黒鎧の救世主
第七十六話 最悪の終結
戦いが終わり、クリュたちが近づいてくる。
「前はこの先に何かあったのよね?」
「そうだ。アリス、魔法の準備は忘れないでくれ」
「分かりました」
ボス部屋から先に向かう。五十一階層は危険があった。
五十階層から五十一階層へ踏み込む。
そこは……見覚えるのある景色だ。
「アリス! クリュ! 絶対に近づくな!」
階層の中央にある魔石はミルティアを飲み込んだ物に酷似している。智也は、マシンガンを生み出してそこへ叩きつける。
『まさか、ここに二度も来る奴がいるとはな』
声が生まれ、智也は怒りをあふれさせる。
『全開での復活とは行かなかったが、頃合か。さようなら、今世の勇者よ』
魔王、と思われる声が響き、塔迷宮が消えた。
「なっ!?」
比喩でもなんでもなく、塔迷宮はなくなり、中にいた人たちは空中へと投げ出された。
状況が全く飲み込めていない多くの冒険者が地面へと落ちていく。助けたかったが、智也はそれどころじゃなかった。
「アリス、ワープだ!」
高い階層にいたおかげで、地上まで時間がある。
智也はワイヤーショットを改良したロープを生み出し、アリスとクリュを近くに引っ張り寄せる。
二人を抱きしめると、
「ワープ!」
アリスがスキルを発動し、智也たちは自分の家に戻ってきた。
家の庭から、塔迷宮があった場所へ目を向けると、
「喜べ、人間共っ! この世界に魔王が復活したぞ! 人間たちよ、まずは見せしめにこれでもくれてやろうっ!」
全身が闇に覆われた鬼のような角を持った男が空中にいた。
魔王……智也は復活してしまったそいつに対して憎しみをぶつけるように目を鋭くする。
「絶対に、殺してやる……!」
智也はワイヤーショットを生み出し、魔王に照準を合わせる。
「あんた、落ち着きなさいよ!」
クリュがとめにくるが、それより先に智也のワイヤーショットが放たれる。真っ直ぐに飛んだそれは、魔王の体に突き刺さる。ダメージはない。
「今世の勇者か! クハハッ! いきなりメインディッシュか!」
「あんたのせいで、ミルティアはっ!」
覚醒強化により、智也の身体能力は人外の域に達する。
右腕に黒の渦が集まり、剣が生まれる。魔王へと放たれた黒の刃は、魔王の体に当たり智也の表情が歪む。剣先がぐらりと変形したように感じ、このままでは折れると悟る。
刃を引き、それをなんとか避けたがダメージを与えることはできなかった。
「中々の感触だっ。余に剣をぶつけ、折れないとは上手い斬り方だ!」
魔王の右手が黒い光に包まれる。そして、衝撃の砲弾が智也を飲み込む。直撃する前に、魔法吸収を放つ。目の前が真っ黒に染まり、気づけば近くの建物の屋根へと叩き付けられていた。
(弁償するような金はないぞ……)
瓦礫の山から起き上がり、智也はそれでもさした傷はなく、むくりと体を起こした。衝撃こそ消せなかったが、魔法自体のダメージはない。
「人間のわりには頑丈だなっ」
魔王が高らかに笑っている。勝てる気がしないが、どうにかしなければならない。
マシンガンを生み出し、空中でぷかぷかと生意気に浮いている魔王へ全弾を撃ち込む。放たれた銃弾を、剣、槍、斧、爆弾と様々なものへと変化させる。
魔王はマントを大きく広げて空気に乗せると、すべての攻撃を消し飛ばした。
「嘘だろ……マジの化け物かよっ」
身体強化が終わり、いよいよまずくなった。智也の持つ最大の攻撃はすべて魔王の前に防がれてしまっている。
ここに来て、体が震えだす。勝ち目がないことを忘れるように、智也は魔王への恨みを思い出して戦意を奮い立たせる。
魔王が地上へと降り立ち、ゆっくりと近づいてくる。
「貴様を殺せば、この世界での脅威はなくなる、か。ずいぶんとあっけなかったな」
「俺を殺せると思ってんのかよ……」
智也は剣を強く握り、両手に構える。左手は逆手に敵の攻撃を受けるために。
「ん?」
魔王が不意に呟くと、智也も気配を感じた。瞬間、何かが加速して魔王の体が吹き飛んだ。
不意打ちの一撃に魔王の体は近くの建物まで弾き飛ばされるい。魔王の倒れたと思われる場所へ、虹色のような魔法の雨が降り注ぐ。
「リートさんとオジムーンさん? どうしてここにいるんですか?」
予想外の人物の登場だ。リートさんは久しぶりとばかりに片手をあげているが、返事を出来るような冷静さはない。
リートさんははぁと悲しそうにため息をもらした。
「……リリムさんに会ってください。ここはおじさんが時間を稼ぎましょう」
「詳しい話を先ほど聞いた。トモヤ一人に背負わせるつもりはない」
リートさんとオジムーンさんが魔王と智也の間に割ってはいる。
リリムさんから聞いた……?
「なるほど、この世界の実力者か。面白い、かかってこいっ!」
魔王は智也のことを忘れたかのように、二人へ笑いかけた。ぞわりと、背中を殴られたような痛みに近いプレッシャーが放たれる。魔王の力は、智也の数倍上だと対面するだけでわかってしまう。
この世界に来てすぐに感じた、勝てるか分からない敵との対峙。久しぶりの感覚に、智也は懐かしさを感じながらも悲観的ではなかった。
今までも乗り越えてきた、どうにかできるはずだ、と。
「こっちだ、僕についてきて!」
ムロリエさんが声をあげる。
状況はさっぱりだが、天破騎士が動いている。全員のステータスはこの世界でも高いレベルだ。今確認したが、リートさんのレベルも三十三と以前に比べてあがっている。
「トモヤ、お前が必要だ。ムロリエについていってくれ」
リートさんがそういい、オジムーンさんがにこりと微笑んだ。
二人は心配ではあったが、大丈夫だろうと、ムロリエさんの案内に従う。
誘導された場所は教会だ。
「連れてきたよ!」
教会の扉が開けられると、そこにはヘレン、プラム、クリュ、アリスがすでにいた。天破騎士の女性、パニアさんともう一人始めてみた女性がいる。レベルが高いので、天破騎士だろう。
クリュはこちらに気づくと、ずかずかと歩み寄ってくる。
「あんた、ねえ!」
パチンと頬がたたかれる。自分でも冷静でなかったのは理解していたので、何も言えない。
「勝手な行動するんじゃないわよっ」
「……悪かった」
クリュが見せる弱気な表情はどうにも苦手だ。それぞれ、教会の椅子に腰掛け、リリムさんが口を開く。
「国のほうにも、私の遣いを出していますので、すぐに情報は行き渡るでしょう。ですが、国が決断を出すのを待っている余裕はありません」
「巫女である私たちが、魔王を封印する。ってことですか?」
プラムが代表して口を開く。すでに、魔王について、三人はある程度の情報を得ているようだ。
「そうですね。詳しい説明はできませんが、魔王を勇者が足止めし、残りの巫女がソウルバインドにより、魔王を封印する」
「……ムカつくわね」
クリュは納得がいかない様子で、智也に視線を向ける。
智也はクリュの過去を思い出し、クリュが嫌がる気持ちも分かったので、やるかやらないかは彼女に任せた。
「ムカつくけど、やってやるわよ。国が消えたら嫌だもの」
クリュが発言したとたん、教会の扉が破壊される。
敵の来訪、智也はすぐに武器を展開する。
「リリムか、随分な老いぼれがよくもまあ生きていたなっ。懐かしい顔だ」
「そちらも変わっていないようですね」
「リートさん、オジムーンさん!」
魔王は両手で二人の首から上だけをこちらに放ってきた。二人が全く歯が立たない敵――。死体に見慣れないアリスが、小さく悲鳴をもらした。智也も声をあげそうになるが、心に押し込めて魔王を睨む。
「中々に面白かったが、所詮は人間だな」
ニヤリとこちらを見て魔王は笑った。智也は全員を守るために、先ほど聞いた足止めをするために前へ出る。
リリムさんがぴくりと眉をあげ、智也に声をかける。
「トモヤさん! 気をつけてくださいっ!」
「分かっていますっ!」
魔王へと突っ込んだところで、魔王はひっと笑みを濃くする。
「勇者の相手は、巫女を殺してからだっ!」
「なっ!」
突っ込んだ智也の剣を受けながら、余裕の表情で魔王はレーザーのような魔法を放つ。回避に遅れたヘレンが串刺しにされ、クリュを庇ったアリスの心臓が吹き飛ぶ。
智也はその光景に気をとられて、動きを止める。
優先すべき事項を完全に間違えている。それだけは分かった。
「今ので死ななかったか……」
「させるかよっ!」
智也はスピードを発動し、敵の背後に回る。同時に爆弾を大量に生み出し、魔王の周囲を囲むように生み出す。過去最高の出力だ。
魔王は全く反応が出来ていない。智也は右手の剣を振るう。首をはね落とす。気持ちを刃に乗せ、肩から指先へしなやかに振るわれた刃は、魔王の表面に当たった瞬間に小さな電撃とともに弾かれる。
剣は空気中へ解けるように消え去る。スピードの効果も消える。
もう一度剣を生み出し、スピードを解除して距離を開ける。
「勇者の特権、時を操る力……余が唯一扱えない力。ぜひ余のものとしたいところだっ!」
魔王が片手を眼前に向ける。智也は腕をクロスにして、放たれた魔力弾を吸収する。だが、なぜか衝撃に吹き飛ばされる。
教会の壁にたたきつけられ、黒のレーザーを横に跳んで回避する。
脇から、ムロリエさんを含む天破騎士が切りかかる。
「邪魔だっ!」
だが、足止めにしかならない。放たれ黒のレーザーが見切れないのか、残っていた天破騎士までもが殺されてしまう。血に染まった教会は地獄絵図と化している。
生き残っているのは、智也、クリュ、プラム、リリム――。
教会の床を破壊しながら、魔王は大仰に手を広げて近づいてくる。背中の痛みを回復丸を食べることにより、治しながら武器を構えなおす。
その背後でリリム、クリュ、プラムが魔王に光をぶつける。
「む、これは……巫女か!」
「トモヤさん、今です!」
魔王の体が光に包まれ、先ほどまでの禍々しさがなくなる。
智也は声に従い、剣を握り締めて足に力を入れる。魔王が腕を振りかぶり、勢いよく突き出す。
スピードを使い、剣と腕が交差する。智也は直撃する瞬間に体を捻り、回転するように刃を振るう。その場で、空中に足場を作り、二回転とともに刃を上段から振り下ろす。
すべての攻撃は魔王に届き、魔王は痛みに後退する。魔王の体はそれでもすぐに再生する。
「ふははっ! 楽しい、楽しいぞ!」
魔王が不気味に笑い声をあげる。光が収まると、先ほどまでの力強さは感じなくなる。それでもまだまだ、力の差は歴然だ。
「緊急では、少ししか封印することができませんでした」
リリムさんたちは苦しそうに膝をつく。魔王の力が弱まった気がしたと思ったが、まだまださっきまでの半分ほどと言った感じだ。
ヘレンが死んでしまったため、封印しきれるのか智也には疑問があった。だとしても、ここで引くわけにはいかない。
「足元がお留守だな」
魔王が指を鳴らすと、いつの間に仕掛けたのか三人の足場から炎の柱が立つ。闇を含んだ火は、リリムさんをのぞく二人を飲み込み、その体すべてを焼き尽くしてしまう。
「クリュ、プラム! クソッ!」
リリムさんは瞬時に結界のようなものを張り守ったようだが、それでほとんどの力を使い果たしのか、倒れてしまう。
「これで、邪魔者は消えたな! さあ、勇者舞台は整った! どちらが勝つか世界を賭けて戦おうではないか!」
「世界なんて、どうでもいい……クリュたちを返しやがれ!」
智也は駆け出し、スピードを放つ。MPには不安があるが、出し惜しみをしていられない。
魔王の背後を取り、内臓を吹き飛ばすつもりで剣を振るう。敵の肉体が飛び、血が噴出するが傷は塞がっていく。治りは先ほどより遅いが、とてもではないが倒しきれない。
振り返り様の裏拳を避け、潜り抜けるように心臓へ剣をたたきつける。それでも、魔王の余裕の微笑は消えない。
痛みというものがないのかもしれない。
「どうした!」
魔王が蹴りを放つが、MPがほぼ空になった智也は回避に遅れる。一撃目を回避しようと膝を曲げたが、それは、フェイントだ。目の前で蹴りが下に落ちてきて、智也はモロに喰らって血を吐きながら教会の外へと蹴られた。
だが、外に出る前に体は止まった。誰かに受け止められた。衝撃が体にやってきて、智也は即座に回復丸を食べる。MP回復丸もあるだけ食べておいた。
誰がやってきたのか、回復しながら顔をあげて智也は飲み込んだ回復丸を喉につまらせそうになる。
「リリム、久しぶりだな」
「……このタイミングは狙っていたんですか?」
「さぁな」
まだ、リリムさんは死んではいなかったようだ。……ではなく、智也は驚きに口をパクパク動かしていた。
「エフルバーグ!? ……生きていたのかよ」
敵、ではないようだ。エフルバーグは相変わらずの無表情でこちらを見下し、命令するかのように指を向ける。
「この世界は終わった。お前はすぐに過去に戻れ」
「そんなの出来るのかよ」
「やれ」
自分の意志で行ったことはない。とりあえず、敵ではないようでエフルバーグは魔王へ近づいていく。
「この感じは、勇者か! まだ生きていたのか!」
魔王が嬉々として上ずった声をあげる。
「勇者の、偽物が妥当だな」
エフルバーグが拳を構え、戦いを始めた。すっかり蚊帳の外になった智也ははぁ? と首を捻り――わけが分からない、事情はもう、全くついていけない。
智也は目を点にしながら、クリュたちがいた場所を見る。死体さえない。アリス、ヘレンさんの無残な姿を目に納めて悲しみが一気に心に襲ってくる。
この状況さえ、夢なのではないかと思わされるほどだ。というか、夢であってほしかったとさえ願っている。
リリムさんが体を引きずるようにしてやってくる。
「治療は……」
智也は回復丸と取り出そうとするが、リリムさんが弱々しくその手を止める。
「治したとしても、態勢を立て直すのは難しいです。トモヤさん、あなたに、私の経験を習得させます」
「え、ちょ……」
リリムさんが手を繋いでくる。わけが分からない智也はなすがままに、リリムさんから多くの経験を入手する。激しい頭痛に襲われるほどの経験の数々。だが、これで、ほぼすべてのことを理解した。
智也はそれらを整理する前に、弱々しくニコリと笑ったリリムさんに顔を向ける。
「これで、力の使い方をほとんど覚えたはずです。過去に戻り、私に会ってください」
リリムさんの過去を覗き、多くの経験を習得した。リリムさんはそれらのスキルを持っていない。だが、魔王を倒した初めの勇者からそれらを引き継いでいる。
智也は自然と動く体を扱い、次元を裂いた。これが、過去への扉だ。
「この世界は?」
「あなたが決めた未来が、正世界となります。勇者の捨てた未来はすべて、世界に消滅されます」
「……すみません」
「こちらこそ、あなたにすべてを任せることになります。謝っても足りません」
リリムさんはそう言って顔を下ろした。智也はエフルバーグをちらと見て、すぐに次元の扉をくぐった。
「前はこの先に何かあったのよね?」
「そうだ。アリス、魔法の準備は忘れないでくれ」
「分かりました」
ボス部屋から先に向かう。五十一階層は危険があった。
五十階層から五十一階層へ踏み込む。
そこは……見覚えるのある景色だ。
「アリス! クリュ! 絶対に近づくな!」
階層の中央にある魔石はミルティアを飲み込んだ物に酷似している。智也は、マシンガンを生み出してそこへ叩きつける。
『まさか、ここに二度も来る奴がいるとはな』
声が生まれ、智也は怒りをあふれさせる。
『全開での復活とは行かなかったが、頃合か。さようなら、今世の勇者よ』
魔王、と思われる声が響き、塔迷宮が消えた。
「なっ!?」
比喩でもなんでもなく、塔迷宮はなくなり、中にいた人たちは空中へと投げ出された。
状況が全く飲み込めていない多くの冒険者が地面へと落ちていく。助けたかったが、智也はそれどころじゃなかった。
「アリス、ワープだ!」
高い階層にいたおかげで、地上まで時間がある。
智也はワイヤーショットを改良したロープを生み出し、アリスとクリュを近くに引っ張り寄せる。
二人を抱きしめると、
「ワープ!」
アリスがスキルを発動し、智也たちは自分の家に戻ってきた。
家の庭から、塔迷宮があった場所へ目を向けると、
「喜べ、人間共っ! この世界に魔王が復活したぞ! 人間たちよ、まずは見せしめにこれでもくれてやろうっ!」
全身が闇に覆われた鬼のような角を持った男が空中にいた。
魔王……智也は復活してしまったそいつに対して憎しみをぶつけるように目を鋭くする。
「絶対に、殺してやる……!」
智也はワイヤーショットを生み出し、魔王に照準を合わせる。
「あんた、落ち着きなさいよ!」
クリュがとめにくるが、それより先に智也のワイヤーショットが放たれる。真っ直ぐに飛んだそれは、魔王の体に突き刺さる。ダメージはない。
「今世の勇者か! クハハッ! いきなりメインディッシュか!」
「あんたのせいで、ミルティアはっ!」
覚醒強化により、智也の身体能力は人外の域に達する。
右腕に黒の渦が集まり、剣が生まれる。魔王へと放たれた黒の刃は、魔王の体に当たり智也の表情が歪む。剣先がぐらりと変形したように感じ、このままでは折れると悟る。
刃を引き、それをなんとか避けたがダメージを与えることはできなかった。
「中々の感触だっ。余に剣をぶつけ、折れないとは上手い斬り方だ!」
魔王の右手が黒い光に包まれる。そして、衝撃の砲弾が智也を飲み込む。直撃する前に、魔法吸収を放つ。目の前が真っ黒に染まり、気づけば近くの建物の屋根へと叩き付けられていた。
(弁償するような金はないぞ……)
瓦礫の山から起き上がり、智也はそれでもさした傷はなく、むくりと体を起こした。衝撃こそ消せなかったが、魔法自体のダメージはない。
「人間のわりには頑丈だなっ」
魔王が高らかに笑っている。勝てる気がしないが、どうにかしなければならない。
マシンガンを生み出し、空中でぷかぷかと生意気に浮いている魔王へ全弾を撃ち込む。放たれた銃弾を、剣、槍、斧、爆弾と様々なものへと変化させる。
魔王はマントを大きく広げて空気に乗せると、すべての攻撃を消し飛ばした。
「嘘だろ……マジの化け物かよっ」
身体強化が終わり、いよいよまずくなった。智也の持つ最大の攻撃はすべて魔王の前に防がれてしまっている。
ここに来て、体が震えだす。勝ち目がないことを忘れるように、智也は魔王への恨みを思い出して戦意を奮い立たせる。
魔王が地上へと降り立ち、ゆっくりと近づいてくる。
「貴様を殺せば、この世界での脅威はなくなる、か。ずいぶんとあっけなかったな」
「俺を殺せると思ってんのかよ……」
智也は剣を強く握り、両手に構える。左手は逆手に敵の攻撃を受けるために。
「ん?」
魔王が不意に呟くと、智也も気配を感じた。瞬間、何かが加速して魔王の体が吹き飛んだ。
不意打ちの一撃に魔王の体は近くの建物まで弾き飛ばされるい。魔王の倒れたと思われる場所へ、虹色のような魔法の雨が降り注ぐ。
「リートさんとオジムーンさん? どうしてここにいるんですか?」
予想外の人物の登場だ。リートさんは久しぶりとばかりに片手をあげているが、返事を出来るような冷静さはない。
リートさんははぁと悲しそうにため息をもらした。
「……リリムさんに会ってください。ここはおじさんが時間を稼ぎましょう」
「詳しい話を先ほど聞いた。トモヤ一人に背負わせるつもりはない」
リートさんとオジムーンさんが魔王と智也の間に割ってはいる。
リリムさんから聞いた……?
「なるほど、この世界の実力者か。面白い、かかってこいっ!」
魔王は智也のことを忘れたかのように、二人へ笑いかけた。ぞわりと、背中を殴られたような痛みに近いプレッシャーが放たれる。魔王の力は、智也の数倍上だと対面するだけでわかってしまう。
この世界に来てすぐに感じた、勝てるか分からない敵との対峙。久しぶりの感覚に、智也は懐かしさを感じながらも悲観的ではなかった。
今までも乗り越えてきた、どうにかできるはずだ、と。
「こっちだ、僕についてきて!」
ムロリエさんが声をあげる。
状況はさっぱりだが、天破騎士が動いている。全員のステータスはこの世界でも高いレベルだ。今確認したが、リートさんのレベルも三十三と以前に比べてあがっている。
「トモヤ、お前が必要だ。ムロリエについていってくれ」
リートさんがそういい、オジムーンさんがにこりと微笑んだ。
二人は心配ではあったが、大丈夫だろうと、ムロリエさんの案内に従う。
誘導された場所は教会だ。
「連れてきたよ!」
教会の扉が開けられると、そこにはヘレン、プラム、クリュ、アリスがすでにいた。天破騎士の女性、パニアさんともう一人始めてみた女性がいる。レベルが高いので、天破騎士だろう。
クリュはこちらに気づくと、ずかずかと歩み寄ってくる。
「あんた、ねえ!」
パチンと頬がたたかれる。自分でも冷静でなかったのは理解していたので、何も言えない。
「勝手な行動するんじゃないわよっ」
「……悪かった」
クリュが見せる弱気な表情はどうにも苦手だ。それぞれ、教会の椅子に腰掛け、リリムさんが口を開く。
「国のほうにも、私の遣いを出していますので、すぐに情報は行き渡るでしょう。ですが、国が決断を出すのを待っている余裕はありません」
「巫女である私たちが、魔王を封印する。ってことですか?」
プラムが代表して口を開く。すでに、魔王について、三人はある程度の情報を得ているようだ。
「そうですね。詳しい説明はできませんが、魔王を勇者が足止めし、残りの巫女がソウルバインドにより、魔王を封印する」
「……ムカつくわね」
クリュは納得がいかない様子で、智也に視線を向ける。
智也はクリュの過去を思い出し、クリュが嫌がる気持ちも分かったので、やるかやらないかは彼女に任せた。
「ムカつくけど、やってやるわよ。国が消えたら嫌だもの」
クリュが発言したとたん、教会の扉が破壊される。
敵の来訪、智也はすぐに武器を展開する。
「リリムか、随分な老いぼれがよくもまあ生きていたなっ。懐かしい顔だ」
「そちらも変わっていないようですね」
「リートさん、オジムーンさん!」
魔王は両手で二人の首から上だけをこちらに放ってきた。二人が全く歯が立たない敵――。死体に見慣れないアリスが、小さく悲鳴をもらした。智也も声をあげそうになるが、心に押し込めて魔王を睨む。
「中々に面白かったが、所詮は人間だな」
ニヤリとこちらを見て魔王は笑った。智也は全員を守るために、先ほど聞いた足止めをするために前へ出る。
リリムさんがぴくりと眉をあげ、智也に声をかける。
「トモヤさん! 気をつけてくださいっ!」
「分かっていますっ!」
魔王へと突っ込んだところで、魔王はひっと笑みを濃くする。
「勇者の相手は、巫女を殺してからだっ!」
「なっ!」
突っ込んだ智也の剣を受けながら、余裕の表情で魔王はレーザーのような魔法を放つ。回避に遅れたヘレンが串刺しにされ、クリュを庇ったアリスの心臓が吹き飛ぶ。
智也はその光景に気をとられて、動きを止める。
優先すべき事項を完全に間違えている。それだけは分かった。
「今ので死ななかったか……」
「させるかよっ!」
智也はスピードを発動し、敵の背後に回る。同時に爆弾を大量に生み出し、魔王の周囲を囲むように生み出す。過去最高の出力だ。
魔王は全く反応が出来ていない。智也は右手の剣を振るう。首をはね落とす。気持ちを刃に乗せ、肩から指先へしなやかに振るわれた刃は、魔王の表面に当たった瞬間に小さな電撃とともに弾かれる。
剣は空気中へ解けるように消え去る。スピードの効果も消える。
もう一度剣を生み出し、スピードを解除して距離を開ける。
「勇者の特権、時を操る力……余が唯一扱えない力。ぜひ余のものとしたいところだっ!」
魔王が片手を眼前に向ける。智也は腕をクロスにして、放たれた魔力弾を吸収する。だが、なぜか衝撃に吹き飛ばされる。
教会の壁にたたきつけられ、黒のレーザーを横に跳んで回避する。
脇から、ムロリエさんを含む天破騎士が切りかかる。
「邪魔だっ!」
だが、足止めにしかならない。放たれ黒のレーザーが見切れないのか、残っていた天破騎士までもが殺されてしまう。血に染まった教会は地獄絵図と化している。
生き残っているのは、智也、クリュ、プラム、リリム――。
教会の床を破壊しながら、魔王は大仰に手を広げて近づいてくる。背中の痛みを回復丸を食べることにより、治しながら武器を構えなおす。
その背後でリリム、クリュ、プラムが魔王に光をぶつける。
「む、これは……巫女か!」
「トモヤさん、今です!」
魔王の体が光に包まれ、先ほどまでの禍々しさがなくなる。
智也は声に従い、剣を握り締めて足に力を入れる。魔王が腕を振りかぶり、勢いよく突き出す。
スピードを使い、剣と腕が交差する。智也は直撃する瞬間に体を捻り、回転するように刃を振るう。その場で、空中に足場を作り、二回転とともに刃を上段から振り下ろす。
すべての攻撃は魔王に届き、魔王は痛みに後退する。魔王の体はそれでもすぐに再生する。
「ふははっ! 楽しい、楽しいぞ!」
魔王が不気味に笑い声をあげる。光が収まると、先ほどまでの力強さは感じなくなる。それでもまだまだ、力の差は歴然だ。
「緊急では、少ししか封印することができませんでした」
リリムさんたちは苦しそうに膝をつく。魔王の力が弱まった気がしたと思ったが、まだまださっきまでの半分ほどと言った感じだ。
ヘレンが死んでしまったため、封印しきれるのか智也には疑問があった。だとしても、ここで引くわけにはいかない。
「足元がお留守だな」
魔王が指を鳴らすと、いつの間に仕掛けたのか三人の足場から炎の柱が立つ。闇を含んだ火は、リリムさんをのぞく二人を飲み込み、その体すべてを焼き尽くしてしまう。
「クリュ、プラム! クソッ!」
リリムさんは瞬時に結界のようなものを張り守ったようだが、それでほとんどの力を使い果たしのか、倒れてしまう。
「これで、邪魔者は消えたな! さあ、勇者舞台は整った! どちらが勝つか世界を賭けて戦おうではないか!」
「世界なんて、どうでもいい……クリュたちを返しやがれ!」
智也は駆け出し、スピードを放つ。MPには不安があるが、出し惜しみをしていられない。
魔王の背後を取り、内臓を吹き飛ばすつもりで剣を振るう。敵の肉体が飛び、血が噴出するが傷は塞がっていく。治りは先ほどより遅いが、とてもではないが倒しきれない。
振り返り様の裏拳を避け、潜り抜けるように心臓へ剣をたたきつける。それでも、魔王の余裕の微笑は消えない。
痛みというものがないのかもしれない。
「どうした!」
魔王が蹴りを放つが、MPがほぼ空になった智也は回避に遅れる。一撃目を回避しようと膝を曲げたが、それは、フェイントだ。目の前で蹴りが下に落ちてきて、智也はモロに喰らって血を吐きながら教会の外へと蹴られた。
だが、外に出る前に体は止まった。誰かに受け止められた。衝撃が体にやってきて、智也は即座に回復丸を食べる。MP回復丸もあるだけ食べておいた。
誰がやってきたのか、回復しながら顔をあげて智也は飲み込んだ回復丸を喉につまらせそうになる。
「リリム、久しぶりだな」
「……このタイミングは狙っていたんですか?」
「さぁな」
まだ、リリムさんは死んではいなかったようだ。……ではなく、智也は驚きに口をパクパク動かしていた。
「エフルバーグ!? ……生きていたのかよ」
敵、ではないようだ。エフルバーグは相変わらずの無表情でこちらを見下し、命令するかのように指を向ける。
「この世界は終わった。お前はすぐに過去に戻れ」
「そんなの出来るのかよ」
「やれ」
自分の意志で行ったことはない。とりあえず、敵ではないようでエフルバーグは魔王へ近づいていく。
「この感じは、勇者か! まだ生きていたのか!」
魔王が嬉々として上ずった声をあげる。
「勇者の、偽物が妥当だな」
エフルバーグが拳を構え、戦いを始めた。すっかり蚊帳の外になった智也ははぁ? と首を捻り――わけが分からない、事情はもう、全くついていけない。
智也は目を点にしながら、クリュたちがいた場所を見る。死体さえない。アリス、ヘレンさんの無残な姿を目に納めて悲しみが一気に心に襲ってくる。
この状況さえ、夢なのではないかと思わされるほどだ。というか、夢であってほしかったとさえ願っている。
リリムさんが体を引きずるようにしてやってくる。
「治療は……」
智也は回復丸と取り出そうとするが、リリムさんが弱々しくその手を止める。
「治したとしても、態勢を立て直すのは難しいです。トモヤさん、あなたに、私の経験を習得させます」
「え、ちょ……」
リリムさんが手を繋いでくる。わけが分からない智也はなすがままに、リリムさんから多くの経験を入手する。激しい頭痛に襲われるほどの経験の数々。だが、これで、ほぼすべてのことを理解した。
智也はそれらを整理する前に、弱々しくニコリと笑ったリリムさんに顔を向ける。
「これで、力の使い方をほとんど覚えたはずです。過去に戻り、私に会ってください」
リリムさんの過去を覗き、多くの経験を習得した。リリムさんはそれらのスキルを持っていない。だが、魔王を倒した初めの勇者からそれらを引き継いでいる。
智也は自然と動く体を扱い、次元を裂いた。これが、過去への扉だ。
「この世界は?」
「あなたが決めた未来が、正世界となります。勇者の捨てた未来はすべて、世界に消滅されます」
「……すみません」
「こちらこそ、あなたにすべてを任せることになります。謝っても足りません」
リリムさんはそう言って顔を下ろした。智也はエフルバーグをちらと見て、すぐに次元の扉をくぐった。
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