぺがす。
 「あんっ」と悲鳴を残し、彼女は玄関に向かう。


 そのまま、帰ってくれ。
 もちろん瑞希はすぐに戻ってきた。手に何かを持って。


 たぶん、何かのゲームだ。


「これをあげるわ。誕生日おめでとう」


「ありがとな。だけど、誕生日じゃねえ」


 袋から取り出されたのは『フィニスオンライン』。
 受け取りを拒否する態度をとっていると、テレビの横にあるVR機『トリップ』に勝手にセットしやがる。


 見た目はマッサージチェアのようなVR機を勝手に操作しながら、


「明日は私の誕生日。毎年アキ兄はその日、私の奴隷のように何でも言うことを聞いてくれるわ」


 奴隷か。そういうプレイも別に嫌いじゃないが、今はどうでもいい。


「特別な日だからな」


 毎年のことだから、一応プレゼントも用意しているし。
 瑞希は俺の態度がうれしかったのか、ふふんと嬉しそうに胸を張る。


 瑞希はクローズドベータ、オープンベータテストに参加して以来、『フィニスオンライン』に魅了されている。
 クローズドベータなんかは権力を行使したらしい。 酷い話だ。


 俺にゲームの説明をするときなんか、特にひどい。
 親しい俺が、他人の振りをしたくなるほどに目を血走らせ自慢の肩に届くほどの髪を乱して熱心に教えてくれるのだ。


 ちゃんとした高校生活を送れているのかひどく心配だ。
 ゲームの正式サービス開始は午前11時から。近くのゲームショップの開店が10時で、今は約10時10分。


 瑞希のフットワークの軽さに驚きだ。本当に無駄なところに力を入れすぎだ。
 いや、お得意の権力を使って先に入手していた可能性もあるか。どうでもいいが。


「だから、一日早く私を大人にしてちょうだい」


「いちいち引っかかる言い方だな」


「お、大人にしてちょうだい」


「恥ずかしいなら、言うなよ。……ネトゲ友達がほかにいるんだろ? そいつとやればいいじゃねえか」


 クローズド、オープンで瑞希は仲のいい友達が出来たらしい。
 耳に穴が開くほど、毎日聞かされたからな、覚えたくなくても覚えてしまう。


 毎日英単語でも言い続けてくれれば俺の英語の成績もあがるだろうに。


「語弊があるわね。現実で知り合ったのが先よ」


 リアル友達なのか。なおさら俺は必要ないだろ。
 少し顔を伏せた瑞希に……はあ。


 チラと時計を見る。瑞希が来てからずっとこうだ。
 時間ががりがり削られていく。夏休みだからって夜更かしせずにちゃんと起きればよかった。


 それで、さっさとゲームを始めていれば、瑞希に時間も取られなかったのに。
 ……瑞希は強情なところがある。


「一生に一度の誕生日。私はとても、楽しみにしてるわ」


「きっと、アキ兄なら私を楽しませてくれるはずね」


「ええ、そうねアキ兄なら……ちらっ」


 一人、二役で即興の変な会話を繰り出す。
 やめろ、痛い子にしかみえない。


 一体どこで道を踏み外してしまったのか。原因はわからない。
 瑞希は俺の両手を取り、上目遣いに見てくる。


「それで、アキ兄。やってくれるわよね?」


 こうなると瑞希は強情だ。下手に断り続けても、たぶんあきらめない。それこそ親が事故に会うとかそんな事件が起きない限り、無理だ。


 不安そうに揺れ動く瞳。このまま断れば、涙が溢れそうだ。


 はぁ……チッ。


「午後からでいいなら、やってやるよ」


「ほんと!?」


 騙されました。

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