黒鎧の救世主

木嶋隆太

最終話 終

「……どこじゃここは」


 智也ははぁと頭を抱えた。どこか分からない世界にまた放り出された。大きくそびえるビルのようなものがあり、地球を想像したが、それも違う。
 異常なまでに発達した世界。智也が数歩歩くと、なにやら改札のようなものがあった。
 何かが必要なのかもしれないが、それを智也はもっていない。ここは日本でもないし、クリュたちの世界でもない。
 智也ががしがしと頭を掻いていると、どんと女にぶつかられた。


「あ、すいません」


 智也が道を譲るように移動すると、その手ががしっと握られる。


「あんたちょっと助けて! あいつらぶちのめしてよっ」
「あいつら?」


 女が指差す方向には、不気味な笑みを浮かべた男が二人いた。


「おいおい、嬢ちゃん、お兄ちゃんが遊んであげるっていってるんだぜ? 物騒なこと言わないでくれよ」
「お兄ちゃん? 兄から逃げているのか?」


 智也が背中に隠れている女に顔を向ける。


「んなわけあるかぁ! このプリチーなあたしとあいつ見比べてみなさいよっ!」


 確かに容姿から兄妹であることは考えにくい。


「おい、テメェ、そいつは俺が目をつけたんだぜ?」


 男が言ってくるので、智也は面倒くさそうに腰に手を当てる。今は、世界の情報が知りたいので、こんな人間たちに構っている暇はない。


「ロリコンか?」
「ロリコン言わないでっ! あたしもう十七歳っ」
「なにっ!?」


 アリスの年齢のときと同じかそれ以上の驚きに包まれる。
 女を狙っていたガラの悪い男が、こめかみに青筋を浮かべて拳を構える。


「ちょっと眠ってなガキがっ!」


 男が智也に向かって拳を振る。智也はそれを思い切り顔面で受け止めた。喧嘩なら通用するかもしれないが、智也は無傷でにらみ返した。


「へ!?」
「何するんだよ。今この世界がなんなのか分析してる最中なんだ。少し向こう行っててくれ。ほら、こいつは渡すから」


 智也は背中に張り付いている女を引き剥がそうとするが、中々離れない。


「てめ、ちょっとマジで離れてくれないかな? 俺、色々混乱中だから、思考に集中させて」
「イソギンチャクモード!」
「ふざけたこと抜かしてるんじゃねえよ!」


 智也が声を荒げ、必死に離そうとするが、なおも張り付いてくる。あまり過激にやりすぎると、女の細い腕が折れてしまいそうで、智也はどうにも出来ないでいた。
 二人組みの男は、いつの間にか仲間を呼んだのか五人になっていた。
 へへ、と不気味な笑みを浮かべて五人が飛びかかってくる。


「死ねっ!」


 智也は飛びかかった男を蹴り飛ばし、顔を青くする。


「え?」
「やべ、やりすぎたっ!」


 男は数十メートルを回転しながら跳んで言った。死んでないよな? と智也は少し危機感を覚えながら男を見る。ぴくぴく動いているのを見るに、生きてはいるようだ。
 男たちは仲間がやられたことにより、ぽつぽつと呟き始め、それから――全力疾走で逃げ出した。


(ステータスはそのまま引き継がれているのか。だが、MPはゼロのままだな)


 MPを回復するようなアイテムは持っていないので自動で回復するのを待つしかない。MPさえ回復すれば、もう一度、時の世界に入り込み、別の世界に移動することも出来るかもしれない。
 先ほどの経験で、すべての世界で時が繋がっていることを知った。時を通じて世界を旅することもどうにか可能になるはずだ。


「あんたいい! あんた仕事は?」


 智也の背中から離れ、女がぴょんぴょんと跳ぶ。智也はうっとおしそうに、適当に相手することにした。


「……冒険者」
「うん! いいアピールだねっ、あんた今日からあたしの家で雇ってあげるから!」
「……雇う、雇わない以前にここはなんていう世界なんだ?」
「はぁ? 世界? ここは日本って国よ? あんた黒髪なのに、日本人じゃないの?」


 智也は女のおでこを触る。


「熱は、ないか」
「いいおでこでしょ! ってなんで熱!?」


 智也はそして、はっ! と嫌な風にパズルのピースがはまってしまった。
 ギギギと首を回し、冷や汗を漏らしながら


「今の西暦は、いくつなんだ?」
「21XX年よ? あんたこそ熱あるんじゃないの? だいじょぶ?」


 ぴたっと少し温かい手が智也の額につく。
 智也はマジかよと女性の手を離すように、空を見上げた。


(ま、まあMPさえ回復すれば……過去に戻ればいいだけだよな)


 そこには、恐ろしいほどに輝いた夜空が広がっていたが、同時に日本の可能性も感じていた。




 あれから二週間近くが経ち、智也は大きな屋敷の入り口であくびを掻いていた。
 智也が助けた女性は、とある金持ちの家のお嬢様らしく、そりゃもう手厚い歓迎をされた。智也は簡単に事情を話し、過去のデータから智也の存在が確定されたが、公にしたところで面倒な事件に巻き込まれる可能性があるので、このことはこの家の一部の人間しか知らないことになった。


 智也もMPさえ回復すればどうにか、戻れるしと考えていたが、重大な事件に直面した。
 異世界でMPが回復したのは、大気に魔力が混ざっていたからだ。日本にそれはない。
 一向に回復しないMPに智也は、絶望を感じていた。
 今使えるのは武具生成と習得くらいだ。後者は学校の授業でおおいに活用させてもらっている。


「智也ー、荷物持ってよー」
「そのくらい自分で持ってくれよ……」
「こっちは雇ってやってるんだから、いいじゃない」
「俺の仕事は荷物持ちじゃないって。お前の護衛だろ?」
「鞄も大事に守ってよねっ、まったくもう」


 ぷんぷんと智也よりも二回りほど小さな体で元気よく歩いていく。
 どうやって戻ればいいのだろうか。スピードさえ使えればと嘆きが止まらない。
 智也も色々調べてみたが、効果的な回復手段は見つからない。


 この日本はすべてのものが発展している。アンドロイドと呼ばれる、人間と遜色ないロボットがいて、人々の生活を手助けしている。
 だが、同時に、犯罪にもおおく用いられている。最悪、爆発でもすれば証拠は一切残らないからだ。
 発達すれば、それはそれで問題が生じてしまうのかと智也は歩きながら考えていた。


「今日は徒歩で行くのよ。たまには健康思考なのよ、ふふん」
「へえ、まあときにはいいよな」


 天気もいいし、と智也は鞄を肩にかけるように担ぐ。


「そうですねお嬢様。昨日体重計に乗って悲鳴をあげていましたから、散歩はいいとおもわれます」
「メイド! 言うな!」


 あわあわと智也のほうを向いて、ぶんぶんと両手を振っている。智也も口にはしなかったが、時々担ぐことがあり、少し重くなってきたなと思うときがあったので、今さらだ。


「徒歩は危険ですから、トモヤさん、しっかり守ってくださいね」
「ああ、任せろ」


 メイドが言うのはお嬢様の身分が原因だ。
 金持ちである智也の雇い主はやたらと犯罪者に狙われる。
 おまけに犯罪者はアンドロイドやパワードスーツなどを利用して襲い掛かってくるので、ただの人間では守るのが大変なことが多い。


 学校の近くまで来たところで、そいつは現れた。
 体にフィットした服はどこか機械のようである。今日のは、パワードスーツか。これで二日連続だと智也は鞄を床に置く。
 身体能力を強化するもので、介護や重い荷物を運ぶ仕事において使われることが多いらしいがこれも犯罪に利用されてしまう。


「やっちゃってね!」
「邪魔にならないようにしてろよ」


 襲い掛かってきたパワードスーツの手を掴む。相手が智也を放り投げようとするが、逆に投げ返す。
 壁に叩きつけ、足をスーツごとへし折ってやると悲鳴がもれる。智也はそのまま顔面を殴りつけて、スーツを破壊して気絶させた。


「警察に連絡しておいてくれ」
「あたしがもう家に連絡しておいたよー」


 すでに、お嬢様の世話をするメイドたちがどこからか現れて作業にうつっている。
 智也たちは日常の出来事としてそれを認めながら学校に入る。


「それじゃあ、また放課後ね」
「俺が迎えに行くまで勝手な行動するなよ」
「わかってるー!」


 片手を振って、お嬢様と別れる。
 校内は危険は皆無だ。機械的な監視はあちこちに張り巡らされているし、人間の警備もあちこちに配備されている。
 まさにアリ一匹通さない包囲網だ。
 智也はそこで、授業を受けた。






「あぁ、くたくただよぉ。でも、一杯歩いたし、今日はやせたよね!」
「一日じゃあ効果は出ないだろ」
「えっ!? そ、そんなことないよ! 私の中の脂肪は運動大好きだもん!」
「わけのわからないこと言ってるぞ」


 もう隠す気もないのか。お嬢様は楽しそうに妄想、もとい現実逃避をしている。智也はその様子を眺めながら、自分に与えられた部屋に戻り、はぁと椅子に腰かける。
 学校の授業は退屈だ。外国語はほぼすべて読めるし、書きも出来る。発音こそ微妙だが、外国人に出会って習得を使用すれば、それらもほぼ完璧だ。


 習得は使用しなくても、智也の成長を促進させる効果があるようで、教科書を一度読めばすべて暗記できてしまう。
 異世界のおかげで人生がラクになったとは思うが、その分新たなことを覚える楽しみが減ってしまった。
 贅沢な悩みだなと天井を見て、額に手を当てる。


『……さん?』


 智也は謎の声を聞き、がばっと椅子から立ち上がる。
 誰だ? と智也はおかしな現象から異世界のことを疑い、クリュに渡されていたネックレスを引き出しから取り出す。


 外は危険が多いので、持ち歩くことはなかったが、これを掴んだ瞬間おかしな現象が体を襲った。
 何かが体を包み、まるで、神が届けてくれたようにMPがマックスまで回復して、懐かしい感覚がよみがえる。


『トモヤさん、大丈夫ですか? 一方通行なのですが、生きていたら、スピードを使ってこちらの世界に挨拶だけでもしてくれませんか?』


 リリムさんの声がMPとともにやってきた。
 どういう原理か分からないが、今のMPはリリムさんがくれたのだろう。
 それから、智也はお嬢様の部屋を訪れる。


「悪い。一日暇をもらっていいか?」
「え、田舎に帰るの!?」
「違う。俺が不思議な力を持ってるっていっただろ?」
「うん、MPがなくて駄目とかいうやつだよね。ゲームみたいで楽しそう」
「そのMPが戻ったんだ」
「みせて」
「後でだ。それを使って、色々と行きたい場所がある」


 まずは家族の元と生きたいが、MPの消費を考えてまずはクリュたちの世界だ。
 そこにたどり着いて、大量のMP回復丸を持ってきて日本の家族の元だ。


「うーん、いいけどさぁ。あたし、智也のこと気に入ってるだよね。ちゃんと戻ってきてね!」
「……ああ」


 正直なところ、どの世界も大切でありどこかに永住するかは決められない。
 それはまたおいおいお悩むとして、許可が出たので目の前で能力を発動してみせる。


「わっ、凄い! なにこれ!」
「ここから俺は異世界に行くんだ。お前はここで待機な」
「うん、入るっ」
「人の話聞いてた!? お前を連れて行くのはまた今度な」 
「えぇー、まあ、うん。頑張ってね」


 お嬢様がそう言って手を振ったので、智也はその穴に飛び込んだ。
 前とは違い、体にかかる負担がほぼない。さらには、一つの光が見え、そこが恐らくクリュたちがいる世界であることが分かる。
 真っ直ぐに進んでいくと、見慣れた景色にたどり着いた。


 クリュたちと住んでいた家のリビング。そこに、多くの人間が集まっていた。
 クリュ、アリスはもちろん、リリムさん、リートさん、オジムーンさん、ヘレン、プラム、パラさん、サードさん。カレンダーを見ると今日は休みであったので、わざわざ自分のために時間を作ってくれたのだろう。


「……一同集まって、ご苦労様です」


 何を言っていいのか思わず、智也はぺこりと頭を下げてそう言った。正直、この世界の過去に戻ってやりたかったが、それはやめておいた。


 全員がポカンとしていたが、同時に大きな歓声があがった。智也は不意にクリュに飛びつかれて、そのまま頭をぶつけてしまった。


「あんたねっ、生きていたらいいなさいよ。心配はしてないけど、気になってたのよっ」


 それって何が違うんだ? という質問は飲み込んでおいた。 
 クリュが抱きついたまま離れなかったので、智也は体を起こしてリリムさんに顔を向ける。


「どうやったんですか?」
「そのネックレスを頼りにトモヤさんを特定して、MPを受け渡したのですが、成功したようでよかったです」


 平然と言ってのけるが、かなりの荒業だろう。智也はクリュから渡されていたお守りのネックレスを取り出して、


「クリュ、ありがとな」
「別に感謝されるようなことじゃないわよ、たまたまじゃない」


 言葉とは裏腹に頬は染まってぷいと顔は背けられた。
 それにしても、リリムさんは化け物じゃないのかと智也は怪しんだ目を向ける。


「……あなたってなんなんですか」
「勇者と巫女から生まれた存在ですからね。おまけに、魔王の力も封印してそのまま自分の物にさせてもらったので、寿命もかなり長いです。まあ、どれも劣化が始まっているので、トモヤさんと戦ったらギリギリ負けると思いますけどね」


 ニッコリと微笑むが、内容はかなり恐ろしいものだ。
 リリムさんは智也が勝てるといっているが、智也はとてもじゃないがそうは思えなかった。


「世界の移動に関しては、トモヤさんとほぼ同じ考えに至っています。だから、こちらからも扉を開いて、トモヤさんがこじ開けたので、こうしてラクに移動が出来ました。まあ、そろそろ私は邪魔者になりそうなので、お邪魔しますね」


 そういってリビングから出て行く。


「約束はちゃんと守った。偉い」
「トモヤさん、ありがとうございましたわ」
「色々と迷惑をかけたな。今度酒でも飲みにいこう」


 プラム、ヘレンさん、リートさんが声をかけて、外に出て行く。


「これで、私も引退できますね」
「後で学園に来い。みんな、会いたがっているだろうさ。勇者さん」
「その時は私が付きっ切りで面倒を見ましょうっ! いえ、勇者様のおこぼれに預かろうとか思っていませんよ? ただ一言、世界を救った勇者様を支えた天才ホムンクルスってトモヤ様が一言だけ、言ってくれるだけでいいです。痛い! パラ様痛いですよー。あ、また今度ー」


 オジムーンさんがにっこり、パラさんがサードさんを引っ張ってリビングを去る。


「私も色々と言いたい事はありますけど、とにかく! 生きててよかったですっ! 私がどんなお墓をつくろうか悩んでいたんですからねっ」


 涙を目尻に浮かべて、アリスは精一杯にからかってきた。


「本当、色々こっちもあって大変だったんだよ。戻るのが遅くなって悪かったな」
「分かってます。それでは、また後でです」


 そう言ってアリスも出て行く。広いリビングに残ったのは


「家族には会えたの?」
「いやぁ……色々と不手際があったんだよ。だけど、まあ、これから会いに行くつもりだ」
「ふぅん」


 ……。
 二人きりになり、すっかり静かになったリビングで、智也は何かを言おうとするが思いつかない。


「バーカ!」


 やがて空気を破ったのはクリュだ。罵倒とともに、また抱きついてきて背骨を折らんばかりに力を込める。


「お、お前。自分のステータス考えてくれ」


 智也のほうが高いが、力を入れていなければクリュには余裕で負ける。
 智也が引き離そうとするが、嗚咽が耳に届いて、クリュに伸ばした手が止まる。


「トモヤ、私寂しかったのよ? また好きになった人がいなくなっちゃったのかと思ってね……」
「……そ、そうか。本当にごめんな。戻ろうと思ったんだが、MPがなくてどうしようもなかったんだよ」


 智也はいい加減恥ずかしくなってきたので、クリュを離そうとするが、クリュはむかっと頬を膨らまして顔を覗き込んできた。


「抱きしめなさいよ。あんたがここにいる証明がほしいわ」
「……いや、もう抱きついてるから、いいんじゃないのか?」
「抱きしめてっ」
「……はい」


 智也はクリュに強気で言われておずおずと手を背中にかける。気恥ずかしかったが、智也はそのまま両手でクリュを抱きしめた。


「色々あったが、ありがとな」
「こっちこそ、私みたいな人間に常識を教えてくれたあんたには感謝してる。……あんたは、私にとっての救世主みたいなものだったわ、ありがとね」


 クリュの言葉を聞いて、智也は柔らかく目を細め、その肩を撫でた。



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